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46-4.[心理職必須]セクシュアリティの理解と支援


特集:心理支援における”自己”とは何か

柘植道子(一橋大学学生支援センター 特任准教授)
下山晴彦(跡見学園女子大学教授/臨床心理iNEXT代表)

Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.46-4

臨床心理iNEXTオンライン研修会

[心理職必須]セクシュアリティの理解と支援
−LGBTQIA+のアイデンティティを巡って−

【日時】2024年6月29日(土曜)9:00~12:00
【講師】柘植道子(一橋大学学生支援センター 特任准教授)
【申込み】
【iNEXT有料会員専用お申込み】1,000円
https://select-type.com/ev/?ev=26NPxi2kC44

【iNEXT有料会員以外・一般用お申込み】3,000円
https://select-type.com/ev/?ev=q0x1FPEzrl4

【オンデマンド視聴お申込み】3,000円
https://select-type.com/ev/?ev=Y1F3QsQl1g4

注目新刊本「訳者」研修会

ユング心理学と出会う
−二つの私、自己と自我をめぐって−

【日時】2024年6月16日(日曜)9:00~12:00
【講師】大塚紳一郎(大塚プラクシス主宰)
【注目本】『C・Gユング パーソナリティの発達 』(みすず書房)https://www.msz.co.jp/book/detail/09683/
【申込み】
[臨床心理iNEXT有料会員](1000円):https://select-type.com/ev/?ev=7eLM6nWIYVo
[iNEXT有料会員以外・一般](3000円) :https://select-type.com/ev/?ev=I2xoC-77TLc
[オンデマンド視聴のみ](3000円) :https://select-type.com/ev/?ev=d7EAKVXpXPs

臨床心理iNEXTオンライン研修会

[心理職必須]自己組織化障害の理解と支援                
―複雑性PTSDグレーゾーンのトラウマに対処する―

【日時】2024年6月2日(日曜)9:00~12:00
【講師】下山晴彦・大谷彰・原田誠一
【申込み6月11日(火曜)まで】
[オンデマンド視聴のみ](3000円) :https://select-type.com/ev/?ev=WOTvtAL9O8I



1. セクシュアリティの多様性と「自分らしく」生きること

現代日本社会では、情報化が進む中で大量の刺激的な情報や物語に晒され、“自分らしく生きる”ことができにくくなっています。社会の求める価値観を取り入れ、自己の欲求を抑制し、社会に過剰適応しようとしがちです。その結果、人々は、さまざまなレベルで自己形成が障害されて“生きにくさ”を感じています。

自己形成ということに関しては、誰にとっても「性(Sex & Gender)」は、自己のアイデンティティや愛着関係と深く結びつく最重要課題です。しかし、セクシュアリティのあり方は見えにくいので、性的マイノリティの人々は、さまざまなレベルでの無理解と、それによる傷つき体験を受けることが多く、自己形成が困難になっています。

そこで、臨床心理iNEXTでは、LGBTQIA+の理解と支援を専門とする柘植道子先生を講師にお招きして、自己形成の基盤となる「セクシュアリティの多様性」に関する研修会を企画しました。セクシュアリティの多様性やLGBTQIA+のアイデンティティ発達に関連する知識がないと、心理職が意識しないままクライアントにセクシュアル・ハラスメントを起こしていることもあります。

その点で心理職にとっては、セクシュアリティの多様性を学ぶことは、適切な心理支援を進めるための必須課題となっています。以下に研修会に向けて柘植先生に、臨床心理iNEXT代表の下山がインタビューした内容を掲載します。


2. 日本の心理職はセクシュアリティについて学んでいない

[下山]柘植先生には、『セクシュアリティの理解と支援』研修会の講師をお願いしています。柘植先生、さまざまな「性」のあり方に関する研究と支援実践をされています。まず「心理職にとってのセクシュアリティの重要性」について、先生のご意見を教えてください。「心理職はセクシュアリティをどのように考え、支援していけばよいのか」は、とても大きなテーマで、対人援助職はそれを避けて通れないと思っています。

[柘植]「セクシュアリティ」は性的指向や性的な活動、性のあり方を含めた幅広い概念です。人間が生きていく上で無視できないはずなのに、この部分は、日本の心理職において話されない。扱われない。授業では学ばない。実際には、生きていく上ですごく重要な事柄なのに、重要視されていないのです。

[下山]非常に重要なテーマですね。世の中には「性の満足のために自分は生きている」という人もいるくらい、“性”は重要です。しかし、今の日本の心理職ワールドでは、“性”については逆に軽視されていますね。

