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メンタルヘルスとアートの関わりをめぐるプロジェクト「マインドスケープス東京」を振り返って

取材・文:杉原環樹(ライター、インタビュアー)

2022年に活動をスタートした「マインドスケープス東京」は、2つのプロジェクト「UI都市調査プロジェクト」と「コンビーニング」を軸に、様々なバックグラウンドを持つ人々が参加し、メンタルヘルスについて対話を重ね、そのあり方について議論を深めてきた。その集大成として、2023年2月には「MINDSCAPES TOKYO WEEK」と題したイベントを開催。文化芸術の視点から考えるメンタルヘルスとは?――マインドスケープス東京の活動を振り返りながら、その歩みから見えてきたことや今後の課題について、インビジブルを率いるアーティストの菊池宏子に聞いた。


「文化」との関わりから、心の状態について考える

——「マインドスケープス」は、メンタルヘルスと文化芸術、社会の関連性を探るため、イギリスの医療研究財団「ウェルカム・トラスト」が2020年に始めた国際プログラムです。はじめにこのプログラムの背景にある問題意識について、お聞きできますか?

現在、世界では4人に1人がメンタルヘルスの課題を抱えていると言われています。メンタルヘルスの課題への対処というと、最初に「治療」が思い浮かびますが、最近ではそうした医学的・科学的な方法だけではなく、心の良い状態を保つために文化やアートが果たす役割の大きさが知られるようになりました。こうした状況に対し、そのつながりについて世界中の人たちと考えようと始まったのがマインドスケープスです。

活動は世界の4都市で実施されていて、私たちインビジブルは東京(「マインドスケープス東京」)を担当しています。個人的にこのプロジェクトに一番興味を持ったのは、その投げかけに、「メンタルヘルスの問題について考えよう」ではなく、「文化やアートを通してもう一度『メンタルヘルス』の考え方自体を根本的に問い直そう」というトーンを感じたことでした。

 日本で「メンタルヘルス」というと、精神的な課題と結びつけられますが、これは本来「心の状態」を指す言葉で、そこにはとくに「良い/悪い」はありません。では、「心の状態」とは何なのか? マインドスケープスは、この議論を深く扱うものだと感じたのです。

 実際、「心の状態」の良し悪しはそんなに簡単に測れるものではありません。例えばアートに関わる人の場合、つねに“ご機嫌”でいることがいいわけでもないですよね。むしろ苦しいときや孤独なときこそ発想が生まれることもあって、その良し悪しは一般化できない。また国や地域ごとの違いもあって、日本では神社仏閣で手を合わせることが心の平穏につながるけれど、他の土地の人には意味がなかったりする。「幸福」の捉え方も、西欧のような個人主義か、日本のように他者との協調を重視する社会なのかによって異なります。

メンタルヘルスの問題を個人に還元するのではなく、「文化」との関連から考えたときにどんな景色が見えるか。それをマインドスケープスの活動で考えたいと思っています。

——「マインドスケープス」には、具体的にどんなプロジェクトがあるのでしょうか? 

主なプロジェクトは2つあって、ひとつは、様々な立場の人がメンタルヘルスについて多角的に考える対話集会「コンビーニング」、もうひとつが、各都市の文化とメンタルヘルスの関連を調査する「都市調査(Urban Investigation)」です。この2つをどのような比重で行うのか、どう解釈するのかは、各都市の共同主催者に委ねられています。

最初のコンビーニングは、多くの人が参加する、いわば“学び合いの場”です。東京でも、この問題に関心を持つアーティストやキュレーター、情報学の研究者、看護師、思春期相談員・家族カウンセラー、精神保健福祉士など、普段から他者の心と向き合って仕事をしている多様なメンバーが参加してくれて、およそ1年にわたり対話を重ねてきました。

一方、私自身が長年、アーティストとしてアメリカや日本でアートプロジェクトを行ってきたこともあり、アートが何か次の社会的なコミュニケーションのトリガーになるような取り組みにも力を入れたいと考えました。その実践として行ったのが、もうひとつの「UI都市調査プロジェクト」(以下、UI都市調査)です。こちらでは、オンライン授業を中心にした角川ドワンゴ学園N高等学校とS高等学校に在籍する生徒であるユースたちと、各ジャンルのアーティストが協働して、リサーチプロジェクトを行いました。

