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29-3.協働技能としてエクスポージャーを学ぶ

(特集:心理職の新しい形をデザインする)

宍倉久里江(相模原市精神保健福祉センター 所長)
野中舞子(東京大学 専任講師)
下山晴彦(臨床心理iNEXT代表/跡見学園女子大学)

Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.29-3

★New!★ 【新刊書・著者講習会のご案内】

強迫症の子どもと家族を支援する認知行動療法を学ぶ
−エクスポージャーの上手な使い方−


【日時】7月3日(日曜日) 10:00~16:30   
第1部 10:00-12:30
第2部 13:30-16:30

【講師】宍倉久里江先生(相模原市精神保健福祉センター所長)

【モデレーター】下山晴彦(跡見学園女子大学)

【申込み】
◇[臨床心理iNEXT有料会員](2000円)
https://select-type.com/ev/?ev=q9edNii6ZiM

◇[iNEXT有料会員以外・一般](5000円)
https://select-type.com/ev/?ev=s6M2gDzNgjg

◇[オンデマンド視聴のみ](5000円)
https://select-type.com/ev/?ev=3UEIWo-StLo

宍倉久里江先生(相模原市精神保健福祉センター所長)

【プログラム】
■第1部 OCDの新しい理解の仕方(10:00-12:30)
本人と家族への心理教育の方法を学ぶ

■第2部 OCD取り除く8ステップ(13:30-16:30)
強迫観念と強迫行為へのエクスポージャーを学ぶ

【参考書】「強迫性障害に"NO"と言おう −本人・家族向けのやさしい認知行動療法でハッピーライフを取り返す–」(星和書店)
http://www.seiwa-pb.co.jp/search/bo05/bn1038.html

強迫性障害に"NO"と言おう
−本人・家族向けのやさしい認知行動療法でハッピーライフを取り返す–(星和書店)

1.専門技能を習得する体系的学習のデザイン

心理職として発展するためには、共通基盤となる基本技能をしっかりと身につけた上で、その基礎の上に専門技能を習得していくことになります。臨床心理iNEXTでは、心理職の技能学習を基礎から発展へと段階を追って体系的に学ぶことができることを基本デザインとします。

前回のマガジンでは、心理職のコミュニケーション技能の基本となる“メンタライゼーション”のご紹介をしました。そこで今回は、心理職の基本技能に基づいて、その発展として専門技能を学習することをテーマとしました。

具体的には、基本技能である協働技能に基づいて、専門技能であるエクスポージャーを学びます。エクスポージャー(より専門的にいうならば曝露妨害反応法:ERP)は、強迫症(OCD)への介入技法として有効性が実証されている専門技能です。ただし、強迫症と言っても、「成人期のOCD」と「子ども(厳密には児童思春期)のOCD」では、問題の成立メカニズムが異なるので、今回は子どもOCDの介入技法の研修会を企画しました。


2.学派の発想を離れて専門技能を磨く

以前は、○△学派の心理療法の方法を学び、どのような問題に対してもその方法を適用するとの発想が強くありました。問題の状況に応じて方法を修正して適用することが前提となっており、“学派の原理”を堅持することが重視されました。

このような旧式な発想や前提と、我が国特有の集団主義が融合して学派でまとまり、学派間で対立する構造が出来上がりました。我が国の心理職ワールドの学会の乱立や職能団体の併存は、このような学派的集団主義が根強く残っている結果と言えるでしょう。

しかし、このような旧式の学派的集団主義に囚われていると、心理職としての専門技能の発展は期待できません。


3.子どもOCD改善のための曝露妨害反応法を学ぶ

現代臨床心理学においては、どのような問題に対しても役立つ、万能の心理療法などないことは明白です。なぜならば、問題の種類ごとにそれぞれの成立メカニズムは異なるからです。さらに言えば、同じ種類の問題であっても、状況によって問題の維持要因は異なっています。

したがって、それぞれの問題に適した介入技法を、問題状況に即して柔軟に適用していく能力が専門技能として求められます。そこで、今回は強迫症(OCD)に対して有効性が実証されている曝露妨害反応法(ERP)の技能を学ぶこととしたわけです。

