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百七十四話 裏切りの街角

 倉庫は検疫所になっていた。
 白い煙がもうもうと立ち籠めている。
 白煙の中、高さ一メートルくらいの木の台が並び、その上に噴霧器を持った占領軍の兵隊が立っている。黒人もいる。彼らは自らの前に来る日本兵の頭に、白いDDTの粉末を噴射していた。伝染病を日本國内に持ち込まぬよう消毒しているのだ。

 米兵には一人につき五、六人の日本の若い女が助手として付いていた。見ると、白い粉を頭から被り道化ピエロのようになる日本兵を笑っている。浅井にはそれが妙に米兵に媚びているように見え、極めて不快に思えた。

 日本の女に裏切られた――。
 このことは終生浅井の女性観に影響を与えた。
 
 検疫を済ませた復員兵は、皆博多駅に向かった。
 浅井はまだ希望を抱いていた。この先望みは繋がっていると思い、かすかな望みを捨てていなかった。

 生死を共にした中隊――これから何処かに集合し、中隊長から解散、およびねぎらいの言葉があるだろうと思っていたのだ。 
 
 血よりも濃い、鉄より固い、部隊の絆。
 海援隊ならぬ支那歩駐隊からの贈る言葉・・・。
 
 浅井の胸中、そんな期待が渦巻く。玄界灘の親潮か黒潮のように。

 ここまで来たら一言でもいい。センテンスでなくていいから待っている――。
 が、淡い期待は藻屑と化す。期待に反して泡となる。
 
 待っていたのは、各自バラバラ、自由解散。
 各々が蜘蛛の子のように散り、砲末ならぬ泡沫となって弾けて消えた。
 このこともまた、浅井にとって、何気に大きく裏切られた思いだった。

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