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30-2. がんばろう!児童相談所!


(特集:生まれ変わる臨床心理iNEXT)

下山晴彦(臨床心理iNEXT代表/跡見学園女子大学教授・東京大学名誉教授)

Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.30-2

【シンポジウムのご案内】

虐待と向き合う児童相談所の新たな役割と可能性
―地域における安心の子育て支援の基盤整備に向けて―


【日程】8月28日(日)9時〜12時(オンラインにて実施)

【プログラム】
■第1部 児童相談所の発展に向けて
1.地域における児童相談所の役割
  古川康司/田中淳一(中野区児童相談所)
2.社会的養護から児童相談所への期待
  高田治(川崎こども心理ケアセンターかなで)

■第2部 現状と課題
3.児童相談所の現状と実務の課題
  山本恒雄(愛育研究所)
4.データから見る児童福祉政策の課題
  和田一郎(獨協大学)

■第3部 課題解決に向けて
5.児童虐待対応におけるDXとデータ利活用
  髙岡昂太(株式会社AiCAN)
6.臨床心理学から統合的児童相談モデルの提案
  下山晴彦(臨床心理iNEXT代表/跡見学園女子大学教授・東京大学名誉教授)
  福島里美(跡見学園女子大学)

■第4部 総合討論 
  登壇者全員

【参加費】無料
【申込】https://select-type.com/ev/?ev=lVlgb7zQti8
【主催】東京大学大学院教育学研究科 附属バリアフリー教育開発研究センター
【共催】東京大学産学協創フォーラム「臨床心理iNEXT」

お申し込みはこちらからも!


1.生まれ変わる臨床心理iNEXT

臨床心理iNEXTは、2020年の創設時には「公認心理師の、その先へ」をビジョンとし、「心理職の専門性を高めること」をミッションとして講義動画の配信や研修会の開催など学習機会を提供してきました。

そして、この2年間の活動を通して、社会状況の大きな変化の中で心理サービスの社会的意味もまた大きく変化しつつあることを強く感じています。特にコロナ禍対応において我が国の医療制度や行政組織の偏りや限界が、より明確になってきたことの意味は非常に大きいと受け止めています。

創設時のビジョン「公認心理師の、その先へ」では、公認心理師制度が心理職発展のスタート台になることを前提としていました。しかし、現行の公認心理師制度では、心理職は医療制度や行政組織の下位に位置付けられ、医師や行政官の意向に従うことが求められます。

そのため、公認心理師制度のみを前提にしている限り、心理職は、自らの専門性を主体的に発展できないだけでなく、医療や行政の限界を超えて心理職が心理サービスを利用者である国民に適切に届けることができなくなっています。

そこで、臨床心理iNEXTは、「みんなの心理サービス、選ばれる心理職へ」を新たなビジョンとして掲げることとしました。


2.“みんなの心理サービス”へ

心理サービスのあり方は、心理職の国家資格である公認心理師制度に大きな影響を受けざるを得ません。ところが、公認心理師制度は、医療制度や行政組織の枠内で心理サービスをコントロールするためのシステムとなっています。したがって、心理職は、医療や行政のための心理サービスではなく、国民のために役立つ心理サービスを展開することを目指す視点を常に持っていることが必要となります。

そこで、臨床心理iNEXTでは、現行の制度の限界や偏りを超えて心理サービスを国民に届け、利用していただけるように心理職の専門性を高めていくことを目指すこととしました。新たなビジョン「みんなの心理サービス、そして選ばれる心理職へ」には、そのような意味が込められています。

冒頭に示した児童相談に関するシンポジウムは、そのような新たなビジョンの下で企画されたものです。行政の限界を超えて、新たな児童相談サービスの展開を議論するためのシンポジウムです。


3.今、児童相談所が危ない!

見出しを見て、「なぜ児童相談所が危ないの?」と思われる人が多いのではないでしょうか。児童虐待が起きている家庭に介入する際に、「所員が子どもの保護者に暴力を振るわれる危険性がある」という意味なのかと、まず考えることと思います。確かにそのような面はあります。

重大な虐待死亡例の報道が続いており、“児童相談所の対応へ批判”がなされています。その点で児童相談所が危ないと考える方もおられるでしょう。確かに児童相談所は、世間からの厳しい批判に晒されています。しかし、それは問題の序の口でしかありません。

年々増え続ける虐待への対応で日々苦労している児童相談所の職員の疲弊が半端ではないのです。
虐待問題は、件数の増加だけでなく、夫婦のDVなどが絡んで複雑化しており、対応が難しくなっています。激務の中で一生懸命対応しても達成感が得られることは少なく、職員が次々に辞めていくのが児童相談所の、危ない現実なのです。


4.児童相談所の危機的状況

児童相談所は、子どもや家庭の健全な発達の支援を通して日本におけるメンタルケアの屋台骨となるべき組織です。しかし、現実は、報われない激務となっているため退職者が相次ぎ、就職先としてもブラックな職場として避けられるようになっています。

