見出し画像

変わらない日常を後退と感じてきたので、2つの新たなことを試みる

なんでもない日。いつもと変わらず、朝起きて、朝食代わりにプロテインを飲み、歯を磨き、ストレッチをして、ワーキングスペースに降りる。コーヒー豆を挽いてコーヒーを淹れ、ノートPCから出勤を押して、リモートワークを始める。

昼になると、いつもと同じ蕎麦をつくる。雨が降っているが、特に気にせず、歩いて1分のコンビニへ行き、サラダチキンを買う。蕎麦を食べて、午後も仕事。気づいたら、夕方になり、勤務を終える。

その後、個人でのライター仕事のために、企画案を考える。うまく出てこない。小説のプロットを考える。進まない。今日はダメだ。何もアイデアが出ない。アイデアを無理やりにでも出せるようになれたら、どんなに良いだろう。

この1年間、変わらず過ごしてきた何もない日の1日。ここ半年ほど、こうした1日を過ごすと停滞していると感じていた。ここ最近は、むしろ後退すら感じる。じわじわと脳が衰えていくような、あるいは、泥沼にはまって落ちていくような感覚。

日常のデッサンは、変わらない日々から新鮮な驚きを見つける試み

変わらない日常を過ごすことは、決して悪いことではないと思う。日常の中に、新鮮な驚きを見つけることができる感性さえあれば。日常に発見さえあれば、後退しているなんて感じないはずだ。

映画『PERFECT DAYS』で役所広司が演じたように、毎日の暮らしの中で美しさや驚きと出会うこと。それができたらと思う。

あるいはそれができるのは、生まれながらの性質によるのかもしれない。僕のような「コツコツ同じことを続ける」とは縁遠い人間には、難しいように思える。自分に変化を与え続けなければ、後退していると感じ、気持ちが落ちていく。

このnoteのように、日常をデッサンしていく日記を書いていくことは、日常の中に驚きや面白いことを見つけるための試みとしてはじめた。なんらかのハウツーに落とし込むわけではない、単なる日常の描写。

だけど不思議と書いていると何かしらの発見がある。描写していると世界への解像度が上がる。さらに書くことで思考が進み、何らかの発見につながる。

日常のデッサンを通じて、日常からアイデアの種を拾い上げられるようになりたい。それができれば、変わらない日常を後退なんて思わなくなるだろう。

外的な変化で環境を変えて、日常を変える試み

とはいえ、後退している感覚を変えるには、外的な変化も必要だ。無理やり環境を変えることで、日常を変化させる。驚きの発見には結局のところ、それが一番効果的だと思う。

日常のルーティンに変化を与える、何か別の試み。住む場所を変えるのもひとつだろう。一人暮らしではなく、別のシェアハウスに引っ越すという選択肢について考える。だが、今の気分として、そこまで人付き合いを激変させようとは思わない。

月のどこかで、別の場所に旅に行き、ワーケーション的なことをするのは良いのかもしれない。もしくは、単にどこか別の場所で仕事をするのでもいい。コワーキングスペースのあるスーパー銭湯で作業する、とか。

シェアハウスに住んでから、わざわざ外に出て仕事や作業をすることが、煩わしいと感じていた。だが、今は環境の変化も必要な気がしている。

日常への解像度を高めて、新鮮な驚きを見つけるための日常デッサンという試み。日々の暮らしや仕事の環境を変えて、日常を変える試み。内的な変化と外的な変化。しばらくはこの2つを試していきたい。

この記事が参加している募集

今日やったこと

今こんな気分

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?