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テンプラニーリョな女

「抱きついたら、壊れてしまいそう」

そんな繊細な印象を与える女はテンプラニーリョだ。

テンプラニーリョはスペインの代表品種。赤ワインの黒ぶとう品種。リオハで普通に道ゆく人に「テンプラニーリョって知ってる?」と尋ねるのは、新潟で「コシヒカリって知ってる?」と聞くのと同じくらい愚問だ。スペイン人はテンプラニーリョを愛しているし、決して手放そうとしない。アメリカンホワイトオークとの相性が抜群で、チョコレートやチェリーや黒すぐりの要素のほか、樽からくるタバコのような香味ももつ。

樽との相性の良さでは、白ワイン品種であるシャルドネと似ているが、シャルドネが快楽的に樽と絡み合うのに対し、テンプラニーリョの場合は哀愁的だ。誤解されるのを覚悟で言うが、極めて控えめなテンプラニーリョという女が、かなり強引な樽という男に蹂躙され、艶めかしく犯される印象を「私には」与える。その姿は、涙を流して悲しんでいるようで、それでいて喜んでいるようにも映る。

一体、どっちなの? 嬉しいの? 悲しいの? 

見ているだけで、心の奥底に閉じ込めたはずの支配欲が蘇ってしまうのは、私だけではないはずだ。

だいたい、スペインでは呼び名が多すぎるのだ。テンプラニーリョと言う名前だけでは満足せず、ティント・フィノ、センシベルなど。俺好みの俺だけの女、そうやって心の要塞に閉じ込めたくなる女が、テンプラニーリョだ。それでいて、本人が自分の意志で籠城しているようにも映るし、なんとも不思議だ。

彼女の魅力を表現するには、私には言葉が足りないが、きっと奥底に哀しみを抱えているような雰囲気があるからだろうと思う。見た目の大人な印象とは違い、どこかおどおどした少女性が奥に見え隠れするからだ。実際、カベルネ・ソーヴィニヨンとブレンドすると、カベルネ・ソーヴィニヨンが持つ、力強い柱の向こうに、そっと隠れてしまう。隠れてはいても、全体的に柔らかい印象にワインを仕上げる姿は、外国の人が表現する、「ヤマトナデシコ」と言うやつなのかも。ただ、そこには盛大な矛盾があり、その奥底に秘めたものを、「誰かに見つけてほしい」でも「決して見つけないで」を同時に突きつけてくる。だから、男どもは興奮し、彼女に侵入しようとするのではないか。

ここまで書いて、はっきりわかったことが一つある。シャルドネ、メルロ、ピノ・ノワール、リースリング、ヴィオニエ、シュナンブラン。ここで交流する一度も会ったこともない女性達を、自分勝手にワインに例えてきたが、私は書きながら彼女達の美しい要素を全部自分の中に取り込もうとしていることを。恐ろしく強欲で、自分自身に恐怖で震える。「シュナンブラン は欲張り」と書いたが、誰よりも傲慢で強欲なのは自分であり、いま、鏡を見たらきっと、白雪姫に登場する女王が映るに違いない。そして、こうやって書くことで、偶然読んだだけの人さえ巻き込み、自分勝手さに許しを得ようとしている、愚かで醜い姿も鏡に映りこんでしまうだろう。

夏の夜は私を狂わせる。

ただし、その姿を俯瞰できるのは、私だけだ。

今夜は月が見えない。

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