10月1日は「日本酒の日」。あえて「微生物」のはなし

・日本では12種の動物にたとえられている十二支は、本来は1年の月の記号です。その10番目にあたる「酉」は、日本では「トリ」と読まれますが、元来壺の形を表す象形文字で「酒」を意味しています。

・10月は新米を収穫し酒づくりを始める季節です。その為10月1日が酒造元旦と言われていました。

『日本の國酒である日本酒を後世に伝えるという思いを新たにするとともにとともに一層の愛情とご理解をと言う願いを込めて』、日本酒造組合中央会が1978年に定めた歴史ある記念日である。
(出典:「全国一斉日本酒で乾杯!」ホームページ)

「日本酒」とは「日本で醸したお酒」という単純なものではない。そもそも日本でしか醸せないのだ。
何故か?
日本酒を醸すのに必要な麹菌「ニホンコウジカビ」が、その名のとおり日本特有のものだからだ。

小倉ヒラク著『発酵文化人類学』(角川文庫。2020年)を開いてみる(以下引用は、全て本書)。

とりあえず、日本酒造りの工程から

① 日本酒用に栽培したお米を収穫・精米する

② お米を蒸した後に麹にして、お米のでんぷん質を糖分に変える

③ 麹と蒸したお米を水に浸け、お酒のスターター(酒母)をつくる

④ 酒母のなかで、酵母が糖分を食べてアルコールに変える

⑤ 酒母に水と米を何度か足して酒の量を増やしていく

( 搾り・濾過・瓶詰など、略)

P224

日本酒たる所以。「ニホンコウジカビ」

①で精米した酒米を②で蒸す。ここで「ニホンコウジカビ」の出番だ。

もともと田んぼに棲息しているニホンコウジカビは、お米が大好物。しかし生米は固くて取り付きにくいので、お米に熱を加えて柔らかくしないと食べられない。(略)「おこわ(蒸した米)が湿気で濡れている」という状態。お米に熱が加えられて柔らかくなり、さらに湿気が加わった状態がニホンコウジカビにとっての理想の環境だったということだ。(略)

さて、この「いい感じにしっとりしたおこわ」に取り付いたニホンコウジカビは、お米の内側に根っこ(菌糸)を張り巡らせ、お米の主成分のひとつであるデンプン質を食べてエネルギーを吸収する。このデンプン質を吸収する過程で、デンプン質は糖分に分解される。(略)

ニホンコウジカビがどんどん成長すると、お米のまわりを白い葉っぱ(胞子)で覆い尽くし、米粒が白くモコモコした状態になる。(略)
カビの胞子でモコモコした米粒のなかを見てみると、デンプン質がすっかり糖分に変わっている。つまり、お米がブドウのように甘くなっている。カビの分解力が、お米を果実に変えてしまうのだ。

P36-P37

この麹菌をつける際、蒸した酒米を薄く広げて米粒をバラしていく。

日本の「米粒バラしスタイル」は、ニホンコウジカビの好みを反映させた結果生まれたデザインと言える。お米一粒一粒をバラすのは、胞子を長く伸ばすための「表面積」がたくさん必要だからだ。(略)成長するためにたくさんの酸素を吸収するニホンコウジカビには、空気と触れる面が多い「バラしスタイル」が有効だった。

P42

そして③の工程へ。

酵母が発酵するには水分が必要なので、カラカラに乾いた米を水に浸ける。すると、そのへんをフワフワ飛んでいる酵母が水のなかに入ってきて、お米のなかに貯まった糖分を食べ、アルコールと炭酸ガスをつくりだす。
(略)
日本酒蔵の樽のなかで、液体の表面が白くブクブクしている場面を見たことがある人も多いと思う。あれはつまり「コウジカビがつくりだした糖分を、酵母が食べてお酒にしている」という場面なのだね。カビと酵母という、異なる微生物同士でバトンリレーが起こっているわけだ。

