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生きる糧になるような恋愛小説を

3月1日から毎日新聞で連載がはじまった、平野啓一郎さんの小説「マチネの終わりに」は、新聞だけでなくデジタルやソーシャルを使った新しい取り組みに挑戦しています。
新聞の連載をcakesとnoteにも掲載し、小説の内容にもとづいて多数のクリエイターがnoteで過程を公開しながら作品をつくり上げます。更には読者も加われる仕組みを考えているとか? 今回の取り組みについて、平野啓一郎さんにお話を伺いました。

今の時代ならではの美しさを追求した恋愛小説  

加藤貞顕(以下、加藤) 今回、毎日新聞で連載小説を書かれて、それをcakesとnoteにも転載していくという企画をごいっしょさせていただくことになりました。この企画がはじまったきっかけについてお話いただいていいですか?

平野啓一郎(以下、平野) まず毎日新聞から小説連載のお話をいただいて、その時に新聞という伝統的なメディアで何か新しいことができればと考えました。それで、僕のエージェントであるコルクの佐渡島さんと、前から何か一緒にやろうと話していたcakes・noteの加藤さんの二人に編集をお願いすることにしました。

加藤 今回の小説「マチネの終わりに」の内容について、簡単に教えてもらえますか?

平野 「マチネの終わりに」は、38歳のクラシックギタリスト蒔野が、通信社記者の洋子に出会うところからはじまります。草食化なんて言われている時代ですが、恋愛の中で人間の精神が高まっていくような経験を描きたいと思っています。恋愛って苦しいものでもあるわけですけど(笑)、そこから共感や癒やしを得られることもあるのではないかと。年齢も40歳前後の主人公にしたことで、自分も共感しやすいし、20代、30代の恋愛とは違うものが描けるのではないかと思います。

佐渡島庸平(以下、佐渡島) 平野さんが小説を書く時、いつもどういう風にテーマを選んでいますか?

平野 テーマは大体、自分がいますごく気になっていることと、それが社会とどう関係があるかを漠然と考えるところがベースになっています。あとは、エモーショナルな部分で、自分や読者が本当に読みたい小説かを考えることも大事ですね。今は世の中が殺伐としているので、読んでいて物語に浸りきることができる、文学は生きる糧になると感じられるような作品にしていきたいと思います。

佐渡島 平野さんはデビューされてから17年たつわけですが、今だからこそ、小説の技術的にできることというのはありますか?

平野 以前の作品は、19世紀のパリや明治の日本を小説の舞台にしていて、だから美的な世界を作りやすかったところはあります。多くの人が現代という時代で美的な世界を見つけることを諦めつつあって、でも今なら、この時代ならではの美しさを描けるんじゃないかと思っています。

佐渡島 なるほど! それは面白いですね。

平野 90年代末から2000年代になる頃、現実の世界を美しく描くことがなかなか難しいと感じていたんです。それは、自分の認識の問題も技術的な問題もあります。今回の作品では、美と現実の共存にトライしていきます。

加藤 美と現実の共存というのは、アーティストがよく悩む、本質的なものをつくることと、普遍性をどう保つのかということの両立の問題とも似ていますよね。そのへんで、作家としてのご自身を重ねているところもありますか?

平野 そうですね。僕も含めみんなが美しいものを体験する時間と場所はどこなのか探っている時代ですから、それを読者と一緒に考えたいです。小説がそういう場であり続けるためには何が必要なのか、書き方だけでなく発展の仕方や享受の仕方、メディアの使い方まですごく大きな可能性があると思うんですよね。それを考えずに、ただ美しいものは素晴らしいと言っているだけでは、なかなか難しいなと思っています。

インターネットを使った、現代の芸術運動

加藤 今回、新聞連載した小説とカイブツ社の石井正信さんに書いてもらう挿絵を全部cakesとnoteに載せて、更にたくさんのアーティストと一緒に作品をつくっていく取り組みをやります。

平野 いつの時代でも芸術運動みたいなものがあって、例えばベル・エポックの時代では、ピカソやストラヴィンスキーやジャン・コクトーなど、絵画や音楽や文学など色んなジャンルの人たちが、常に刺激し合いながら物を作っていました。現代では、物理的にそういう場所がだんだんなくなってきていると感じるんですよね。
 僕は音楽や美術が好きで、そういうところから刺激を受けた文学は豊かになると実感しています。今までは一方的に鑑賞して影響を受けることが多かったのですが、今だったらインターネットを使って色んなジャンルの人と一緒に作品をつくることができると思っています。

加藤 なるほど。どういうことを期待しますか?

平野 今回は僕の作品を元に、それぞれの解釈や表現で作品づくりにみんながトライしてくれるということで、おそらく僕自身も執筆のヒントになると思いますし、そうした相互作用を見物してもらうことも面白いんじゃないかと思っています。
 リアルタイムでできるのも今の時代ならではで、そういう形であれば読者も読むだけではなく加わったり、新しい読書体験をしてもらえるんじゃないかと思っています。

佐渡島 芸術家同士のコミュニケーションを参加型で見られるのは、すごく面白いことですよね。

加藤 すごいことですよね。そこを楽しんでもらうようにしていきたいですね。

■連載小説挿絵
石井正信(いしい・まさのぶ)
1985年生まれ。静岡県三島市出身。日本大学芸術学部デザイン学科コミュニケーションデザインコース(当時)を卒業。2010年より株式会社カイブツで、イラスト、グラフィックデザイン、ウェブデザインに留まらず、撮影やプロダクトデザインまで多岐に渡る業務を担う。

■参加作家
・赤羽佑樹(フォトグラファー):https://note.mu/akabayuki
・因幡都頼(画家):https://note.mu/torai_inaba
・大嶋奈都子(イラストレーター):https://note.mu/natsukooshima
・大村雪乃(現代美術家):https://note.mu/yukinoohmura
・河地貢士(現代美術家):https://note.mu/koshikawachi
・サイトウタカヒコ(人形イラストレーター):https://note.mu/takahikoattokyo
・佐野景子(美術作家):https://note.mu/sanokyoko
・寺村サチコ(テキスタイルアーティスト):https://note.mu/sachicoteramura
・WHOLE9(ライブペインティングユニット):https://note.mu/whole9

(おわり)