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49-3.トラウマ治療のエッセンスを学ぶ

特集:「発達障害とトラウマ」の理解と支援

下山晴彦(跡見学園女子大学教授/臨床心理iNEXT代表)
森茂起(甲南大学名誉教授)

Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.49-3

*お知らせ*
iNEXTでは8/21まで、アンケートにご協力頂いた方(抽選60名)を無料で研修会にご招待するキャンペーンを実施しておりました。当選者の方にのみ、8/29にメールを発送しております。当選者の方は、誤って有料の受付サイトから重複してお申し込みされないよう、ご注意ください。
この度は多くの皆さまのご協力・ご応募を、誠にありがとうございました。


注目新刊書「訳者」研修会

ナラティブ・エクスポージャー・セラピー入門
−トラウマ治療のエッセンスを学ぶ−
【日時】9月22日(日)9:00~12:00
【講師】森茂起先生(甲南大学名誉教授)
 
【注目新刊書】『ナラティブ・エクスポージャー・セラピー(第2版)』
−人生史を語るトラウマ治療−(金剛出版 森茂起・森年恵訳)
https://www.kongoshuppan.co.jp/book/b620076.html

【申込み】
[臨床心理iNEXT有料会員](1000円):https://select-type.com/ev/?ev=4E1Ma5rzMKg
[iNEXT有料会員以外・一般](3000円) :https://select-type.com/ev/?ev=ALi5pd-3grg
[オンデマンド視聴のみ](3000円) :https://select-type.com/ev/?ev=nNlimMQGHmM

森茂起 先生

注目本「訳者」研修会

発達障害からニューロダイバーシティへ
−ポリヴェーガル理論で解き明かす子どもの心と行動−
 
【日時】2024年9月7日(土)9:00~12:00
【講師】花丘ちぐさ(国際メンタルフィットネス研究所 代表)
 
【注目本】『発達障害からニューロダイバーシティへ』(春秋社 【花丘】ちぐさ訳)
−ポリヴェーガル理論で解き明かす子どもの心と行動−
https://www.shunjusha.co.jp/book/9784393365687.html
 
【申込み】
[臨床心理iNEXT有料会員](1000円):https://select-type.com/ev/?ev=16tmXuQy4Wc
[iNEXT有料会員以外・一般](3000円) :https://select-type.com/ev/?ev=nougW6kApWE
[オンデマンド視聴のみ](3000円) :https://select-type.com/ev/?ev=jxKF9LZ46B4

 

1.    トラウマ治療のエッセンスを学ぶ

複雑性PTSDへの関心が高まっている今日、長期にわたって繰り返しトラウマ的出来事を経験している人に対して効果的な支援を提供できるナラティブ・エクスポージャー・セラピーが注目されています。そこで、臨床心理iNEXTでは、『ナラティブ・エクスポージャー・セラピー』(金剛出版)の最新版が翻訳出版されたので、訳者の森茂起先生を講師にお招きして、研修会を開催します※)。

『ナラティブ・エクスポージャー・セラピー』は、「最新の記憶理論によるPTSDやトラウマの科学的な理解」を説明する「理論的背景」と、「その人の人生の物語を辿り、失われた人生史の統合を可能とする技法」を具体的に解説する「治療方法」の二部構成となっています。
 
第一部「理論的背景」では、「トラウマ性ストレス」「PTSDと記憶」「感情体験の処理」といったテーマごとに「トラウマとは何か」について、最新の研究成果を踏まえて説明されています。そこには、複雑性PTSD、トラウマ性記憶、PTSDの神経生物学的基礎と情動処理、トラウマの社会政治的意味といった重要事項が含まれています。

ナラティブ・エクスポージャー・セラピーの理論モデルは、トラウマ研究の最新知見に基づいて構成されています。したがって、ナラティブ・エクスポージャー・セラピーを学ぶことで「トラウマ治療のエッセンス」を学習することができます。そのトラウマ治療のエッセンスは、「トラウマ・インフォームド・ケア」においてクライエントに伝える内容の要点となります。
※)https://www.kongoshuppan.co.jp/book/b620076.html 


2.    ナラティブ・エクスポージャー・セラピーの治療過程

第二部の「治療方法」では、トラウマの共有理解に基づいた上で、その人の人生の出来事を辿りながらトラウマ体験の語り直しを通してエクスポージャーを実施し、失われた人生史を再生し、人生の物語を再統合する方法が具体的に解説されています。
 