[柘植] “性”について悩んでいる人は大勢います。“性のあり方”が、いわゆる「社会の中の規範」から外れてしまうこともあります。それは、「望ましくない」となります。誰が「望ましくない」と決めたのかは分かりません。しかし、その「規範」から外れているということで、そのような“性のあり方”は、望ましくないとされ、「いない者」とされてしまう。それがLGBTQI A+※)の人たちの苦悩の要因となっています。

※)「LGBTQIA+」の意味
https://www.taishukan.co.jp/hotai/media/blog/?act=detail&id=423
https://www.gsrc.princeton.edu/lgbtqia-101


3. 「性にまつわる問題がない」かのように対応する心理職

[柘植]心理職も、社会規範にそぐわない、もしくは社会が望ましくないとみなしがちな“性のあり方”をする人を、あたかも存在しないものとして扱ってしまう。その結果、“性のあり方”で悩んでいるクライアントが目の前にいても、その人をそのまま否定しているような発言が出てきてしまいます。

[下山]「いないもの」「存在しないもの」になっているということは、「表向きに“性”のテーマとは語られないし、語ってはいけない」となってしまっているということでしょうか。そうなると、一方で実際には多くの人が“性”について悩んでいるのに、他方で心理職は、あたかも「性のあり方で悩む人々は存在しない」・「性の在り方にまつわる問題がない」かのように心理支援をしていることですね。

[柘植]そうですね。御本人は、そこで悩んでいるけれども、「それを話していいのかどうか」を常に考えます。なぜならば、社会から、それは「話してはいけないこと」、「望ましくないこと」などとされてしまっているからです。「このカウンセラーの先生なら話していいのかな」等といろいろとボールを投げ、試してはみる。しかし、うまく受け取っていただけないと、「これはやっぱりこのカウンセリングにおいても話してはいけないことなんだ」と理解しこの話題をスルーしてしまいます。

自分の本当に一番悩んでいること、困っていることを話せないで相談セッションの時間が過ぎていくということがあります。悩みのコアの一番大切なテーマを話さないまま相談場面を過ごしてしまうことは問題です。私は、そのように感じています。


4. LGBTQIA+のアイデンティティの発達

[下山]今のお話は、相談に来られた方が「自分の悩みは性の問題だ」と分かっていても、相手の対応や表情を見ながら、「これは話せないな」と思う場合ですね。ご本人も明確に気づいていない場合、例えば「何か、今の自分の在り方は自分らしくないな」とか、「異性と一緒にいても、なぜか楽しくないな」と感じている場合、「うつ状態」とか「無気力」と間違われてしまう可能性もありますね。

[柘植]そのようなことは、非常に多いですね。それは、LGBTQIA+のアイデンティティの発達と関わっています。「自分は今まで異性愛者だ」や「異性に惹かれているんだ」と思っていた。ところが、それとはちょっと違う側面を感じ始める。つまり「同性に惹かれているんじゃないかな」と思った時に混乱が生じます。「これはどういう意味なんだろうか?」「自分おかしいのだろうか?」といったことで悩み、混乱した時期を過ごす。このようなことは、Cass(キャス)のアイデンティティ発達理論で言われています。

Cass, V. C. (1984). Homosexual identity formation: Testing a theoretical model. Journal of Sex Research, 20(2), 143–167. https://doi.org/10.1080/00224498409551214

セクシュアリティにまつわる悩みに対し、「悩むよね」と心理職が言えるのか。あるいは、「いやいや、それ一時の気の迷いよ」とか、「あなたは異性愛者よ。まだいい人に出会ってないだけよ」等と話しを持っていかれると、クライアントは「でも、この自分の同性に惹かれる気持ち、どうしたらいいんだろう」、「自分の不安をどこにも持っていくことができない」ということになります。

悩んでいる時に、「自分はどうして悩んでいるのか」を本人自身が理解することは重要です。「自分の悩みの意味がわからない」ということは、「自分のアイデンティティがわからない」ということです。そのような場合の援助専門職としてのかかわりは “セクシュアリティ”と“適切な支援”の理解によって大きく変わってくると考えます。


5. 多様性の理解は対人援助の基本

[下山]日本の心理職教育では、そこがほとんど訓練されてないわけですね。海外の多くの国では、民族の多様性がとても重要なテーマです。ですから、対人援助職の教科書を読むと、多様性に関しては非常にセンシティブですよね。セクシュアリティの多様性に関する教育や訓練は、対人援助の基本となっていますね。でも、日本では、そこは、なぜか曖昧になっています。曖昧というか、無視されているとも言えます。