虐待事案に対応する中で保護者から罵声を浴びせられることもあります。死亡例が出れば世間からバッシングを受けます。そのような中で児童相談所の職員の疲弊は限界値を超え、退職者が跡を絶たない状態が続いています。それが、児童相談所が危ういと言わざるを得ない深刻な現実です。

児童相談所の仕事が激務となる主要な要因は、人材不足です。職員が対応できる件数を超えた数の案件を抱えて激務となり、耐えきれず退職が多くなります。職員の約半数が3年未満で退職するといった高い離職率になっています※1)。

例えば、東京都児童相談所では、平成31年度には児童福祉司や児童心理司が定員に満たず、しかも約半数の経験が2年未満という危機的な状態にあるために職員の技能教育が適切にできない事態に陥っていました。

表1 東京都児童相談所の現状(※2より引用)

このように児童相談所では経験豊かな職員の割合が減り、若手の教育指導もままならず、経験不足の職員の業務負担が多くなり、業務の質が低下します。その結果、職員全体の仕事量は増え、ますます激務となっていくという悪循環が起きています。

※1)児童相談所は激務?「辛い」「辞めたい」評判の真相や激務の理由を解説https://www.foriio.com/works/17032

※2)東京都児童相談所の現状と課題https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/kodomo/katei/jidousoudanntaisei/soudantaiseikentoukai1.files/siryou2.pdf


5.児童相談所の古い体質とICT化の遅れ

このような危機的事態に対して行政も対策を取ってきました。児童相談所の課題改善に向けて平成28(2016)年度には児童福祉法が改正され、特別区における児童相談所設置が可能となりました。さらに、児童相談所の体制強化として、児童福祉司の大幅増員、児童心理司、保健師、弁護士、一時保護所職員の体制を強化する方針が打ち出されてきています。

しかし、対策が十分な効果をあげていません。その原因は、児童相談所の組織変革が進んでいないことにあります。個人情報を扱っているために秘密保持が優先される余り、情報共有におけるICT化が遅れています。その結果、情報をデジタル化し、ネットワークで情報共有し、迅速な判断や方針決定がなされるシステムの構築が進んでいません。

いわゆる職場のDX( Digital Transformation)ができていないのです。DXとは、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズに基づくサービスモデルに変革するとともに業務や組織を変革していくことです。児童相談所は、扱う問題状況に即した組織変革ができていないために適切に問題状況に対処できずにいます。


6.心理的虐待の増加と心理職の役割

このように職場としての児童相談所は、利用者や職員の現状に即して柔軟に対応できない組織体質となっています。ところが、その一方で児童相談所が扱う児童の状況はますます悪化し、対応事案が増加し、問題は複雑化しています。このミスマッチが「児童相談所が危ない!」ことの本質的要因です。

子どもの虐待は、図1に示すように2000年頃を契機として激増しています。その激増の実質的要因になっているのが、図2に示すように心理的虐待の急増です。心理虐待の多くは、夫婦間の暴力や暴言に関係しており、警察からの通報によるもの
です※3)。

心理的虐待は、身体的虐待に発展するだけでなく、児童の複雑性PTSDにつながります。このような心理的虐待に対しては、一時的保護などの方法だけでは十分に対処できません。親への個人心理療法や夫婦のカップル療法が必要となります。これは、身体的虐待の予防にもなります。

そして、このような心理的虐待に対応する活動は、まさに心理職の仕事なのです。この点に、児童相談所の変革に向けて心理職に役割と責任があると言えます。

※3)図1と図2も含め「児童相談所における子ども虐待対応の現状と課題」論文より引用
https://www.jichiken.jp/article/0161/


7.児童相談所の仕事は、虐待対応だけではない

児童相談所は、「子どもに関する家庭その他からの相談に応じ、子どもが有する問題又は子どもの真のニーズ、子どもの置かれた状況等を的確に捉え、個々の子どもや家庭に適切な援助を行い、もって子どもの福祉を図るとともに、その権利を擁護すること(以下「相談援助活動」という)を主たる目的」とする機関です※4)。

このような指針の下で児童相談所の相談内容は、「虐待相談」「(虐待を除く)養護相談」「障がい相談」「非行相談」「育成相談」「その他の相談 」に分類されます。上記「児童相談所における子ども虐待対応の現状と課題」論文※3)によれば、2018年度において虐待相談は、32.8%となっています。

したがって、全体の3分の1を占める虐待相談によって児童相談所職員は強い影響を受け、疲弊する事態になっているわけです。しかし、「(児童が)適切に養育され、その生活を保障され、愛され、保護されること、その心身の健やかな成長及び発達並びにその自立が図られることその他の福祉を等しく保障される」という児童相談の理念に従うならば、「虐待相談」以外の相談も重要となります※4)。

※4)児童相談所運営指針(厚生労働省家庭局通知) https://www.pref.kochi.lg.jp/_files/00264587/R40330sisin.pdf


8.がんばろう!児童相談所!

