「編集」とは何か? 創業会長が自らレクチャーしてくれました! 【社内勉強会レポ】
インフォバーンの根幹にある「編集者」マインド
「僕が最初に仕事として『編集』をしたのは、原宿のタウン誌でした。まだあんまりタウン誌が洗練されていない時代だったので、好きだった『i-D』というイギリスの雑誌みたいな、イケてるタウン誌をつくろうと思ったんです。
それで、当時勤めていた会社のクライアント企業に企画を持ち込んで通ったんですが、会社に持ち帰ったら『誰がそんなものをつくれるんだ!』と叱られてしまって(笑)。だから、初めてでしたけど、その1冊は編集もデザインも配送も一人で全部やりました。
その後、ネットが広まり、MacintoshやWindowsなどパーソナルコンピュータが普及して、DTPも一般化しましたよね。究極的には1人で雑誌を制作できる時代になったのを見て、『やっと時代がオレに追いついた!』なんて思ってました(笑)」(小林弘人)
「情報には基本的に事実(ファクト)がありますけど、それだけだと物語にはなりませんよね。必ず文脈(コンテクスト)が必要で、コンテンツというのはその2つが重なり合ってできているんです。ある種の冗長さがないとメッセージは記憶されないから、事実だけ伝えても覚えてもらえない。ところが、文脈がなければ単に冗漫になってしまう。
編集者が存在する意義は、そこにあります。文脈づくりには、世間の空気とのチューニングも必要ですし、読者の共感を得られるかを考える必要もあります。それができる編集者なら、ブランドもつくれますし、マーケティングとしてユーザーに態度変容を起こすこともできます」(小林)
「文脈づくり」に求められるものとは?
「SUBARUの自動車には、アイサイトという運転支援システムが搭載されていて、その安全性を謳っています。でも、どの自動車会社も安全には気を使っているので、そのファクトだけでは他と何が違うのか、専門外の人には伝わりにくいですよね。
もともとSUBARUの前身は、大正6年に創設された中島飛行機という会社で、航空機や戦闘機をつくる民間ベンチャーとして始まったんです。最初は技術がなかったので、フランスから技術者を招いて教わったそうですが、その人が中島飛行機に伝えた最重要事項はなんだったと思いますか? スピードの出し方? 航続距離の延ばし方?
……実は『乗員が必ず生きて帰ってくること』、そのための安全性だったんです。これは中島飛行機の社是になり、そこからさまざまな安全性能における革新的な技術を開発してきました。先に終戦を迎えたので実践には投入されませんでしたけど、戦時下の要請のもと、中島飛行機は特攻機を開発したこともあります。その際にも、『乗員が帰ってくる』ことを前提に設計して、片道切符である『特攻機』という言葉も使用したがらなかったそうです。
そうした精神がSUBARUという会社に根付いているというストーリーは、技術的な知識への理解なしでも伝わりますよね」(小林)
「まず日ごろから、人よりも多く情報を入手していないといけない。好奇心なく、ぼんやり生きている人は編集者に向いていないと思います。
たとえば、雑誌の編集長をしていたとき、僕は編集部員に『朝に出勤して、駅からオフィスまで歩いて来る間に、何を見た?」とよく聞いていました。どういう服装が流行っているのか、どういうポスターが新たに貼り出されているのか、『街並みにも何か変化があるでしょう』と。そういう変化に気づける観察眼が必要ですね。これは大げさなことではなく、最近はおへそ出している女の子が増えたなとか、でも昔のブームのときとは少し位置が違うかなとか、その程度でいいんですよ。
そのうえで、自分にとって強い分野を持つことです。それは趣味の世界でもなんでもいいんですけど、『これに詳しい!』という分野があることが自信につながります」(小林)
世界は「愛」と「台割」でできている
「先ほどのSUBARUの話も、僕がSUBARUが好きでアレコレ文献を調べたから伝えられる話です。要するに、文脈を伝えるには愛が必要なんです。こればかりはお金の力だけではどうにもできない。
昔、紙パック会社のクライアントだった方から、紙パックについて延々と語られたことがあります。『小林くん、牛乳は瓶か紙パックに入っていて、ペットボトルはないでしょう。なぜか知っているか?」とかなんとか、まるで紙パック会社の当人が語っているくらいの熱量で話せるんです。そういうときに、この人は愛にあふれているからこそ、情報を発信できるんだと感じるわけです。