[柘植]そうですね。曖昧なわりには「正解は一つ」という見方がされる。「一つの在り方が望ましい」といった、暗黙の価値観があるのかなと思います。実際には、多様な生き方や“性”のあり方があるのに、それを認めない傾向がありますね。それに対して心理職は、様々な人がいることをベースとして理解をした上で関わっていく。多様な人がいると言いながらも、どこか“マジョリティ”と言われる人たちがいて、そこから外れる人たちの生きづらさがある。心理職がそのことを理解しないと、心理支援の関わりは難しいと思います。

[下山]心理職にそのような理解がないと、逆にマジョリティに外れる生き方や“性”のあり方を感じ取った場合、それを無かったことにしようとする可能性がある。そうなると支援するどころか抑圧する、あるいは傷つけることにもなってしまいますね。

[柘植]社会の中で受け止めてもらえなかった。でも、心理職やカウンセラーなら受け止めてもらえるかなと思って話したら受け止められなくて、さらにまた傷つくという体験となってします。「この人なら大丈夫かも」との希望を持ってきたのに、その希望を潰してしまうことになりかねないですね。


6. 心理支援におけるマイクロアグレッション

[下山]それは、柘植先生が注目されているマイクロアグレッションの問題と関わってきますね。それについて教えていただけますか?

[柘植]マイクロアグレッションは、Derald Wing Sue(デラルド・ウィング・スー)博士が唱えた概念です※)。もともとは精神科医のChester M. Pierce(チェスター・M・ピアス)が唱え、それを現在のように確立したのがSue(スー)博士です。マイクロアグレッションは、対人関係の中で日常的にあるものです。ちょっとした、一言二言のよくありふれた短いフレーズで表されるとされています。

※)日常生活に埋め込まれたマイクロアグレッションhttps://www.akashi.co.jp/book/b553556.html

マイクロアグレッションを行っている本人は、「それが悪いことだ」とか、「相手を抑圧していることだ」と気がついてないことが多いと言われています。もちろん意識してやっている人もいます。Sue(スー)博士によれば、マイクロアグレッションを行っている人たちのほとんどは善良で、良かれと思ってやっているということです。にもかかわらず、結果として、人を蔑む、もしくは否定することになる。その人が求めていることを拒否する形の受け答えになってしまっています。

それを心理職やカウンセラーが行ってしまっていることがあるのです。善意に基づいているのに、望むものとは異なる形の結果を引き起こしてしまう。それは、できる限り避けなければいけないと思います。

[下山]気づかなかったり、あるいは気づいても対処できないために無かったことにしたりする。それは、支援するどころか、抑圧してしまうことになりかねない。


7. セクシュアリティに関する無意識の価値観

[下山]そうならないために心理職は何を学んでおかなければいけないのでしょうか。

[柘植]まず学ばなければいけないのは、根底にある価値観です。「これがあるべき姿だ」、あるいは「これはあるべきではない姿だ」ということが無意識の中にあります。どうしても人間は、無意識の価値観に影響を受けます。だから、自分の無意識の中で起きている「これがあるべき姿だ」や「あるべきでない姿だ」という価値観に気がつくこと。「あるべき姿」に対してどのような反応をするのか。「あるべきでない姿」に対してどんな反応をしてしまうのか。そのようなことに気がついていることが必要だと思います。

そのような価値観は、心理職だけが持っているのではなく、クライアントも当然持っているわけです。セクシャルマイノリティ、つまりLGBTQIA+のクライアントがその価値観を持っていて、そこで苦しんでいるのであれば、「それはあなたの中にもともとあった価値観ではなく、外から影響をうけてできた価値観だよね」ということを、明確にしていくことが非常に重要だと思います。

[下山]なるほど。外から、つまり社会が要求する価値観で苦しめられている。そのことに、まず気づかなければいけないわけですね。そのためにも、心理職の側で、その社会の価値観から自由でなければいけないわけですね。

[柘植]そうですね。自由になるためには、「自分は何に支配されているのか」にまず気がつかないといけないですね。どのような社会の規範に由来するのか、まずそこを見つめていただくことかなと思います。


8. セクシュアルマイノリティへの偏見の要因

[下山]昔の日本社会は、LGBTQIA+に関しては、かなり自由だったはずです。織田信長も徳川家光も、“性”の多様性を享受していた。社会的にも「衆道」ということで多様性が認められていましたしね※)。それなのに、どうして“性”の多様性を認めないようになってしまったのでしょうか。明治政府の近代化政策であったのでしょうかね。

