絵本のような映画~映画『ドーナツもり』~

公子がアルバイトをしている神楽坂の「ドーナツもり」という名前の小さなドーナツ屋さんに、若いカップルがやってきました。
二人はそれぞれ、食べたいドーナツを1つずつ選びました。
公子がショーケースからドーナツを取り出し紙袋に入れていると、女の人が男の人に言いました。
「ねぇ、半分こしない?」
男の人はショーケースの中を覗き込んだまま女の人を見ないで言いました。
「いや、一人で食べる。もう1個買おう」
女の人は何も言わずお店から出ていきました。
不思議そうに女の人を振り返った男の人にドーナツの入った紙袋を渡しながら、公子はハラハラしました。
その後、何組ものカップルの人たちがドーナツを買いに来ましたが、決まって女の人が男の人に「ねぇ、半分こしない?」と聞きました。
その度に公子はハラハラしました。
ある日、またカップルがやって来て、やっぱり女の人が、「ねぇ、半分こしない?」と聞きました。
男の人が優しく「うん、半分こしよう」と言ったので、公子はうれしくなりました。
その夜、公子がお家に帰ろうとしていると、半分こしようと言っていた男の人が、「ちーちゃん」と言いながら、うろうろ歩いていました。
どうやら女の人とはぐれてしまったようです。
公子は少し心配になりましたが、声をかけませんでした。
しばらく歩いていると、「ちーちゃん」と出会いました。
「ちーちゃん」は、公子に言いました。
「男の人は誰でもみんな、半分くれるよ。でも、全部はくれないの」
公子は、その意味を考えました。

映画『ドーナツもり』(定谷美海監督、2022年。以下、本作)を観ながら、子どもの頃、絵本を読んでいた気持ちを思い出していた。

東京・神楽坂にある、小さなドーナツ店「ドーナツもり」でアルバイトする主人公の公子(中澤梓佐)の本業はイラストレーターだが、クライアントに満足してもらえず、持ち帰って描き直す日々を過ごしている。
好奇心旺盛な公子は、様々な事情を抱えて「ドーナツもり」を訪れるお客さんの人生にお節介にも介入していき、助けたり、気付かされたりしながら、自分自身と向き合うようになる。

この、神楽坂という場所が、東京とは思えないほど坂や階段があり昔ながらの風情が残る街並みであること、そして、そこに実在する「ドーナツもり」という、上映後のアフタートークで定谷監督が例えた「ミニチュア感」という表現がピッタリの小さなお店が、絵本の世界を想起させるのである。

40分超の物語は、公子が「ドーナツもり」を訪れるお客さんたちと交流する様子が淡々と描かれるだけで、大きな事件は起こらないし、公子の心情の変化もわかりやすくは説明されない。

ところで、ドーナツは棒状の生地の両端をつないで輪っかをつくるのではなく、円盤状に平たく伸ばした生地の真ん中をくりぬいて作る。
「ドーナツもり」では、そのくりぬいた部分もドーナツと同じように揚げてーきっとサービスなのだろうーレジ横に置いてある。

公子は出会った人たちに、そのサービスの品を差し出す。
きっと公子には、その人たちの真ん中がぽっかりくりぬかれているように見えたのだ。
だから公子は、その人たちの穴を埋めようとお節介を焼くのだ。
それは、公園で遊んでいる子どもがドーナツの穴から公子を見る最終盤のシーンで暗喩される。

では、公子はお客さんたちの穴を埋めてあげるだけの存在なのかというと、そうではない。
上述したように、公子は本業のイラストで、クライアントに「なんか違うんだよね」と満足してもらっていない。
満足してもらえていないのは、お客さんたちのように公子に穴が開いているわけではなく、たぶん、まだドーナツとして「ちゃんと揚がっていない」のだろう。
お客さんたちの話を聞くことによって公子は、どんどん「揚げられて」いたのではないか。

そういえば、子どもの頃に読んでいた絵本だって、主人公が外で遊んでいたり、お母さんとはぐれたりしたときに、様々出会う人や動物たちと話したり、時にはそれらを手伝ったりしていた。
そして、別れるとすぐに次の何かと出会い、やっぱり話したり、手伝ったり、あるいは逆に助けられたり……
大してワクワクしたりハラハラしたりするような出来事もなく、最後は家に帰ったり、お母さんと無事再会して終わるだけの物語を、だけど、夢中になって読んでいたような気がする。
主人公が経験するエピソード自体が面白かったのはもちろんだが、たぶん、物語が進むにつれ、文章では書かれていないけれど主人公の表情が違っていく理由を幼心にも理解して、主人公の成長していくのが嬉しかったのだろう。

本作で描かれる公子の日常も、ページを捲るとまた違う人と出会ってゆく絵本のように感じていた。
そして誰かに出会ったことによって少しずつ表情が変わっていく公子を、ふんわり観ていた。

メモ

映画『ドーナツもり』
2022年12月14日。@UPLINK吉祥寺 (アフタートークあり)




この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?