ユースとの水平的な協働を行った「UI都市調査プロジェクト」

撮影記録チームのユースと西野正将(右) 撮影:上野千蔵

——ユースが大きく参加する点は、ほかの開催都市に対する「マインドスケープス東京」の特徴ですね。

若い人のメンタルの問題は、現在取り組むべき社会問題として非常にプライオリティの高いものだと考えています。つい最近も、2022年の小中高校生の自殺者数が過去最多との厚生労働省の発表がありましたよね。コロナ禍もあり、若い世代の心の健康をいかに考えるのかは喫緊の課題になっています。

実際、今回ユースと関わるなかで、それぞれが安心して人と話せる場を求めていることが伝わってきました。いわゆる、学校でも家庭でもないサードプレイスのことですが、誰かに判断・評価をされずに居られる場所や、信頼して何かを任せてもらえる機会を欲しているのだと感じました。とくにみんなが口を揃えていたのは、オンライン上ではつながりやすくなったけど、中長期的に人と関係を築く機会がないこと。何人かの子からは「マインドスケープスに参加することで心の安定が保たれた」という声も聞きました。 

——菊池さんはアメリカでも高校生と活動してきたそうですね。 

アメリカでは、美術館などの美術機関と、学校を含む地域社会を区別せず、両者が歩み寄ってできることを探ってきました。そこでずっと考えていたのは、アートや文化を通して若い世代が何かを学び、その結果、社会においてアートや文化に関心を持つ人たちが増えていくという循環を作ることの重要性でした。 

——UI都市調査では、「食」「日本建築」「映像」の3つに「撮影記録」を加えた4つのテーマでユースの募集を行い、約20名が4チームに分かれて活動を行いました。各班には、「食」に料理人のyoyo.さん、「日本建築」に建築家・大工の林敬庸さん、「映像」に撮影監督・映像作家の上野千蔵さん、「撮影記録」に美術家・映像ディレクターの西野正将さんが「リード調査員」として関わりました。その具体的な活動は別の記事でも紹介されていますが、活動を進めるうえでどんなことを意識しましたか?

リード調査員をお願いした方たちに関しては、まず何より信頼できる方たちだということが大きいです。また、料理人や大工など、一般にはアーティストと捉えられない分野の方もいますが、私は、あらゆる人間が社会の創造に関わるという「社会彫刻」の考え方をとても大切にしていて、社会と密接に関わりながら活動する人はみんなアーティストだと考えています。そういう人たちの背中を、ユースたちに見てもらいたいと考えました。

もうひとつ考えたのは、アーティストが中心にいて、ユースがそのお手伝いをするような既存のアートプロジェクトにはしたくないということ。その意味で、声をかけたみなさんはクライアントの声に耳を傾けて何かを作ることに慣れているのも大きかったです。

——アーティストにとってもユースとの協働は手探りだったでしょうね。 

そうですね。みなさんには、コミュニケーションを開くツールを作るような活動をしてほしいとお伝えしましたが、とても悩まれていました。不慣れなユースと関わるのはコミュニケーションコストも高かったはず。ただ、みなさんを「リード調査員」と呼んだのは、一方的にユースに何かを教えるような関係ではなく、彼や彼女と水平的な関係を築いてほしかったからです。だから、「まずは一緒に悩んでください」とお願いしました。

あえて手放しにしていた部分もありましたが、みなさんプロ意識があるので何かは出してくれると思っていたし、そもそもわかりやすい「成果」はなくていいと考えていました。それに、柔軟で創造性豊かな子たちだから、リード調査員と冗談が言い合えるくらいになれば、テーマの中から自由に何かを見つけてやってくれるだろうと思っていました。

実際、UI都市調査は予想以上に活発になり、2022年9月から、2023年2月末に行われた集大成的なイベント「MINDSCAPES TOKYO WEEK」まで、約半年間続けられました。当初は、学業との兼ね合いもあるためせいぜい3カ月ほどの活動予定で、11月にはリード調査員に何かまとめてもらって終わりかなと思っていたんです。でも、チームで何度も話すなかで、「あれもやろう」とどんどん活動が広がっていき、ユースたちからも「もっと活動したい」という声が上がるようになって、結果的にとても長い取り組みになりました。

