宇宙人(多分小説)
信じてもらえないとは思うが、私は夜中に家を抜け出して、宇宙人と会っている。「宇宙人」といっても、いわゆる宇宙人の姿はしておらず、「SPY×FAMILY」の情報屋、フランキーのようなどこか抜けている男の姿をしている。「そろそろ話したいなー」と思って、いつも会う埠頭に行くと、テレパシーの一種なのか、レトロな日産・フィガロに乗って彼は私を待っている。月の光で映し出される、もじゃもじゃ頭のシルエットをみると、なぜかホッとするのだった。
kと関係が始まった、今から3年半前の頃。私は今となっては信じられないぐらい、kの言動にいちいちブレていた。2年近く私を口説いた上で関係が始まったのに、kは「そのブレは俺は関係ない」という、はたからみれば冷たいところがあった。毎日溢れるほどの哲学的で美しい言葉をくれるのに、私だけが滑稽に揺さぶられていた気がする。kが何を考えて、何故そんな言葉を発するのか、逆に何故何も言わないか、無駄に思考を巡らせた。だが、kはするりとかわし、私の要望に応えてくれない。だから私はkの哲学的な話の欠片をいっぱいいっぱい集めて、ひたすら自分自身と対話を続けた。そうこうするうちに、「確かに相手に求めるのは、構造的におかしい。答えは自分にしかない。それが宇宙の原理なんだ」というスピリチュアルな結論に達した。kがガチガチの理系なのに、精神世界を受け入れる物理学者のようなところがあったからかもしれない。ただ、私の気持ちがkの言動関係なくぶれずに安定するまでは、半年ほど時間が必要だった。
宇宙人に会ったのはちょうどその頃だ。私のことを熱心に観察している彼を捕まえて、「あんた何やってるの? もしかして私のストーカーなの?」と話しかけたのがきっかけだ。
にわかには信じられなかったが、彼は地球に帰化した宇宙人の調査を「おかみ」に命じられているのだという。様々な種類の宇宙人が地球上にいるようだが、どうもkも宇宙人の1人らしい。確かに異様な程の頭の回転、超人的な性、達観した思考はどれも常軌を逸していた。
kという宇宙人の名前は、長くて覚えられないけれど、わかりやすく私は「サピオ星人」と呼んでいる。「サピオ星人」は文字通り、知性が飛び抜けて高いのが特徴だ。知識が豊富というより、思考が柔軟でいろんなことが有機的にそして素早く結びついていき、とにかく美しい。この宇宙人タイプが地球人とどう交流し、その結果どんな化学反応が起こるか調査しているらしい。
「ねえ。おかみって誰よ、フランキー」
「ふーん。その偉い人は誰と誰がどのタイミングで出会うかって知ってるのね? 何それ、ラプラスの悪魔みたいな?『未来は全部決まってますー』みたいな感じなの?」
フランキーによると、調査のため、定期的に宇宙人kの頭の中のデータを夜中にスキャンして、宇宙にアップロードしているのだという。より精緻な情報を得るため、私の方にも張り付いていたが、私は毎晩遅くまで飲んでるわ、不眠気味だったりするわで、スキャンができなかったところ、ついに見つかってしまったのだという。Poor Franky.
「よしわかった。面白そうだから協力するよ!時々、kの様子を報告してあげる。私は分析大好きだし、かなり貴重で有益なデータが取れると思うわ!」。こうして、困惑気味のフランキーに私が一方的に決めた報告会が始まったのだ。
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おもむろに取り出したLARKに火をつけながら、フランキーは切り出した。やっぱり何をやっても様にならない。「こんなんだから私に見つかるのよ」と改めて思う。
「そうそう、全然会ってない。『生きてるの?』って感じだったわ。そんな中、ジムに一時的に通ったら、夏頃L君と出会って、ちょっと付き合ってみたよ、知ってると思うけど。でも、サピオが全くなくて続かなかったよねー。懲りずに今でも時々LINE来るけど、もうないわ。それでも、一時的には好きって思えるんだから、面白いよね。人間の脳はエラーをすぐ起こすけど、それが予想もつかない方向にいったりして、そこがいいよね。なんというか、どんな出会いも『あー私はこうだったんだ』って自分の発見があるよね。毎回、臨床試験してる感じがする、なんでだろう。というかさ、なんで『おかみ』はサピオセクシャルの私に非サピオを派遣するのよ!」
そう言って、バスケットのシュートのように、片手で後ろ座席のゴミ箱に丸めたティッシュを投げたが、入らなかった。
「入ってないじゃん、ゴミ。だから言葉に説得力がないのよ。まあね、確かにkも、何かと何かに差がなければ境界線がみえなくて、区別することはできないっていうし、改めて非サピオはダメだと知ったわ。でさ、暇つぶしにマッチングアプリで数ヶ月調査したのよ。うふふ、noteにあげたからフランキーも読んだ? 知的メガネ君といい感じに最近なったけど、彼も非サピオだった。いや、偽サピオ。私が思うサピオって、知識でも経験でもないんだよね。美しい思考というか。話をしていると、シナプスがビビって反応する感じが私の求めるサピオ。彼はちょっとアカデミック風に話してるエロいおっさんでしかなかった。それでもまあ、ちょっとは知性あるかなと観察してたら、『スーツ好きなサキさんのためにスーツ選んでます』ってLINEきて終了ー。そんなこと言ってないし、そもそも偽サピオがスーツ着たところでw!
