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十二話 斥候

 日比谷公園にはすでに渋谷の人間が五、六人集まっていた。
 さながら少年愚連隊といった風情だ。浅井らの話によると、渋谷側は区外の学区でもベーゴマ狩りを繰り返しており、PTAで問題になっていた。先月もブヤとジュクの対抗戦と称して代々木公園で合戦を行い、新宿小学六年の総勢十名からベーゴマを巻き上げたらしい。目下、渋谷は連戦連勝中。破竹の勢い。時代が時代なら、プロゲーマーになっていただろう。
 一人、木の陰から様子を窺う林。
 三日前のベーゴマ納入時、林の仕事に感動した浅井から「未届け人として来てくれるよな」と別れ際言わた。本音では行きたくなかったもの、「その日は早上がりにしてもらえうよう言っとくから」と笑顔で言われ、行かざる得なくなった。その上、翌日開催された浅井らの戦略会議で、「勝利は確信している。だが、用心するに越したことはない。敵を木っ端微塵し、今まで獲られたベーゴマを一挙奪還するため、宮本武蔵戦法を採ろう。そのため俺たち参戦組は二、三十分遅れて行くから、林君だけ早めに斥候に出てもらおう」と浅井が言い出し、誰からも反論出ず今ここにいる。

 浅井は浅はかすぎる・・・。
 やり場のない怒りをぶつけ、軽く木を蹴った。
 木陰が揺れる。
 と、同時に木で休んでいた鳥がいっせいに羽ばたいた。

 「おい、あの木の後ろ、誰かいるぞ!」
 「あっ、今隠れた!」

 林は捕まった。

 「一人で来たのか?!」
 「五対五って言っただろ!」

 矢継ぎ早に詰められる。
 ガクブルに震える林。
 
 「あと十分くらいで来ると思います」
 「本当か?適当なこと言ってんじゃねーだろーな」
 「適当じゃないです。あっ!向こうから来てます」

 渋谷勢が振り向いた瞬間、猛然と走り出す。
 逃げ足には自信があった。
 先生から「お前は泥棒のセンスある」と言われたこともある。
 
 ドブ鼠のような勢いで、市政会館から野外音楽堂の方に回り込む。
 撒いたかーと思ったら、「待てー!」とか言ってまだついてきている。
 林は日比谷花壇の方に抜け、宮城のお堀沿いを走る。
 息を切らし、振り返ると「何で逃げるんだー!」と一人か二人、声を上げ向かってくる。もはや、皇居ランとなった。
 
 大手門まで行けば、宮城を護衛する近衛兵がいるから、安全だろう・・・ハァハァいいながら、気力を振り絞る。しかし、背中から聞こえてくる「止まれ!止まれー」という声はどんどん大きくなり、ついに林は走ることをあきらめた。

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