なつのにおい


バイトが終わり、お店を出たとたん懐かしいにおいがした。

懐かしい、といっても毎年懐かしいと思っている。何を懐かしんでいるのかはわからないが、あれは確かに”なつかしい”がぴったりなにおいだ。


なつのにおい、というのはあの頃の楽しかった思い出、青春を思い出させてくれる。わたしはこのにおいが大っ嫌いだ。

夏のにおいは私に劣情、そして寂しさを持ってくる。私は青春を知らない。青春のにおいを知らない。わからないのだ。思い出そうとしてもただ苦しく、目の前が潤む。青春を送るはずだった時間は過ぎ去ってしまった。青春を送るはずの時期にわたしは青春を過ごすことができなかった。青春のにおいを身に受ける資格がない。ただ懐かしく、苦しい、寂しい、悲しいにおいが、風と共に舞っているだけだ。ただ苦しい思い出だけが脳裏をよぎる。

私の夏は、劣情のにおいだ。後悔のにおいだ。孤独のにおいだ。

青春なんて、わからない。

懐かしさに含まれるのは、負の感情だけだ。


わたしは、この懐かしいなつのにおいがだいっきらいだ。

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夏の思い出

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