なぜ薬剤師の数が世界一多くなってしまったのか⁈ 結局、高いコストを負担するのは我われなのだ。

薬学部の増加と過剰な薬剤師数

 異変はだいたい日常風景のなかに現れている。気づくか気づかないか、疑問をもつかもたないか、である。

 病院と道路ひとつ隔てて幾軒もの門前薬局が立ち並びはじめたのは医薬分業が一気に進み始めた一九九〇年代からだった。

 またウエルシアやマツモトキヨシなどドラッグストアが急速に店舗数を拡大し始めたのも同じ時期である。門前薬局は調剤薬局であり、チェーン店はドラッグストアで性格は異なるが、いまはチェーン店も店内に調剤部門を備えている。

 もうひとつ、近くに行かないと見えない風景なのだが、全国各地で私立の薬科大学や薬学部が林立している。医薬分業と関連づけて考えてよい。

 一九九〇年代の定員は八〇〇〇人(国公立一五〇〇人)だった。ところが大学設置基準の緩和で二〇〇三年度以降、五年間で急速に定員が増えて、二〇〇八年に一万四〇〇〇人 (私学は一万二〇〇〇人)近くに達した。国公立の定員は少し増えているが、私学の定員は二倍に膨れ上がったのである。四六あった薬学部が七〇以上にも増えている。

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 この急速に定員が増加する過程の二〇〇六年度から薬学部は四年制から医学部と同じ六年制に切り替わった。

 薬学部の定員増加はなぜかあまり話題にならなかった。加計学園の獣医学 部があれほど騒がれたのは獣医師数が充足しているのに(充足はしているが 遍在しているために不足している地域 がある)、医学部・歯学部と同じコストがかかる獣医学部を新設することに 文部科学省が消極的だったからである。獣医師の養成であっても、医師・歯科医師養成にかかる費用と同等にかかり、一般学部とは違うレベルの相当分の私学助成 金を出さなければならない。

 しかし短期間に定員が二倍に増えるのは、すでに述べたが異常である。定員割れが常態化している薬学部も少なくない。認可した文科省、黙認した厚労省、天下り先を増やすことになるとしたら無責任だろう。

 薬学部は学費を年間二〇〇万円近くとふつうの私立理系の学部の二倍も徴収するが、医 学部・歯学部・獣医学部のような高額な私学助成金で補填しなければ成り立たないわけで はないから、文科省も設立を簡単に認可するのである。

 私学の薬学部は六年間で安くて一〇〇〇万円から高いところは一四〇〇万円かかるが、 それも留年しない場合だ。五年目の病院での実務実習のために薬学共用試験は四年次に実 施されるが、私学の場合は入学者のうち合格するのは六割から八割に過ぎず、残りは留年である。

 こうして急増したレベルの低い私立の薬学部に偏差値三〇台の学生が入学しても卒業どころか五年生にもなれていない。なんとか六年生まで到達しても国家試験レベルに達していそうもないと判断されると卒業を延期させられる。ようやく卒業までこぎ着けたとしても薬剤師国家試験の合格率は医師 国家試験と較べものにならないぐらい低い。国公立や有名私学は合格率が高いが、私学全平均の合格 率は六割ほどである。新設校の合格率(入学者比率)は二割以下で あったりする。途中で討ち死にしているのだ。それぞれ高めの合格率を発表しているが、あくまでも 受験者数に対する合格率であっ て、いわば見せかけの合格率、受験者を絞って受けさせているのである。

 国公立を除いた私学一万二〇〇〇人のうち六年間で卒業できる人数が六割強、したがって受験者数は八〇〇〇人であり、そこに既卒者(浪人生)が六〇〇 〇人が加わり国家試験を受ける。

 直近三年間の合格者数は九八〇〇人であり、国公立約一五〇〇人の合格率九〇パーセン トほどなので、私学出身は八〇〇〇余人ほどになる。

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 一〇〇〇人当たりの薬剤師数は日本がダントツで世界一位である(図表16)。なぜ、そうなっているのか。 薬局従事薬剤師数は、二〇〇五年を起点に比較すると二〇一七年で一・四七倍になっている。およそ十年間で一・五倍という増加率は、すでに述べた薬学部の増設と大きな関係 がある。また一〇〇〇人当たりの薬剤師数が日本が他の先進国のなかで飛び抜けている根 拠とも重ねられよう。

 そして最も重要な点は、調剤医療費の技術料が一・五倍に増えているところだ。すなわ ち薬剤師数と調剤医療費の技術料は比例している。

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 こういうことが言えるのではないか。

 医薬分業のために患者・保険者負担の技術料を高く設定した。門前薬局など調剤薬局のビジネスが繁盛すればそこに従事する薬剤師も増える。つまり政策コストによりつくり出された需要によって薬剤師数が増えた。

 薬剤師の需給予測についての研究がある。「厚生労働行政推進調査事業費補助金」という長い名前の委託研究のタイトルがまた長い。

「薬剤師の需給動向の予測および薬剤師の専門性確保に必要な研修内容等に関する研究」(長谷川洋一・名城大学薬学部教授、二〇一九年五月三十一日公表)によると二〇一八年 時点における薬剤師需要三七・〇万人に対して供給は三七・二万人、四十五年後の二〇四三年時点における供給四〇・八万人、需要四〇・〇万人と予測している。

「薬剤師の業務の実態が現在と変わらない前提で推計したもの」としているが、一〇〇〇 人当たりの薬剤師数が先進国でダントツ一位の異常事態に眼をつむれば薬剤師四〇万人体制は維持されるのだろう。

 ただしこの需要は人為的な政策コストによってつくられたものだ。前提を変えれば、ほとんど砂上の楼閣と化すはずだ。この研究に意味があるのだろうか。いや意味を剥ぎ取ることが求められている。政策コストとしての技術料を半減すれば薬剤師市場も半減するからである。

(公開はここまで。続きは書籍をお買い求めください)




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