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15-2.一緒に取り組もう!子ども支援

(特集 繋がろうよ!心理職)
松丸未来(東京認知行動療法センター)
インタビューby 下山晴彦(東京大学教授/臨床心理iNEXT代表)
+北原祐理(東京大学特任助教)
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.15

1.普通の日常を奪われた子どもの現在──緩やかなトラウマ状況

──松丸先生は私立や公立の小学校などでも子どもの支援をされている。現在の子どもの状況をどのようにみていますか?

 昨年は急に休校が決まり,3カ月ほど。それが明けたら子どもたちがどう登校してくるかと心配していた。蓋を開けてみると案の定,コロナに対する不安,家庭の状況が変わったことへの不適応,学校のいつもと違うペースに馴染めないなどの問題が出てきた。それは,想定内の反応ではあった。
 さらに,予想以上にコロナ禍の状況が長引いており,その中でどうなるかという心配はずっとしている。子どもは,普通の生活が失われて,ある意味でトラウマティックな心理状態になっている。休校明けは,急性期のストレス反応という感じだった。今はじわじわと出ている気がする。相変わらず学校生活に馴染めない子がいる。休校中のびのび楽しかったけど,学校が始まると,詰め込み授業の状況に馴染めない。友達関係も今までは頑張ってきたけど,3カ月のんびり自分の世界を十分楽しんだ後に,また気を遣うなどをするのが,頑張れないという子どもたちがじわじわ出ており,その人数が増えている。直後に不適応になった人は回復できていない子どもたちも多い。不自由な生活が続く中で苦しんでいる子どもたちもいる。長期的な支援が必要と感じる。

──コロナ禍は,地震や津波のようなものではない。しかし,これまで子どもたちが持っていた日常が急に失われた点でトラウマを生み出す状況である。コロナ禍の中で学校も再開され,危険がある中で学校に通っている。

 学校は再開されているが,平常時ではない学校生活を強いられているところで,やっぱりダメージを受けている子どもたちはいる。子どもを守る側の大人も疲弊感や不安感を抱えているので,感受性の強い子どもはそれを感じ取ってしまう。学校という箱はあるが,その中で平常時とは違う感情や刺激に晒されている状況。子どもたちの適応力の高さ,たくましさを感じることもあり,よくやっていると思うが。

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2.心理職が危機感を共有し,知恵を出し合う──今という時代に向き合うために

──コロナ禍の中で非日常を生きるのは子どもだけでなく,大人である教員やスクールカウンセラーも同様である。子どもを支援する心理職自身も戸惑っている。だからこそ皆で知恵を出し合って支援を創ってくことが大切になっていると思う。

 支援を考えると,子どもたちの育ちというところを考えないといけない。コロナ禍の影響だけでなく,今の子どもたちは,自分たちの子ども時代と違う。自由に遊べる場所が失われ,インターネットやゲームの普及が進む中で,五感が育つ環境が狭まっている。例えばかつては,子どもが夜中にアニメを見ていることはなかった(インターネットやゲームもなかった)。今は夜中に見て睡眠不足,朝ご飯食べられない,ボーッとしたまま学校に行く,授業に集中できない,何となく学校生活を送り,帰宅して親に叱られるといった悪循環が起きている。さらにコロナ禍によるひきこもり生活で,豊かな五感を育てる環境が奪われている。
 親たちも不安を抱えている。子どもをどう育てたらいいか迷っている親がいる。インターネットや様々な情報源に「正しい子育て」と思わせる情報が溢れている。迷っている親は,鵜呑みにして自分に当てはめるがうまく行かず,さらに不安になったり,自信を失ったりする。しかし,答えは一つではなくて,親も子育てを通して,試行錯誤しながら自分自身が育っていくものだと思う。
 子どもも親も自由で伸び伸びとした環境が失われている上にさらにコロナ禍の閉塞感が加わり,心理職がどう親や子どもを援助していくか試されている。今だからこそ,心理職同士の繋がりが必要だと思う。

──確かにインターネットやゲームに加えてコロナ禍の影響の中でICTの時代で子どもの環境が変わり,子どもたちの五感を育成する環境も奪われて厳しい状況ですね。

 学校では,オンラインの授業などの工夫もされているが,人とのつながりは制限されている。スクールカウンセラーが子どもに会えるのは1週間に1回だけである。その短い時間の中で,自分の持っているツールを活用して子どもと関わり,豊かな時間,あるいは親との面接では,安心できる,癒されるような時間を提供したい。そのために心理職はどのようなことができるのかが問われている

