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5-6.大学院・公認心理師カリキュラムで動画講義を活用する

(特集 心理職のためのオンライン授業入門)
下山晴彦(東京大学教授/臨床心理iNEXT代表)

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2020/6/7(sun)14:00~開催/演者:三田地真美&下山晴彦

1)大学院カリキュラムの特徴:5分野の実務者教育への偏り

大学院・公認心理師カリキュラムは,「心理職として必要な専門知識と技能」の教育・学習に適した科目構成になっているか?

残念ながら,なっていない。かなり偏った科目構成となっている。表1を見ていただければわかるように5分野の「理論と支援」授業と心理実践実習が中心になっており,専門技能の授業はアセスメント1科目と心理支援2科目のみである。十分な専門技能の教育・学習をしないまま,5分野の現場の実務を学ばせる実務者養成のためのカリキュラムとなっている。

表1 大学院修士課程の公認心理師養成カリキュラムの科目
[各分野の理論と支援]
◆保健医療分野に関する理論と支援の展開◆福祉分野に関する理論と支援の展開◆教育分野に関する理論と支援の展開◆司法・犯罪分野に関する理論と支援の展開◆産業・労働分野に関する理論と支援の展開
[実践技能]
◆心理アセスメントに関する理論と実践◆心理支援に関する理論と実践 ◆家族関係・集団・地域社会における心理支援に関する理論と実践◆心の健康教育に関する理論と実践◆心理実践実習(実習の時間が450時間以上のものに限る)

では,現場の実務を学ぶことで,臨床心理学の専門技能を習得できるのか?

残念ながら,できない。ほとんどの臨床現場には,常勤心理職がいない。あるいは,いても余裕がない。そのため,臨床心理学の専門的実践システムを構築できていない。当然のことながら,現場で心理職の教育指導をする環境は整っていない。そのため,現場研修中心のカリキュラムでは,適切な専門技能学習はできない。

2)カリキュラムの偏りを補う反転授業へ:動画講義の活用へ

欧米の臨床心理学の大学院コースでは,図1に示した専門的知識と技能(コンピテンシー)を,基礎から応用まで段階的に習得できる授業がある。それを基盤として,ほぼ保健医療分野に限定された臨床現場で臨床実践を行う集中的なインターンシップを経験し,そこで専門的臨床指導を受けて専門職としての技能を習得していく。

それに対して公認心理師カリキュラムは,学部で知識を詰め込み,大学院では修士課程2年間で5分野の実務者教育を一気にしてしまおうという,非常に無理のある構成になっている。欧米の臨床心理学の専門職教育では,保健医療分野内の複数の領域(機関)で研修を受けることはあるが,さらに教育,福祉,産業,司法を加えた5分野という,ほぼ社会全体の制度をカバーする広範囲な学習や実習を前提にしていない。

5-6図表

図1 心理職の専門的知識と技能(コンピテンシー)構成要素(※)
http://www.apa.org/ed/graduate/competency.aspx

したがって,公認心理師カリキュラムの狙いは,実務者の促成教育である。それは,臨床心理学に基づく専門職の育成教育とは異なるものである。

だからこそ,諸外国の心理職国家資格では考えられない「学部(専門学校)卒でも受験可」「ペーパー試験のみで技能評価は無い」「主治医の指示に従うことが前提」といったデタラメが平気でなされてしまう。

このような公認心理師カリキュラムの限界を越えて,大学院課程において適切な心理職教育・学習をするためには,反転授業を活用してカリキュラムの偏りを補う工夫と努力が必要となる。大学院カリキュラムを反転授業によって補うポイントは表2の3点がポイントとなる。

表2 大学院・公認心理師カリキュラムを補うポイント
①アセスメントに関する授業(1科目のみ)の不足を補う
⇒「アセスメントからケース・フォーミュレーションへの過程」「知能検査」「発達障害の理解」「薬物療法の基本知識」

②介入に関する授業(2科目のみ)の不足を補う
⇒「臨床コミュニケーションの基本」「認知行動療法の基礎から発展まで」

③各分野での理論と支援の展開のための基礎を補う。
⇒臨床活動に即した「倫理」「法律」「他職種との協働」

このような大学院における反転授業の事前学習の教材として,臨床心理iNEXTの動画講義がある。これらの動画講義の一部は書籍化されており,動画とともにテキストで事前学習できるようになっている。もちろん臨床心理iNEXTの動画講義やテキストは,反転授業のためではなく,学生の自主学習のために役立つものである。