ブランドそのものみたいな人、それへの愛を体現しているような方っていますよね。工場に見学に行ったり、技術者の人にヒアリングしたりしているうちに理解が深まると、愛が芽生えて代弁者になってしまう。そういう人の情報発信が、消費者の行動を変容させるんですよ」(小林)
「台割は、その雑誌の性格を決める肝なんです。僕が雑誌編集をしていた若いころは、月刊誌の構成は人間の1日のリズムに近いんだとよく言われていました。だから、朝のニュース番組よろしく、冒頭にニュースページが来て、メインの巻頭特集に入る。読者はテキストばかり読み進めるうちに疲れてくるから、途中にグラビアページや漫画を入れる。眠くなってくる終盤に、コラムニストたちの短い寄稿を集める。そういうふうに、1ページ目から最後のページまで、リズムをつくるんです。
こうした台割的な発想が活きるのは、何も雑誌だけに限りません。インフォバーンは毎年、ベルリン・イノベーション視察ツアーを開催しています。そのプログラムは僕が組んでいるんですけど、1日目にどこにどの順番で行くか、2日目はどうするか、と考えることは、僕にとって台割を考えるのと一緒なんです。ただ行き先をピックアップして、効率よく回る最短距離を結んでプログラムを組むだけでは、それこそ文脈がない。ここを体験した次に、あそこに行けばインパクトが生まれるとか、ツアーにも文脈づくりが必要です。
そこでも、『参加者にとって、人生を変えるほどの体験になってほしい』という“愛”と、『この順番、このリズムで回ることで、体験価値が最大になる』と設計する“台割”の両方が重要なわけです」(小林)
「偶然性」を味方につけ、新しい価値を
「もちろん、他で手に入らない商品、誰も知らない情報のファクトがあれば、編集者にとって武器として強いです。でも、そういう武器はなかなか手に入らない。だからといって、ありふれた商品や情報をただ出すだけでは、価値を感じさせられない。
そこで見せ方の工夫、考え抜いたパッケージが必要で、これも編集の一環なんです。同じものを扱っていても、その価値を高くしたり低くしたりするのは編集が介在するかどうか。編集者とは名乗りませんけど、多くの優秀な経営者には編集能力があると思いますね」(小林)
「僕が好きなデヴィッド・リンチという映画監督は、撮影の途中で照明の電源が切れたけど、そのまま撮った映像を使って、逆にすごい効果をあげたことがあるそうです。リンチにはそうした偶然性をうまくとらえられる現場力があります。
映画監督と同じように、編集者も人や現場をどう活かすかという才能のキャスティング、才能の発掘が得意であるべきなんです。スタッフも含めて、才能を最大限に活かす。その人が一番好きなこと、一番向いていそうなことに、ミッションを与える。僕が関わった作家やライターの中には、その後に有名になった人もたくさんいますが、それは僕の功績ばかりでなく、偶然なことも多い。でも、なるべくその人が一番活きるところを探したことが、やっぱり重要だったのかなと思います」(小林)
「チームづくりも同じです。何かみんな無関心だったり、会議で全然話が出なかったりしたら、『お菓子食べながら会議しよう』と言って、パクパク食べながら会議していました。要するに、『企画会議で発言することを怖がらなくていいよ』『とにかく何でも言ってくれ』と伝えたかったんですね。
チームで大切なのは、まずパス回し。昨日何を見たとか、どこに行ったとか、そういった雑談も重要で、それが『とにかく面白いものをつくっていこうぜ』というチームの雰囲気につながる。バンドと一緒で、そういうとき何かグルーヴが出るんです。本当に不思議なもので、そのグルーヴはコンテンツにも表れるし、なぜか読者も察知するんですよね」(小林)
「編集というのは、新しい価値を発見する旅、提案する旅なんです。常に価値を揺さぶりたい、価値を変えいきたいというマインドや発想がすごく必要です。それは『面白がれる』ということです。なんでも面白がられる人は、これからも編集者として長生きしますよ」(小林)
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