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【小曽根真】チック・コリアとの宝物のようなやりとりを、メッセージとして次世代にも伝えたい

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チック・コリアとの宝物のようなやりとりを、メッセージとして次世代にも伝えたい

interview&text:佐藤英輔

 チック・コリアと小曽根真、名手二人のデュオ演奏の模様を収めた『レゾナンス』がついに発表される。ソースは、2016年に11会場を一緒に回ったツアーだ。チックは今年2月に逝去したが、その生前からリリースが準備されており、二人の表現の多彩な襞を伝えんとするかのように2枚組でのリリースとなる。そんな本作をリリースに際し、小曽根真にチック・コリアとの関係やその時のツアーの内側、今作に託した思いなどを問うた。(7月27日、神宮前・ユニバーサル・ミュージックにて収録)

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『レゾナンス』

——チックとの、最初の出会いは1982年ですか。
「そうです。バークリー(音楽大学)が企画した学内コンサートの会場でした。前半の一部は学生バンド、2部がチック・コリア・トリオというプログラムで、僕たち学生バンドがリハをやっていたら、バック・ドアが開いて、ミロスラフ・ヴィトウス(ベース)とロイ・ヘインズ(ドラム)と一緒にチックが入ってきました。チックはまっすぐ僕の所に近づいて来て、“ハイ、ピアノはどうだい?”、と話しかけてきた。その時は、自分ごときがピアノの良し悪しを言える立場ではないと思ったので、僕は戸惑ってしまいました。それで、弾いてみますか?と彼に尋ねると“いや、僕は君に聞いたんだよ”と言うので、“いいピアノだと思います”と答えたら、チックは座って弾きだし、“いいピアノだ”と。その時に、立場は関係なく自分が思ったことを言っていい、こう弾いた方がいいではなく自分はこう弾きたいという意志が大切なんだというメッセージを彼から瞬時にいただいた気がしました。その日の夜のコンサートでは、それまでの他者を意識して見せようとする演奏ではなく、自分が聞こえたものだけを探すような演奏にトライしてみようと思って弾いたのですが、後ろからイエーっと声が聞こえてきた。えっと思って振り向いたら、舞台袖にチックが座っていて、終演後には“素晴らしかった、自分の音楽を探しながら弾いていたね”とも言ってくれました。それがとても印象に残っています」
——ぼくはチックと小曽根さんというと、態度というか、音楽の向かい方が似ているように思います。そごく好奇心旺盛なこと、またウィットに富んでいること、そして人に対する態度がすごい開かれていることなどは、共通していると感じますね。
「僕は、彼みたいになりたいと思っていました。どうしてそんなに確信を持って次の音を弾けるのかと、チックに聞いたこともありますが、結局自分と向き合うということがすごく大切とのことでした。やっぱり、自分が楽しいものじゃないと聴く人も楽しめない。だから、自分がまず本当に至福な時間とエネルギーを作ることで、オーディエンスはそれを受け取りに来てくれる。それなのに、こうやったら楽しんでもらえるんじゃないかと媚びて演奏したら聴くほうは引いちゃいますよね。まずステージでとんでもない事が起こっていて、わざわざ時間とお金を使っていらっしゃる方々はそんな非日常の、何かものすごい素敵な瞬間に意義を感じて来ているんだということを、チックのステージを見ると思いますね。あんな力を抜いて弾いているのに、一音一音がどうしてこんなにも魅力的で、アドリブとは思えないようなすごい確信を持つ旋律が聞こえてくるのですから。それについては、自分も歳を取ってから、その意味がようやく分かるようになりました。それから、僕が彼の好きな所は、人を心から称賛できるという事ですね。今回の『レゾナンス』の冒頭の彼の(僕を褒める)MCはちょっと恥ずかしいですが(笑)」
——僕は、アルバム冒頭にあるチックの小曽根さん称賛MCで、これは本当に心を通わせているアルバムなんだと即思いました。
「僕はあれを聞いて、小さくなりましたよ。“ジーニアス・フレンド”なんて、とんでもない。そして、それを受けてどう彼に言葉を返そうかなと考えたら、この20年間の僕の夢がここで叶ったという言葉が出てきました。それは、もう僕にとっては最大級に彼を称える言葉です。そして、じゃあゼロから始めますという所からあのドラマチックな音楽が出てくるわけですから、お客さんは僕たち二人の関係性を肌で感じてもらえたと思います。これは、僕にとってはとてもとても大切な、僕たちにとって宝物のようなアルバムです。メッセージとして次の若い演奏家たちにも伝えていきたいと誇りに思えるものが、ここにできたと思います」
——2016年のツアーがソースとなっています。それ以前にお二人がガチでデュオで演奏したことはあったのでしょうか。