臨床心理iNEXT動画講義の書籍化
❏臨床心理フロンティアシリーズ 認知行動療法入門 (講談社)
  ⇒https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000148874

❏臨床心理フロンティア 公認心理師のための「発達障害」講義 (北大路書房)
  ⇒https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784762830457

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3)「心理アセスメントに関する理論と実践」の反転授業のための動画講義

臨床現場で心理職にとって最も必要となる技能は,「心理アセスメント技能」である。アセスメント技法は,面接法に加えて,観察法(例:行動分析技法など)や検査法など多岐にわたる。特に検査法には,質問紙検査,投影法検査,神経心理学的検査,脳画像検査など多種多様な技法がある。大学院授業では,そのような個別技法の教育が中心となる。そこで,アセスメントの基本的方法,主要な検査法(例:知能検査や発達検査)の手続き,アセスメントを介入に結びつけるケース・フォーミュレーションの基本手続き,さらに多くの問題の基盤にある自閉スペクトラム症のアセスメント手続きを学生が事前に学習しておくことで,大学院授業は有効なものとなる。さらに,アセスメントは,精神医学的診断と関連する薬物療法の知識も重要となる。そこで,薬物療法の基本知識も事前に学習しておくことが役立つ。

◇臨床心理アセスメントの実践講義:下山晴彦
生物-心理-社会モデルと生活機能(ICF)モデルに基づき,アセスメントの情報収集からケース・フォーミュレーションを形成する初回面接を中心に,アセスメントのプロセスと手続きを解説する。

◇認知行動療法ケース・フォーミュレーション入門:下山晴彦
アセスメント情報をまとめ,問題形成し,維持している悪循環を見立て,介入の作業仮説を提供するケース・フォーミュレーションを作成する基本手続きを解説する。

◇知能検査活用のための基本講義:高岡佑壮
5分野のいずれも現場の実践でも知能検査は心理職の必須技能となっている。知的障害や発達障害だけでなく,高次脳機能障害や認知症の問題理解にも欠かせない。その知能検査の実施手付きを具体的に解説する。

◇自閉スペクトラム症(ASD)のアセスメントの基本を学ぶ:稲田尚子
子どもから成人までの,多くの問題行動の基盤に存在する自閉スペクトラム症のアセスメントのグローバルスタンダードと,目的に応じたアセスメントバッテリーの組み立て方について,体系的に解説する。

◇自閉スペクトラム症(ASD)の理解と支援の基本を学ぶ:黒田美保
自閉スペクトラム症(ASD)のアセスメント結果に基づき,ASD本人への心理的支援とASDの子どもを育てる親への支援を進める基本的方法について解説する。

◇精神科薬物療法の基本[1]:滝沢龍
精神科薬物療法の発見の歴史から説き起こし,現在使用されている抗不安薬,睡眠薬,抗うつ薬について,その作用機序と副作用を整理して解説する。

◇精神科薬物療法の基本[2]:滝沢龍
抗精神病薬,気分安定剤,抗認知症薬,精神刺激薬について,神経伝達物質と関連でその作用機序と副作用について整理して示し,精神科治療の方法を解説する。

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4)「心理支援に関する理論と実践」の反転授業のための動画講義

現場で最も必要とされているのがアセスメント技能とするならば,現場で最も重要となるのが心理支援技能である。心理支援の理論モデルの知識の概略は学部で学ぶ。しかし,実践技能は大学院で段階的に訓練を受けなければ習得できない。まずは心理支援をするための基本的コミュニケーション技能の訓練が必要となる。その上で問題に適したさまざまな心理支援の基本技法を習得する訓練が必要となる。しかし,公認心理師カリキュラムでは,そのような基本的な技能訓練に必要な時間を前提とする授業が用意されていない。そこで,臨床コミュニケーション技能と,エビデンスベイスト・プラクティスの心理支援の基本技法として必須となる認知療法の実践技能を事前学習しておくことが,授業における有効な学習につながる。