P37

酵母のルーツ「きょうかい6号酵母」

日本酒の再ブームが起こった時、酒米が注目された。やれ「山田錦」だの「雄町」だの「美山」だのと酒飲みの蘊蓄うんちくの恰好のネタだった。
やがて、それでは飽き足りなくなってしまったのか、今度は「酵母」だと言い出した。やれ「静岡酵母」だの「新政酵母」だの。
「知ってる? 新政酵母って、きょうかい6号酵母なんだよ。だから"新政No.6"なんだよ」、なんて具合に。

明治時代に蔵で「きょうかい6号酵母」という発酵菌が採取・培養された(中略)。江戸時代までの酒造りは、基本的に各酒蔵に棲みついていた野生の酵母で酒を醸していた。しかしその醸造法はしばしば「火落ち菌」と呼ばれる酒を腐らせてしまう雑菌の混入を引き起こした(略)。そこで明治に入って近代的な微生物学が日本にもたらされると、国家主導で「安定して発酵できる酵母」の開発が推し進められた。その原型になったのが新政の蔵から分離された酵母(通称6号酵母)だったのであるよ。以後、新政の酵母を品種改良することで、様々なタイプの標準酵母が開発され、日本中の酒蔵がその酵母を採用し、酒が腐るリスクが圧倒的に減少したのだった。

「ということはなんだ、今私たちが飲んでいる日本酒の祖先は新政だってことかい?」

その通り!野生の酵母で酒を醸す寺田本家のような「ルーツ酒」は例外として、日本中の酒蔵が使っている酵母のルーツは新政の「6号酵母」だ。

P271-P272

微生物をコントロールする「淡麗辛口」のテクニック

今やスタンダード過ぎて新し物好きの酒飲みに敬遠されがちだが、とはいえ、今日、世界中の酒飲みたちが様々な美味しい日本酒を楽しめるのは、「淡麗辛口」のおかげであるのは間違いない。

「淡麗辛口」
実は微生物をコントロールするテクニックによって作られている。

ひとつは「原料の米をめっちゃ削る」というオペレーション。これにより、お米の表面に多く含まれるタンパク質が除去され、酵母のエサの糖分をつくるデンプンを多く残せる。(略)

次に「乳酸菌の関与を防ぐ」というオペレーション。(略)酒母を発酵させるとき、実は野生の乳酸菌も発酵に関与している。発酵の初期段階で、乳酸菌が酸を出して酒母のpH値を下げて酸性にし、雑菌の侵入をブロックする。(略)

しかしだ。この乳酸菌の働きもまたコントロールを間違えると酸っぱい雑味に変わってしまう。そこで「乳酸菌のつくる酸(乳酸)を精製して入れちゃえば雑味が消えるんじゃね?」という発想が生まれる。この時代の高級吟醸酒は多くが乳酸を添加する方式でつくられていた。この方法は酒母が早く発酵するので「速醸」と呼ばれる。

最後に「菌を半殺しにする」というオペレーション。まず米を削るということは、麹菌のエサを削るということだ。しかも麹をつくる時にどんどん換気して米を乾燥させてしまう。すると成長に必要な水分を奪われた麹菌は、しょうがなく根っこ(菌糸)を米粒深くにもぐらせてなんとか生き延びる。すると糖分が凝縮した麹ができあがる。(略)次に酵母を限界まで低い温度で発酵させる。酒の酵母はふつう20℃以上で元気に働くのだが、マックス10℃以下まで温度を下げる。すると酵母はゆっくりとしか発酵できなくなり、その結果できあがる酒の雑味が消え、香り高くなる。

P231-P232

微生物までコントロールしてしまう酒造りとは奥の深いものである。化学知識などなかった古代から試行錯誤で酒を醸していた人々の努力と探求心、何よりお酒に対する執着に驚き、そして深く感謝する。

2020年10月1日。
苦しい状況の中、美味しいお酒を提供するために頑張っている全ての人たちに、エールと感謝を籠めて。


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