見出し画像

5-1.心理職オンライン教育の教え方・学び方

(特集 心理職のためのオンライン授業入門)
下山晴彦(東京大学教授/臨床心理iNEXT代表)

(PR) iNEXTオンライン講習会のお知らせ
《一歩先のオンライン授業デザインを学ぼう!》
2020/6/7(sun)14:00~開催/演者:三田地真美&下山晴彦

1)オンライン授業は,一時的な代替措置なのか?

新型コロナウイルスの感染防止のために大学や大学院の対面授業自粛が続く。そして,対面授業に替わるものとして,オンライン授業が広がっている。多くの大学教員は,オンライン授業実施で試行錯誤をしている。

大学の授業は,密閉空間・密集場所・密接場面の3“密”を代表する場である。学生は,アルバイトなどでさまざまな3密状況に関わる可能性も高い。しかも,友人や家族等の幅広い交流があり,地方の実家に帰るなどの移動も頻繁である。したがって,大学は,緊急事態宣言の解除後も最も警戒すべき活動の場である。自粛要請が外れるのは最終段階であろう。コロナ時代の“新たな日常”が幕開けとなっても,大学のオンライン授業は一定期間続くことが想定される。

そのような状況において

「オンライン授業はめんどくさいけど,感染防止のためには仕方ないか!」
「対面授業の替りにとりあえず実施するけれど,早く正常の状態に戻れたら良いのに!」
「臨床教育は対人交流が必要で,オンラインではできないことを理解してもらいたい!」

といった呟きが,そこかしこから聞こえてくる。

ところで,その呟きの前提となっている考えは果たして真実なのだろうか。

・オンライン授業は,対面授業の代替措置でしかないのか?
・対面授業が正常であり,オンライン授業は異常事態の一時的な措置か?
・臨床の教育や訓練は,対面授業でしかできないものなのか?
・オンライン授業は,心理職の教育にとって,本来は望ましくないのか?

本コラムでは,このような疑問をリサーチ・クエスチョンとして,心理職の教育と学習において「オンライン授業」の意義,方法,そして活用の仕方を見直す。

2)進化・発展しつつあるオンライン授業

2012年に米国で始まったMOOC(Massive Open Online Courses)は,インターネットを通じた大規模公開オンライン講座である。同類のものは全世界で広がっている。これは,そのテーマのエキスパートの動画講義をインターネットで公開するシステムである。

誰でも,一流の講師の洗練されたコンテンツを自宅で,しかも無料あるいは廉価で学ぶことができる。大学の授業に行くことができなかった人や地域に暮らす者の地理的不利も克服できる。大勢がいる教室では落ち着かなかった人も,ひとりで集中して,しかも繰り返し視聴ができる。

動画講義をMOOCのように大規模公開するのではなく,大学が自学の学生に授業用に提供するのが,オンライン・オンデマンド授業(以下,オンデマンド授業)である。オンデマンド授業は,講師が事前に録画した動画講義に,学生がオンラインでアクセスして視聴し,学ぶ。対面授業のように参加者と講師との,その場での質疑応答といった双方向のやりとりはできない。

これに対してオンライン・ライブ授業(以下,ライブ授業)は,講師と学生が同時にインターネットにアクセスして講師の講義をライブで視聴する。講師と学生は,お互いの姿(顔が中心)を観ながら双方向のコミュニケーションが可能である。資料を共有し,そこに書き込みもできる。参加者は,複数のグループに別れて議論もできる。その点で講師と学生が異なる場にいながら,対面授業とほぼ同じ作業が可能となる。

オンライン授業は,このような歴史とバリエーションをもって確実に広がってきている。ICT(Information Communication Technology)の発展に伴って多くの機能が追加されてきている。対面学習ではできない録画やチャットの機能などが備わっている。ライブ授業は,対面授業以上の機能を備えているともいえる。VR機能などを活用すれば,対面授業では共有できない状況を,教員と学生が一緒に模擬経験できる。

したがって,オンライン授業は,単なる対面授業の代替物として,仕方なく実施するものではない。むしろ,学生の学習支援という点では,対面授業を越えた機能をもつ。オンライン授業をメインとして,必要に応じて対面授業をするという,通信制大学の授業形態のほうが,授業形態としては進化しているといえる。