自分たちのアイデアを、自分たちで実現する自治の空間

有楽町アートアーバニズムにて、ユースが意見を交換し合う一場面

——「有楽町アートアーバニズム(YAU)」(*1 以下、YAU STUDIO)で開催された「MINDSCAPES TOKYO WEEK」では、「食」「日本建築」「映像」の3つのテーマのブースが設けられ、ユースたちが来場者を積極的に案内する姿も見られました。

もともと、何かしらの成果発表的な場は作ろうと思っていたのですが、これほど大きいイベントをやろうと決めたこと自体、ユースたちから「何かやりたい」という声が上がったことが大きかったんです。さらに、調査とは別に「イベントそのものの運営にも興味ある人いる?」と聞いたら、結構手が挙がって。そこで「ユース実行委員」ができました。

ユースたちには「やるんだったらやってもいいけど、責任は伴うよ」という話を何度もしました。「企画も出していいけど、自分でやるんだよ」と。

——自分で企画を考え、それを自ら実行する経験は、ユースにとって貴重ですね。

そうなんです。聴くと、みんな口を揃えて「とにかく楽しかった」って言うんですよ。何が楽しかったというと、例えば学校でワークショップをやって、「アイデアを出してください」と言われても、本当の実行まではあまりしないですよね。その予定調和な感じに子どもたちは気づいているんだな、と。でも、今回はアイデアを自分で現実にできる。この経験が初めての子が多く、それが楽しかったようです。

逆にいうと、既存の学校教育の歪みも感じました。コロナ禍も背景にはありますが、能動的な学びと言われているものには、結局管理下に置かれたものも多い。本質的な学びとは何なんだろうか、と考えさせられました。

——事前に決められたパッケージのなかで「体験」することが多いなかで、今回はユースたちの熱意や要望によってイベント開催が決まり、プログラムにも自分たちの企画が採用されて……と、どんどんその活動の姿が変化していったのが面白いですよね。

それがアートプロジェクトの重要なポイントですよね。実際、運営に関わり始めたらみんなすごく積極的で、イベントの紹介用に自分たちの同世代へ向けたウェブサイトまで作ってしまったんですが、これが私たちのサイトよりも見やすくて……(笑)。ほかにも、何もしなくても許される今の時間を大切にするための企画や、“恋”の心への作用を語ったり答えの出ないことについて考えたりするための相談室のような企画、来場者に写真を通して有楽町を紹介する企画、イラストが得意なお父さんの絵を使った企画、オンラインでできるクイズ企画など、きちんと「文化」を踏まえた企画がたくさんありました。

メンタルヘルスクリニックとしての美術の場を模索する対話集会「コンビーニング」

森美術館で開かれたコンビーニングの様子 撮影:冨田了平

——もうひとつの「コンビーニング」についても聞かせてください。「マインドスケープス東京」では、2022年5月から2023年2月の間、オンライン、森美術館、福島県富岡町、有楽町のYAU STUDIOと場所を変えながら、計4回にわたりこの対話の場を開いてきました。

コンビーニングは、インビジブルと森美術館が共同企画したプロジェクトです。

マインドスケープスを主催するウェルカム・トラストは、森美術館で開催された展覧会「地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング」(2022年6月29日~11月6日)で、アーティストの飯山由貴さんのドメスティック・バイオレンス(DV)をテーマにした作品を助成していて、その関係で、インビジブルと森美術館で共同の場が作れないかと模索してきました。そうしたなか、「ミュージアムやアートプロジェクトは、メンタルヘルスクリニックになりえるのか?」を大きな問いに、ともにコンビーニングを開催することが決定。飯山さんからも「私も参加していいですか?」と言っていただけました。

——美術の現場を「メンタルヘルスクリニック」に見立てる問いかけには、どのような思いが込められているのでしょうか?

現在、美術館では多くのラーニングプログラムや、地域との関係を結んでいくようなプログラムが組まれています。しかし、そこにはやはりまだ、アートを資本主義やビジネス的な価値観で捉えたものや、誰かが誰かに一方的に知識を与えるというモデルのものが多いように感じます。このような「役に立つ」「有益な」経験をする場としてではなく、心に寄り添い、それを見つめ直す「メンタルヘルスクリニック」として美術館やアートプロジェクトを捉えたとき、どんなものが見えるのか? そこにどんな機能や地域の人たちとのつながりを想像できるのか? そうしたことをみんなで考えたいと思ったのです。