実施手続きについては、初回セッションでは「診断と心理教育」が行われ、第2回セッションでは「人生ライン」のワークを通して、その人の人生を概観します。そして、第3回セッション以降で、発達段階の時系列に即して経験したトラウマ的出来事についての「語り」を開始します。トラウマ的出来事を語る作業は、クライエントにとってはエクスポージャー体験となります。そのナラティブ・エクスポージャーの手続きは詳細に決まっており、セラピストはその段階を順を追って進めるようにセッションは構造化されています。
 
ナラティブ・エクスポージャー・セラピーは,当初はPTSDを抱える難民治療のために考案された短期療法でした。その後、一般の医療現場などの広い臨床場面でみられる虐待や暴力に起因する複雑性PTSDへと対象範囲を拡大させながら、比較的短期間で記憶の再構築を実施する構造化された方法として洗練されてきています。効果研究が実施され、その有効性を示すエビデンスが出されています。また、子ども版もあり、成人だけでなく、子どものトラウマにも対応しており、対象年齢が広いことも特徴です。 


3.    実践編研修会(対面1日半)も用意されています

このようにナラティブ・エクスポージャー・セラピーは、自伝/エピソード記憶を時系列に沿って能動的に再構築するための構造化された方法です。詳細な語りと想像を通してトラウマ的出来事の再処理を行い、情動ネットワークを修正します。EMDRやトラウマ焦点化認知行動療法など、トラウマ体験に特化した治療法とは異なり、その人の語り(ナラティブ)を丁寧に、共感的に聴くことを土台として、人生の物語全体の中にトラウマ体験を再統合することを目指す点において日本の臨床文化に適した方法です。
 
多くの日本の心理職にとっては、語り(ナラティブ)を主要なテーマとしている点で、これまで学び、実践してきたカウンセリングの方法と違和感なくエクスポージャー・セラピーを習得できます。また、研修を受ければ短期間で実施可能なことから,児童福祉領域や医療領域で虐待,暴力,事故,自然災害などの被害やトラウマ的喪失を体験したひとたちへ適用が期待できます。特に令和6年度の診療報酬改定でトラウマを対象とした心理支援加算が公認心理師に求められたことからナラティブ・エクスポージャー・セラピーは、心理職にとって重要な方法になります。
 
今回のオンライン研修会は、ナラティブ・エクスポージャー・セラピーの概要を知る入門編の位置付けとなります。入門編を受けて、さらにナラティブ・エクスポージャー・セラピーを学び、実施技能の習得を希望する人のために、1日半の対面の実践編の研修会を、大阪(今年11月)と東京(来年2月)で開催します。実践編の研修会の要領を下記に示しました。多くの方の参加を期待しております。

◼️<@大阪>ナラティブ・エクスポージャー・セラピーを学ぶ(1日半・対面研修会)
【主催】日本ナラティブ・エクスポージャー・セラピー(NET)研究会
【日程】2024年11月2日(土)午後+11月3日(日)午前&午後
【場所】大阪市中央区大手前1-3-49 ドーンセンター
【申込方法など詳細】https://jspnet-society.jp/images/pamph-r6-osaka.pdf

◼️<@東京>ナラティブ・エクスポージャー・セラピーを学ぶ(1日半・対面研修会)
【主催】臨床心理iNEXT
【日程】2025年2月23日(日)午後+2月24日(月_休日)午前&午後(予定)
【場所】東京都文京区大塚1-5-2 跡見学園女子大学
【申込方法など詳細】今年12月頃に広報開始

以下に実践編の研修会のことも含めて、講師の森先生にインタビューをしました。


 4.    ナラティブ・エクスポージャー・セラピーとの出会い

【下山】先生が訳された『ナラティブ・エクスポージャー・セラピー(第2版)』を拝読する前は、「ナラティブ」ということで、ただ単にトラウマ的出来事に関する語りを受容的に聴くだけのカウンセリング的なものと思っていました。しかし、読み始めて今回の研修会の副題になっている「トラウマ治療のエッセンス」が全て含まれている総合的な方法であることがわかりました。しかも、手続きも構造化されていてクライエント中心のカウンセリングとは全く異なるものであることもわかりました。そこで、最初に森先生が本書を通して皆様にお伝えになりたいことをまずお話しください。
 
【森】本書の第1版が出版された頃、私は児童養護施設で臨床しながらトラウマに対応する技法というのを何か学んでおかねばならないと感じていた。そのような時に同書の著者が講義とデモンストレーションをするワークショップに参加し、これこそ自分が求めているものだと感じました。
 
当時私は、精神分析などをバックグラウンドとしてカウンセリングをしていました。しかし、そのような対応では、虐待を受けた子どもをはじめとする様々な難しい経験を重ねてきた子どもへの対応はできないなと、すごく感じていました。それで、これは自分の臨床に取り入れることができるとすごく強く感じたのがきっかけでした。


