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龍谷大学社会学部教授 山田 容 氏 どうすれば困難に陥る子どもを減らせるのか ~多様な福祉関係者をつなぐ取組みの進め方とは~(August 2022 Vol.001)

山田先生と、どうすれば貧困や孤立、虐待家庭といった困難な状況に置かれた子どもたちを減らせるのか、という大きな問いについて考えました。
困難が顕在化する前の関りや、立場を問わずそれぞれが自らの役割を果たし協力することが大切だということが見えてきました。
 
 


龍谷大学社会学部
教授 山田容氏
 
ソーシャルワーク(社会福祉援助)と、その実践としての児童虐待対応が専門。特に支援者をどう支えていくかに関心がある。県内複数の要保護児童対策地域協議会構成員を務めるほか、児童相談所職員の養成研修にも携わる。子どもソーシャルワークセンター理事等。
 
 
遠藤:
 僕は昨年度から児童養護施設の担当をしています。全く知識がないところから始めましたが、この仕事は社会のネガティブな面の、とても深いところに関わっている仕事だと感じました。もっとよく知りたいと思い、昨年は県内の各施設を訪問して現場のお話を伺いました。その時、この仕事は現場のことを知らずにはできないこと、根本的には施設に来るような子を少なくしていかなければならないことを痛感しました。

 施設にくる子は困難に陥り、それが顕在化した子ですが、地域では困難に陥りそうな子をそれが顕在化する前でとどめる活動をしている方がたくさんおられます。最近は地域でそういった活動をしておられる方の話を聞くことで、施設に来るような子どもをどうしたら減らせるのか、そのヒントを探していました。そういったわけで、今日お伺いしたかったのは、ずばりどうすれば困難に陥る子どもたちを減らせるのか、です。
 
山田:
 まずひとつの課題は社会的養護の資源が少ないことですね。全国約20万5千件の児童相談所への虐待相談件数の内、施設入所等の分離措置をされるのは5千件程度です。つまりほとんどが在宅のままの支援となります。利用できる資源が限られている中、虐待の程度がひどくて目に見えるものはまだわかりやすいのですが、リスクのレベルを仕分けなければいけない難しさがあります。

 また予防的な対応では、特定の家庭ではなく、多数の家庭を対象とするため、普遍的なサポートを要します。これも難しい。要は、すべての人の子育て支援に関するニーズをカバーできれば良いということになります。虐待が発生してからは、「虐待者」へのサポートになってしまうため、関わるのが難しくなります。「子育て支援」の段階で関わっていくことが大事ですね。
 
遠藤:リスクを判断する機会と、リスクレベルの基準はあるのでしょうか。
 
山田:
 まずは母子手帳をとる段階、妊産婦健診等ですね。ここで、家族関係や疾病、障害等のハイリスクのスクリーニングができます。ここで支援者がリスクをとらえられても、関わりはていねいに行う必要があります。相手の「困りごと感」や「不安」にアプローチできれば良いのですが。

 児童福祉法の改正で市町に「子ども家庭センター」の設置が進められますが、同センターがリスクの生じるプロセスの早い段階でアプローチできるようになれば良いですね。行政では担当部署の分かれたままでの「共管(共同管理)」が難しいのですが、特定妊婦に対しては、母子保健などのキャッチ部門と、ケア部門を同一にすることが同センターの機能を高めると思います。

 虐待のリスクについてはアセスメントシートの活用も重要ですが、使いにくいところがあるのか、必ずしも活用されているとはいえないようです。そこで関係者の会議が大事になるのですが、児相にしても市町の家庭児童相談室にしても、判断をしていかなければならない量が多く、ひとつに時間をかけられないうえ、現場がストレスフルなのが難しい。
 
遠藤:
 子ども家庭センターが敏感にリスクのある人をキャッチできたとして、つなぐ先はあるのでしょうか。また、同センターが機能すれば、確かに児童相談所に保護され、施設にいく子は少なくなると思いますが、この時、県はどういう役割を担うのでしょうか。
 