2022年5月13日にオンラインで顔合わせ的な「コンビーニング#0」を開催。そして7月8日、森美術館を舞台に、初めて対面で「コンビーニング #1」を開催しました。

「#1」のテーマは、飯山さんの作品を入り口にして、「コロナ禍における暴力」としました。ただ、彼女から、アーティストとして、母親として、そしてDVの被害当事者として、多面的な話を聞くなかで、早急に何かを結論づけるのではなく、まとまらなくてもいい話をしたいねという話になり、雑感を話すことにしました。この「雑感」という言葉はメンタルヘルスの話と相性がよく、その後の活動においてもみんなのキーワードになっていきました。

当日はまず参加者それぞれが、メンタルヘルスに対する第一印象を共有しました。それから飯山さんに作品と考えを話してもらい、その後、その話を起点にしながらも、様々なメンバーで自由に対話を行いました。参加者には、冒頭に挙げたような職業の方たち、森美術館の片岡真実館長やスタッフのみなさん、UI都市調査のリード調査員もいました。正しさや誤りを気にせず、何でも言える環境にすることに気をつけました。

——対話ではどのような意見が出たのでしょうか?

美術館の開き方についての意見もあれば、本当に美術館がそこまで開く必要があるのかという意見もあり、まったく異なる意見が飛び交っていました。初回ということもあり、参加者間に少し距離感はありましたね。美術館という空間では、どれだけリラックスした雰囲気を作っても完全に打ち解けて話すのは難しいのだという実感も得られました。

ただ、ようやく対面で話すことができたことは大きな収穫でした。じつはウェルカム・トラストからはもう少し早めの開催を提案されていたのですが、日本でメンタルヘルスの話をする上では対面であることがとても重要だと考え、直接会えるまでタイミングを待ってほしいと伝えていたんです。ほかに「母語=日本語で話すこと」も私たちが主催するうえでの絶対条件でしたが、こうした条件をウェルカム・トラストは寛容に受け入れてくれました。

反対にウェルカム・トラストからは、抽象的な経験ではなく、個人の「リブド・エクスペリエンス(Lived Experience)」(生きた経験)を尊重し、それを生かしながら対話を深め、学び合いの環境を作ってほしいと言われていました。ここでいう「学び」とは、先の「雑感」にも似て、即座に成果を出すものではなく、人生の長い時間を通して何かを考える学びです。それは文化やアートと相性がいいもので、森美術館ではそうした「雑感の共有」の端緒を開けたと思います。

被災地で体験した、物語を通じたレジリエンスの獲得

2022年9月3日,4日に福島県富岡町を視察したコンビーニングの参加者 撮影:冨田了平

——9月3日〜4日にかけて開催された「コンビーニング #2」では、インビジブルがほかのプロジェクトでも拠点としている福島県富岡町をメンバーと訪れています。

「#2」のテーマは「災禍からのレジリエンス」です。東京から物理的に離れることや、東日本大震災や原発事故の被害に遭い、住民や場所自体が一種のトラウマやメンタルヘルス的な課題を抱える土地を訪れ、そこでどんなことを考えられるのかがポイントでした。

そこで私たちを案内してくれた現地の方々は、震災経験を直接的に語るのではなく、物語や文化を通していまの富岡を見るような、前向きな活動をしている方たちです。そういう人たちの話を聞く経験を通して、困難を乗り越える力、すなわち「レジリエンス」や、メンタルヘルスのあり方について、いつもとは異なる角度から考えようとしました。

具体的には、演劇ユニット「humunus」(小山薫子+キヨスヨネスク)が主催するツアーパフォーマンスに参加しました。ツアーは、中学時代に被災し、一度地元を離れたあとUターンした秋元菜々美さんが語り部となり進みます。彼女自身、富岡で演劇を使って震災経験を語り継ぐ活動をしているのですが、このツアーでは、物語化することで自分の経験をより立体的に話すことができる、といった話を聞かせてくれました。

メンバーは様々な場所を訪れ、イヤホンから聞こえる土地にまつわる人の話を聞いていきました。ここで大事にしたのは、話すことよりも経験そのもの。できるだけ個々の経験を大切にしようと、スケッチブックを配って感じたことを書いてもらいました。

2日目は、双葉町の「東日本大震災・原子力災害伝承館」の研究員・葛西優香さんに案内していただきました。この日は、海岸から300メートルの距離にあり、地震発生40分後に津波被害に遭うも、奇跡的に児童や教職員が全員助かった浪江町立請戸小学校などを訪れました。この学校ではちょうど卒業式の準備中に地震が来たのですが、津波が来るなり近くの山に向かって走り抜け、被害を逃れました。そのことから現在は震災遺構として教訓を伝える場所になっていて、ここからも困難を超えていく力を感じることができました。

——参加者からの反応はいかがでしたか?

