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【ウクライナ戦争】「正義」の犠牲者

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 この記事の作者は軍事評論家でも国際政治評論家でもなんでもありません。一市民の目線として読んでいただけたら幸いです。
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 2022年11月3日(木)。21時03分。文化の日。休みの日。

 「こんにちは。年賀らせです。冒頭に『一市民の目線』とか書いているのであれですか。ウクライナ情勢とかあれですか。書き終わった後に追加で入れればいい注意書きだと思うのですが、なぜ最初に書いたのでしょうね。今日、2022年11月3日。他にも書けそうなことはいくらでもあったでしょうに。noteのPV数が80000PV超えましたーとか。小説家になろうに転載したところ3000字くらいしか投稿していないのにブックマークが2つ付きましたーとか。ツイッターでフォローをちょくちょくしてたら、フォロワーが1995人くらいまで増えましたーとか。でもあれですね。ツイッターに関して言えば、フォロワーが2000人を超えてしまうと『2000人のフォロワーを目安に、それ以上は切らないように慎重にツイートしなくてはいけない……自由なツイートが……どうしよう』みたいな感情になるかもしれませんが、まあ、2000人いってないので杞憂きゆうですね杞憂」

 はい。

 今日は外に一歩も出なくて一日が終わりました。小説家になろうを少し勉強したり、noteにいつも通り2記事程投稿したり、小説家になろうに4記事程投稿したり、色々していました。西尾維新さんの本を読んで、「やっぱり紙媒体の本のほうが名言とか見つけやすいし、紙の本を中古で買うかー」みたいな気持ちになってAmazonで5冊ほど物語シリーズを買いました。ただでさえ狭い部屋が、更に狭くなっていくのは明白ですが、なんかもうどうでもよくなってきました。

 住めばみやこと言いますし。

 本だらけで足の踏み場も無くなるような部屋になったところで、そういう部屋だったんだ、と思うことで罪悪感などは無くなっていくだろうと思います。

 今年の冬の、市主催の廃品回収にまた紙の本を廃棄しに行かないか不安にはなりますが。

 本当に自由だったら、紙の本をたくさん買うのですけれどね。マンガも。美しいものを探す旅を再開してもいいんじゃないかと思ってしまう私なのですが。

 これから先、私生活が変わることは無さそうな気がしますし。変わることは必然なのかもしれませんが、結局は大して変わらない。人生ってそんなもんだと思っています。

 「ところで、あの。注意書きに書いたことなのですが。そろそろウクライナ情勢というか、ロシア情勢というか、ウクライナ戦争とでも呼びましょうか。もう侵攻していませんし。ウクライナ奪還作戦とでも言い換えましょうか。もうよく分からなくなってきましたが、これだけは分かるのですが、

 世界中の誰もが、ウクライナにおける戦争が早く終わってほしい。

 って思っていると思うのですが、違うのですかね」

 らせが出てきたので一人称は僕にするが、早く戦争が終わってほしい。少しでもこれから出てくる犠牲者を減らしてほしい。世界中の誰もが思っていることだと信じている。

 しかし。

 不都合な真実というのは、悲しいがな、ある。

 これから先は書いていいのか、かなり不安がある。僕だって日本人であって、西側の人間であって、西側の主張を受け入れて、西側の論調通りに進まなければいけないような気がするのだが。

 ロシアは既に停戦交渉を持ちかけていて。

 ウクライナ東部四州をロシア側に編入することにウクライナ側が合意すれば、《《それで、戦争が終わるのだ。》》

 それだけで、戦争が終わる。

 しかし、日本の林外相が言ったように。

 『ロシアによるウクライナ侵攻について「明らかに失敗であったということを歴史に刻まなければならない」と述べ、ロシアに対して中間的な立場を取る国への働きかけを強化していく考えを示しました。』

 『この中で林外務大臣は、ロシアによるウクライナ侵攻をめぐり「法の支配に基づく国際秩序を守り抜けるのか、強者が弱者を圧倒し力の論理に基づく現状変更が横行する国際社会のジャングル化を許してしまうのか、その岐路に立っている」と指摘しました。』

 『そのうえで「ロシアによるウクライナ侵略が明らかに失敗であったということを歴史に刻まなければならない。国際社会で力による一方的な現状変更はどの地域であれ断じて許してはならないというコンセンサスを広めていく」と述べ、東南アジアやアフリカなどを念頭にロシアに対して中間的な立場を取る国への働きかけを強化していく考えを示しました。
(NHK NEWS WEB)(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20221022/k10013867141000.html)

 ほぼコピーしてしまったが、引用としてお願い申し上げたい。

 法に基づかない、力による軍事侵攻は「失敗」という結果に持っていかなければ、これから先起こるであろう、台湾有事や、結局失敗に終わってしまった香港の民主化運動、雨傘革命など、それらが大国による悪いこと、すなわち民主主義的でない行為は全て悪という考えを持ち続けなければ、これから先の世界の法の秩序の均衡がなんの役にも立たなくなってしまう未来がやってきてしまうのだ。

 それが、西側の主張。

 それを、今回のウクライナ戦争に当てはめてみると、ロシアが停戦協定を要求しているが、東部4州を渡すことに同意して、ウクライナ政府がこの戦争を終わらせようと決意したところで、ロシアの《《力による一方的な圧力、国際秩序の変貌の一部たりとも許さない、西側の考えにおいて、ウクライナ政府は武器などの供与などの借りがある故に、自国の判断は出来ず、東部4州並びにクリミア半島まで全てを奪還せねば戦争が終わることがない》》という、もはやウクライナ政府の扱える領域を超えてウクライナ戦争というものが続いている。

 文章が長くなりすぎたので、簡単に書くが、ウクライナ政府の判断で戦争を終わらせることができない状態に今はなっているということだ。

 いくらウクライナで犠牲が増えようと、西側からしたら、逆に《《ロシアが悪い、判断を誤った国の野蛮な姿を西側諸国の国民たちに訴えることのできる、都合のいいキャンペーンとして使われてしまう。》》

 早く戦争が終わってほしい。しかし武器供与の借りもあり、西側の言うことをきっちり守らなければウクライナという国は戦い続けることができない。最悪なジレンマに陥っている。

 早く戦争が終わってほしい。戦争はよくない。と言っている人たちは、反戦キャンペーンを展開して人々からの好意を持たれたいとでも思っているのだろうか、と疑いを持ってしまう。

 早く戦争が終わってほしい。そのために何をすべきかは中学生くらいでも分かると思う。それほど単純なロジックで廻っているにもかかわらず、将来に悪影響を及ぼさないために、西側の歴史の教科書に、「ロシアは失敗に終わった」と書くために、ウクライナは全てを取り返すまで、どれだけの犠牲を払っても戦い続けなければいけない事が確定してしまっている。

 なんとも無力な気持ちになる。誰が言うことも正しい。ロシアが手を出したのが悪い。最初から東側だけを侵攻し、不凍港へと繋がるクリミア回廊だけを電撃戦で占領していたら、ウクライナはこんなに犠牲を払うことも無かったであろう。それすらも、僕も許される行為ではないと思うが。

 戦争が長期化し、いつの間にか西側、ないしは民主主義国家と独裁主義国家間の代理戦争と化してしまったウクライナ戦争は、一番の被害者はウクライナ国民そのものである。その戦争が終わらない、起因を考えてみると、皮肉にも法の秩序を守らなければならない、未来に力による現状変更は許されないという「正義」によって、ウクライナ国民は長らく苦境に立たされることになる。

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