5.    「ナラティブ」と「エクスポージャー」の二つの“力”を使う

【森】ナラティブ・エクスポージャー・セラピーは、文字通り「ナラティブ」と「エクスポージャー」という2つの原理を合わせ持っており、その両方の力を十分使って行う治療です。それがこの技法の特徴になっています。トラウマ的記憶を、トラウマ的記憶ではない通常の記憶に変えていくことが、エクスポージャーの大切なポイントとなります。その作業を通して、トラウマ記憶を、言葉で語って人に伝えることができる、そして自分でも振り返ることができるようになります。
 
ですので、ここでの「語り」とは、エクスポージャーをしながら人生史の全体を語っていくという、その両方の力を使ったナラティブなのです。それは、トラウマ記憶によって語り得ぬ部分を含んでいた自分の人生を、人に伝えることができる形にしていくことです。その点でナラティブ・エクスポージャー・セラピーは、個人の記憶を扱う治療だけでなく、経験を人と共有し、社会の中に自らを位置付けていくという、社会的な側面を持っています。
 
そこには、証言療法という技法の原理を取り入れてこの技法が作られたことが関わっています。証言療法は、盗獄や拷問と言った人権侵害を受けた人にとって、自分が受けたその侵害を人に伝えることが治療につながるという考え方の技法です。記憶がトラウマ的であるために沈黙するしかない状況の中で、それをどのように語り、証言化するかという課題を扱うものです。そのような証言療法の原理を参考として、ナラティブの原理とエクスポージャーの原理を統合したものです。私がそもそも虐待を受けた子どもに適用しようと考えたのも、ナラティブ・エクスポージャー・セラピーが社会との再結合という目的をもともと持っていたからです。 


6.    記憶のネットワーク理論を前提とする科学的根拠のある総合的方法

 【下山】日本では、海外のような戦争とか紛争におけるトラウマよりも、家庭における虐待や勉強の強制、DV、学校のいじめ等におけるトラウマに適用することが多くなると思います。そこでも重要となるのが記憶の問題ですね。
 
トラウマ記憶の恐怖ネットワークがそうした人々を苦しめています。それに対して、ホットな記憶を処理しながら、通常の文脈的なコールドな記憶と結合させることで、そのネットワークが分解され、適切な情動処理が可能となるといった記憶のネットワーク理論が前提になっているかと思います。ナラティブ・エクスポージャー・セラピーは、そのような記憶理論に基づいて形成された、とても科学的な方法であると感じたのですが、そのような理解でよろしいでしょうか。
 
【森】トラウマを扱う技法はいくつかあって、それぞれ優れているものです。その中でナラティブ・エクスポージャー・セラピーは、臨床心理学の専門家、精神科医・脳科学者、法学の専門家という3者の共同作業によって開発されたものです。トラウマ記憶を整理するだけでく、人生全体を見直して人生史を語っていくという総合的な方法となっています。心理療法やカウンセリングに携わる心理職の我々にとって実践に取り入れやすいところがこの技法の魅力的なところです。
 
【下山】今年の初めに診療報酬改定があって公認心理師のトラウマ治療に関しては保険点数がつくことが示され、心理職にとってトラウマの心理支援が注目されるようになっています。しかし、心理職にとってトラウマ対応が重要なテーマであるのはそれだけでありません。トラウマは、医学的な疾患ではなく、脅威を受けて強いストレスや恐怖を感じた際に起きる反応という点で心理的苦悩であることも忘れてはならないことです。その点でトラウマの心理支援は、心理職の最重要なテーマとなっていますね。 


7.      導入しやすいという特徴

【下山】トラウマに関してはEMDR、トラウマ焦点化認知行動療法、そしてエクスポージャーもそのための方法です。そのような方法と比較してナラティブ・エクスポージャー・セラピーの利点はどのようなことでしょうか。
 
【森】トラウマ関連の技法については、そのクライアントの状態にどの技法が合うか、自分はどれが使いやすいかということで選んでいく時代だと思います。どれが優れているかと優劣を競う時代はもう終わっており、複数の技法を身につけておいて、時によって使い分けることが必要だと思います。
 
その中でナラティブ・エクスポージャー・セラピーは、導入が非常にしやすいことが特徴だと思います。具体的には、たとえば「あなたが今いろいろと抱えている“しんどさ”は、過去の、いじめられた体験とか、家庭で非常に辛い経験をしたこととか、そういうことが織り重なって生まれたものです。それぞれの経験についてしっかり振り返って語ってもらうのがこれからの作業になります。もちろん、セラピストがしっかり整理しながら語れるようにリードしていきます。それぞれの体験が整理されることで気持ちが落ち着いてくるのが目標になります」といった形で説明できます。簡単に言えば、人生史を始めから現在まで語って自伝を作成する作業ですから、誰にとってもわかりやすいものです。
 