※) https://intojapanwaraku.com/rock/culture-rock/87711/

[柘植]もちろん明治政府の“家”制度の政策が影響したことはあったでしょう。それとともに西欧社会におけるLGBTQIA+の病理化も影響したと言われていますね。つまり、LGBTQIA+を精神病理としてみるあり方ですね。私は、DSM-ⅢRで精神科診断を学んできたのでLGBTQIA+を病理としてみる診断分類の影響を受けています。そのような影響を受けた人たちが、現在でも現役で臨床活動をしています。その影響で、根底で「LGBTQIA+は障害である」と無意識に思っている人はいるだろうと思います。そのような病理化は、改訂を重ねた現在のDSM-5において完全に除外されているかというと、そうだとは言い切れないところがあります。そのような病理化の問題だけでなく、異質なものを除外しようとする日本文化のあり方も、残念ながら影響していますね。

[下山]海外の国々は移民も多く、多民族であることが常識になっていますね。多民族共存の中で多様性の尊重は、社会的な必然として起きてきています。しかし、日本は、そのような多民族性や多様性を無いものとして扱う傾向があります。さらに、空気を読むといった適応思考が強い国民性があり、過剰適応になっているとも言えます。

そのような日本の文化の中で心理職も、その価値観を取り入れていた場合、支援する側ではなくて抑圧する側、管理する側に回りかねないということがありますね。その危険性に気づいておくことが、とても大事だと思います。その点で心理職にとって、セクシュアリティの多様性を意識しておくことは必須課題ですね。


9. セクシュアリティに寛容ではない日本社会

[下山]実際に個々のセクシュアリティの在り方を公表する必要はないわけですが、実際に個人個人で違っていますね。心理職だって例外ではありません。ですので、心理職は、セクシュアリティの多様性を他人事ではなくて、自分事として理解しておくことは必須課題ですね。

[柘植]そうですね。本当に重要だと思います。残念ながら日本の社会は、セクシュアルマイノリティに対して寛容とは言えないですね。先日、日本の同性愛の女性カップルたちが差別を受けたということで、カナダで難民として受け入れられたというニュースがありました。難民として受け入れられるには、それなりに理由があります。残念ながら日本社会には、差別的な土壌があるということですね。それは、理解しておく必要があります。

その差別的土壌の中で、日本人はそれをずっと問題と思っていなかった。だから社会的問題になっていない。社会における大きな問題として認識されず差別的風土が放置されているから、難民として逃げることが実際におきる、差別されないために、生きづらさを解消するために他の国に亡命しなければいけないということが起きたわけです。そのような日本社会で生きている私たちは、日本における差別的土壌の影響をどのように受けているのかを知っておくべきですね。


10. LGBTQIA+のアイデンティティの発達を巡って

[下山]多様性を知る上でも、LGBTQIA+、つまり性的マイノリティのアイデンティティの発達のあり方を知る必要がありますね。セクシュアリティは、全員が同じように発達するわけでないですね。色々な形で発達していく。生まれた時から色々な形があるとも言えますね。LGBTQIA+のアイデンティティの発達について教えてください。

[柘植]アイデンティティの発達理論は、リニアな直線的な発達のモデルだという批判もありますが、アイデンティティの受容の困難さを理解するには有用だと思います。LGBTQIA+の人は、「自分のアイデンティティの受容が、何故こんなに難しいのか」ということに直面することが少なくありません。「自分はこういう傾向がある」とか「このような人である」ということに気づいて、それをそのまま大切にしていくことが、何故そんなに難しいのかに悩むことが往々にしてあります。

それは、社会からの欲圧や偏見を取り入れてしまっているからです。そのため、自分自身のセクシュアリティに偏見を持ち、受け入れるのが難しくなってしまうのです。言い換えれば「内在化されたホモフォビア」によるものだと理解できます。そのような社会的影響が大きいことを、心理職は分かっていく必要があります。否定的な価値観をどれくらい取り入れてしまうかによって、自己受容がいかに難しくなるかを理解していく必要があります。否定的なイメージを自身に植え付けなかった人たちは、自己受容に対する困難が少なく、アイデンティティの確立が比較的たやすいと言われています。

