王道のアイドル映画~映画『左様なら今晩は』~

好意を寄せている男の子の唇に自分の唇を近づけようとしているヒロインのシーンを観ながら、年甲斐もなくドキドキしてしまった自分に内心苦笑しつつ、何だか久しぶりに「王道アイドル映画」を観たような気になった。
というか、「王道アイドル映画」だなぁと思ってから改めて、映画『左様なら今晩は』(高橋名月監督、2022年。以下、本作)のヒロインである久保史緒里が「乃木坂46」の現役アイドルだと認識したのである。
すっかりアイドルに疎くなったオヤジは彼女について、2021年に舞台『夜は短し歩けよ乙女』(森見登美彦原作、上田誠脚本・演出)で観た、キュートな"黒髪の乙女"のイメージしかなかったのだが、今作でもタイプは違うが、確かにキュートな"黒髪の乙女"だった。

本作は山本中学氏の同名漫画が原作だというが、毎度のことながら私は原作を知らない……ので、またしても本作だけの私見で書いている。

尾道を舞台に幽霊的ヒロインが恋を知って消える(さらに、相手となる男の子が自ら付けたあだ名でヒロインを呼ぶ)、という物語は、大林宣彦監督の尾道三部作完結編『さびしんぼう』(1985年公開)を彷彿させるような気もするが、私は本作を観ながら、具体的な作品でなく漠然と「アイドル映画の王道パターン」を想起していた。

それは、本作のような幽霊だったり病弱だったりであるが故、部屋や特定の場所に閉じ込められて外界を知らないヒロインが、ふとしたきっかけで知り合った男の子に淡い恋心を抱く。
その境遇を知った男の子によって外界へと連れ出されたヒロインは、初めて経験する外界を無邪気に楽しむ。
で、まぁこれは私のイメージの中での王道なのだが、序盤~中盤にかけてヒロインの初キッス(!!)を仄めかすが、ギリギリのところで未遂に終わり、最終盤に寝ている彼に静かにキスをして(或いは、彼と抱擁して軽いキスを交わして)、この世界から消えてゆく……

で、冒頭にも書いたとおり、初キッスのシーンを焦らしてファンをドキドキさせた揚句に未遂に終わらせホッとさせるとか…
それをきっかけに抱いた恋心に戸惑う初々しい可愛さとか…
好きな男の子にエスコートされて外界に出たときの嬉しさとか…
でも、それが刹那で終わることがわかっている故のはかなさとか…
を経て盛り上がったファンの感情を、恋の成就をきっかけにヒロインが消えてゆくという切なさと安堵がないまぜになったクライマックスがダメ押しする……

その全てが90分超の物語の中に全て盛り込まれている本作のヒロインを演じる久保史緒里は、やっぱり正真正銘のアイドルなのである(絶対、彼女のファンはスクリーンを観ながら、パンフレットを見ながら、いや事ある毎に本作を思い出しながら、悶絶していることだろう……何だか、羨ましい)。

そんな本作は、「王道ラブコメ」でもある。
痴呆気味の老人客からの電話に応え続ける不動産屋(宇野洋平)の小ネタとか(不動産屋のポットの脇にあるカップラーメンは「金ちゃんヌードル」ではなかったか?)、霊感が強いスナックのママ(中島ひろ子)の容姿(『櫻の園』(中原俊監督、1990年)の志水由布子のソバージュをデフォルメしたような髪型)や除霊シーンのコミカルさとかはもちろん、何と言ってもヒロインの恋敵である果南(小野莉奈)の積極的な行為はラブコメの王道そのものである。
さらに言えば、ヒロインが恋する陽平(萩原利久)が「ペットみたい」と言ってヒロインを"愛助あいすけ"と呼ぶのもラブコメだ("愛助”と呼ばれて本当にペットのように懐いていく久保史緒里の姿にもファンは悶絶しただろう)。

ここのところミニシアター系の静かな映画を観慣れていたせいか、久しぶりに「王道のアイドル映画」にドキドキさせてもらって、何だか嬉しかった。たまには全編に渡って可愛い(或いはイケメン)アイドルがファンを悶絶死させるほどの魅力を放つ映画を観るのも良いもんだなぁ……とオヤジは思ったのである。

(敬称略)

メモ

映画『左様なら今晩は』
2022年11月16日。@池袋・シネマロサ

映画館の水曜サービスデーということもあり、19時上映回はそこそこの入りだったが、ミニシアター系の静かな映画ではあまり見掛けないような若い男の子が多かったように思う。

余談だが、"愛助"って随分昔に亡くなったのかも……と思ったのは、墓石に「昭和五十…」と刻まれているように見えたからだが、私の勘違いかもしれない。

そういえばラストシーン直前、映画館で友達を呼ぶ女子高生は西本まりんさんではなかったか?客席から立ち上がるって、田宮ひかるみたい(小野莉奈さんも出ているし……)

ちなみに本作は、監督の高橋名月氏と穐山あきやま茉由氏の共同脚本であるが、穐山氏は久保史緒里さんが在籍する乃木坂46の元メンバーである桜井玲香さん主演の映画『シノノメ色の週末』(2021年)の監督である。 


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