それを聞いたクライアントさんには、「それができればきっとすごく役立つ」という感覚と、「それは大変そうだ」という思いと両方があるでしょう。大変そうだが取り組んでみたいというモチベーションが形成できれば、勇気づけをしながら取り組んでいきます。もちろんこのような治療への合意を形成する前に、症状のアセスメントと説明、そして心理教育によって、今の状態の理解を共有した上で導入します。この部分は基本的に、どの技法を用いる場合にも必要なことです。 


8.      実は、構造化されたトラウマ・インフォームド・ケアの短期療法

【下山】今、先生がご指摘いただいた点については、私がそうだったように多くの皆様も誤解があったと思います。“ナラティブ”ということから、クライアントさんが物語るのに任せて、クライアントさん自身の自己語りを展開し、広げていくことが目指されているものと誤解されがちだ思います。そのような「ナラティブ・セラピー」と混同しやすいですね。
 
しかし、ナラティブ・エクスポージャー・セラピーは、それとは違ってかなり構造化されたものですね。第一セッションが診断と心理教育、第二セッションが人生ライン、第三セッションが誕生から最初のトラウマの出来事までの物語を始める、というような形で手続きが決まっています。それは、むしろ「トラウマ・インフォームド・ケア」に非常に近い内容ですね。
 
【森】ナラティブ・エクスポージャー・セラピーは、ナラティブ・セラピーとは「ナラティブ」という共通要素がありますが、あくまで短期療法としてのトラウマ焦点化療法です。“人生を語る”といっても、その語りは時系列に沿って出生から現在まで時間軸に沿って進んでいきます。クライアントの連想に委ねて話を広げていくわけでは全くありません。
 
そのため、クライエントの語りを受容し、共感するというカウンセリングの基本姿勢に馴染んだ方は戸惑うかもしれません。原理をしっかり理解した上で、その方法に馴染んでいただく必要があります。例えば、クライアントが10歳の時のある事件を語っているときに、連想によって他の時期の出来事に話が移りかけたら、すぐ止めて戻さねばなりません。セラピストがきっちりとコントロールして時間軸に沿って進んでいけるようにリードしていかなければならない、ということです。
 
【下山】ナラティブ・エクスポージャー・セラピーは、だいたい8回から12回ぐらいで終結となると書かれていましたが、その点では時間制限療法ということになりますね。
 
【森】そうです。ただ、8回から12回という回数はその方の年齢や経験によってだいぶ変わってきます。成人の場合、20回ぐらいになることはめずらしくありません。複雑性PTSDの診断が当てはまるような、数々の難しい経験を重ねてきた方は、回数が多くなる傾向があります。しかし、語りが進む過程で、それぞれの語りに意味があると感じられますから、短くしてほしいと言われることはあまりなく、むしろすべて語ってしまいたいという気持ちが強くなることが多いです。ただ、どの程度の回数が最適かを判断するのは治療者の重要な役割の一つです。
 
【下山】その点では、まさに「トラウマ・インフォームド・ケア」の心理療法ですね。それが、ナラティブ・エクスポージャー・セラピーの、もう一つの特徴ですね。


9.      日本の心理療法の伝統に馴染みやすいトラウマの心理支援技法

【下山】多くのトラウマ治療の方法は、トラウマ体験にフォーカスしたエクスポージャーになっていると思います。ところが、ナラティブ・エクスポージャー・セラピーでは、日本の心理臨床が大切にしてきた心理療法のナラティブが重視されています。まさに、ナラティブとエクスポージャーが融合した、日本に馴染みやすいトラウマ治療法であると思いましたが、どうでしょうか。
 
【森】そうですね。日本では、教育現場、医療現場、福祉現場などでさまざまな現場で心理療法やカウンセリングが行われていますが、ナラティブ・エクスポージャー・セラピーは、日常臨床の中に自然に導入しやすいと思います。ナラティブ・エクスポージャー・セラピーは、あくまで時間制限療法として人生史の枠組みでトラウマを集中的に扱う方法です。自己のあり方を深く考えたり、人生全体を見渡してそこから意味を見出したりするのは、終わってからの作業になるでしょう。
 