──多くのスクールカウンセラーは,「心理職として自分たちが何をすればいいのか」という不安感を感じている。しかし,どうしたらいいかについてはまだまだ見えていない。その点で松丸先生の危機感を共有できる。

「たった1時間でも充実した時間にしたい」と私自身,問題意識や理想があるが,自分のしていることが合っているかわからない不安感は常にある。危機感や不安感を共有し,「このようなことをしたらどうだろうか」とか「これでいいんだね」と言える仲間が欲しい。

──そういう意味で臨床心理士iNEXTは,子ども支援に関わる心理職がつながれる場を創って提供したい。

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3.心理職で子ども支援のアイディアを共有する──「子どもCBT」の紹介

──子ども支援を工夫するためのツールの一つとして子ども認知行動療法(以下CBT)がある。松丸先生は,小学校,中学校で子どもCBTを実践している。書籍を翻訳し,絵本も作っている。子どものCBTを使ってみての手応えを教えて下さい。

『子どものための認知行動療法ワークブック』(金剛出版,2020)
https://www.kongoshuppan.co.jp/book/b515056.html

『若者のための認知行動療法ワークブック』(金剛出版,2020)
https://www.kongoshuppan.co.jp/book/b515062.html

『あんしんゲット!絵本シリーズ全5冊』(ほるぷ出版,2020〜2021)
https://www.holp-pub.co.jp/search/?search_menu=keyword&tab=3&search_word=%E8%AA%8D%E7%9F%A5%E8%A1%8C%E5%8B%95%E7%99%82%E6%B3%95&x=0&y=0

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 手応えは感じている。子どもにとって,今ある行動や考えは唯一のもの。それが状況に適していなくても,変えることができずに苦しんでいる。子どもCBTは,そのレパートリーを増やすのに役立つ。ただし,単に「こう考えてみたら?」とか「こういう行動してみようよ!」と言ったとしても,子どもにとってはその世界だけで生きているので,怖くて踏み出せない。
 そこで,一歩変えてみる橋渡しになるのが,心理教育の素材やワークシート。子どもCBT本の著者のスタラード先生も言っているように,子どもの心理支援を有効にするポイントは,楽しいものにすること。心理職が想像力を使って子どもの好みに合わせたものにする必要がある。子どもCBT本には,すぐ使える具体的材料が入っているので,とても便利。
 あんしんゲット絵本は,読み聞かせをするだけで,子どもたちの心に何か染み渡るものがあり,気づきを与えてくれるように感じる。心理職が使うなら,子どもとその思いや気づきを共有することができる。絵から広がる世界を感じる。

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──子ども支援のポイントは,子どもが楽しいと感じながら行動や考えを変えていくこと,そしてその手助けとなるのが子どもCBTの技法や資料ということですね。松丸先生の翻訳された子どもCBT本は,ワークブックなので色々工夫ができて楽しそうですね。

 必要な心理教育の素材を本からコピーし,子どもと協力してそこに書き込んで読み上げる。心理教育素材を利用することで子どもの活動を外在化し,子どもと一緒に問題を扱える。目と耳,両方から情報が入ってくるので子どもにとってはわかりやすい。感性が豊かな子は,そこから想像を膨らますこともできる。新しいレパートリーが増えて,それを日常生活でも実践することができたら,「できたねマーク」を貼る(⇒下絵左参照)。シールやスタンプの代わりにワンポイントのイラストを描いてあげると子どもは喜ぶ。子どもは小さなものを集めるのが好き。親にも,「お家でも一緒にやってください」「できたねマークを描いてあげてください」とお願いをすることで親子の交流が生まれる。実物があることで,口約束で終わらないので成果が出る。
 外在化は,わかりやすいツールになる。子どもが,例えば,“怒りんぼう(の絵)”を描いてみると,このようなものが心にいるということが,子どもにとっても,親にとっても,先生にとっても,見えてくる(⇒下絵右参照)。「“怒りんぼう”が今暴れていない?」という共通言語になる。それで成果が得られる。

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4.皆で一緒に「子どもCBT」を学ぼう!──Stallard教授のオンライン研修会(同時通訳)

──臨床心理iNEXTでは,松丸先生の翻訳本の著者ポール・スタラード教授のオンライン研修会を実施する。松丸先生も参加していただく。同時通訳なので,参加者の皆さんも気楽に参加できる。

