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美人は正義

億万長者の女性二人と7時間語り合った。相変わらず飲みすぎて記憶をなくし、いつもどおり、気づけば家にいた。朝LINEを見たらまた別の億万長者の女性からLINEが届いていた。昨年、全財産が49円になったはずなのに、いつもまわりには億万長者がいる。面白いね。てか、この3人がみんな美人ときたもんだからほんと幸せすぎる。日本が一夫多妻制だったら3秒で口説いてる笑

ここまで来るのに彼女たちはとてつもない努力をしてきたんだと思った。でもそれは苦しい努力じゃなく(もちろん色んな誹謗中傷はあったかもしれないけれど)、自分が自分であるための聖なる努力だったと思う。

美しさって見た目が全てじゃないけど、確実に見た目に反映されるよね。語弊を恐れずに言うと、美人は正義。

そしてその美人の定義は、見る側の成熟度によって変わる。おれが誰かを見て、美人と心から思うときは、見た目とその人の人生のバックボーンの深さが絶妙に重なり合ったときだ。そんな人に会うとなんともいえないたまらない気持ちになる。時間とか積み重ねてきた関係性とかなくても、なんか一瞬で距離が縮まるね。

美人が好きでブスが嫌い。昨日のnoteにも書いたけど、それは美人な自分、ブスな自分がおれの内側には共存してるってことだけど、この現実世界では、自分の最初の感性を採用してる。

色気って、フェロモン的なそれもあるけど、本質的な色気ってその人の深さが溢れたものだと思う。本質的な色気を感じるとなんとも言えない気持ちになるね。性的なそれもぶっちゃけあるけど、なんというか、一緒に空間を共有することでただただ、居心地がいいというか、高揚するというか。

肉体を楽しむってこういうことだよね。スピ的な話しになるけど、これを楽しみたいから壮絶極まりない選考を突破して、地球に生まれてきたんだと思う。

若いときは快楽に溺れまくったけど、今は溺れずに楽しめてるなと思う。自分の感覚をはっきりと感じながら人と向き合う。これは好き、これが嫌いっていう感覚を確認する。それは自分以外の誰かに表現した瞬間「ジャッジ」と捉えられるかもしれないけど、自分自身の中でやるそれは、「思い出す」ことになる。

人生は、何かを手にする旅じゃなく思い出す旅。すべては最初から自分の中にある。それを制限がある肉体人生の中でどこまでやれるか、それが楽しいなと思う。

若い頃、女の子と飲んで何もしないとかありえなかった。でも今は、勝手に記憶なくなって気づけば家に帰ってる。これって成長なのかな?わからないけど、人畜無害な自分のマルをつけてやろーと思う。

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真剣な話も、アホな話も、レベルが高くて深い相手だから楽しめる。


今日は、1日引きこもろうかな。しぬほどワクワクする新しいプロジェクトの企画書つくって、来月から美女たちとはじめるオンラインサロンの構想を練ろう。


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