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二十九話 結成

 「リングウッドこと鈴木君が、今隊員を募集している」

 浅井は詳細を話す。
 事前に話のさわりを聞いていた栗巣はともかく、突拍子もない急展開ぶりに小野と福原はついてこれてない。
 
 「無から有を生み出す」
 浅井は謂った。
 獲ったベーゴマの二次利用、鈴木の言う錬金術、都市鉱山、ねずみ講etc・・・。 
 終いには「ベーゴマがベントレーになる」と言った。

 浅井は工場から持ってきた帳面を破り、鉛筆を添えて三人に渡した。
 「個人の都合もあるから希望をきく。参加するか否かはこれに〇付けて出してくれ。強制はしないので」
 渡された紙を見ると二択になっている。
 『望』と『熱望』しかない。
 小野や福原が探す『欠』はなく、それどころか『出』の選択肢すら見当たらなかった。
 
 栗巣が覚悟を決めたとばかりに紙を差し出した。
 「おっ、熱望か」
 わざとらしく浅井は言った。少し口元が緩んでいる。
 そのまま小野と福原に目を遣ると、二人は明らか焦っている。
 栗巣が怒ったような表情で一個下か二個下の二人を見て、あごで催促していた。
 それを見た浅井が「ベントレー、ベントレー」と言って、笑いながら車を運転するような仕草をすると、隣にいた栗巣も腰を屈め、同様のポーズをとる。傍から見たらサイドカーみたいになっていた。
 
 浅井はクロージングにかかった。
 「親が卓球好きなら、自分らもベーゴマの素質あるよ。俺たちより上手いんじゃないの?」
 おだてて二人の方へ手を差し出す。
 下級生の哀しい性ゆえ、小野・福原はあっさり陥落した。
 
 「フッ、ベーゴマがベントレーか・・・」
 帰り際、浅井は一人笑ってしまった。
 
 工場に戻ると林がいた。オーダーメイドのベーゴマを発注すると若干警戒する素振りを見せたが、無事引き受けてくれた。
 事が順調に進んだ・・・浅井は俄かに爽快ともいえる気分に陥った。

 翌日、学校で栗巣に案内してもらい鈴木と会った。
 浅井が事の次第を話すと、「お、おうっ!」と頷き、「仕事早いな」と驚いていた。一瞬、お前から仕事受けた覚えないと思ったが笑って流すと、「決戦は金曜日な」と鈴木が言うので、「もう決めてるんかい!」と逆に吃驚した。
 鈴木のそれは明らか勇み足で、軽率だった。ところが栗巣は「やはりイケイケだ!」とポジティブに捉えていた。
 この人が言うことなら間違いない・・・頭の中でアメリカンドリームズカムトゥルー的な景色が広がる。
 さらに、鈴木が「俺が上級生だし、リーダーやるしかないなぁ」と言い、ダメ押しに仕方ねぇなー的な感じで笑うのを見て、自分たちのために重責を引き受けてくれていると理解した。
 すでにタイタニックの如き大船に乗った気になる栗巣。
 一方、浅井は怪しんだ。あの鈴木が自らリーダーになろうと己で決めにかかっているのだ。何よりも仕事が増えることを嫌う鈴木。以前「たとえ駄賃が増えてもバイトリーダーはやりたくない」と言っていたのを聞いたことがある。
 懸念しかない。大方「役職や責任に応じた取り分にする」とか言い出し、おいしいとこ取りするのではないかと疑った。
 実際、鈴木はそのつもりだった。どさくさに紛れて最低戦果の九割は我が物にしようとしていた。

 「了!」
 いきなり栗巣が敬礼した。リーダーや四番はリングウッド君しかいないと激推しの意を表明したのだ。
 「わかってるな~~~」
 気持ち悪いほど鈴木が微笑んでいる。
 浅井は鈴木の魂胆を阻止するタイミングを逃してしまった。
 
 こうして、目黒・品川界隈の尋常小学生による部隊が結成された。
 大将は大正十四年生まれのリングウッド鈴木。
 以下、役職は平で、大正十五年生まれ浅井宏、昭和元年栗巣健一、同三年小野甲一、同四年福原真澄の総員五名。余談だが、昭和元年は、西暦一九二六年の十二月二十五日から三十一日まで。栗巣はクリスマスに生まれていた。
 
 後日会議で、浅井が「林も入れようか」と、林の正規メンバー入りを打診した。しかし、鈴木が「いや、今いるメンバーの取り分が減る」と暗に懸念を示す。結果、林はイタリア語で自由を意味するリベロの役割、あくまでフリーの遊撃、斥候に留めるとした。
 「外地の人間にあんまり負担を掛けても悪いしなぁ」
 鈴木のこの台詞が決め手となった。

 また、部隊編成につき、栗巣が鈴木に弟子入りした。
 いい気になった鈴木は、次の日学校で「栗巣は俺に入門した」と言いふらしていた。

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