「1996年にモーツァルトを、チックがプロデュースするパルテノン多摩のイベントで共演しました。実はその前年にもパルテノン多摩で再会していて、その時に僕はゲイリー・バートンとデュオで演奏したのですが、そのステージを聴いたチック(その時、彼は新日本フィルハーモニーとの共演を披露)が来年ここで一緒にモーツァルトをやろうよと突然提案してくれました。僕は当時まだクラシックを弾くという事にはあまり興味を持っていなかったので、そこから、また一つ新しい扉が彼によって開けられました。その後、2002年に僕の『トレジャー』というアルバムで彼に参加してもらいましたが、4つに組んだのはこの2016年のツアーが初めてです。」
——ソロ、デュオ、トリオから、ビッグ・バンド(ノー・ネーム・ホーセズ)までいろんな単位で小曽根さんはおやりになっていますが、その中でピアニスト同士のデュオというのはどんな位置にあるものなのでしょうか?
「好きですよ。すごく楽しいし。何人かピアノ・デュオをやりたいなと思ってる人がいて、ブランフォード(・マルサリス)のバンドで弾いているジョーイ・カルデラッツォのような王道のジャズの人ともやってみたいし、ゴンサロ(・ルバルカバ)ともまたやりたいねとずっと話をしています」
——本作を聞くと、チックと小曽根さんが本当に自然に重なり合っていると思います。素材もお互いの曲があったり、クラシックやスタンダードを素材に置いてみたり、またフリー・インプロヴィゼイションもあります。本当に、自由自在というしかない内容ですよね。
「何も決めないでコンサートを始めていますからね。なんとなくレパートリーはあるのですが、チックがいきなり何か弾き始めて、どこ行くのかなあと付いて行ったら(ガーシュインのスタンダード)《サムワン・トゥ・ウォッチ・オーヴァー・ミー》だった」
——この時のツアーは、やる日によっても演目が変わっていたんですね。
「はい。まさしく、ジャム・セッションのようなコンサートでした。決まっていたのは、そのインプロヴィゼイションでコンサートを始めて、最後に《2台のピアノのためのファンタジー》をやることだけ。その間はその場のインスピレーションで決めて演奏しています」
——そういうふうに自由で奔放に進めながら、ある種高貴というか、ア〜トな手触りもしっかりあります。それを目の当たりにすると、お二人の地力は本当にすごいなと思ってしまいます。
「ありがとうございます。だからCDでは、サイド1、サイド2ではなく、あえてJOURNEY 1、JOURNEY 2と、“旅”と題しました」
——ところで、チックのピアノ音が右チャンネルで、小曽根さんが左チャンネルとなっています。
「なぜか僕が第一ピアノのほうに座ることになりました。今考えたら、普通第2ピアノは上手に座りますが、チックを第2ピアノにしちゃったんですよ。第1、第2という気持ちが、二人になかったのですよね」
——チックって、そういうこだわりがない人ですよね。楽しく、お互いが心地よくできればOKみたいな。
「そう。多分僕にどっちに座るかと聞いてきて、僕が何の気なしにこっちと言ったらOK と。彼は、対する人の意思を何よりも尊重する。だから、このアルバムの選曲もトラック選びもテイク選びも僕が全部やりました。チックからそう頼まれたので。結果、この並びになったよと聴いてもらったら、一言、イエイという返事でした」
——一緒に回っていて、何か面白いこぼれ話はあったりしますでしょうか。
「毎日が本当に面白かったです。彼は、ニュートリション・ダイエットをずっとやっていました。それで、ツアー中もスーツケースにブレンダーなどの料理調理器具をたくさん入れて移動し、その都度現場に依頼していたオーガニックの野菜が届いていました」
——彼はヴェジタリアンなんですか。
「ただのヴェジタリアンではなくて、この野菜とこの野菜のコンビネーション一番がいいとか、きちんとしたニュートリションのレシピがある味しくて、僕も毎日チックのサラダを食べていましたね。でも、2回だけ彼はラーメンを食べました(笑)。博多と赤坂にあるラーメン屋には、毎回必ず行きたいようで。それから、広島行った時にお好み焼きを僕が食べに行くと伝え、ジャパニーズ・ソウル・フードだよと説明したら目がキラっと輝いて、一緒に行きました。焼いている過程を見て楽しんでいましたね。あと、鹿児島空港に置いてあるピアノを弾いたり。とにかく自由な人で、旅の最中はとても楽しかったです」
——膨大な録音ソースを2枚にまとめる上で、選曲意図はありましたか?
「まず、自分たちのオリジナル曲は全部新しいのを入れたかったです。即興の部分に関してはどのテイクもいいのですが、チックの曲も僕が書く曲も結構決まりがあるので、まだそれに慣れずこなれていないものは外しました。とにかくチックに任された手前、相当聴き込んで絞り込みました」
——しかし、もう5年も前になんですね。
「早いですね。彼が生きていたら、僕の60歳と彼の80歳を祝う、<60、80>というコンサートを今年やる予定でした」
