見出し画像

ゲットバック・マイ・ライフ 8

承前

ヒーローロボットのコクピットから現れたのは俺の娘だった。どうなってる。なんでこんなところにいる。

俺の方へ駆けてくる裕子の目には涙が浮かんでいた。

「お父さん!」

上体だけ起こしていた俺の体に、裕子は減速せずに飛びついて来た。勢い余って押し倒された俺の上にある見知った顔。一人娘の裕子。その顔はぐしゃぐしゃの泣き顔だった。

「うっ…ひぐっ…よかったぁ…。無事だった…!助けられた…!」

訳がわからない。赤い空の下で、娘が大泣きしている。俺を助けてくれたのか。どこから何を聞けばいいのか。…俺はひとつだけ聞いた。

「裕子…なんだな…?」

俺の問いに裕子はこくこくと大きく頷いた。そうだ。昔から裕子は元気よく頷く子だった。

《ユウコ、時間がありません。私の手に。》

頭上から合成音声が響く。俺を掬い上げた巨大な鋼鉄の掌がすぐ横に差し出された。裕子は俺と掌を交互に見やると、涙を拭いて身体を起こした。俺をまっすぐ見て手を差し伸べる。

「お父さん、詳しい話は後。わたしと来て。」

その瞳は真剣そのものだった。俺はその手を取った。

———————

「アグニアストラ・ビィィィィィム!」

裕子が叫ぶと共に凄まじい光の奔流が放たれる。目を閉じた俺が再び目を開けると、目の前を覆い尽くさんばかりの巨体を誇った鬼は、その身体が左右に分割されていた。えっ、ウソだろ…。このロボット、めちゃくちゃじゃねぇか。

《討滅確認。お見事です。ユウコ。》

「ありがと、アグニ!」

「お見事って…裕子、これ本当にお前が操縦してるんだな。」

《本機は機体内蔵の量子演算装置にパイロットの持つG2精神波が相互作用する事で…》

「わたしがこうしたい、って考えたらアグニが動いてくれるの。」

《端的に言うとそうです。》

ややこしい話を始めようとしたロボの電子音声を遮って裕子が応えた。

そしてロボは塔へ向かって飛翔する。さしたる距離も無いように見えるが、あまりに巨大過ぎて距離感がよくわからない。それに、このロボはありとあらゆる勢力から攻撃を受けていた。

だがしかし

「アグニアストラ・シュゥゥゥゥト!」

巨大な光弾で空を覆う怪鳥が消し飛んだ。

「アグニアストラ・サァァァァカス!」

おびただしい数のミサイルが放たれ、殺到してきた悪魔軍団が残らず四散した。

「アグニアストラ・ナッコォォォォ!」

怨念の塊を背負ったバカでかい亀が浄化された。

「アグニアストラ・アルティメットォォ!」

天を衝くような巨大な怪獣が地の果てまで吹き飛ばされていった。

「…いちいち叫ばなきゃならないのか?」

《限界を超えた力を引き出す為には強い思念と共に攻撃名称の発声が…》

「いちいち説明しないの!」

《わかりました。》

コントかこいつら。

「…アグニは、あ、このロボットの名前なんだけど」

裕子は俺に振り返らず戦場を見据えながら話し始めた。

「わたしがいなくても動けるし、戦えるの。だけど、本当の力を引き出すには誰かの想いが必要なんだって。」

アグニは一時降下し、ビル群の間を低空飛行する。

「だから、わかりやすく『こうしてほしい!』って言ってるの」

「そういうものなのか?」

《そういうものです。》

「なんだって、そうでしょ?!キィィィィック!」

再び裕子は戦闘にかかりきりになった。このロボットをもってしても塔の防衛網は一筋縄ではいかないようだ。しかしその距離は確実に縮まっていた。

強い。俺はあんな体たらくだったというのに。裕子はすさまじいアタリを引いたらしかった。こんな状況なのでろくな説明はされてないが、この機体と共に塔に行けば元の世界に帰れるらしい。

結局のところ運なのか。俺なりにこの世界で足掻いてみようとした結果が、ピンボールめいて弾き殺される末路だった。裕子が来なければ誰にも顧みられず死ぬところだった。すっ飛んで行く地面に転がってる死体のように。支社の奥で死んだ棚橋のように。押し潰されたカレンのように…。

どうにか生き残れそうな望みが生まれた。喜ばしい事だ。しかし俺の心は再び暗澹としてきた。異世界に来ても何も出来なかった俺は、現実世界でまたいつもの日々を繰り返すだけなのだ。

なぁ裕子…。なんで俺を助けたんだ…?お前も母さんも、俺の事なんてどうでもよかったんじゃないのか?俺のことを顧みず、自分の事ばかりしてたじゃないか…。察してくれよ…。

《ユウコ。直上、敵、3000。》

「おっけー!アグニアストラ・ファイアァァァァァ!」

急停止したアグニは頭上に爆炎を噴射した。上空から落下してきた3000の悪魔は瞬く間に蒸発する。

《お見事です。引き続き周囲を警戒します。》

「うん!お願いね!」

アグニと裕子の連携を見て、俺は気がついた。

言わなきゃ、わからない。

なんてこった。

誰も助けてくれないわけだ。

「助けて」と言ってなかったのだから。

それでも、裕子は助けに来てくれた。こんな訳のわからない場所に迷い込んだのに、俺を、助けに。こんな情けない、俺を。

「裕子。」

俺は震え声で呟く。

「ありがとう。」

そう呟くのがやっとだった。目は床から離せなかった。

「当たり前でしょ!家族じゃない!」

頭上から降って来た言葉が俺のささくれだった心に沁みていった。視界がぼやける。

俺は馬鹿だ。どうして忘れていたんだ。俺の宝物。

「裕子」

「なぁに?!」

「一緒に帰ろう。」

「…うん!任せて!」

アグニは一気に加速し、ついに塔に至ろうとしていた。

【最終回に続く】



ええもん読んだわ!と思ったらぜひ。ありがたく日々の糧にします。