共に傷つき共に癒す~映画『渚に咲く花』~

映画『渚に咲く花』(松田圭太監督、2022年。以下、本作)の冒頭、海岸に座って海を眺める一人の女性を観て、『あたしさぁ、返さなきゃいけないモノ、いっぱいあるんだ』という声が聞こえた気がした。
それは、『深呼吸の必要』(篠原哲雄監督、2004年)という映画で、ほとんど刈り終わったさとうきび畑でキャッチボールしている男たちを、やはり座って見ていた川野悦子が立ち上がってキャッチボールに加わり、ボールを投げながら言ったセリフだった。
その映画で、さとうきびを刈っていたのは様々な場所からやってきた季節アルバイトの若い男女で、各々が様々な事情を抱えていた。

この映画で川野悦子を演じていたのが金子さやかで、本作において彼女が演じた彩花もまた、"とある事情"から衝動的に職場を無断欠勤し、東京から千葉県いずみ市とおぼしき海岸までやってきて、一人ビールと柿ピーを手に、海を眺めていたのだ。

そんな彩花の横に図々しく現れたのが、その町で生まれ育ったもう一人の主人公・渚(児玉遥)で、その出会いを機に二人は一緒に飲み、その勢いで二人は渚が亡くなった祖父から受け継いだ焼き鳥屋の店舗で居酒屋を始めることになる(彩花は、職場とも関係が深いとおぼしき"とある事情"を理由に休職し、居酒屋を手伝う)。

本作は、東京(と職場)での生活で傷つき疲れ果てた中年キャリアウーマンの彩花が、明るくポジティブな渚という若者と出会い、都会の喧騒から離れた海辺の町で共に居酒屋を切り盛りし、祖父の親友だった鉄二(赤井英和)や常連客らとの触れ合いの中で、癒されていく話である。
……少なくとも、途中まではそう見えた。

だが終盤、彩花が渚に"とある事情"を打ち明けたことから二人に亀裂が生じる展開となり、物語のフォーカスは彩花から渚へ移る。
それはつまり、人間同士の付き合いにおいて、一方的に依存するだけの都合の良い関係など存在しない、ということである。
確かに彩花は渚に打ち解け「何でも話せる関係」になったと思ったのかもしれないし、事実そうかもしれないが、渚だって人間だし、しかも「素直にI'm Sorry」(チェッカーズ、1988年)を知らないくらいの年下なのだ(さらに言えば、そのシーン以前に、今は明るくポジティブに見える渚が過去に学校に通えなくなった経験を持っていることが明かされている)。
年上の女性から結構重たい事情を一方的に打ち明けられても、すんなり受け止められるはずがない。
しかし、自分は傷ついている被害者だという意識が強い彩花は、渚の気持ちを慮ろうという気がなく、彼女を加害者扱いしてしまう。

そのことにより、上述したように物語のフォーカスは、彩花を傷つけてしまったことと当時に、年上の彩花が自分の事情を慮ってくれなかったことによって二重に傷ついた渚へ移る。

観客の希望を裏切らない物語の結末は、だからこそ観客を癒し、元気づけてくれる。

メモ

映画『渚に咲く花』
2022年11月16日。@池袋・シネマロサ

当日は、19時から現役乃木坂46の久保史緒里さん主演の『左様なら今晩は』を観て、続けて元HKT48の児玉遥さん主演の本作を観た(二本立てではなく、別々にチケットを購入した)。
以前、前田敦子さんが『当初から女優志望だったので、「卒業しちゃいけない」って言われてたらAKB48に入っていなかった』(2022年10月16日放送 フジテレビ『僕らの時代』)と発言していたが、そういった意味での「AKBグループの存在意義」が実感できた1日だった。

ちなみに、冒頭に書いた映画『深呼吸の必要』には、リストカットの跡があるという事情を抱えるが故にほとんど喋らず他人ともコミュニケーションを取らない中学生の女の子が登場するが、セリフではなくちょっとした仕草で観客に理解させてしまう彼女を観て「凄い女の子がいるなぁ」と驚いていたら、それが長澤まさみさんで、今や誰もが認める演技派女優となった。

その彼女が今(2022年秋)シーズン出演している話題のテレビドラマが『エルピス-希望、あるいは災い-』である。その脚本を書いている渡辺あや氏が、同時期に公開された映画『やまぶき』を監督した山崎樹一郎氏と対談した記事が朝日新聞に掲載されていた(2022年11月15日付朝刊)。
その中で渡辺氏が、興味深い発言をしている。

でも今、傷ついた傷ついたと言い過ぎていませんか。そんな傷つかずに大人になれると思ってるのか、と私なんかは思ってしまいます。大人は傷つくことをもっと推奨すべきではないか。傷は必ず治るのに、あまり脅かすから、若い子たちが緊張してしまっています。

そう、本作はまさに渡辺氏の指摘を物語化したものだ。
だから本作は、『傷ついた傷ついた』と自分の事ばかりの彩花と、それによって傷ついてしまう渚が、互いの痛みに気づき、互いにそれを癒す希望とともにエンドロールを迎えるのである。





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