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【短編】ドワーフの女


ウジ虫の匠

むかしむかし、地球の北欧とつながる異世界に、闇の妖精がいました。彼らはドヴェルグと呼ばれ、対価と引き換えに数々の神器を作り出す優れた匠として知られました。

けれども、彼らは陽の光を恐れ地中に隠れ住んだために、物語の主役となることはまれでした。

大地の礎となった巨人、ユミルの骸に湧いたウジ虫。神々はそれに人の姿と知恵を授け、闇の妖精ドヴェルグが生まれました。その出自と醜い姿ゆえ、人間は彼らを恐れました。

ドヴェルグは、男だけの種族でした。仲間がほしいときには、石像を彫って大地の精気を宿らせ、新たな同胞を生み出していました。

惑わす女神

ある日、彼らの住む地底にひとりの女神が降りてきました。彼女は小人たちの匠の技に魅了され、彼らのつくる見事な金の首飾りを欲しがりました。

小人たちは、はじめて間近に見る女神のからだに邪な気持ちを抱いてしまい対価に一夜を共にするよう求めました。どうしても首飾りが欲しかった彼女はひとりずつ、それに応じました。

この出来事が、ドヴェルグたちをすっかり変えてしまいました。

地上の生き物は、男と女が結ばれて、子孫が栄える。ドヴェルグにも、女がほしい。伴侶を求めたドヴェルグたちは、陽の光も恐れず地上へ飛び出し、やがて人間たちもよく知るドワーフの冒険者となりました。

各地に散らばったドワーフたちは、それぞれの旅先で種族の未来をかけた嫁探しをはじめます。あちこちに伝承を残しながら。

日出ずる国の小人

あるドワーフは嫁探しの末に海を渡り、東の果てへ辿り着きました。そこは大海原の向こうから太陽が昇り、金の稲穂が実る国。

鍛冶や細工に使う鉱石を求めて、ドワーフが山歩きをしていると。いきなりどこからか銅の鏡が飛んできて、彼の兜に当たりました。怒ったドワーフが鏡を見ると、陽の光が反射して向かいの山奥のお屋敷を指しました。

お屋敷まで押しかけたドワーフは、銅鏡を見せて問い詰めました。この鏡を投げたのは、誰かと。召使いが答えました。それは、うちの岩姫様だと。

物陰から、話を聞いていた姫が物珍しそうに出てきて、異国の小さな旅人をながめます。そして、事情を語りました。

「岩の姫」は、妹の「花の姫」と一緒に、天から降りてきた貴人に嫁ぐはずでした。でも彼は岩姫の醜い顔を嫌い、妹だけを妻にして姉を送り返した。自分の顔を鏡で見ていたら、そのときの嫌な記憶を思い出して鏡を投げた。

話を聞き終えたドワーフは、奇妙に思います。もともと醜い彼らの感覚では岩姫はたいそう可愛らしく見えたからです。そこで彼は提案しました。

魔法の鏡…?

これから、岩姫のために特別な鏡をつくる。それは毎日眺めて微笑みかけるだけで、少しずつ美人になっていく魔法の鏡。上手くいったら、対価として結婚してほしいと。

そんなバカな、できるはずないと。当の岩姫本人さえもが、鏡の効能を疑いました。けれど、ドワーフは絶対の自信を見せます。故郷で神々のために、数々の神器をこしらえた自慢話を交えながら。

結果、そのドワーフは退屈しのぎの余興として。岩姫から鏡を作ることと、成果を見届けるためお屋敷に居候することを許されました。

それから、しばらく後。お屋敷では、縁側から向かいの山を見ながら岩姫がドワーフの作った手鏡とにらめっこ。自分の醜さにすぐイライラしてきて、思わず鏡をぶん投げます。

するとどうでしょう、まるでブーメランのように手鏡は戻ってきます。鏡をうっかり落としてしまったときも、割れずに手元へ戻りました。

そうじゃない、笑顔だよと。ドワーフは笑いながら岩姫に言います。そんな微笑ましいやり取りが毎日、何年も続きました。同じ縁側から見る山並みが春の芽吹き、夏の緑、秋の紅葉、冬の雪と移り変わってゆきます。

ドワーフはもともと、岩からつくられた大地の精霊。岩姫もまた、東の国で永久不変の象徴とされた存在でした。

長い年月が過ぎ、その間ドワーフがこしらえた数々の工芸品は評判を呼び、匠の技を求めて多くの若者が弟子入りに来ました。お屋敷は工房に変わり、やがて街に発展しました。こうして東の国は優れた職人を多数輩出するようになったのです。

可愛いお顔

何十年、経ったでしょうか。今日も変わらず、岩姫が縁側でドワーフお手製の手鏡を掲げます。すると、可愛らしい顔が映りました。それは鏡をのぞきこんだ二人の孫でした。ドワーフは賭けに勝ったのです。

かつて天人に捨てられた岩の姫は、今ではシワだらけの顔に幸せな微笑みを浮かべて、子供たちを眺めます。手鏡のドワーフも一緒。

こうして、男だけだったドワーフには、女も生まれるようになりました。

北欧から東の果てまで、何年もかけて旅する間。彼は様々な人々と関わり、笑顔こそがドワーフの工芸品にも勝る「魔法」だと学んでいました。

手鏡には、持ち主から離れると自動的に戻る魔法がかけられていましたが、鏡自体に特別な力はなかったのです。

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