映画「音響」は芝居をする

以前、映画『ようこそ映画音響の世界へ』(日本公開 2020年)を観た。
音をテーマにしているということで、音に拘った映画館「立川シネマシティ」の「極音上映」で観た。
注目する点は、映画「音楽」ではなく「音響」であることだ。

映画冒頭、自身が発明した「蓄音機」を操作するエジソンを撮ったフィルムが流れる。
映画によると、エジソンは最初から「音声付のフィルム」、つまり「トーキー映画」を記録することを目的としていたという。蓄音機は、その第一段階として、まず「音声の記録」を試みた実験であると。
しかし、映像と音声を同期させて再生することは叶わなかった。

初期の劇場映画は無声であり、海外ではオーケストラが生演奏し、スクリーン裏で声優たちが「映像に合わせ」てセリフを喋っていた。
日本では、「活動弁士」(「カツベン」)が、「映像に合うよう」なストーリーを独りで喋っていた。

やがて記録した生音の再生となる。しかし、この時点ではまだ、セリフと状況を伝えるだけの無機質な「小道具」の一つだった。
テクノロジーが進化し、それぞれのセリフ、効果音などを独立したトラックに記録し、それぞれ自在にエフェクトを掛け、ミックスできるようになったとき、映画音響自身が芝居をするようになった。

「音こそが芝居そのものである」

映画監督・西川美和氏は著書『映画にまつわるxについて』(実業之日本社文庫。2015年)で、そう書いている。

深夜、男が古い襖を開けて部屋に入ってくる。畳の間の真ん中に敷かれた万年床の上に胡坐をかくと上着を乱雑に脱いで傍に放り、コンビニ袋から出した缶ビールとつまみの封を開け、一気にビールをあおる。

『このト書きを読んで、音を想像してみて頂きたい』と彼女は言う。

 俳優の動作に伴う些細な音があるだけで、何かことさらの効果音が必要とも思えないシーンである。しかし効果部は上がった映像をじっと見ながら、シーンに存在しうる音を、些細な音も派手な音も平等に、ゼロからスタジオの中で作り出す。当然、襖の開閉音、男の足音、つまみの袋を破る音など、すでに同時に録れている音はある。しかし、録れていてもなお、彼らは男の一歩一歩に完全にスピードを合わせて、もう一度、自分たちで「足音」を録る。(略)
 本物の音だけが本物ではない。かつて火のついた線香の先端が赤く燃えているクローズアップのショットを撮り、私はそこに幽かにじりじりと燃えている音をつけたいと思った。しか本物の線香は音など出して燃えはしない。すると効果部はフライパンで野菜をジャージャー炒め、それを加工して極小の音量でスピーカーから出すことで表現した。
(略)
 例えば先に書いたシーンで、缶ビールのプルタブを開ける音にうっすらとエコーをかけてみる。途端、狭い部屋ではあるが、男のほかにひと気のない閑散とした空間であることが際立ってくる。古い蛍光灯の、低く鳴る音を這わせてみる。さらに柿ピーの咀嚼音だけをボリ、ボリ、ボリ、と生々しく強調し、その他のノイズを極限まで絞ってみる。すると観客は、まるで自分がその男の頭の中に居るような感覚を憶え始める。(中略)そういう「演出の理念」に合わせて、現場で録れた音と、生音で後から録り直した音と、種々の効果音と、音楽とを、極めて微妙にブレンドし、あれを試し、これを試し、しながら「嘘の世界」を作り出していくのである。

(西川美和著『映画にまつわるxについて』 P142-P146)

『現場で録れた音と、生音で後から録り直した音』というのは、同じ音を再現させるだけではない。時には、異質なものをブレンドして、本物リアル以上に本物らしいリアリティ音にすることもある。

『ようこそ映画音響の世界へ』では、有名な『トップガン』の戦闘機の音の種明かしがされている。
担当の音響編集主任によると、『実際の戦闘機の音を収録しに行ったが、案外普通でつまらなかった。だから、動物のうなり声や、猿の(高音の)キーキー声をミックスした』とのこと。
映画ではその後該当のシーンが流れるが、確かに低い動物のうなり声らしき音が聞こえるし、「キーン」という高音は猿にしか聞こえなくなった。

ところで、上述の西川氏は、効果部のスタッフを『彼ら』と書いているが、もちろん、効果部や音響のスタッフには女性もたくさんいる。
事実、『ようこそ映画音響の世界へ』の監督 ミッジ・コスティンは、自らも音響デザイナーである女性だし、そのためか、同映画には男性よりも女性の方が多く登場する。先述の『トップガン』の音響編集主任も女性である。
映画に登場する彼女たちは、自分たちの仕事に誇りを持っている。中には『(夢じゃないかと)毎日頬をつねっている』という人までいる。
彼女たちが生き生きと自身の仕事について語る姿をみて、映画とは観客だけでなく、スタッフにも夢をみさせてくれるものなのだなぁ、と改めて思った。

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