見出し画像

繊細さの敵

こんにちは、ジョティです。
週末、実家の農作業をお手伝いしておりました。

ほとんどは夫がやってくれたので、
私は自分の子供と集まった親戚の子供たちの様子をみて過ごしていたのですが、

子供たちにたっぷりと引き継がれている世代間の連鎖や、
今まさにここにある『場の催眠』にどっぷりな感覚を
改めて目の当たりにして、さすがにちょっと疲れましたね。
次の日は、心の疲れを取りにお花畑に連れて行ってもらいました。

いいお天気でした♡


私たちが自分らしくいられない時、
背景には自分の幼少期の家族との関わりがどうだったかということが、
とても大切な気づきになることを何度もお伝えしてきましたが、
今回は、さらにその家族の背景にあるものについて少しお話ししたいと思います。

日本人の集合的無意識・ムラ意識

心理学者ユングの提唱する潜在意識のさらに奥には、
集合的無意識が存在すると言われています。
これは、個人の潜在意識を超えて、集落、国、地球、と広がっていきます。

私たちは、ここからの影響を受け続けてると言われています。

たとえば、うちの実家は米農家やってるんですが、
米農家が集合している集落では、
田んぼが隣と繋がっていたりして、水も共有で使います。
水路を確保できないところは、
田んぼの畔(端っこ)を切って隣の田んぼから水を流していく。
どこかでそれがうまくいかないと、
誰かの田んぼに水が入らない。
だから、いつもみんながみんなの様子を伺っている。

そうすると、
あの家の田んぼはどうだああだと評価もするようになるし、
草が生えていたりするとトラブルになったりもする。

✴︎迷惑をかけてはいけない
✴︎ちゃんとしないと人が笑う
✴︎みんなと一緒が当たり前
✴︎みんなと一緒が安全だ
✴︎合わせられる人間が良い人間

そして、うちは家族親戚ともに、農業×公務員の組み合わせがほとんどで、
農業を支えることを望まれて公務員を選んだ人がほとんど。

✴︎仕事は安定が一番
✴︎家のために生きる
✴︎自由に働けるのは恵まれた一部の人だけ
✴︎ひとりだけ幸せになってはいけない
✴︎欲しがりませんの精神を貫く

そんなメッセージをたくさん浴びてきたんだなとつくづく感じてます。

自信がない自分って、もしかしたら偽物かもしれない

私たち日本人に、自信がない人が多いのは、
〜べき、〜すべき
のように、各自の自由を奪うような意識が強かったり、
みんなと一緒が良しとされるようなムラ的な風習が、内側に浸透していたり、影響を与えたりしていて、
無意識に自分を否定してしまうからかもしれません。

そうなると、感性の高い人ほど評価されず、
出る杭を打つどころか、出る前に事前に処理されてしまうでしょうし、
そうすると、生まれ持った才能の種も、
深い深いところに置き去りにされることになります。

自分の感覚へ繊細に意識を置くことや、
自分にとっての本当の心地よさや幸せな感覚、
ワクワク感を知ることは、〜べき、〜すべきの敵ですから、
この社会で生きる苦しみの原因そのものに感じられてしまうかもしれません。

私たちがこの苦しみを超えて、
自分の無意識に閉じ込めた、痛みの原因になったものに向かい合えたなら、
繊細でありながら、自由に、自分の責任と共に生きることが可能になります。

そして、同時に、
自己肯定感の土台を育むことで、
私たちの種は、深いところから地上へと
芽を出していくことができます。
才能の開花は、そこから起こっていくプロセスでもあります。

長くなってきたので、
自己肯定感については、また明日♡

<ジョティの公式LINEを開設しました!>

6月から開催予定のコミュニティ『inner compassionインナーコンパッション』
公式LINEからご登録&ご応募してくださった方には
モニター価格でご提供したいと思います。
順次詳細をお送りしていきますので、気になった方は登録しておいてくださいね♪
https://lin.ee/sOA07JB

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?