——『レゾナンス』には人と人の重なりの妙や、逝去してしまった巨人の確固とした個性などが渦巻き、それがすごい澄んだ形でぽっかりと結晶しています。なんかしんみりさせられつつも、高揚してしまいます。
「何も余分なものがない状態から魂が紡ぎ出す物語が聞こえてくるのがチックの音楽だと僕は感じています。僕は最大限のリスペクトと称賛を込めて言いますが、チックは器用に弾くことができない、いや器用に弾きたくない人間なのです。だからすごく正直で、チック・コリアというカラーがある。僕は彼の素晴らしい不器用さ、正直さゆえに適当に弾けないという事実を、あのツアーで目の当たりにしました。僕はいろんな音楽をやっていくうちに本当に自分のアイデンティティってあるのかなと不安になる時があります。でも、僕はやっぱりそれをやりたいし、貫きたい。そして、チックはそういう僕に興味を持ってくれました。今はクラシックのどのコンチェルトを練習しているのとか、メールで練習しているものを彼は聞いてきたりもしましたね」
——チックのことを小曽根さんがすごい慕い、触発されていたのは分かります。一方、『レゾナンス』を聞くとチックも小曽根さんの演奏から刺激を受け、そこから自分の中から生まれる音を出しているのも分かります。
「そう言っていたけたら幸いです。演奏にトライしている時に僕が一番気をつけたことは、へりくだらないようにすることでした。チックに対して気を使うという事が、本人が一番望まないことであるのはそれまでの経験から分かっていましたから。もし、チックとの魂との会話であると感じていただけたらすごくうれしいです」
——それで、この9月には上原さんとデュオのツアーをします。 
「僕と彼女は、話す言語が全然違うんですよ。2017年にオーチャードホールで僕が企画したクリスマス公演で、ゲストのオペラ・シンガーが体調を崩して来日できなくなった際に、ひろみちゃんにピンチヒッターとして出てもらってデュオで演奏しました。その時とても楽しかったので、今回も楽しみです」
——出たとこ勝負となりますか。
「このアルバムに入ってる曲は何曲かやろうかなと思っています」
——上原さんも、チックとの関わりは長いですからね。
「どちらもチックとは共演しているし、お互いの中にあるチックが音楽を通して出せたら本望です。また、新しいチックの像がそこから生まれるかもしれない。そういうものを、皆さんと共有できたらいいなと思っています」
——さらに、ノー・ネーム・ホーセズでもチックへのトリビュート公演をなさいますね。
「前半には須川展也(サックス)さんも出演します。チックはソキソフォン・ソナタも書いているので、それを須川さんに演奏していただきます。前半は僕のソロで行き、後半はノー・ネームでチックの曲を演奏しますが、その際には2曲で二人の若い女性に新しくアレンジしてもらいます。二人ともパークリーに行っていて、一人は僕の(国立音大の)教え子でもある鈴木遥子。そして、もう一人の秩父英里は仙台に住んでいるのですが、東北大の大学院に受かっていたのにバークリーから奨学金が出て、休学届けを出してボストンに行っちゃったという面白い人です。"From OZONE till Dawn”という、僕が若い担い手たちを紹介していくプロジェクトがスタートしているのですが、それもチックが僕にやってくれた事や教えてくれた事を、今度は僕が後輩の音楽家たちに伝えていきたいと思って始めました。これから、次世代の素晴らしい才能を皆さんに紹介していきますので、楽しみにしていてください」


【LIVE INFO】

●「Tribute to Chick Corea」9月22日(水)、23日(木・祝)=サントリーホール《完売》、24日(金)=愛知県芸術劇場、26日(日)=兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホール《完売》〈出演:小曽根真(p)、上原ひろみ(p)〉
●「OZONE60」9月25日(土)=河口湖・ステラシアター〈出演:小曽根真(p)ソロ〉
●「Tribute to Chick Corea OZONE60 Special」10月2日(土)=北九州市立響ホール〈出演:小曽根真(p)、ゲスト=RINA(p)〉
●「Tribute to Chick Corea 小曽根真 featuring No Name Horses」
10月22日(金)=渋谷・オーチャードホール〈出演:小曽根真featuring No Name Horses、須川展也(sax)、小柳美奈子(p)〉


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『レゾナンス』
チック・コリア(p)小曽根真(p)
[ユニバーサル UCCJ-3042] 2CD
8/25発売




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