3)ハイブリッド型教育法としての反転授業の活用

対面授業,オンデマンド授業,ライブ授業をブレンドした授業形態として,反転授業がある。反転授業は,単に各授業形態を重ねただけでなく,新たな学習法を生み出すハイブリッド型の教育法である。欧米を中心に普及が進んでいる。

反転授業は,授業と宿題の役割を反転させる授業形態である。重田(2014)を参考にしてその特徴を説明すると次のようになる。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/56/10/56_677/_html/-char/ja/

・通常は,教室の授業で学生に講義をし,授業後に既習内容の復習をさせ,知識の定着を目指す。
・それに対して反転授業では,学生は,事前に講義ビデオなどのデジタル教材を使って学び,授業に先立った知識の習得を済ませる。
・そして,教室では講義の代わりに,小グループに分かれて学んだ知識の確認やディスカッション,問題解決学習などの協同学習を進める。
・それによって,反転授業では,学んだ知識を「使うこと」の学習を促進できる。
・反転授業は,学生の学習意欲を向上させて知識の定着を促し,落ちこぼれを防ぐ効果があるとされる。


このような反転授業を可能にし,その普及を促したのがICTの発展である。具体的には,ICTによって,①インターネット環境の整備,②安価な情報端末の普及,③デジタル教材の普及が進んだことによる。

上記の「通常の教室での授業」が,「対面授業」に相当する。「事前に学習するデジタル教材」は,「オンデマンド授業の教材」に相当する。さらに,近年のICTの発展によって,「対面授業」を「ライブ授業」として実施できる。ライブ授業では,既存のデジタル教材を画面で共有できるし,参加学生をグループ分けして協同学習を促し,学生と講師との相互コミュニケーションができる。

このように,オンデマンド授業のデジタル教材を反転学習して対面授業をする反転授業を,さらに進化させてライブ授業として行う環境が整っている。つまり,ライブ授業は,オンデマンド授業と対面授業を組み合わせた反転授業をオンラインで実施するハイブリッド型の授業形態として活用できる。

ハイブリッド型の授業形態では,従来主流であった対面授業は,オンライン授業のために活用する授業の一形態としての位置づけとなる。その場合,ライブ授業でオンラインの反転授業を実施し,必要に応じて対面学習を実施する授業形態となる。ここにおいてオンライン授業と対面授業の立場の反転が生じる。

画像1

4)公認心理師カリキュラムの特徴と限界

では,臨床心理学の専門職教育にオンライン授業はどのように活用できるのか?

このテーマを考える前に,現在の日本の心理職教育の現状を確認しておく。2015年に公認心理師法が成立し,2017年に国家資格試験が始まった。その結果,日本の心理職領域では,公認心理師試験の嵐が吹き荒れている。特に嵐の影響を強く受けているのが心理職教育である。その影響を確認するために,欧米の臨床心理学カリキュラムと公認心理師カリキュラムの比較検討してみる。

〈欧米諸国の臨床心理学カリキュラム〉
実践者-科学者モデルに基づき,「学部」では心理学の科学的側面を教育し,「大学院」では,科学的側面に加えて実践的側面の教育訓練を行う2段階式カリキュラム。
⇒学部では,科学的心理学体系の学習を重視。大学院では,臨床心理学の専門知識や研究論文執筆に加えて基本技能から現場で適用する応用技能までの体系的訓練を行う。通常は博士課程3年から6年の期間を要する。
〈公認心理師カリキュラム〉
・学部卒でも受験資格を認める短期の教育課程にもかかわらず,実践者-科学者モデルを採用している。
・そのため,科学的心理学系の科目が学部カリキュラムに組み込まれている。
・しかも,欧米の臨床心理学カリキュラムでは大学院科目となっている実践科目が学部科目に組み込まれている。
・さらに,福祉,教育,司法,産業といった,通常の臨床心理学が対応しない多分野の行政関連の知識の学習も学部必須科目に含まれている。
⇒学部カリキュラムに,科学的心理学系科目と実践的心理学系科目が混在したまま詰め込まれている。さらに医学系科目や行政系科目も組み込まれている。
⇒学部では,科目が体系化されずに多様な内容が混在する中で,24科目(実習を含む)の学習を進める過密状況になっている。
⇒大学院カリキュラムでは,実践の技能教育の科目が3科目と少ない。それにもかかわらず,現場実習に進ませる「5分野の実務学習」中心のカリキュラムとなっている。