結局、私の場合、文系に反応することが、かなり少ないってこともよくわかった。まあ、単に理系なだけじゃダメなんだけど。普通に素敵な理系なら、会社にも山ほどいるしね」
「そうなの!!さすがフランキー、さすがって初めて思ったわw。ごめんごめん、そうなのよね。kと同じガチガチ理系の技術者で。だけど今は色んなプロジェクトを同時に動かしてて。海外ビジネスという共通の話題もあるし、何を聞いても素早く痺れる回答してくれる」
「実はね、彼、うちの会社ともプロジェクトで一緒に仕事したことがあったんだよね。うちの部署じゃなかったけど、ニアミスしてたかもって。もはや仕事を通して知り合ったって言ってもいいぐらい。マッチングアプリって、会える時間帯だの、顔の好みだの条件で人を選ぶから、普通に誰かと出会って、人として好きになって、そこから恋愛にー、という恋愛の基本ステップを踏まない。だけど、彼は、ああ、mさんっていうの。1個上なんだけど、この間の初デートでも仕事や教育、AIの世界といった話とかこれまでの人生の話とかをお互いずっと話してた。傍目にはきっと仕事仲間にしか見えないだろうなと。恋愛要素が全然ないのよ、初デートなのに(笑)」
「そういえばね、kと初めてデートした時も、バーチャルで匂いを実現できるって話をkがしてきて、私が『色は3次元だから可能だけど、匂いは無理』って反論したのに、kが何やら難しいことを言い出して、『初めてのデートでこういう会話しないでしょうよ』ってものすごく呆れてたのを思い出した。あの感じに似てる」
「kは頭が良すぎて飽きっぽいから、いろんなプロジェクトを同時に回すようなことがやりたいなーって前に言ってたけど、まさにmさんはそんな感じ。仕事の話とかめちゃくちゃ面白かったの。しかも出身地、私と同じだったんだよねー!」
「うーん、理系的思考をするかは一つの基準かな。kと話すと、なんというか思いがけないことが結びつく。思考がクリエイティブで、すごく美しくて楽しい。そう、クリエイティブ!mさんとの会話もそうなの。あと、私と話すと、新しい発想が浮かぶとkもmさんも言ってたなー。私の意見に同調するんじゃなくて、そこから新しいものを生み出す、自分の中でね。それを聞いて私も、あーあーなるほどーってなるの」
「あと、サピオ星人の特徴かわからないけど、睡眠と運動の習慣が確立してるところ。朝早く起きてトレーニングしてたりする。
あとは、自分の子供とよく遊ぶ。すごく大事にしてるのがわかるなー。まあ普通かもしれないけど。宇宙人だし、自分の遺伝子を地球に残すんだから、余計愛おしいんじゃない?なんて思うわ。kはすごく自分の子供が好きだけど、mさんとも子供の話、いっぱいした。たまたまかなー、どうなんだろ。」
「これはたまたまかもしれないけど、二人ともお酒もタバコもしない。昔、kに理由を聞いたら、サキが俺にとってお酒みたいなものだって。mさんは体質的に飲めないらしい」
「あ、共通点というよりむしろ違いだけど。kはガチガチ理系なのに、紡ぎ出す言葉は哲学的で美しい。今はそんな言葉かけてくれないけど、本気になったら(笑)。mさんはまだわからないけど、そんな感じはないな。ただkに比べて、マメ。仕事忙しいのに必ず連絡してくる。種類が違う宇宙人なのかしら?個体差?」
「それでね。mさんの仕事の話とかすっごく面白くて。kもきっと関心あるだろうって思って。kにmさんの話をしたの」
そう私が言うと、フランキーは漫画みたいに飲んでいた缶コーヒーを吹き出した。
「ちょっと、汚い!」
「さすがにマッチングアプリとは言わなかったけどw。高校の先輩という設定で。同じ高校ではなかったけど同郷だし、年も1個しか違わないからそんなに無理な設定じゃないかなってw。SNSも発達してるし、そんな話があってもおかしくないでしょ。
で、高校の先輩でね、こんな人がいるのよって言ったの。kと同じで技術系の研究者だったけど、今は違う業界でも仕事しててって。理系ってやっぱりいいなー、理系の思考があったら、色んなことできるんだなー、kもなんでもできるからいいなーって」
「そしたらね。kはなんて言ったと思う? 『理系だとか文系だとかの垣根はもうないと思うけどな』って。『そっかー。AIとかあるから?でも物事の考え方が文系と理系じゃ違う気がする』って言ったら、『垣根がないって考えた方が世界が広がるからな。世界が広がる考え方の方がいいから。で、AIがあるから、●●があるからって理由が後付けされて、見えてくるようになる』って」