その際、「成人OCD」と「子どもOCD」では維持要因を含めて成立メカニズムが異なるので、今回は子どもOCDに特化したERPを専門技能として学ぶ研修会としました。専門技能の学習は、成人と子どもの違いも含めて具体的にどのような問題に対して、どのような介入技法が必要となるのかといった問題別の介入法を見ていく必要があります。


4.子どもOCDへの対応は心理職の必須課題

OCDには、平均11歳頃を発症ピークとする早発性の「子どもOCD」と平均23歳頃を発症ピークとする「成人OCD」があります。子どもOCDでは、ASDやチックなどの発達特性を含めた遺伝性の影響があることが想定されます。また、家族への巻き込みが問題の維持要因となっています。ですので、家族と一緒にERPを実施できる技能が必要となるのです。

OCDは、子どもが問題として訴えることが少ないこともあり、見逃されてしまうことが多くあります。その結果、成績の低下や引きこもり等の2次的問題を引き起こし、長期にわって深刻な生活機能の低下を招く場合が少なからずあります。

子どものOCDの発症率は3%ほどであり、障害レベルでなくても“こだわり”まで含めるならば、必ず1クラスに一人ぐらいの割合でいることになります。したがって、スクールカウンセラーなど、子どもの心理支援を専門とする心理職にとっては、エクスポージャーは必須技能となっています。

そこで、今回は、冒頭でご紹介した「強迫性障害(OCD)に”No”を言おう ー本人・家族向けのやさしい認知行動療法でハッピーライフを取り返すー」(星和書店)の訳者の宍倉久里江先生※)を講師にお招きしての研修会を開催します。開催に先立って宍倉先生にインタビューした記事を下記に掲載します。インタビューでは、東京大学で子どもOCDも研究と臨床をしている野中舞子先生にも参加してもらいました。

※)日本精神神経学会認定精神科専門医 相模原市精神保健福祉センター所長 全国精神保健福祉センター長会常任理事


5.子ども&家族と一緒にOCDに“No”と言おう!

[下山] 今回、先生にお訳書「強迫性障害(OCD)に“No"を言おう」をテキストとして研修会をしていただきます。まず、先生が同書を翻訳した経緯を教えていただけますでしょうか。

[宍倉] この本に出合うきっかけは、東京大学の金生由紀子先生からのご紹介でした。サラッと読んだ時点で、ご本人とご家族に寄り添った非常に温かみがある内容だと思いました。原著者のジョン・マーチ先生の豊富な臨床経験が伝わってくる事例が記載されていました。OCDを抱えた子どもさん自身の声もご家族の声もたくさん登場しており、「これがまさに求めていた本だ」と直感しました。「こういう本があったらいいな」と思っていたものともぴったりでしたので、「これは訳さなきゃ」と思いました。

[下山]ジョン・マーチ先生は専門職向けの本をたくさん書かれています※)。それに対して、この本は、ご本人や家族も読むことを前提として書かれていますね。とても分かりやすく子どもOCDのことが説明されており、ユーザーフレンドリーな本だと思いました。

※)「認知行動療法による子どもの強迫性障害治療プログラム −OCDをやっつけろ!−」(岩崎学術出版社)
http://www.iwasaki-ap.co.jp/book/b195851.html

私の第一印象は、強迫症に悩むお子さんとご家族が治療者と一緒にOCDに”No”を言うための本ということで、日本の状況にとても適した本だということでした。私の東大時代のチームは、当時北里大学病院におられた宍倉先生から子どもOCDの治療を学び、その後に「子どもOCDの認知行動療法プログラム」を実践してきました。その経験から、日本では、どうしてもご家族に理解とご協力が必要だと痛感しました。まさに本書は、家族と一緒に協働してOCDに“No”ということを目指す点で日本の状況にピッタリの本だと直感しました。


6.家族は問題解決に向けての力を持っている

[宍倉]本当にご家族がキーパーソンですね。ご家族とご本人がどのように強迫症状に向き合っていくかで、悪循環にもなれば逆に好循環にもなる。例えば、巻き込まれて病気の悪循環に結果的には関与してしまっていることがあります。しかし、ご家族が「悪い」ということではなくて、むしろそういうご家族は非常に力を秘めていると見ることができます。