公認心理師カリキュラムは,欧米の臨床心理学の専門職教育の「科学者-実践者モデル」を採用している。しかし,教育課程は,学部卒を前提としている。つまり,欧米の臨床心理学では学部から博士課程修了という長期過程で学習する科目の多くを,学部4年間で学ばせる短期促成型の詰め込みカリキュラムとなっている。しかも,保健医療,教育,福祉,司法,産業といった5分野にわたる汎用性資格となっているため,広範な行政関連知識の学習も必須となる。

公認心理師カリキュラムは,専門職育成の観点からみるならば,混乱した科目構成となっている。臨床心理学の専門体系を無視し,多種多様な科目が詰め込まれている。その理由は,科学者-実践者モデルを掲げて専門職教育のように装いながら,実際の教育課程の枠組みは短期間の実務者養成プログラムとなっているからである。しかも,実務者養成ということで,その実務者に指示を出す医療職や行政職の意向に沿った科目構成となっている。

心理職が専門職として発展するためには,公認心理師カリキュラムを補完し,心理職の主体性や専門性を前提とする体系的な教育内容にしていく必要がある。反転授業は,そのような補完のために活用できる。

5)心理職教育でオンライン授業を活用する

公認心理師カリキュラムの狙いは,実務者養成である。ただし,実務者養成がいけないということではない。問題は,下記の2点である。

【学部カリキュラム】無理な(=体系性欠如の)知識の詰め込み教育となっている。
【大学院カリキュラム】専門技能の基本教育を蔑ろにした実務研修となっている。
 専門職教育となっていないのに,そのように装っている。

このような特徴(限界)のある公認心理師カリキュラムの教育において,オンライン授業をどのように活用するのかを考えてみる。

〈学部カリキュラムのオンライン学習〉
学部カリキュラムで学生は,体系性が欠如した多種多様な知識の詰め込み学習が求められる。それで,動機づけを失う学生も出てくる。そこで,学生は,オンラインの事前(反転)学習を通して,臨床心理学や心理学の学問体系についての学んでおき,対面授業やライブ授業によって個々の科目の学習を進める。それによって学生は,学問体系の中で当該科目の位置づけを理解した上で,専門的な知識学習が可能となる。

また,学生は,各科目の基本知識についてオンラインの事前(反転)学習をしておくことで,より専門的な知識学習や,その知識の使い方の理解が進む。例えば,オンライン学習で脳の構造を事前に把握しておくことで,「神経・生理学」授業における専門知識の定着は促進される。

〈大学院カリキュラムのオンライン学習〉
大学院カリキュラムでは,一気に広範な5分野の実務研修が求められる。そのため,臨床実践で必要とされる基本技能の習得ができないまま現場に出てしまう。現場に出てしまえば,目の前の問題処理のための知識や技法に走り,基本から応用に発展する技能の体系的習得ができないままとなってしまう。そこでオンラインの事前(反転)学習によって,基本技能の学習をしておき,少ない技能学習の科目の対面授業やライブ授業を最大限に活用する準備をしておくことが役立つ。

また,公認心理師カリキュラムでは,職業倫理,法律・制度,連携については学部科目で学ことになっている。しかし,専門職としての職責の観点からは,大学院での実践技能教育との関連で学ぶべき実践知識である。そこで,オンラインの事前(反転)学習として実践的観点から職責について再学習しておくことが,5分野の「理論と支援の展開」などの実務関連授業をより役立つものにできる。

画像2

6)臨床心理iNEXTの動画講義の活用

以上みたように心理職の専門教育においては,オンラインの学習や授業を用いるとことで,公認心理師カリキュラムの偏りや限界を補完できる。そのために必要となるのが,反転授業の事前(反転)学習としてオンラインで活用できる動画講義である。これは,オンデマンド授業でも活用できる素材である。

臨床心理iNEXTでは,2020年5月20日現在で,表1に示すような動画講義を準備している。
https://cpnext.pro/#ai_5

表1 臨床心理iNEXT会員が視聴できる動画講義
〈学生会員が視聴できる動画講義〉
心理職になるための基本知識を中心に30講義
〈大学院会員が視聴できる動画講義〉
心理職になるための基本技能を中心に44講義
〈専門職初級会員が視聴できる動画講義〉
心理職として働くための専門技能を中心に64講義
〈専門職中級会員が視聴できる動画講義〉
心理職として働くための応用技能を中心に80講義

