現代だからこそ「未来を信じる力」が刺さる~映画『ハケンアニメ!』~(2022年 TAMA映画賞最優秀作品賞)

映画『ハケンアニメ!』(吉野耕平監督、2022年。以下、本作)は、”今どき珍しい”「熱血お仕事物語」だが、それは「昔流行ったものを今更」という意味合いではなく、それを巧妙に外して「今どきにしては珍しい視点」を持った物語であることを意味する。

この、バトル的要素を組み込みながらも、登場人物全員が揃いも揃って(実は)善人で、誇りを持って真摯に自分たちの仕事に取り組む物語は、テンポの良さと、未熟な主人公の唯一の取柄である熱血が周囲を感化して生まれる団結感で、かたき役であるカリスマ監督に挑む展開と、そして何と言っても両者が制作するアニメの出来の良さから、物語世界にのめりこんで、最後には爽やかな感動で満たされて、元気をもらって劇場を後にできる良作である。
そんな如何にも、お約束的要素がふんだんに盛り込まれた本作の裏には、実は、巧妙に仕組まれた「現代批判」が内包されている。これこそが、"今どき珍しい"の意味である。

何より、現代のアニメ制作現場が舞台で、作画・撮影・編集まで全てデジタル化しているにもかかわらず、人間のコミュニケーションは全て対面というアナログな方法がとられているのが象徴的だ。
主人公の新人アニメーション監督・斎藤瞳(吉岡里帆)は、社内を走り回り、担当者を追い掛け回す。そして、「自分の言葉」で「相手に伝わる」ように、人々を説得してゆく。時間も手間も労力も惜しまず、新人で「代打」と陰口を叩かれていてもそれに負けず、かと言って、「監督」という肩書に変なプライドも持っていない、とにかく、誠心誠意、人に向かう。
クセ者プロデューサーの行城理(柄本佑)は、そんな斎藤を理不尽に思えるほどに引っ張り回すが、引っ張り回す先は必ず「人前」である。

一方の、斎藤が「打倒」を目指すカリスマ監督・王子千晴(中村倫也)は、ともすれば泥臭い斎藤の対極にあるようにも見えるが、彼もスタッフたちとちゃんと向き合ったうえで、自分のエゴを通そうとする。また、斎藤に対しても「ちゃんと人を見ろ」といったアドバイスをする。
その王子のパートナーであるプロデューサーの有科香屋子(尾野真千子)も、テレビ局の会議室で居並ぶお偉方と対峙し、王子が求めるもののために制作会社に頭を下げ、お握りまで握って労をねぎらう。

この物語には、魔法もなければ、努力なき奇跡もない、コスパやタイパだってない。
「スマート」からは程遠く、あるのは「信念」「情熱」「努力」である(間違ってはいけないのは、「根性」「忍耐」ではないことだ)。
そして大切なのは、それが全て「チーム」で行われることだ。
ダメな主人公が周りを巻き込んでゆくのは成長物語の王道だが、敵役であるカリスマと言われている王子も自分一人の天才的才能でアニメを制作しているわけではない。ここが「昔流行ったものを今更」ではない点だ。

その、「昔流行ったものを今更」ではない点の主たるものは、本作の結末である。
一見バトルもののように見せながらも勝敗ではなく実は、両者ともやり方が違うだけで求めているものは同じ、という結末は、これまでにも数多あまたあったと思うが、この「求めているもの」が、今どき珍しいのではないか。

視聴率(=覇権)争いをしながら、斎藤・王子ともに、「"今"響かなくても、"将来"何かの形で響けばいい。そんな作品を"今"届ける」ためにアニメを作っていることに気づき、「覇権」は意識しながらもそれだけではない、それぞれの想いを託した最終話を描き上げる。

この展開は、"今どき珍しい"。
SNSなどを中心に「"今"この瞬間だけ伝わればいい」といった風潮に踊らされ、書籍や映画・ドラマなどもただの「コンテンツ」として扱われ、"今"楽しめなければ「つまらない」「わからない」と簡単に一蹴され、それ以降顧みられることがなく、楽しめたものでさえ、その後の人生を共にしようとする発想すらできなくなった世の中。
そんな現代において、純粋に「未来を信じる力」をテーマにしている本作は、それだけで賞賛に値する(とは言え、「それだけ」でなく、エンターテインメント作品としても賞賛に値するのは、もちろんだ)。

だからこそ逆に、本作は極上のファンタジーだと捉えることも可能だが、それだけで終わらせてしまうのは早計だ。
"今"は単純に映画を楽しめただけに思っているかもしれないが、これだけのめり込んだ作品が心に残らないはずがない。
この先の人生の中できっと、意識していなくても事あるごとに不意に本作を思い出し、明日からもちゃんと生きていこうという勇気や元気が蘇るはずだ。
それこそが、制作人たちが本作に託した熱い想いなのだから。

メモ

映画『ハケンアニメ!』
2022年11月26日。@パルテノン多摩 大ホール (第14回TAMA映画賞 最優秀作品賞)

とにかく熱く、本気で、誠実な本作。
TAMA映画賞の授賞式に登壇した吉野耕平監督は「エンドロールが長い。それは1本分の実写映画に加えて、2本分のアニメ制作に携わった大勢の人たちがいたから」とコメントした。
各パートを担当したそれぞれの人が熱く、本気で、誠実な仕事をした結果が本作であり、だから文句なしの最優秀作品賞である。

映画やアニメだけでなく、世の中のほとんどのことは一人ではできない。だからこそ、リアルなコミュニケーションを通しての信頼関係が必要なのではないか。
それが端的に現れているのは、他社から監督の依頼が来ている斎藤に対し、「監督の依頼が来るのは良いことだから会社を辞めてください」と背中を押す行城が提示する"退社の条件"にある。

彼の"条件"はただ一つ、「円満に退社してください」。
インフルエンサーだのカリスマ○○だのと、周りの事は気にせず、自身の才能で世の中をのし上がっていこう、それが実現出来る時代だと煽る現代の風潮にあって、何と真摯な言葉なのだろう。

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