ご本人のために、家族の力で本人の状態をよくしたいという気持ちが強いから、だから一生懸命やっている。ただし、それが正しい知識や支援がないままだと、本人が強迫行為を頑張るのと同じように、家族もまた強迫的な関わりを頑張ってしまう。その結果、本人ぐるみで苦しい状態になってしまう。

そこに新しい知識とか応援があれば、その家族は反転できて良い方向に向かう力となる。家族は、OCDの改善に向けて手伝いをする力を持っているし意欲も持っている。ご本人との関係も一時的には悪かったとしても、関係が悪い背景にはご本人も家族を頼っていたり、ある種の結びつきがこじれてしまっていたりする状況がある。

そこには、お互いを期待する気持ちがあり、見放しきれないわけです。希望を持っている中でこじれてしまっているとも言える。だからこそ、いい形になると、意外と早く二人三脚で問題解決に向かえたりするんですね。


7.巻き込まれている家族とどのように連携するか

[宍倉]治療の過程で、そのように家族関係をちょっと変えて、悪循環を反転させていくことがうまくいった時にはすごくやりがいを感じますね。ただ、通常の診察や面接では十分に時間が取れないので、今回の本はそういう場合のツールとして活用できます。この本の中に自分が伝えたいことが全部書いてあるので、短い診察の中では話せなかったとしても、それで補うことができます。

本書を媒介として治療者とご家族双方で治療のポイントを共有できるわけです。例えば「ここにも書いてある通りなので、」と伝えることで、ご家族に診察の中では話しきれなかったとしても、そこを読んでおいてもらうという使い方もできる。

本当にご家族は子どもの問題解決の大事なカギを握っている。しかも、ご家族自身も本当にしんどい思いをしている。そういった意味でも、この本は誰も責めていない。本書を一読した時に、治療者も含めてみんなが少し楽になれるという、そういう視点で書かれていると思いましたね。

[下山]家族と協働して悪循環を反転させるということ、それが治療の鍵ですね。そして、その点こそが心理職の最も苦労するところでもあると思います。


8.エクスポージャーを安易に使わない

[下山]最近は、「OCDならばエクスポージャーが第一選択」といった考え方が拡がっています。だから、理職としては「OCDが来たらエクスポージャーをすればいいんだ」と安易に思ってしまう。

ところが、実際にやってみるとなかなか続かなかったりする。時には、安易に曝露することで、逆にショックを与えてしまったりする。だからこそ、本人だけでなく、ご家族とも協働しながら、悪循環を反転させていたく努力がまず必要ですね。特に子どもの場合には、それが必須となる。

OCDに限らずに子どもの心理支援全般に関して、家族との協働は最も重要な専門技能となる。その点で心理職が本書から学ぶことは非常に大きいと思います。中堅以上の心理職でも、もっと腕をあげたい人はぜひ本書を読んでほしいですね。そこで、宍倉先生から子どもの心理支援に関わっている心理職に伝えたいメッセージをお願いします。

[宍倉]心理職の皆さんは、エクスポージャーも含めて熱心に技法を学び、実践をしている方が多いと思います。個別の技法をマスターして、「こうすればきっといい方向にいくはず」と考えて頑張って実践をしている。しかし、上手に行かないことも多いのではないかと思います。それは、技法の実施以前のところに、もう少しウエイトをおいてもよい場合があるのではないでしょうか。


9.基本的な態度と技能の重要性

[宍倉]ご本人だけでなくご家族とも共通理解を持ち、向き合う中でエンパワーし合っていく、しかもそれをスモールステップで進めていくという、技法に取組む基盤づくりが役立ちます。それと技法の両輪で進めていくことが大切です。治療者が一方的に技法に力を入れても、あまりいい結果につながりません。

そこは、心理職の皆さんに会得して実感していただきたい、本質的なことだと思います。その基本技能と、それぞれの専門技法の仕方がきちんと合わさっていて実践ができれば良いと思います。

本書は、このような本質的な支援のあり方も含めて非常に臨床的な視点で書かれています。ですから、本書で解説されている手続きで練習をされると、曝露妨害反応法(ERP)をマスターするだけではなくって、その他の専門技法にチャレンジされるにしても大切な基本技能を学ぶこともできます。例えば、大事な「共通目標の設定」や「信頼関係づくり」です。