山田:
 子ども家庭センターからのつなぎ先には当然児相も入るわけですが、官(児相)は法に基づいて子どもを保護するなど、強制力のある強い介入が求められる重要な役割になります。一方民間の支援団体は受容的な柔らかい支援を行います。他機関の多様な支援も必要です。

 各自治体はそうした地域の支援デザインを描くことが大事だと思います。児相は多くの相談から優先順位をつけるために、ケースを相対化せざるをえません。逆に地域の支援者にとっては一つひとつのケースが絶対的なものとなるため、連携を考える際、葛藤が生じやすい構造にあり、両者の調整機能は重要になってきます。

 また支援が必要な人は地域にいるわけですから、必然、主に市町が支援を担うことになります。しかし、ひとつの市町で困りごとのキャッチ、リスク判断、適切な支援という一連の取組みを行うのは、リソース的に厳しい。だから、県が主導してこうした取組みを圏域でサポートし、県がコーディネーター的に機能できればと思います。まずは長期的に子育て政策を実施したい市町に手をあげてもらえれば、協力して進められるのではないでしょうか。
 
遠藤:
 県にも市町にも、課題を解決するために、現状より一歩踏み込んだ考え方が求められるんですね。より必要とされるニーズに応えるため、どういった認識の転換が必要なんでしょうか。
 
山田:
 滋賀県を子育ての県にして、「滋賀モデル」を構築できると良いですね。先進自治体をモデルにし、県内の自治体で学び合う場をつくると良いと思います。例えば兵庫県尼崎市は、同じ県内に先進地の明石市があることもあって、児相を作るなど積極的な取組みを進めています。国から言われていることを、自治体は自分たちでどういう風にやるか考えるということが必要ですね。自治体、地域の関係者が、少しずつ自分たちのできることを探してみてほしいです。

 全体にもう少しアウトリーチ型の取組みが増えると良いですね。ニーズ(困りごと感)に対する意識を高め、少しずつ「できること」を組み合わせていくことで、地域の支える力は高まると思います。

 また行政と社協とNPOで一体となって子ども食堂を応援しているような仕組みも有効だと思います。滋賀県にはレベルが高い社協も多いですからね。他には、支援者のリスクを支えるために、スーパービジョンはとても大事だと思います。例えば、児相等での支援経験者、社会福祉士、精神保健福祉士や臨床心理士などが、児相や市町や地域の支援者に対して、スキル向上の研修や心理サポートなどをできれば良いのではないでしょうか。支援者支援も県の役割として重要だと考えます。
 
遠藤:
 大小様々なレベルで、また多様な側面から取組みが求められるのですね。改めて、本当に多くの関係者が協力しないと解決に向かわないということを痛感しました。
 

編集者あとがき


 今後の県の役割としてコーディネーターという指摘がありましたが、それこそ県が苦手な役割だと感じました。なぜなら、行政は縦割り組織の中で手続きを繰り返すことに順応しており、横断的に、時に対立する意見をまとめるスキルは未だ不足している感があるからです。

 ここでの課題は2つです。①あらゆる関係者の協力が必要。②協力体制をコーディネートする存在が必要。実は、この2つの課題感から本企画「Sai」は生まれました。最近、少し地域で話を聞いただけでも、「こんなにすごい人が地域にいたのか」と思う方に出会います。

 そして、その方々はお互いを知らないことがあります。この人たちがつながればイノベーションが生まれる…と考えました。Saiは地域の福祉人材をインタビューし、その魅力や活動を言葉で表現します。

 その過程で人材をつなげ、相乗効果を発揮させる「コーディネーター」になれればと思いました。ねらいは壮大で、手段としてはちっぽけかもしれませんが、県職員である自分が取り組んでいくことに、少しは価値があるかも、とも思っています。無理せず、少しずついきたいと思います。

編集者 遠藤 綜一
滋賀県職員。予算経理に6年間従事し、その後児童養護施設を担当。ピーク時の年間読書量が200冊の本の虫。好きな作家は中村文則。

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