百七十七話 歸京
列車が東京に近づくに連れ、家屋や建物が増える。と同時に、空襲による被害状況が明らかになっていく。
沿線の工場だったであろう建物――その殆どの屋根はブチ抜かれ、吹き飛ばされている。米空軍機が投下した爆弾により、何もかもが機能不全に陥っていた。
横浜駅を過ぎ、京浜工業地帯に入る。被害の状況はますます酷くなった。屋根は皆無。無数の折れた鉄骨だけが、空に向かって垂直に突き出している。
全焼した工場跡に生い繁る雑草。完膚なきまで破壊され、あるのはただ曲がった鉄骨のみ。その間から、東京湾の青い海が、キラキラと太陽に照らされ光る。
眩しい――國破れた哀しみと海を見て覚える感動とが二律背反し、その相容れなさが、復員兵を大いに途惑わせていた。
やがて列車は品川駅に入り、ホームに停まった。
一刻も早く降る。浅井は階段上からホームを見渡し、必死に田村班長を探した。
ホームは列車から降りた復員兵で混雑そのもの。最後の別れを惜しむ者、即乗換え次のホームに急ぐ者など、様々な人間模様が溢れている。
が、残念ながら田村班長の姿はない。浅井は仕方なく山手線のホームに向かった。
品川駅構内、行き交う人の復員兵を見る目は冷たい。特に年配の婦人は、憎悪の視線を向けていた。
お前達が戦争をしたから、日本は焼け野原にされた――。
そう詰る目だ。
「日の丸の小旗を振って俺達を戦場に送り出していたじゃないか!」
浅井は腹の中で叫ぶ。
「何なんだこの手のひら返しは!」
あからさまな憎しみに出くわし、激しい反発を覚えざる得ない。
やはり日本に帰って来るべきではなかった――と後悔した。
さらに事件は起きる。
浅井がしばらく山手線のホームで待っていると、トランペットの甲高い音が聞こえて来た。
聴き覚えのあるメロディー・・・ジャズの名曲『セントメリーの鐘』の旋律だ。
「ジャズは敵性音楽だから聴くな」
学校でそう言われていたが、浅井は密かにブートレコードを買い、自室でよく聴いて居た。
同様の音質、音色・・・あまりの懐かしさに足が誘われる。
線路の向かい、京浜デパートがある。音は半地下になった室、その開いた窓から聴こえて来る。
浅井は足早に駈け寄り、中を覗いた。
すると、南斗吃驚、大きな黒人兵達に抱きかかえられるようにして、日本の若い女達が踊っているのだ。
「博多の検疫所同様だ!!」
敵だった亜米利加のGI達に、若い日本女性がすっかり馴染んでいる。その姿に強度の媚びが見られ、復員兵を明らか見下しているように感じられる。
壮大なショックを受ける浅井・・・またしても複雑な心境に追いやられて居た。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?