お互いをコントロールしあうのではなくリスペクトしあって共に取組むプロセスに価値を置いた視点で書かれています。どのようなスキルを学ぶにあたっても、基本の部分がやはり大事なのだということを意識していただけたらと思います。本書のプログラムを学ぶことで、そのような基本を大切にして実践する態度や手続きを学んでほしいと思います。そのように協働作業にもウエイトを置くことで、焦らないで、今、自分のやっていることにも信頼を寄せるといった体験ができると思います。


10.OCDのアセスメントについて

[下山]子どものOCDやこだわり行動に取り組んでいる野中先生からご質問やご要望があればお願いします。

[野中]宍倉先生のお話をお聞きして、治療の基本的姿勢について丁寧な御話を伺ったと思いました。私としては、強迫のアセスメントについてとても難しいと思っています。強迫症状の場合、発達特性に基づく“こだわり”とも関連して悩んでいる人も多く、心理職はその辺りのアセスメントに悩むことも多いかと思います。

[宍倉]そうですね。発達特性にしてもOCDにしても、「それ自体が悪いから直しましょう」ではないと思うんですよね。「本人がどうなりたいか」が重要であると思います。「強迫やこだわりのためにやりたいことができなくなっているなら見直しましょう」といった視点で考えていきたいですね。

そのためには、本人にとって大事なものとか、日々の生活とか、大事な人との関係とか、そういうものを犠牲にして不本意に感じている気持ちに寄り添って、どうなったら本当はいいと思っているかなどを聞いていく。そういうことに注目することで、アプローチの手掛かりを見つけていく。そのような、”どうありたい”に注目することで、そのような望みを実現していくためにOCDに目をむけたり、発達特性に目をむけたりしていくことが大切であると思います。

「これがやれなくて悔しいんだね」、「頑張っているのにどんどん裏目に出て悩んでいるんだね」といったことで共感でき、気持ちに沿って一緒に進みながら診断とか検査とかアセスメントをしていく。一緒になぞ解きをしていく。そういうなぞ解きをしていくときも、本人と協働作業でやっていく。それが、何をおいても大切であると思っています。

こっちが勝手にアセスメントをして、本人が「はぁ?」となって受け止められないようなアセスメントをするのではなく、本人が「あー,そうか!」となるようなアセスメントをしたいですね。


11.協働の重要性

[下山]なるほど。今回の研修のテーマは、“協働”であることを改めて強く思いました。エクスポージャーといった専門技能を習得するためには、クライエントと一緒に問題解決に取り組んでいく協働関係を形成する基本技能がその土台として必要となるということですね。

それは、強迫を抱えているご本人との協働であり、ご家族、主治医、学校の先生などとの協働があってこそ、適切な介入や治療ができるということですね。特にクライエントに問題への直面化をしてもらう“エクスポージャー”であれば、特にそのことが重要となりますね。まさに今の時代において心理職に求められている基本的な態度や技能は、そこにあると思います。

[宍倉]心理支援、医療、教育といった、どのような現場であっても、困っている人に対して力になりたいっていう人が集まって、できることをしていく。それが本人を応援するチーム作りですね。本人の悪いところをみんなで批判するのではなくて、本人がやろうとしていることを応援するために、できることをしていく。それだけのことなので、こじれようがないと思います。「私が一人で何とかしなくては」と抱えこむのは、おこがましいと思います。本人が主役だから、「自分が一人で、3ヶ月で治さなければ」といったように、治療者一人の手柄や手落ちのような認識でゴールを設定したり目指したりするものではないですね。本書は、本人と家族向けに書かれているからこそ、医療でもなく教育でもない、そういう当たり前のことを省略せずにていねいに書かれている本です。それが、すごくいいかなと思います。

[下山]そんなことも含めて、研修会でお話をいただければと思っています。とても楽しみにしています。ありがとうございました。


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◇[臨床心理iNEXT有料会員](1000円)
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◇[iNEXT有料会員以外・一般](3000円)
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■記事制作&デザイン by 原田優(公認心理師&臨床心理士)


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