 コロナ禍の状況において“子どもCBT”をどのように活用するかというテーマの研修会となる。特に英国のコロナ禍は厳しい状況。年末からイースターまで4~5カ月の休校という厳しい事態となっている。そのような状況にあるからこそオンラインで子どもCBTを実施することが重要となっている。その方法が解説される。さらに,CBTをどのように子ども向けにアレンジするのか,どのような工夫ができるのかといった,入門から応用までのお話が聞ける。日本でもあり得る事例を2つ用意して具体的にお話しくださる。きっと日本の子ども支援にも役に立つ研修会になると思う

──松丸先生にも参加して,日本の現状に即した内容でディスカッションをお願いする。特に第2部では,事例を通して上記のワークブックの使い方のディスカッションになる。

 スタラード先生は何回も来日されており,日本の学校も見学している。それで,日本の状況に即した事例や解説ができる。事例は日本でもよくある中学生の男子の話と,お腹が痛くなり失敗したらどうしよう不安を抱える小学生の女子のお話。

『コロナ禍における「子どもと若者」の心の健康と支援』
(同時通訳付き)
日程:2021年3月13日16:00~19:00
主催:東京大学大学院教育学研究科バリアフリー教育開発研究センター
共催:東京大学産学協創フォーラム「臨床心理iNEXT」
申込:先着300名(臨床心理iNEXT会員先行受付)
下記URLから申込。〈無料〉
https://select-type.com/ev/?ev=NPxcsB3pT-E

〈プログラム〉
 司会:下山晴彦(東京大学)
■基調講演 16:00~17:00
Withコロナ環境と「子どもと若者」の認知行動療法
 講師:ポール・スタラード(英国バース大学)
 コメント:松丸未来(東京認知行動療法センター)
■講習会 17:10~18:40
「子どもと若者」の認知行動療法の実際

 講師:ポール・スタラード
 コメント:松丸未来
■参加者との質疑応答 18:40~19:00

──当日は同時通訳で参加の皆さんとの討論の時間も設ける。子どもの心理支援に関心がある心理職にはぜひ集まってほしい。今後,臨床心理iNEXTでは子ども支援に取り組んでいる心理職の仲間グループを作って知恵や工夫を共有していきたい。

5.子どもの表現を支援する──「子どもCBT」ワークシートの使い方

 子どもCBTは全く難しく考える必要はない。子どもと言葉でのやりとりだけでは,子どもは案外聞き流していることが多い。だから,「こんなこと試してみたら?」とアドバイスしてもやらないことが多い。でも,ワークシートを使うことで,子どもはイラストやネーミングに引き込まれたり,自分で描いてみることで再確認となったり,セラピストの説明が頭に入りやすい。心理職として「本当はこんなことを考えていたのか」と発見が多くある。
 ワークシートを使うことで子どもの世界を共有することができる。ワークをしながら,心理職が思いもしなかった答えが書かれることはしばしばある。それが醍醐味で,そこから生まれたものを汲み取って,さらに展開していく楽しさがある。子どもとワクワクしながら,子どもの困っていることに対して,話し合いながら模索していく楽しみがある。

──具体的な例を挙げて説明してもらえますか?

 スタラード先生の『子どものための認知行動療法ワークブック』(松丸訳,2020 ⇒https://www.kongoshuppan.co.jp/book/b515056.html)のpp.110-111に記載されているワークシートを用いて,教室に入れない児童と「STOPの考え」と「GOの考え」について取り上げてみる。私は,「STOPの考え」はたくさん出るけど,「GOの考え」が出ないかもしれないと予想した。しかし,子どもは,「GOの考えから思いついちゃった」と言いながら書き始めた。「(どうせ)いつか行かなければいけないから今行こう!!」と書き出した。教室に入る心の準備がかなりできているかもしれないと思った。
 GOの考えから思いつくのも予想外であったが,まさか,そんな合理的な考えができると夢にも思っていなかった。こういう考えを自分で思いついたことが大切。自己発見につながる。その後,他の考えも思いつき,多少,私が手伝ったが,ほぼ一人で取り組んだ。途中,色を塗ったり,GO!!と書いたりしているところを見ながら,私は「綺麗な色だね」と話をすれば「自分はHBでも濃く書ける」という話が出た。そうしたら私は「濃い方が見やすくていいと思う」など褒められた。雑談もできる。
 GO!!にも,その子の気持ちの強さが現れている。この子はかなりエネギーも溜まってきていることもわかる。結果的に,子ども自ら,次回までに少し教室に行ってみると話した。まだ,話し足りないことはあるが,一枚のワークシートから広がる子どもの世界,それは,お互いの理解が深まり,信頼関係が深まる。ワークシートというツールを媒介にして子どもと豊かな時間を過ごせるのではないかと思う。