みなさん、「富岡に行ってよかった」と話されていました。大きな困難があった土地の11年後(※訪問当時)の姿と、そこで生きる人たちの姿を直接見られたのは大きかった。そもそも福島に行ったことがない人もいて、現状を知り、純粋に心に届くものがあったのかもしれません。また1泊2日の旅のなかで、一緒にご飯を食べたりして、人間関係の距離も縮まりました。

——秋元さんが「私にとって震災の経験を語れる場所が演劇」と話されていましたが、演劇や表現はレジリエンスを生み出す力になりうるという感覚を得ましたか? 

その力を感じました。今回とくに大切にしたのは物語の力です。単に客観的な事実を話すのではなくて、個々人の経験を物語ることが語り手のメンタルヘルス向上にもつながる。心理学的にはConfession(告白)的な語りの重要性が語られますが、アートや文化にも同じ側面があると思います。そして、誰かの語りは聴き手にも作用するな、と。実際、現地の方たちの話を聴くなかで、メンバーから自分のことが話される場面もありました。表面的ではなく、内情をシェアできるそうした空間は、とても健康的な場だと感じました。

イベントを通して感じた、狭い「アート」の外の可能性

「MINDSCAPES TOKYO WEEK」にて、ユースメンバー 撮影:西野正将

——そして、2023年2月18日〜19日にYAU STUDIOで行われた最終回「コンビーニング #3」では、1年間の活動のまとめとして、「ミュージアムやアートプロジェクトは、メンタルヘルスクリニックになりえるのか?」という問いに対して、6組のチームが具体的に企画を構想し、発表を行いました。会場には従来のメンバーに加え、ユースたちの姿も見られました。

先ほども話したように、YAU STUDIOでの開催は途中で決めたことでしたが、大都会のビジネス街にあるあの会場で話すことができたことは、美術館や福島とは異なるメンタリティが求められ、結果的にとても良かったです。自分にとってのメンタルヘルスクリニックを作るとしたらどのようなものがあり得るのか? それを現実的に考えてみようと、各チーム1名ずつチーフファシリテーターを決め、その人たちがそれぞれキーワードを提案。ほかの参加者にアンケートを取ったうえでチームを決め、ワークショップを通して発表を行いました。

例えば、飯山さんやyoyo.さんらのチームは、アートにある「上」から降りてくるものというイメージに対して、アートの方から寄ってきたり、移動したりすることで変わることがあるのではないかと、キャラバン型の移動式メンタルヘルスクリニックを構想。富岡をテーマにしたチームは、地図上に物語に関わるポイントを置き、「#2」のように実際の場所にアーカイブする案を出しました。例えば、「ここは風が気持ち良い場所」のような個人の記憶をアーカイブすることで、町のメンタルヘルスにつなげていくプランです。

一方、ユースが考えたのが「コンビジュ」という企画です。これは眠れない夜に行く場所で、ネーミングは「コンビニ」と「美術(館)」をかけたもの。ユースはこのプランをいかに実現できるのか、いまも話し合いを継続しています。私たちもアイデアを出して終わりにはしたくないので、どのように実現できるかを一緒に考えていきたいです。

ちなみにですが、このプランだけでなく、ユースたちに今後別のプロジェクトに関わりたいかを聞いたら、10人くらいが手を挙げてくれて、インターンとして関わり始めています。社会活動に興味が出て、大人と関わることも楽しんでいるようです。そうした反応をもらえたことが私も嬉しかったです。

——コンビーニングの一年の活動を振り返って、どんな気づきがありましたか? 