いずれも,当該テーマのエキスパートによる講義となっている。今後も,会員の要望やニーズ,臨床心理学の専門性の発展に即して,随時増やしていく。図1の会員構成において,専門性上位の会員は,下位の会員用の動画講義を含めて視聴可能である。したがって,専門性上位になるに従って,視聴できる動画講義の種類も数も増えていく。

このような臨床心理iNEXTの動画講義は,反転授業の事前(反転)学習教材として活用できる。もちろん,オンデマンド授業の教材としての活用も可能である。オンラインのライブ授業や反転授業を用いることで,対面学習ではカバーできない多様なテーマの心理職教育が可能となる。

画像3

図1 臨床心理iNEXTの会員構成


7)オンライン授業ではできないこと

最後に「心理職の教育において,オンライン教育ではできずに,対面授業でしかできない内容は何か」というリサーチ・クエスチョンが残る。

知識学習は,オンライン授業のほうが有効である。ビジュアルデータを示すことができ,しかも何回も学生のペースで復習できる。また,反復授業とすることで,学習した“知識の使い方”を教えることも可能となる。その点では,技法訓練の一部は,オンライン授業でも教育可能ということになる。

残るのは,現実の対人場面における技能訓練である。オンラインの学習や授業では,映像(視覚)と音声(聴覚)を媒介とするコミュニケーションによって成り立つ。使用しているデバイスが対応する範囲の映像であり,音声である。映像は,主に顔を中心とした上半身である。音声は,マイクが拾えるレベルの音である。しかも,映像使用を止め,音声をミュートにすることで,情報をコントロールできる。中断することもできる。

それに対して現実場面では,視覚と聴覚だけでなく,5感を通した複合的で複雑な情報が入ってくる。しかも,背景の環境からの情報も入ってくる。さらに,その場にいる限り,共有している場を消すことはできない。

もちろん,現在ではVRの技術が進み,仮想の擬似的現実環境を設定できる。しかし,真の現実場面では,身体存在として,その現実を共有する相手の人々と意識・無意識を含めて多様なレベルでの交流が生じる。その場にいる限り,その交流を中止することはできない。コントロールできない感覚や感情も生じる。それは,不安や恐怖だけでなく,その場に支えられている安心感や信頼感にもなる。現実の場を共有し,その場を維持発展させる体験を通してメンバーの信頼感が醸成され,メンバーの成長が促される点は対面での活動の重要な特徴である。

そのような多様な交流が続く現実環境における実践技能は,現実場面における教育訓練でしか“身”につけることができない。ただし,それは,心理職教育の重要ではあるが,一部でしかない。そこに至る過程の知識や技能については,オンライン教育や学習で習得できる。

したがって,今後は,「オンラインでできること」と「対面でしかできないこと」の区別を固定せずに,自由な発想で知識と技能の学習方法を見直して,学習課題に適した教育システムを柔軟に構築していくことが求められる。

画像4

8)臨床心理iNEXTが目指すこと

オンラインの教育や学習は,新型コロナウイルス対策の経験が契機となって増えていくことになるであろう。それが,“コロナ時代の新たな日常”であり,“新しい生活様式”となる。産業・労働分野では,今後テレワークが進み,定着していくのと同様である。

大学教育でも,オンライン化が進むであろう。ただ,あまりオンライン化が進むと大学教員の役割が減じてしまうので,ブレーキがかかる可能性もある。

大学外の教育活動,たとえば心理職の研修などでは,オンライン化は益々必要となる。少なくとも地方在住の心理職が自由に多くの学習経験を得ることができるだけでも,オンライン研修は有益である。さらに,公認心理師試験の嵐によって荒らされている心理職の専門研修と技能発展を建て直すために必要な専門活動となる。

臨床心理iNEXTは,心理職の専門性を確かなものにするためにオンライン研修の提供に取り組んでいる。

(電子マガジン「臨床心理iNEXT」5号目次に戻る)

====
〈iNEXTは,臨床心理支援にたずわるすべての人を応援しています〉
Copyright(C)臨床心理iNEXT (https://cpnext.pro/

電子マガジン「臨床心理iNEXT」創刊しました。
ご購読いただける方は,ぜひ会員になっていただけると嬉しいです。
会員の方にはメールマガジンをお送りします。

臨床心理マガジン iNEXT
第5号
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.5

◇編集長・発行人:下山晴彦
◇編集サポート:株式会社 遠見書房

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?