アイデンティティ確立の困難さの根底には、男性でなければ女性という男女二元論と異性愛中心主義が大きく関与します。「生物学的に人間は男性と女性の二つだから」ということを主張する人もいます。しかし、実際は生物学的にもきれいに男性と女性に二分することは困難です。それにもかかわらず、ジェンダーは男性か女性のいずれかであり、男性は女性に惹かれ、女性は男性に惹かれる異性愛者だけだという暗黙の理解がされていること、そのようなことから疑問を持っていただけたらなと思っています。

[下山]なるほど。生物的な“性”のあり方からして多様性があり、その土壌の中でセクシュアリティのアイデンティティの多様性があるわけですね。

[柘植]そうですね。


11. 公認心理師制度とセクシュアリティ多様性の理解

[下山]次に日本の心理支援ということで、公認心理師制度との関連を見ていきたいと思います。公認心理師制度では、エビデンスベイスト・プラクティスということで、認知行動療法が主要な介入モデルになってきています。現代社会の心理支援では、確かに認知行動療法は重要であると思います。

認知行動療法は、基本的に適応を目指すものです。欧米の文化は本質的に個人主義であり、自己主張が前提となっている社会です。自己主張の強い人たちの適応ですので、そこでは、多様性は当たり前となっています。欧米の認知行動療法は、そのような個人主義や自己主張に基づく多様性を前提とした介入法です。しかし、日本社会は、それとは逆の集団主義と過剰適応の文化となっています。

そのような多様性に閉ざされた日本社会の中での認知行動療法であると、社会の求める適応を目指すための介入法になる危険性があります。それでは、本来の心理支援とは異なる方向にいくことになってしまう。特にLGBTQIA+の心理支援の場合には、期待される社会適応を目指すあまり、セクシュアリティの多様性を抑圧してしまう危険性が強くなりますね。

[柘植]そうですね。日本社会における適応を目指すことが多様性を認めない危険性につながることは否定できないと思います。ただ、多様性を認めやすいと理解できる西洋の文化と心理療法というお話ですが、その西欧社会において精神分析しかり、行動療法しかり、認知行動療法もしかりで、LGBTQを病理化してきた過去の歴史があります。

西洋の心理学会が、多様性と言いながら、個人主義と言いながら、実は心理学は「社会的に望ましい、あるべき発達段階がある」という方向で学問を作ってきた歴史があったのです。そのようなあるべき発達を目指してしまうと、LGBTQIA+を含め多様なあり方を受け入れないことになり、多様性を抑圧する立場を取ってしまうことがあったのです。

[下山]それは世界的には重要な課題ですね。日本においては、さらに重要な課題になっていると思います。そこにしっかり直面できないと、心理支援だけでなく、日本全体が沈んで行ってしまうと思います。


12. 日本の心理職にとってのセクシュアリティ理解の重要性

[下山]一方で多様性を抑圧した過去の歴史を反省し、多様性を認めて新たなあり方を創造していく世界的動向の中で日本はどんどん置き去りになっているように思います。そのような日本の状況を踏まえた上で公認心理師の時代の心理職は、セクシュアリティの多様性やLGBTQIA+の心理支援の課題を考えていかなければいけないですね。

[柘植]そうですね。本当に日本はそうだと思います。

[下山]最後にそのような日本の心理職の置かれた状況を踏まえて、参加を考えている心理職の皆様へのメッセージをお願いします。

[柘植]日本では自身のセクシュアリティについて独りで悩み、苦しんでいる方は少なくありませんが、LGBTQIA+は流行りのようになってきて、すでに取り組むべき問題は扱われている印象をうける側面はあります。どうぞ流行に流されずに、どうして社会の中で生きづらさを抱えているのかをしっかりと考えていただきたいと思います。

セクシュアルマイノリティの人が、何故心理支援や心理相談を求めるのか、また、相談を求めているのにもかかわらず、相談に行きづらい・相談事を話しづらいと感じるのだとしたら、その理由を心理職は、反省も含めて深く考えなければいけないと思います。クライアントが相談しづらいと感じる中で一歩を踏み込んで心理職に相談を始めた時に、その悩みや苦しみを受け入れ、心理職が自分自身の価値観からできる限り自由になって、クライアント自身にとって望ましい方向での心理支援ができるようになるために、どのような視点を持ち、どのようなかかわりが可能かを、研修会ではお話しできたらと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。


■記事校正 by 田嶋志保(臨床心理iNEXT 研究員)
■デザイン by 原田優(臨床心理iNEXT 研究員)

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臨床心理マガジン iNEXT 第46号
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.46-3

◇編集長・発行人:下山晴彦

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