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ゲットバック・マイ・ライフ 7

承前

銃声、怒号、衝突音。
爆発、炎上、大破壊。
俺はひとまず物陰に身を隠し、戦いの様子を伺った。なんでこんな暴走族の乱闘みたいなことやってんだこいつらは。いい迷惑だ。

とにかくこの訳の分からない乱戦を抜けなければ塔には辿り着けない。だがしかしこのまま戦場を横切っていけるわけがない。殺されるだけだ。俺は身を隠しているコンテナを鉄パイプで叩いてみた。頑丈な手応えだ。サイズは小さいが、中身がカラならどうにか身を潜められる。よし、中でやり過ごそう。

都合よく扉も解放されている。俺は内部に滑り込み、扉を閉める。めちゃくちゃ狭い。スーパーマリオのキノコは箱の中でこんな気分なのか。完全に閉めると開かなくなる気がしたので鉄パイプをドアに挟んでおいた。射し込んでくるのは不気味な赤い光だ。俺は気が滅入るので眼を閉じた。

聞こえてくるのは止む事の無い怒号。何か大きな流れがあってここで一大決戦になっているのだろう。だが俺には何一つその流れがわからない。やつらも俺を気にも留めない。今はそれが有り難かった。そうでなくては問答無用で死ぬ。どうか俺の事は放っておいてくれ。俺はわからない。何もわからないんだ。だから俺にどうすればいいかなんて聞かないでくれ…。

だんだん内省を深めていった俺はここが現実なのか夢の中なのか曖昧になってきた。なので地面を揺らす振動が徐々に強くなってきた事に気付かなかった。おかしい、これはおかしいぞ?と思ったのは、壁面がいつの間にか床面になっていた時だ。マズい。持ち上げられてる!

そして俺はどこかへブン投げられた。

隠れても、ダメなのかよ。

—————

歪みに歪んだコンテナから俺はどうにか這い出し
、そのまま地面に大の字になった。硬い。土じゃなく、金属の床だ。もうダメだ。生きてるのが不思議なぐらい身体中が痛い。空は相変わらず赤く輝き正気を削る。横を向けば明らかにビルの背丈が縮んでいる。空中だ。空中に浮かぶ足場にいるのだ。あちこち弾かれた俺は今日何度目か判らない死を覚悟したが、恐らく下から投げ上げられて、ちょうど頂点あたりにこの足場があったのだろう。運良く速度が遅くなったところで着地出来たわけだ。

足場の中央に目を向ける。そこでは屈強な男2人がなにか叫びながら殴り合っていた。たぶん何らかのクライマックスだ。2人とも俺より明らかに重傷だというのに、何度も起き上がり戦い続けている。バカじゃねぇのか。何がそんなに楽しいんだ。そこまで譲れないものがあるのか?よかったな。

殴り合う男達の向こう、足場の外側から巨大な鬼が姿を現した。今日見たものの中で一番デカいがもはや驚く気も失せた。鬼が振り下ろした巨大な刀を男達がバリアー的なものを張って受け止める。仲良いんじゃねぇかお前ら。なんなんだ。バリアーは刀のエネルギーをあたりに撒き散らしていく。それは男達の足元以外の足場を容赦なく崩壊させていき、やがて俺は空中に放り出された。今度こそ死んだ。もうどうでもいい。勝手にしろ。

人間、高所から落ちると自動的に気絶するとか聞いたことがあったが、俺はそうならなかった。足場が崩れ去ると、遥か下に戦場と街並が見える。どんだけ飛ばされて来たんだ。最後に見る光景がこれか…。全て夢で、落ちたら通勤電車のシートで目覚めてくれやしないかな…。そんなわけないか…。親父…お袋…加奈子…裕子…。

いよいよ地面に激突するその時、不意に巨大な掌が俺と地面の間に差し込まれた。掌は俺を包み込み、緩やかに落下方向を変えていく。地面スレスレで水平移動、やがて急上昇した掌は、戦場から遠く離れた場所で俺を解放した。…生きてる。

力なく仰向けになっている俺を、掌の主が覗き込んでいる。巨大なロボットだ。赤い空の下でも白く輝く装甲を備え、目鼻口の着いた顔をしている。ガンダムみたいな目だというのに、不思議とこちらを心配するかのような表情が読み取れた。

《バイタル正常。命に別状はありません。》

ロボはそういうとやや顔を緩ませた。思い出した。こいつは駅で見かけたヒーローっぽいやつだ。俺に何の用だ…?

《間に合ってよかったですね。ユウコ。》

ユウコ…?

俺が訝しんだと同時に、ロボットの腹部が複雑に展開して、中から小柄な人間が姿を現した。パイロットスーツに身を包んだ人影は俺を認めるとヘルメットを脱ぎ、その顔を露わにした。

俺の娘だった。

【続く】


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