【下山】日本では、現在のところ幸いに戦争や紛争はありません。そのため、ナラティブ・エクスポージャー・セラピーの対象となるものとしては、地震や津波といった災害がありますが、それ以外には虐待が多いですね。それと関連していじめの問題や厳しい受験勉強の強制、心理的ネグレクトもあります。広い意味では、逆境体験もトラウマの要因になるかと思います。それは、非常に見えにくいトラウマ体験となっていると思います。発達障害のある人はトラウマを受けやすいということもあります。このような日本の状況に対してナラティブ・エクスポージャー・セラピーは適用可能であると理解して良いでしょうか。
 
【森】その通りですね。ナラティブ・エクスポージャー・セラピーでは、そのような出来事を扱っています。今まで私たちが経験してきたケースも、いじめを含んでいたり、被虐待を含んでいたりします。トラウマ的なものが数の上でも種類の上でも複数、人生の中にあるケースに向いている技法です。いじめのように一回の大きな事件としては扱いにくく、長期的な経過を辿る出来事も、扱い方に工夫は必要ですが、整理しつつ人生史に組み込んでいくことができます。 


10.      複雑性PTSDの併存症状も扱うことができる

【下山】時間系列の中で繰り返し経験してきたトラウマ体験ということでは、複雑性PTSDにとても適した方法ですね。しかも、御本の中も書かれていたようにナラティブ・エクスポージャー・セラピーの有効性についてはエビデンスが蓄積されてきているんですね。
 
【森】そうですね。これは、コンスタンスというドイツ南方にあるボーデン湖の辺りにある町のコンスタンス大学医学部のメンバーが開発したものです。現在のPTSD治療ガイドラインに、ナラティブ・エクスポージャー・セラピーは推奨される方法として掲載されていいます。ヨーロッパでもアメリカでも研修の需要が高まっていると聞いています。
 
【下山】複雑性PTSDをはじめとするトラウマ体験者では、パニック症や双極性障害、うつ病などの2次障害が併存症になることが多くあります。残念ながら、トラウマ要因が見過ごされて誤診されることも少なからずあるのが現状ですね。御本を読みますと、併存症があっても、ナラティブ・エクスポージャー・セラピーを行う中で、そのような症状が収まっていくこともあるとのことでした。
 
【森】そうですね。テキストに書いてありますけど、例えばうつ症状がある場合、それがPTSDに伴って発症していることはあり得ます。その場合、まずナラティブ・エクスポージャー・セラピーでPTSDに取り組み、その結果、うつ症状がなくなる、あるいは軽減すれば、それはPTSDに起因して併存していた症状だったことになるでしょう。それでも残されたうつ症状があれば、うつ症状として別の治療をしていくことになるでしょう。


11.      入門編から実践編の研修へ

【下山】色々な点でナラティブ・エクスポージャー・セラピーは、日本の状況にとても適していると思いました。ドイツと日本は、勤勉といったメンタリティなどでは近いところがありますね。私としても、ぜひ幅広くナラティブ・エクスポージャー・セラピーの実践が広がってくると良いと思っています。
 
そこで、今回のオンライン研修会は入門編ということで、さらに具体的な方法を習得し、実施者になることを希望される方のために、実践編として技法習得のためのワークを含む1日半の対面研修会が用意されています。上述したように11月に大阪で、来年2月に東京で実践編の研修会が行われます。この実践編研修会についてご案内をいただけますでしょうか。
 
【森】今回は、オンラインで3時間の入門編の研修会となっています。そのため、対面の研修会でやっているような実習を含んだ研修はできません。講義でエッセンスをお伝えしながら、技法がどういうものかを実感していただくために模擬デモンストレーションも行います。ただ、技法を学んで実践をするためには、1日半研修を受けていただきたいです。その後の実践はスーパービジョンでサポートしていきます。ドイツの研修会は、3日で構成されていますので、その内容と同等にするために、今後1日半の継続研修も実施していく予定です。
 
【下山】ありがとうございます。最後に、参加を考えている皆さんにメッセージをお願いいたします。
 
【森】ナラティブ・エクスポージャー・セラピーは、極めて魅力的な技法です。実践で使っていただければ、効果を実感できると思います。ぜひとも多くの方に知っていただきたいと思っています。まず、トラウマ治療にはこういう視点、要素が必要だという原理を分かっていただきます。それだけでも日常臨床の中で今まで担当してきたケースへの見方が変わると思います。今回の入門編の研修を受けて魅力を感じていただいたら、ぜひ次の実践編の研修を受けて実際に使っていただければ、非常にありがたいと思っております。


■記事校正 by 田嶋志保(臨床心理iNEXT 研究員)
■デザイン by 原田優(臨床心理iNEXT 研究員)

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臨床心理マガジン iNEXT 第49号
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.49-3
◇編集長・発行人:下山晴彦

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