そう。君は、何も悪くない!~映画『炎上する君』~

『君は、何も悪くない!』

映画『炎上する君』(ふくだももこ監督、2023年。以下、本作)の中盤で主人公の梨田(うらじぬの)が叫ぶ声に、泣きそうになった。

劇中ではトモ(中井友望とも)に言った言葉だけれど、それは私(たち)が誰かから言ってもらいたかった言葉ではなかったか。

本作、42分の短編だが、その中身は様々な物が詰まっている。
それは内容やエピソードのことではない。
普段、我々が暮らす日常生活の中で、意識/無意識に溜め込んでしまっている「様々な鬱屈」だ。

だいたい、お笑い芸人だから、いや芸人でなくて一般の我々にしても、そういう容姿だから、そういうキャラだから、と何故、他人からイジられなければならないのか。そして、それに抗わず、ただヘラヘラとやり過ごすことを求められる(そう、「(自分が)そうするしかない」のではなく、それも「お約束」としてセットで求められているのだ)のか。
私たち個々人の「多様な」指向/嗜好を、心の底から理解/同意するのではなく、ポリコレ的に自分が攻撃されないために理解/同意したフリをする安っぽい言動に対して、何故、言われたこちら側がそれを理解/同意してやらねばならないのか。

「それは正論だけれど、あくまで『理想』でしかないよね」と口にはできずモゴモゴと曖昧に、見て見ぬフリをしてやり過ごすことが暗黙の了解となっている、例えば、ルッキズムや男女平等や痴漢などなど……。
何故、言われた側/された側が、言った側/行為に及んだ側を慮ってやらねばならないのか。

本作は、それを何気ない日常を通して抉り出してゆく。
トモはそこから逃げ出したが、逃げ出したかったのは観客である我々だって同じだった。

『君は、何も悪くない!』
トモに掛けた梨田の言葉に私は泣きそうになった。

いや、正直に言えば、それまでのシーンで逃げ出したかったのは、言われる側/される側に仮託したからというだけではない。言っている側/している側ひとりひとりの顔が、私に見えたからでもある。
私は普段、こんなに何気なく、無邪気に人を傷つけているのか……

『君は、何も悪くない!』
トモに掛けた言葉は、私の贖罪でもあった。だから泣きそうになった。
そう。君は何も悪くない、悪いのは私だ。

『私は、何も悪くないです』
泣きそうになりながらトモが叫ぶラストシーンに、また泣きそうになった。
悪くない方が「悪くない」と当然のことを言うのに、何故こんなにも、こんなにも勇気を振り絞らなければならないのかと、胸が痛んだ。

しかし、本作はそれを悲観として描かない。
それはまだ始まったばかりだけれど、確かな希望の一歩である。
燃える腋の下が、未来を明るく照らしている。

メモ

映画『炎上する君』
2023年8月5日。@渋谷・シネクイント(公開舞台挨拶あり)

しかし、梨田は「完全無欠の正義の味方」ではない。
ある時そう決めたのだ。そして、挫けそうになりながらも、その信念を貫こうとする。
そう決めることができたのも、それを貫くことができているのも、全ては浜中(ファーストサマーウイカ)という相棒が、いつでも傍にいてくれるからだ。
浜中は梨田に助けられたと言うが(終盤の浜中の独白は、男の私でもかなり辛い)、梨田だって浜中に助けられているのだ。
2人の関係性が本作を希望に満ちたものにしている。

本当は、炎上する男(齊藤広大)についても書きたかった。
我々は彼のように「わかりやすい」ものを持っていないが、それと同じような、「生きて暮らしていることそのものに対する漠然とした罪悪感」を抱えているのではないか。
だから、何でもないちょっとした言動にも、何だか「すみません」と申し訳ない気持ちになってしまうのである。
『ただ燃えているだけなら、謝らなくていいのではないか。そういうものだ』
梨田の言葉にまたしても泣きそうになった。

近い将来、正しいことを正しいと堂々と言える梨田や浜中を劇画的に描かなくてもよく、トモのようにありったけの勇気を振り絞ることなく『私は悪くありません』と言える、そんな世の中になる。
そう希望を抱かせる映画だった。

いやー、本当に良い映画を観た!

(と書いた数週間後に起きた女性DJに対する「炎上」には失望した。
何故、された側が、行為に及んだ側を慮ってやらねばならないのか。
悪くない方が「悪くない」と当然のことを言うのに、何故こんなにも、こんなにも勇気を振り絞らなければならないのか)

実は本作を観たのは、少し前におなじシネクイントで上映された『アイスクリームフィーバー(千原徹也監督、2023年)で、劇場に入る前に配られたチラシを見たからだ。その時別の事を考えていて気がつかなかったのだが、チラシを配っていたのは、たぶん、ふくだももこ監督ご本人だったと思う。

おまけ

全然関係ないが、途中から気になって仕方なかったこと。
それは、梨田が着ていたTシャツに見覚えがあったこと。

たぶん、これ

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