38日目:「言い間違い」とは神様のイタズラ(100日目に40歳になる猪瀬)
子どもの言い間違いを書き留めるだけに存在するチャットがある。私と妻が聴いた言い間違いを残しておいて後からそのときの様子を共有する。
言い間違いの生まれた状況や具体的なセリフを味わい、その背景にも想いを馳せながら「これは今年一番の面白さ!」、「今月で最高の出来」などと歓談するのが夫婦のコミュニケーションの一つになっていて、さながら言い間違いソムリエだ。
2020年6月から開設したチャットにはこれまでたくさんの言い間違いが投稿された。未投稿でまだ私の手帳にメモされている状態のものも含めると50個以上に及ぶ。よく続けていると思われるかもしれないが、続けたくなるくらい楽しいので辞められない、辞められるわけがない。
そんなわけで、我が家には、言い間違いクリエイターとして勢力的に活動している子どもが一人と、その新作発表を日夜待ち望んでいる熱狂的なファンが二人いる。
① 「言い間違い」 とは(辞典で意味を確認)
言い間違い(いいまちがい)
N/A
出典 :『新明解国語辞典(第8版)』(2020)三省堂
N/A
出典 :『現代国語例解辞典(第5版)』(2016)小学館
どちらにも見つけることができなかった。「言い」と「間違い」に分解してみる方法も考えたが今回はひとまずネットで調べてみる。すると掲載されている辞典があった。
まちがって言うこと。また、その言葉。言い違い。言いそこない。
出典 :『デジタル大辞泉』小学館
同じ小学館でも現代国語例解辞典には収録されていないというのが不思議ででしかたない。それだけ辞典には棲み分けがあるのだろうか。
意味はというと字面どおり。とはいえ、「まちがって言うこと」と「その言葉」で二つの意味があることはあまり意識していなかった。この動作とその対象とでもいうのだろうか、この両方の意味を兼ね備えるパターンはどこかで見た気がする……。
そう思って過去のエッセイを目次から見直してみると見つけることができた。「はみがき」だ。あれも「歯を磨くこと」、「歯を磨くのに使う粉・クリーム」という二つの意味を持つ。もしかすると、言葉は活用される過程でそのような性質を持つのかもしれない。
② 私の釈義
2020年6月、一つの言い間違いが生まれた。
「いっしょにでぃーわいわいしよ!?」
息子が元気いっぱいの声を張り上げながら、リビングで休憩していた私の顔を満面の笑みで覗き込んできた。
でぃーわいわい? ちょっと可愛いくて耳あたりのよい不思議な言葉が気になりつつも、この後に少し片付けがあったので渾身のお誘いは留保した。
「片付けが終わったら!」
「わかった!」
彼は軽快に返事をしたが、このあと私が部屋の片付けが終わってリビングに戻ったときには残念ながら睡魔に敗北して、Nintendo Switchを抱きかかえるようにして寝てしまっていた。
普段なら子どもをベッドに運んで私は読書でも始めるのだが、私はこのとき先程聞いた「でぃーわいわい」が気になった。いったい、何をして遊ぶつもりだったのだろう。
そこで、彼が抱きかかえていたNintendo Switchをゆっくりと引き抜いて電源をいれると画面に映し出されたのは「あつまれどうぶつの森」だった。子どもが遊んでいる続きから少しだけゲームをしてみると「でぃーわいわい」の正体はすぐにわかった。
可愛い言葉だと思っていた「でぃーわいわい」は日曜大工やリフォームなどを指す Do It Yourself の「DIY」のことで、息子はそれを言い間違いしていたのだ。
私は思わず顔が緩んだ。言い間違いの言葉と本当の言葉のギャップがとても楽しい、楽しすぎる。そして、本人はちゃんと言えたと思っているところも愛おしい。
こうして私は言い間違いの虜になり、その日から私は書き残すことにした。言い間違いは可愛くて、楽しくて、ほっこりする。きっとそれは神様が子どもにちょっとだけ仕込んだイタズラだ。大変な子育ての時期を少しだけ息抜きできるように。
言い間違いとは神様のイタズラ
最後にいくつか言い間違いを紹介してほっこりのおすそ分けをしたい。
① きょう、ナイフわすれていったよ!!
(誤)ナイフ → (正)財布
私は普段からなんてものを持ち歩いているというのか(笑)。最初にこれを聞いたとき一体なにを忘れたのかわからなかった。よくよく話を聞いてみるとなんのことはない財布だったのだが、一文字違うだけで印象が違いすぎる。もしこれをたまたま近くを通り過ぎた人が聞いていたら驚いたに違いない。ちなみにこの日、私は財布は忘れておらず、息子が言っていたのは名刺入れだった。
② ギンザおいしかった!
(誤)ギンザ → (正)ザンギ
息子は私の知らないところで贅沢をしていたようだ……仕事から家に帰ったとき、今日は何を食べたのか尋ねたときに即答された言い間違い。いつのまにお出かけしたのだろう、さぞかし豪華なランチだったのかな、などといろんな想像を巡らせながら服を着替えていたら奥の部屋で妻が爆笑していた。正解は鶏肉のザンギだった。
③ おわらいすいぞくかんにいきたい!
(誤)おわらいすいぞくかん→ (正)大洗水族館
水族館に行きたいと言うので、行き先の候補となる水族館を探していたとき大洗水族館の名前が妻から挙がった。その言葉を聞いた息子はすかさず真似して口ずさむ。「おわらい(お笑い)」、「おおわらい(大笑い)」、「おわらい(お笑い)」、「おおわらい(大笑い)」……何度チャレンジしてもこの二つがでてしまって最後まで「おおあらい(大洗)」に辿り着けなかった。そんな無念の作品。これが言えるようになったとき、きっと彼は違いのわかる男に成長しているはずだ。
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