〈基本技能〉
◇心理支援コミュニケーション実践講義:林潤一郎
どのような心理支援の方法を用いるにしても,心理職とクライエントが相互に信頼できる共感的関係を基盤とし,問題解決に取り組む動機づけを共有する協働関係を形成するコミュニケーション技法が必要となる。そのコミュニケーション技法を解説する。

〈認知行動療法の実践技法〉
◇公認心理師のための認知行動療法の学び方:下山晴彦

クライエント中心療法のカウンセリングや力動的心理療法との比較を通して認知行動療法を適切に学ぶための発想と学習のポイントを分かりやすく解説する。

◇認知行動療法の基本技法を学ぶ:鈴木伸一
認知行動療法の基本的な技法であるエクスポージャー法,オペラント学習(応用行動分析),認知再構成法を解説し,実践のミニマルエッセンシャルを体系的に説明する。

◇新世代の認知行動療法を学ぶ:熊野宏昭
マインドフルネス,メタ認知療法,行動活性化療法,弁証法的行動療法,ACTなど,第3世代とも呼ばれる認知行動療法の基本と,その発展についてわかりやすく解説する。

◇簡易型認知行動療法【1. 基本講義】:大野裕
認知行動療法の基本となる事例概念化(定式化),治療関係,面接の構造化と基本的プロセス,アジェンダの活用の仕方を解説する。

◇簡易型認知行動療法【2. 実践講義】:大野裕
認知行動療法の基本スキルである行動活性化,認知再構成,コミュニケーション,問題解決法を分かりやすく解説する。

◇簡易型認知行動療法【3. 応用講義】:大野裕
認知行動療法を食事,アルコール,運動,睡眠のコントロールのために活用し,保健医療,教育,産業とった諸分野における心の健康教育のために役立てる方法を解説する。

◇子どものための認知行動療法の基本を学ぶ:下山晴彦
子どもは,認知過程の内省が難しいので遊びやイメージを活用して実践する。家族との関係の調整も必要となる。そのような子どもの認知行動療法の基本的手続きを解説する。

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5)「各分野における理論と支援の展開」の反転授業のための動画講義

保健医療,教育,福祉,司法・犯罪,産業・労働の各分野における「理論と支援の展開」を学び,各分野での「心理実践実習」(現場研修)を実施するための前提として,改めて「倫理」(公認心理師の職責),「法律」(関係行政論),他職種との「連携」に関する専門的知識をしっかりと習得しておく必要がある。これらは,現場での実践学習と並行することで,初めて意味をもつテーマである。また,大学院で改めて学ぶことで,公認心理師試験の準備ともなる。

〈倫理(職責)〉
◇心理職の職業倫理:基本講義[1]:慶野遥香
臨床現場で働くために倫理を学ぶ理由について具体的事例を通して説明し,倫理実践の考え方,心理職の使命と倫理原則,倫理綱領を解説する。

◇心理職の職業倫理:基本講義[2]:慶野遥香
現場の実践において重要テーマとなる「秘密保持と連携」,「対象者との関係」,「インフォームド・コンセント」,「職能的資質・教育・訓練」,「研究」に関する倫理を解説する。

〈法律(関係行政論)〉
◇心理職の法律入門(1)法制度の学び方と公認心理師法:岡田裕子
心理学と法律の考え方の違い,心理職が法制度を学ぶ際の方法や意義を説明した上で,日本の法制度の中に公認心理師法を位置づけ,その内容を解説する。

◇心理職の法律入門(2)関係行政論Ⅰ 医療・福祉:岡田裕子
関係行政論の学び方を説明した上で,保健医療分野として医療分野と保健分野の法制度,福祉分野として児童福祉,高齢者,障害者の法制度を体系的に解説する。

◇心理職の法律入門(3)関係行政論Ⅱ 教育・司法・産業:岡田裕子
教育分野の法制度,司法分野の法制度,産業・労働分野の法制度について,関連する法規を整理し,体系的に解説する。

〈他職種との連携〉
◇発達障害支援における心理職の役割:田中康雄

発達障害を生活障害として理解したうえで,各分野で期待される心理職の役割について具体的に解説する。心理職が発達支援技能を高めるために必要な事柄を提示する。

◆米国大学院における科学者-臨床家モデルの応用:Alexander Krieg
科学者-実践者モデルに基づく米国の臨床心理学大学院博士課程のカリキュラムと教育訓練システムを説明した上で,インターンシップの実際を解説する。

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