第52回:思い出し笑い シャレから生まれた「できちゃった落語」!「目黒のさんま」ならぬ「恵比寿の鯨」とは!?(&ツルコ)
第52回:シャレから生まれた「できちゃった落語」! 「目黒のさんま」ならぬ「恵比寿の鯨」とは!?
*intoxicate vol.107(2013年12月発行)掲載
今年は、ちょっと面白い経験をしました。新しい落語の誕生に立ち会わせていただいたんです。
始まりは6月。落語台本コンクール等で受賞多数の落語作家・本田久作さんが、恵比寿で今年初開催の「恵比寿鯨祭」の告知をたまたま目にしたことがきっかけです。「目黒のさんま祭りには落語〈目黒のさんま〉がある。それなら、恵比寿の鯨祭りにも落語があってもいいんじゃないか」というわけで、誰に頼まれたわけでもなく、「恵比寿の鯨」という落語を書いちゃったのだそう。それで、「こんなんできたんですけど」と相談したのが、「扇辰・喬太郎の会」や「噺小屋シリーズ」などいい落語会を数々手がけている東京音協の落語担当・五十嵐秋子さん。その意見を元に原稿を手直し。再度渡された原稿を読んだとき、五十嵐さんは「この噺を演じるなら入船亭扇辰さん」と浮かんだのだそうです。それでさっそく師匠にこの新作落語を演じてもらえるかを打診、その後「恵比寿鯨祭」事務局に「ぴったりの落語、あります」とアプローチ。両者とも「それは面白い」と乗ってくれたことで話は進み、なんと9月4日「くじらの日」に予定されていた恵比寿鯨祭のフィナーレイヴェントに、この新作落語「恵比寿の鯨」が初演されることになったんです! シャレから生まれた「できちゃった落語」を、取り上げ育てて上演まで実現させた五十嵐さんの手腕、さすがです。
「恵比寿の鯨」は新作落語ですが、「芝浜」の勝五郎らしき人も登場したりと、江戸を舞台にした古典落語のスタイル。初演は恵比寿鯨祭の関係者向けイヴェントでしたので、寄席や落語会とは違う環境での初披露というプレッシャーにもかかわらず、扇辰さん、期待を裏切らない高座を聴かせてくれました。その後、自身の独演会「扇辰日和」で、めでたく落語ファンにもお披露目できたのでした。
そういえば昔、池袋演芸場での若手噺家さんたちの落語会で、客席から3つの言葉をもらい、会の間に三題噺を考えて高座にかける、という趣向があって、柳家喬太郎さんが、「ハワイの雪」という噺をつくりました。3つのお題がこの短い時間でどんな噺になるんだろう、とわくわくして聴いたことは、いまでもよく覚えています。「ハワイの雪」はその後もご本人だけでななく、他の噺家さんも演じてました。古典落語は、その噺が誕生してから長い年月をかけ多くの噺家によって演じられ磨きあげられてきたもの。生まれたての「恵比寿の鯨」も、ぜひこれからブラッシュアップされていって、寄席の定番に育ってほしいです。そして「目黒のさんま」同様、「恵比寿鯨祭」でも、ぜひ毎年その成長ぶりをお披露目できるといいですね。
扇辰さんは今年、「毎日新聞落語会シリーズ」で新作CDをリリース。真打昇進記念のデビューCD『扇辰日和』でも収録している「ねずみ」を再収録していますので、久しぶりに10年以上前になる「ねずみ」を聴いたら、あらお若い!あの頃から落ち着きのある佇まいでしたし、あまり変わっていないように思っていましたが、とんでもない。どんどん進化していく芸を追い続ける楽しみ、改めて感じました。そしてもう一席は、師匠である入船亭扇橋譲りの「茄子娘」。飄々とした扇橋さんの寄席での高座を思い出しますし、こういう芸の継承、いいですよね。
思えばこの「思い出し笑い」、今年は扇辰さんのインタヴューからスタートしたんでした。初席(寄席の元旦から10日までをこう呼びます)の最中にお時間とっていただいて。2013年は、扇辰さんで始まり、扇辰さんで締めとなりました。来年もいい年になりますように!