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ゲットバック・マイ・ライフ 4

承前


GRRRRRRR!!!

犬悪魔に恐れをなして逃げ出した俺はあっさり追いつかれ、駅のホーム上でもみ合いになり、現在そのエゲツない牙を備えたアゴを両腕で必死に抑えているところだ。

犬悪魔はバカの一つ覚えみたいに俺が抑える頭を振りほどこうとしたり、そのまま噛み付いて来ようとしてくる。その度饐えた匂いの唾液が飛び散り、俺の心の正気を削る。前脚や後脚も俺の身体をでたらめに打ち付けられる。畜生。こっからどうすりゃいいんだ。

会社から逃げたら異世界らしきところに来て、訳も分からないまま駅のホームでひとり犬の悪魔と無様に揉み合ってる。なんなんだ?この状況。俺は選ばれてここに来たんじゃないのか?誰か教えてくれよ!畜生腹が立ってきたぞ!とりあえず犬!お前は絶対にブッ殺してやるからな!

そろそろ抑えつけるのも限界だと言う時、不意に顔を大きく引いて腕の拘束を振りほどいた。俺は慌てて目を瞑り顔を庇ったが、攻撃は来ない。恐る恐る目を開けると、犬は駅の外を見つめている。何かに気を取られている…?

今だ!俺は懐のポケットに忍ばせていたポールペンを取り出し、奴の眼球、鼻側の目頭めがけて思い切り突き刺す!刺さった!突然の激痛に犬は全身を震わせて叫ぶ!やらせるかこの野郎!俺は犬に振りほどかれる僅かな時間の間に出来る限りペンをグリグリしてやった。どうだこの野郎!ナメんじゃねぇぞ!

ろくにケンカもした事がない俺は衝動的に放った暴力のアドレナリンで高揚していた。そのままであればストレスのはけ口として更に犬悪魔に攻撃を加えていただろう。しかしそこで聞こえてきたのは見知らぬ音だ。犬が気を取られた方向、そこで俺はやっとそちらを向いた。

見ると、さっきカレンを踏み潰したロボットは煙を上げてビルにもたれかかっていた。そしていつの間にか現れていたそいつよりも一回り小さいヒーロー然としたロボットが、竜騎士達に囲まれて、剣を掲げている。その剣に何かよくわからない光が集まっていた。これはなんていうかアレじゃないのか?数的不利を覆すような、何らかの、悪魔も恐れる、必殺技では?

そこに思い至り、俺は急いでホームの階段を転げ落ちるように降った。その直後、ホームを光の奔流が襲い、凄まじい光量で俺の視界は真っ白になった。やっぱりそうだった。また死ぬとこだった。熱を感じない光線の不可思議な音に混じって悪魔の断末魔が聞こえた気がした。

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しばらく階段の下で死んだフリをしていたが、何も起こらなかった。もう悪魔もロボも去ったようだった。おもむろに立ち上がる。全身が痛いが動かないところはなさそうだった。そういえばネクタイをしたままだったので、ほどいてポケットに突っ込んだ。少し気分が和らいだ。

この裏東京とやらに着いてからまだ1時間も経ってないが、だいたいわかった。俺は確かに選ばれたのかもしれないが、主人公ではないということだ。良くて兵隊。しかも入社式に辿り着けすらしない、どうしようもない端役。俺はあのヒーローロボに乗れない。

現実から逃げてきたはずなのに、ここも現実と大して変わらない。すでにここにも大きな枠組みがあって、主役になれるやつは一握りなのだ。人生を取り戻すとか思ってしまった俺の心に虚無が広がる。

改札。辺りを見渡すと、それはすぐ見つかった。カレンと名乗った女の腕。腕を残して圧死した女。否が応でも自分の娘の事を連想させた。俺が素早く手を引けば、何か言葉をかけていれば、少しでもあの位置からずれていれば…。

嘔吐をこらえながら、俺はカレンの腕プロテクターを物色する。あんなもん防げるわけがない。むしろ俺だけ助かった事に喜ぶべきだ。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない…。

そういえばパニックになったとはいえ、ぶん投げてしまったな…。謝るから祟らないでくれよ…。

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損傷が無かった肘から先のプロテクターを拝借して右腕に巻き、俺は街中へ足を進めた。プロテクターに何か武器でも仕込まれてないかあちこち触ってみたがそれらしいギミックはない。だが調べていると、とんでもないマークがあった。八卦のような幾何学模様。俺の会社の社章だ。クソッ。現実から逃げるも何も、逃げ切れてなかったのかよ。一体どこの部署がこんなことやってんだ?

とにかく何もわからないこの裏東京で、ようやく知ってる要素に出会えた。気が進まないがこの世界のうちの支社を訪ねるしかない。さすがに現実のメンツがここにいることはないだろう。ただ、そもそもそこに人がいるかどうかも怪しいところだ。

俺の視界の先にそびえるひときわ高いビル。実際の社屋よりも大きく社章を掲げたその建物はあちこちに巨大な穴を開けられて煙が立ち上っている。カレンを踏み潰したロボットはあそこを砲撃していたのだ。今度は腕の断面だけじゃなく、臓物も見る覚悟が必要そうだった。つらい。

【続く】


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