見出し画像

【感想】離合集散あってこその世界を肯定してくれた『秒速5センチメートル』

『君の名は』で知られている新海誠監督の『秒速5センチメートル』をご存知ですか?

私はこの作品の名を聞くと、ある人の顔が思い浮かびます。高校時代、倫理学を教えてくれた先生のことです。母校では試験明けの授業で映画鑑賞をする習慣があり、高3の試験明けに先生が持って来たDVDが『秒速5センチメートル』でした。

私は既に鑑賞したことがありましたが、学校の視聴覚室という特殊な空間でこの作品を再び観ることができる事実に歓喜しました。それだけではなく、自分の好きな先生と映画の趣味、ひいては感性が似ていたということが嬉しかったのです。


本作は貴樹という少年が大人になるまでの間、行った先々で出会う女の子との交流を描いた物語。独立した三本の短編から構成されており、第一幕と第二幕では主人公の視点が男の子側から女の子側に移るのが特徴です。

第一幕では貴樹にとって特別な存在だった明里という少女が転校し、文通を重ねる様が貴樹視点で描かれます。中学生になった2人は会う約束をしましたが、当日は警報級の大雪に。一変した雪景色の中で貴樹は明里と再会し、翌朝2人は別れたのでした。

第二幕になると種子島でサーフィンに打ち込む女子高生の花苗が登場し、如何にもこの子に主役の焦点が当たります。彼女は同じ中学校に転校してきた貴樹にずっと恋心を描いていました。しかし貴樹の目には自分よりもずっと遠くにあるものが映っていると感じた花苗は自身の思いを胸にしまいます。(第二幕は高校生になった貴樹の存在を認識しにくいところにセンスを感じます)

第三幕では東京で社会人生活をする貴樹に視点が戻ります。彼は中学時代の雪の夜の出来事が忘れられず、恋愛も仕事も上手くいきませんでした。小学校時代の通学路を歩いていた時、一人の女性とすれ違います。二人は何かを感じ取りましたが貴樹が振り向いた時には誰もいなかったのでした。


この作品の結末は『君の名は』の終盤、雪の夜に歩道橋ですれ違う瀧と三葉によく似ています。『君の名は』では神社前で顔を合わせて再会する二人が描かれますが、本作では描かれていません。これからこの街で会える予兆ではなく、むしろ過去との決別を選んだようにも見えるのです。しかし、これはバッドエンドでしょうか?

倫理の先生は言いました。

「私は『君の名は』よりも好きなんだ。あれは出来すぎているけれど、こっちはリアリティがある。人間なんて出会っては別れて忘れる。その繰り返し。その時々で側にいる人は変わってしまう。それでいいんだよ。それが人生。」と。

この時から、人と疎遠になることへの罪悪感がなくなりました。また、人が離れていくことへの焦りのようなものを感じなくなりました。

これまでの自分は離れる時には友達や先生が恋しくて堪らないのに、新しい環境に馴染んでくると以前の交流が疎遠になる傾向がありました。相手を好きだった気持ちも冷めていって、次第に文通もしなくなる。そしてある時、急に気になったりする。

そんな自分が良くないと思っていたし、何処か寂しいことだと思っていたのです。

でも、考えてみるとそれはごく自然なことで、何処かで元気でいてくれさえすれば昔の思い出はそのままにしておくほうが美しいままで良いかも知れないと思うようになりました。

倫理の先生とは卒業前に一度メッセージのやり取りをしたきりです。でも、感謝の気持ちはその時に目一杯伝えましたし、お返事もいただきました。

会おうと思えば再び会えないわけではありません。けれども、同じ空の下にいると分かっていれば、それだけで生きていく上での支えになる気がします。もしかしたらこの文章に目を通している可能性だって0ではありません。


一度得たご縁は繋いでいくべきだと考えていました。でも『秒速5センチメートル』のように離れていくことは現実世界でもごく普通にあります。時折、空を見上げて思いを馳せるくらいの距離も心地よいものです。

この先も『秒速5センチメートル』に触れる度にあの優しい先生のことを思い出すでしょう。離合集散は世の常。程々に一期一会を心得、この瞬間と未来を大切にしたいと感じています。

我々は誰かの人生の脇役になり得るけれども生涯通して人生の主役でもあり続ける。主役から見る世界と脇役から見る主役を含めた世界は全然違う。

そんなことに気づかせてくれたのが『秒速5センチメートル』でした。

この記事が参加している募集

アニメ感想文

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?