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スパイン・ザ・リベンジャー(2)

承前

怪異の目の当たりにした男は腰を抜かし、無様に逃げ出した。月明かりすらない漆黒の獣道をがむしゃらに駆ける。

唯一の光源だったスマートフォンは怪異が現れた瞬間に取り落としてしまった。張り出した枝や根がいくつもの傷を作ったが、あまりの混乱に何も感じなかった。

全身泥まみれで車に辿り着いた男は、改めて今起こったことを反芻する。自分はいつもの「日課」に励んでいただけだ。今日もあと一歩で「お楽しみの時間」だったのだ。

サバキノトキダ。裁き?訳がわからない。早く逃げなければ。しかし本当に逃げ切れたのか確認すべく、男はここで初めて背後を振り返った。

背後に広がるのは闇だけだった。虫の声すらしない自分だけの処刑場への道。なにかの見間違いだったのか?いくら目を凝らしてもあの異形はどこにもいない。

逃げ切れたのだ。
僅かな安堵が『裁きの時だ』

それは男の正面に既にいた。
鋭い牙を備えた扁平で丸い頭蓋骨。
そこから地面に向かって伸びる異様に長い背骨は、途中で二股に分かれ、鋭い先端をこちらに向けている。その四肢のない躰は全てが血濡れており、深い闇をたたえた眼窩の奥には憤怒の光が灯っていた。

男が逃げ出すよりも疾く、怪異は尾を男の両足それぞれに巻きつかせ締め上げた。鋭く尖った骨が肉に突き刺さる。誰にも届かぬ狂乱と苦痛の叫びが響き渡る中、怪異は尾をゆっくりと巻き取り始めた。

ずぶり。

ずぶり。

刺さった棘が傷を押し広げていく。そして男はひとつの絶望を悟った。

ワイヤーソー。野良猫共をバラバラにする時に、自分が使っていたもの。使われる直前までそれが危険ともわからない野良猫共が上げる悲鳴。それをこれから自分が上げることになるのだ。

「やめ…やめて…」涙交じりの願いは聞き届けられなかった。勢いよく引き抜かれた尾は、男の脚から多大な肉片を切り飛ばした。噴き上がる血と脂は怪異の異様な骨に染み込んでいった。

呻き声を上げて痙攣する男の傍に怪異が立つ。残飯のような脚からはとめどなく血が流れ、もはや動くことすらままならない。その憎悪の瞳から目をそらす事すらも。

「うぅ…やめて…殺さないで…」

怪異は何も応えない。

「お願い…します…」

片方の尾が持ち上がる。鋭い先端が心臓を狙い始めた。

「もうしません…もうしませんから…」

揺らめく先端がピタリと止まる。正体不明の黒い闇の塊がそこに凝縮されていく。

「死にたくない!死にたくないよォーッ!」

振り下ろされた尾は過たず心臓を貫き、背後の地面に突き刺さった。男の意識は暗転した。

【続く】

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