昔の映画『エンティティ』

40年以上前に日本でも公開された映画『エンティティ』を観た。米国で幽霊にレイプされた女性の実話が元になっているらしく、私の体験談を聞いた友人が教えてくれた。1981年公開当時はあまり流行らなかったらしく、ネット配信もされてないので、中古のDVDを取り寄せた。どうせ、何もわからない人たちがつくったんだろうから、描写が嘘くさいんだろうなぁと思ったら、その通りだった。モデルになったご本人にここは違うんじゃない? ちょっと酷過ぎない? と聞いてみたい気もするが、それはさておき、彼女を取り巻く周囲の反応の方がずっと興味を引いた。

・霊にレイプされたことを知った友人から精神科に行くよう勧められ、大学病院の精神科で精神安定剤を処方される。
・子どもたちの目前でも霊に襲われ、精神科のケース会議で医師たちに「集団幻覚に隠れた近親相姦」だと侮辱される。
・同じ大学の超常心理学の研究者と、霊体のビデオ撮影に挑み成功する。
・恋人の目前でも襲われ、恋人は離れていく。
彼女にとって生活の一部にすぎなかった霊体との関わりが、精神医学と心理学の攻防の中で巨大化し、日常生活が奪われていく…。

私は霊障が始まった当初より、誰にも話さず墓場まで持っていこうと心に決めていたが、そうして正解だった。数年前に初めて参加したオープンダイアローグで、統合失調症と診断された成人前の女性の話を聴いた時、もし自分の体験を当時、誰かに話していたら、場合によっては精神病院に連れて行かれ、人生をめちゃくちゃにされていたかもしれないと思い、ハッとした。私が精神科の閉鎖病棟にまで入って行って確かめたかったのは、そこに入れられていたかもしれない自分自身だった。

いわゆる普通を装って一般社会を生きてきて、結果的にこんなにも人生が歪んでしまったのかもしれないが、もし「この世の常識」から勝手な解釈をされ、わたしの尊厳が侵害され、普通を装うことも許されなかったら、私の人生は取り返しのつかないことになっていた。夜のいっときの秘め事を小さな箱に押し込めてきたからこそ、昼間は普通の学生として過ごすことができた。毎晩、あんなことがあったのに、学生時代の写真を見ても、当時の友人の話を聴いても、率先して、学生時代の特権を楽しみ、味わい尽くしてきた感がある。

心霊体験という類の見えないものの感じ取りかたは人それぞれで、日常の枠組みの及ばない世界だからこそ、それぞれが個性的で、個々人の心象風景と同じように、際限のない奥行と広がりがある。話を聴くと、一つとして同じものはなく、ほんとうに面白い。そういう体験がない人は、怖いからか、立ち入ってはいけないと思うからか、まともに突っ込んで聴いてはこない。しかし、そういう体験のある者同士が話をすると、「おぉ、よくぞ、聴いてくれた!」と嬉しくなるような、痒いところに手が届く質問が飛び交い、初めて自分の体験をのびのびと言語化できる。言語化すると、その体験が自分自身から切り離され、距離ができ、客観的に見られるようになる。数多くの体験の中の一つとなって、適切なところに収まるので、人生全体がバランスを取り戻し、次に進めるようになる。
私の小さな箱の中は、淀んで、だんだん重くなっていたが、同じような経験を持つ友人が詳しく聴いてくれたおかげで、途端に軽くなり、別の色合いを持つようになった。これがなかなか、実にいい色で、全く予想もしなかったことなのだ。

一般に共有されにくい体験をした者に対し、ロクに話も聴かないで、精神病患者のレッテルを貼り、自分たちの生活空間から排除することは、簡単だが、一人の人間への冒涜、マジョリティの思い上がりもいいとこだと思う。一度ズタズタにされた尊厳を完全に癒し、その人本来の姿を取り戻すのは、かなり難しい。この世に等しく生を受けた仲間なのに、大切に扱わないでどうする?

霊障と、寄生虫やウィルス感染、薬の副作用の区別もつかない人たちに、ズレた解釈をされ、それに合わせて生きさせられているのが現代の精神病患者と呼ばれる人たちだと思う。現代版の魔女狩りに喩える団体もあるぐらいだ。
実のところ、精神病院の閉鎖病棟では、詰所を舞台に展開している蒼く未熟な人々のドラマを遠巻きに眺めるのも学びの一つになっていたりする。患者には自省の時間がたっぷり与えられているからか、全て見透かされてしまい、どっちが見守られているのやら、わからない。

私たちの住む世界が現代社会の許容範囲に収まりきれると思うのは、大きな間違い。時代が進むにつれて、捨て去られるものが増えていき、私たちそれぞれが自分の一部を「あるべきでないもの」として、捨て去ってきた。今や、あったことすら忘れてしまい、剥ぎ取られすぎて、いのちまで危うくなってしまった。
それを何とか取り戻すためのコロナ騒ぎではないかと思う。

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