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6.スクールカウンセラーの「子どもCBT」活用法──親や教師と一緒に問題に取り組むために

 今は,親だけでなく,スクールカウンセラーも子どもとどう付き合っていいのか,どうすれば良いのか悩んでいる。その点で子どもCBTを学校場面で活用し,親や教員と一緒に子どもの心理支援ができる。

──子どもCBTの枠組みは,学校現場にはフィットしやすいという印象を持っている。教員は教科など教える媒体を持って子どもと関わる。CBTのような題材があると,それをメディアとして使って子どもと関係を築くことができ,やり方として共通項が出てくるので,教員は安心する。親は,不登校の子どもに対して「何もやっていなくて大丈夫かしら?」という気持ちが出てくる。そのような時にCBTを使って取り組む様子を見られると安心する部分もあると思う。ただ,CBTがフィットするのは良いが,目的志向になりすぎてしまう危険はないだろうか。

 CBTをやるべきという「べき思考」は持たないことが大切。やらせるのではなく,感覚的に子どもの状態を把握して柔軟に対応する。「今,この子は漫然と話したいのかな」という時はただ話を聴く。その中で不安が出てきたら,色鉛筆を取り出し「ちょっと描いてみない?」とか話しかける。そうすると自然に外在化が入ってくる。遊びの延長のような感覚。それから,一緒にできることを探っていく。たとえば,落ち着くために「吸って吐いて」と呼吸法を一緒にしてみることもできる。「目的志向」というよりは,気がついたらCBTをしている感覚があってもいい。

──小学校に行くと,彼ら雑談を求めていると感じる。でも,今は,コロナ禍でただ話せる人がいない。家も,先生も学校もピリピリ。私は,スクールカウンセラーをしながらスッと手をつなぐような,ゆったり構えるのも大事だなと思っている。子どもCBTは,そのような子どもに対応できるのでしょうか。上手に道具としてCBTを使えばいいんだけど,道具としてのCBTしか知らないと問題を起こしてしまうと思う。

 それはCBTを道具的サポートにしてしまうという心配。でもCBTは道具としてだけでなくて,それを使って情緒的サポートもできる。媒体として使って情緒的サポートをすることも,脇に置いて雑談することも,使わずにただ会話して安心感を共有することもできる。CBTから広がる世界を子どもと一緒に楽しんでほしい。

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7.おわりに

 CBTには,気持ち(感情)と身体のつながりを考えることや,考え方のレパートリーを扱えることなどの利点がある。役立つ考え方,役立たない考え方,厳しい言葉,優しい言葉を一緒に書き出しながら「それを友だちには言わないよね」などと子どもに話かけると,子どもの心に入りやすい。
 例えば,サッカーが好きな子なら,試合中に相手がぶつかったときに自分が「わざとやったんだ!」と思うと嫌な気持ちになるが,「一生懸命やっていたんだ」と思えると,気持ちも変わる。そいうことを話し合いながら,考え方を変えて行動してみる宿題を出すことができる。
 このように子どもCBTには,考え方のアセスメントの仕方だけでなく,介入のための工夫のレパートリーを増やすことができる。スタラード先生の子どもCBT本には,子どもに対して,「自分に優しくする」や「今ここ(マインドフルネス)」など幅広い視点が出ているので使い勝手がいい。親に心配かけたくないと気を遣っていたり,親同士の仲が悪い家庭で,子どもがつなぎ役になっている場合,「自分を大切にしよう」だと漠然として子どもに伝わらないが,「大切にする」とはどういうことか,どうするのがいいのかが,具体的に書かれている。自分で考え,気づける工夫もある。いつも親のことばかり気にしていたのが自分自身を気にすることができるようになる。親も自分を大切にできていない人もがいる。親にとっても,「子ども向けなのに,自分にもいい!」という発見がある。
(本記事は,1月27日に実施したオンラインでインタビューの記録に基づいて構成した。オンラインの運営と記録作成は,北原祐理(東京大学特任助教)が担当した。記事デザインは,原田優(東京大学特任研究員)が担当した。)

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臨床心理マガジン iNEXT 第15号
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.15


◇編集長・発行人:下山晴彦
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