「虐待相談」では一時保護等を含む“介入的対応”が求められることになります。しかし、その他の相談活動では、保護者支援を含む“支援的対応”が主として求められます。先述した心理的虐待への対応では、介入的対応に加えて支援的対応も必要となります。

この“介入的対応”と“支援的対応”では活動の質が異なり、時に両者は矛盾します。したがって、児童相談所においては、この両者をどのように組み合わせていくのが課題となります。さらには、発達支援を含む障がい支援や家族支援を含むきめ細やかな相談活動は、虐待の予防活動になります。

では、児童相談所の支援機能や予防活動をどのように充実させていけば良いのでしょうか。上述したように増加する虐待対応で激務となっており、職員は疲弊しています。職員の離職によって教育活動も適切に機能していません。そのような危機的状況において、支援機能や予防活動を発展させることは、果たして可能でしょうか。

児童相談所が活力を取り戻し、介入的対応と支援的対応を統合する総合的な相談活動を展開するためには、さまざまなレベルの組織変革が必要となります。まず組織内部において、DXなどを活用して虐待対応を効果的・機能的に実施し、そこで生じる余力を地域における支援活動の展開に結びつけます。地域における支援活動の展開は、虐待の予防につながります。


9.児童相談の発展に向けて臨床心理学の貢献

また、児童相談所は、外部の支援資源や教育資源と連携・協働して相談員の確保と専門性の育成をしていく必要があります。そのような外部資源として、心理支援の専門性の学問的基盤となる臨床心理学があり、心理支援の専門職である心理職を養成する大学や大学院があります。

現代臨床心理学は、医学的病理モデルではなく、生活機能支援モデルや発達・成長支援モデルに転換しています。現行の児童心理司は、心理検査を担当し、アセスメントをする役割に限定される傾向があるようです。しかし、現代臨床心理学では、ケースフォーミュレーションを基軸として問題への介入方針を立てるモデルとなっています。これは介入的対応と支援的対応を矛盾なくつなぐ機能を持っています。その点で臨床心理学は、児童相談所における支援サービスのモデルを提供することを通して児童相談所の活動の発展や変革に寄与できる可能性が多々あります。

さらに、公認心理師カリキュラムを有する大学や大学院のプログラムと連携することで人的資源を確保できるとともに、協働して発達支援や児童相談の教育プログラムを開発し、実装することで教育機能を補完することもできます。そのためには、児童相談所が、閉鎖的組織にならずに外に開かれ、外部の組織と積極的に連携・協働する文化を醸成し、旧式の行政指導の組織風土を変革することも必要です。

児童虐待への取り組みは、社会全体で取り組む大きなテーマです。児童相談所のみが担うべきものではありません。児童相談は、児童虐待への対応だけでなく、児童の発達・成長支援として地域全体で取り組むものです。その中で児童相談所は、さまざまな資源が連携し、協働できるためのハブとなるコミュニティセンターの役割を担うことが望ましいのではないでしょうか。


10.みんなの児童相談!みんなの心理サービス!

上述した臨床心理iNEXTの新たなビジョンの下で冒頭に紹介しました児童相談所応援のシンポジウムを企画しました。以下に企画趣旨を記載します。

====<シンポジウム企画趣旨>====

本シンポジウムでは、「地域(コミュニティ)において子どもの安全を守り、子育て支援の環境を整備する」をテーマとし、地域における健やかな子育て支援の核となる児童相談所の新たな役割と可能性を探ることを目的とする。

昨今、子ども家庭庁設立が決定された。また、再度の児童福祉法改正が決まり一時保護に新たに司法関与が求められ、また附帯決議として科学的に効果測定を行うことが初めて言及された。しかし、児童相談所は、業務が極めて多忙となっており、虐待事例への対応件数の増加や複雑化に対して十分に対応できていないことが指摘されている。

したがって、児童相談所においては、増大する業務量への効率的対応のために適切かつ迅速な判断ができるシステム作りが緊急の課題となっている。また、配置される専門職の専門技能の強化と均てん化も課題となっている。個人的資質や経験だけによらず、専門職の人材育成を改善し、専門的な技能の伝達を可能とする業務改善が重要となる。

このような児童相談所の課題改善に向けて、平成28年度には児童福祉法が改正され、特別区における児童相談所設置が可能となった。これは、地域住民の健康で安心な生活基盤を整備する中に子育て支援を位置付け、その拠点として児童相談所の新たな役割と可能性を探ることにもつながる。

このような子育て支援の新たな拠点となる児童相談所においては、子どもの安全を確保するだけでなく、職員にとっても働きやすい環境を早急に作る必要がある。そのためには、データを参照した実務やデータに基づく政策決定も重要となる。本シンポジウムでは、最新データを参照して、地域における児童相談所の役割と可能性を、子育て支援や児童虐待対応の新たなモデルの提案も含めて検討することを目的とする。

子どもたちの輝く未来へつなぐ児童相談所となるために、今何が必要とされているのかを議論していく。

■記事制作&デザイン by 原田優(公認心理師&臨床心理士)


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