「うん。そう、すごくkらしい。そういうところがめちゃくちゃ好き。いっつも私の想定より遥か上にいて、思考に制限をかけないところが好き。改めてこんな人に出逢えてよかったって思った。kは私に対して、『こうしなさい』とか『これが正しい』という言い方はしないし、私の何かを否定しない。あくまで『なるほどね。俺はこう思うけどな』というだけ。私もkの盲目的な信者でもないし、kを通して私が感じたことは、唯一無二の私の思考だから」
「でね。kらしくて好きだなーって思ったら、無償にkとしたくなって、、1人でしちゃった、、。何故か涙が出てきて、泣きながらしたの。こんなこと初めてかも。悲しくも嬉しくもないのよ、嫉妬とか愛してるとかそんな時限でもない。kと会った夜に出る、魂の結露みたいな涙。kの言葉は私の心の奥まで届いちゃうんだと思う。私の場合、心の扉は子宮のあたりにあるんだろうね。そこに扉かスイッチがあるというか。人間の体は精巧に作られてると思うわ、ここに生殖器官があるんだから。仮に実際に子供を産まなくても、仕組みとしての話ね」
ここまで一気に話した。フランキーは基本的に何か情報を私にくれない。ただただ、私の話を聞いている。正解も不正解もない、ただ私の感想を。ふいに思い出したかのように喉の渇きを覚え、ボルビックを三分の一ぐらい飲んだ。
「でね。それもkに話したの」
「うんw。kにはとりあえずなんでも話したいの。返信は特に求めてないけど。あっ、魂の結露とかそういう話は言わないよ、『kとしたくなって、してしまった。よくわからないけど、悲しくも嬉しくもないのに涙しながら、してしまったわ』とね。そしたらkは、『動画送ってくれたらいいのにー』って」
何回か要望があったから送ったことあるしね。だけど、『いや送らないよ。だいたいね、見られることを意識したら、快楽の解放なんてできない』と返信したw。私たちらしい会話だなって思うわ。とにかく、私が『した』ということを伝えたくて、それに対する反応も、返信も別に求めていないんだよね。よくわからないけど」
「あーちょっと、大事なことを思い出した!マヤ暦でね、kと私を見たことがあるんだけど、私は「黄色い種」でkは「黄色い太陽」なの。なんと、生年月日はもちろん全然違うんだけど、mさんも「黄色い太陽」なんだよ!!!すごくない?で、黄色い太陽との相性は「ガイドKIN」っていうらしく、お互いを高め合うとかそういう関係らしい。で書いてあったのがウケるんだけど、『あなたとあの人を繋ぐ運命は、将来についての壮大なビジョンです。例えば、世界平和・・・とまではいかなくても社会貢献など、自分達の幸せだけではない理想の実現・・・・」
宇宙人と世界平和って!!!!!
フランキーと私は涙を流して笑った。フランキーの体は借り物なのに、笑って涙まで出るなんて、その地球人ユニフォームは精巧にできてるなーと少し感心する。そもそも宇宙人は涙を流したりするのかしら。
ひとしきり笑ったあと、フランキーは言った。
「本当ねw。私、地球のジャンヌダルクじゃない?、もはやw。まだ1回デートしただけだからわからない。kと違って、まあkは会社が一緒だったからというのもあるけど、mさんは慎重に私との距離を詰めてるって感じがする。『今度はドライブでも行きましょう、人混みあんまり好きじゃなくて。いつにしましょうか?』って言ってくれたから、またもちろん会うよ。エロいこと全然言ってこないの。私の料理写真みて、『いつかサキさんのご飯食べたいなー』っていうから、『私は食べないんですか?』に対し、『早々にいただきます!』というやりとりだけだな。kとは大違いw」
「まあでもそれぐらいがいいかも。kと初めてした時、隕石が落ちたかって思うぐらいの衝撃を受けたから。パッチテストせずに、いきなり劇薬を試したみたいなものだよね。それでもこうやって生きてる、むしろ成長できたんだから、私も大したものだわ、最強すぎるなw」
そういって、ミセスグリーンアップルの「私は最強」を歌いながら、フィガロのドアを閉めて、フランキーにバイバイした。今日はよく眠れそうだと思いながら。
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to be continued