大きな成果としては、やはり、アートや文化を通して心の課題について考えることができるという実感を持てたことだと思います。ただ、少し俯瞰した目で見ると、メンタルヘルスの問題は狭義の「アート」のなかで考える必要がないのではないかとも感じました。

例えば、MINDSCAPES TOKYO WEEKで、「アート」を謳いながら何かを展示したら、それはアートの活動として捉えられると思います。でも、それは相応しいことなのか。そうしたときに、運営メンバーで「そもそもこれは誰のための活動なんだっけ?」という話し合いをしました。もちろん、アート関係者に面白がってもらえるのは嬉しいですが、そうした既存のラベルのなかでの評価よりも、大切にすべきことがあるのではないか、と。 

そもそもこのプロジェクトには、普段はそう呼ばれない人もアーティストと呼ぶなど掴みどころのなさがあります。これまで私たちは、どこかアート業界に片足を突っ込んでいる感じがあったのですが、今後は思い切って全然違う領域で活動してもいいかもしれない。そのことで異なる領域の人とつながることができ、今回のユースのように、本当に伝えたい人たちに伝えることができるのではないか。何より私たちが、そうした幅広さを受け入れてくれるアートの懐の深さを信頼しているのだから……。そんな話し合いを始めています。

もっと寛容なアートのあり方が、心の問題の予防につながる

Convening#3 で話す菊池宏子 撮影:冨田了平

——アートを語るときの起点が「展示」に偏りすぎていることは、僕も最近よく気になります。例えば、様々な福祉施設や街で行われるワークショップやプロジェクトにも、間違いなくアートに関わるものがありますが、なかなか語られづらい。展示という姿をしていないものに「アート」を見るような視点や言葉の重要性も感じます。

本当にそう思います。そのことは組織のあり方にも関わっていて、マインドスケープスを菊池宏子というアーティストのプロジェクトと捉えることもできます。私はそれをしたくなくて、今回は意識してメンバーの有機性に任せようとしました。アメーバーのような組織体であることが、今回のテーマではとくに大切だと考えたのです。ただ、有機的な活動の意義を外に伝えるのは難しく、結果的に「展示」という型に落とし込みました。

でも、本来はその展示物よりも、活動自体のプロセスや、会場にいる実行委員会のユースたちががむしゃらに活動している姿にこそ、このプロジェクトの本質があるのではないかと感じます。その光景を体験した人たちは、たぶん狭い意味での「アート」とは関係ないところで、メンタルヘルスとアートや文化の関係性を実感できたのではないかと思います。

——展示のような一種の作られた状況ではなく、より日常に近いところで、アートや文化が個人の心に関わっている様を見られたということですよね。

アートには世間で思われているよりも、もっといろんなかたちがある。そうした文脈やあり方が日本では見えづらいように思います。「アートプロジェクト」という言い方もあるけれど、それも捉え難いし、むしろ結構「型」もあります。また、今回ユースと接して、「この子たちは可能性でしかない」と肌で感じるのと同時に、その子たちから聴く、行き場のなさに切実なものを感じました。そこからも、アートが本来持つより寛容なあり方を思ったし、何が若い人をアートから疎外させているのかと考えせられました。正解、不正解を求められることも多いアート業界ですが、本当はそれがないことこそが美しいはずで、若い人が関心を持てるそうしたあり方が必要だと感じました。

——最後に、今後の展開についてお聞きできますか?

マインドスケープスの事業はいったん終了するため、まず6月頃までにアーカイブも含めてまとめをしたいです。ただ、今後も続けていくことはたくさんあり、ひとつはユースとの活動です。また、今回YAU STUDIOという場所の寛容さを感じて、今後も何か協働ができないか模索していきたいです。 

そして、「メンタルヘルス」という言葉を使うかはわかりませんが、やはり心の健康は今後もとても大事なテーマだと思います。一度実績ができたので、次はもう少し専門家の方との協働も考えられますし、もし具体的に治療方法が探求できるのであればしてみたいと思う。そして、アートや文化は心の問題の予防として何ができるか、私自身が考えたい。病気になるとつらいけれど、そうなる前に堰き止められる可能性がアートや文化にはあるのではないかと思うと、ひとつの役割として担っていきたいなと今回痛切に思いました。

これまでも頭のなかで考えていたことが、ユースをはじめとした多くの人との協働や対話を通してだんだん身体のなかに落ちてきた。そんな一年だったように感じています。

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*1 NPO法人大丸有エリアマネジメント協会と一般社団法人大手町・丸の内・有楽町地区まちづくり協議会、三菱地所株式会社で実行委員会を構成する、アーティストがいる街を実現する実証パイロットプログラム

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