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百十二話 間接照射
四一式山砲は、直に標的を狙って発射する直接照準のほか、間接照準がある。戦場は、戦斗が激しくなるにつれ煙が立ち込め、直接標的が見えなくなるからだ。
間接照準では、予め戦線が静かなうち標的を定め、山砲に付いている照準器に、位置を記憶させる。照準器の向きを真後ろに変え、後方に目立つ建物などがあればその端に、なければ大木など動かない物の中心に照準を定める。
つまり、山砲の砲口は敵の標的に向いているが、照準器は砲煙で見えなくなってもいいよう後方の標的に合わせておくのだ。これで、敵が移動したり、別の攻撃目標ができても対応できる。
なぜなら、予めセットしておいた基点から、距離や方位の値を起算して照準器に入力すれば、標的に合うからだ。
但し、これを実行するには、ある程度、機械いじりが好きで、数学ができねばならない。
ところが浅井ときたら、根っからの不器用で機械音痴。数学に至っては、科目に代数や幾何が加わった頃からお手上げで、中学入試の模試でも三百人中常時下から五番付近というお粗末さだった。
その上、演習でも山砲照準器の操作は、やったことがない。正真正銘今回が初めてなのだ。
何をやっていいのか、否、何を聞いていいのかすらわからない――浅井は緊迫のあまり緊縛状態となり、周囲が見えなくなっていた。周りの気配に合わせて、動くには動くが、その動きは固く、まるでロボットのようだ。
為す術ない浅井が発射したところで、果たして正確に飛ぶだろうか。その答えは、火を見るより明らかだった。
再三言うが、今検閲は、実戦の最中にある。案の定、間接照準が採用された。
直接照準に一縷の望みを賭けていた浅井は、「ガクッ」と膝を着く。
山砲から斜め七、八十メートル前に、指揮班がいる。
彼らは、距離を測る測遠器や方向を測定する砲隊鏡で目標を捉えると、山砲の眼鏡を扱う部署に電話線で伝える。
指揮班から届く攻撃目標を待つ浅井。身はすでにカチコチで、砲台の横、独り、地蔵になって居た。
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