42-1.公認心理師制度との共生を目指して
注目新刊本「著者」対話講習会
1.iNEXTの今年の活動目標 公認心理師制度の光と影を見極める
謹んで新春のお慶びを申し上げます。
新年のご挨拶に際して、まずは能登半島を中心とした地震で被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。自然災害に端を発するさまざまな脅威に対して少しでも安心できる場が提供されることを祈るばかりです。臨床心理iNEXTとして、安心をサポートできる心理支援の学習を今年のテーマに据えていく所存です。
さて、今年は、公認心理師法が成立して9年になります。この9年間において公認心理師制度の輪郭が明らかになってくるとともに、その光と影の側面も見えてきました。臨床心理iNEXTは、その公認心理師制度の光と影を見極めながら、今年の「心理職ワールドの見通し」と「活動目標」を以下のようにたてました。
2.公認心理師制度と共生するための活動方針
2024年を迎えて心理職界隈では、公認心理師制度の影響がさらに一層強まると予想されます。それは、心理職にとってプラスの影響だけでなく、マイナスの影響も大きくなっていくことを懸念しています。プラスの側面としては、厚生労働省公認心理師制度推進室の主導で、さまざまな学派でバラバラであった心理職の教育と活動の方針の統一が進むでしょう。
しかし、それは、同時に公認心理師制度の管理が強まってくることでもあります。そのような管理によって、心理職の主体性と専門性の発展が妨げられることも懸念されます。それが、公認心理師制度のマイナスの影響であり、影の側面です。
そこで、臨床心理iNEXTでは、以下の3つのテーマを掲げて心理職の学習と技能向上を目指します。なぜ、この3テーマを選んだかについては、本誌次号で解説します。本号では、公認心理師制度の実態を見ていくことにします。
主要テーマの学習方法については、これまでは「動画教材」と「研修会」による一方的な提示だけでした。しかし、今年度は、昨年後半スタートした「iCommunityでの情報共有や意見交換」と「対話集会」を加えて、相互的な学習を深め、実践技能の向上を推進する活動を積極的に展開することとします。
以下において、上記のテーマが必要となる背景として、公認心理師制度の現状について見ていくことにします。
3.公認心理師法成立前の心理職ワールド
かつての日本の心理職界隈は、精神分析やユング派、クライエント中心療法や行動療法など、各学派の理論モデルを重視し、その理論に従って心理療法を実践することが優先されていました。各学派の理論を学ぶ人同士が集まり、グループを形成し、さらに学会を設立することもありました。
そこでは、学派の理論に基づくカウンセリングや心理療法の実践を深化させ、学派活動を拡大することが目的となっており、非常に学派性の強い活動が展開されていました。そこで各学派の専門性が磨かれていったと言えます。
ただ、こうした学派ごとの活動だけでは、時として利用者のニーズよりも、自分たち学派の理論に基づく心理療法の実践が優先される傾向も見られました。
また、実践方法も、各学派の心理職が個別に(あるいは個人的に)開設する施設に利用者が来談し、心理療法を受ける形態のプライベイト・プラクティスが基本となっていました。しかし、それでは、心理支援を受けられる人は、限られて少数の人々に止まらざるを得ませんでした。
4. 公認心理師制度の“光”の側面
そこに国家資格である公認心理師が登場し、心理支援を公共のものにすることが宣言されました。そこでは、プライベイト・プラクティスからパブリック・サービスとしての心理支援への移行が目指されることになりました。学派性ではなく、公共性が目指されることになったわけです。
これは、心理職ワールドにおいては、根本的な変革でした。そのために公認心理師制度では、「到達目標」の名の下に全国統一の教育カリキュラムが制定され、その実行が求められるようになりました。公共性を確保するためには、統一の教育カリキュラムに基づくサービスの均質性が担保されている必要性があったわけです。
パブリック・サービスという活動モデルと、そのための統一的教育カリキュラムが形成されたことは、学派性の強く、個々の心理職が自分の信じる理論や技法に拘り、社会性が希薄であった日本の心理職ワールドでは、成し得なかった発展です。まさに公認心理師は、心理職にとっては新しい時代の幕開けでした。その点が公認心理師制度の“光”の側面です。公認心理師法が成立した2015年時点では、上記の光の側面が前面に出ており、将来に向けて希望もありました。
5.公認心理師制度の“影”の側面
ところが、次第に公認心理師は、光の側面だけでないことが明らかになってきました。2017年に公認心理師法が施行となり、制度が具体的にスタートし、今年で7年目を迎えました。この間に公認心理師制度における懸念点も出てきました。最初に明確な形で現れたのは、公認心理師試験の内容でした。医学や法律の問題が多く、しかも偏った内容の設問が散見され、制度の背景に医療や行政の影の力が強く反映していることが透けて見えました。
公認心理師法42条第2項「当該支援に係る主治の医師があるときは、その指示を受けなければならない」と規定されていることから、公認心理師が医療の影響下に置かれることは当初から予想されたことです。また、司法、福祉、教育などの“公共”機関で働く場合には、行政職の指示を受けることになり、行政の影響下に置かれることは当然予想されることです。
日本の場合は、医療や行政においては権力のヒエラルキーによる管理体質が非常に強いので、公認心理師はその下位の職種として強い管理を受けることになることが予想されます。
私(下山)は、この権力による管理という公認心理師制度の影の側面が2024年には、さらに明確な形で感じられるようになるのではないかと懸念しています。というのは、昨年末から始まった公認心理師の法定研修会※)に出席して、それをはっきりと感じたからです。そこでは、制度に従うことへの強制力を強く感じました。そして、それは、益々強くなっていくだろうとの、確かな予感もあります。
※)https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_32992.html
6.「到達目標」への懸念
公認心理師制度は、高い「到達目標」を掲げています。そして、その高い目標を達成するのが公認心理師であるという建て付けになっています。確かにそれだけ見ると、公認心理師制度は、高邁な実践をする資格制度のように思えます。
しかし、この到達目標として設定されている内容は、欧米では臨床心理学の博士課程を修了して博士号を得た心理職が実践できる、とても高度な専門的な知識や技法から構成されています。
欧米の臨床心理学は、保健・医療分野の活動にほぼ限定された内容になっています。教育、福祉、司法、産業といった別の分野においては、それぞれ学校(教育)心理学、カウンセリング心理学、法心理学、産業(組織)心理学といった専門があり、それぞれの専門職がいます。
ところが、日本の公認心理師は、その5分野を全て網羅しており、世界比較でも際立ってオールマイティな資格となっています。それなのに2年間の修士課程(あるいは学部卒で指定機関での研修)のみで、その高度な、しかも5分野という超広範囲の内容をカバーする知識と技能の習得が求められています。「そんなことができるのだろうか」というのが、普通の心理職なら当然感じて良い不安です。
7.公認心理師制度の“影”の正体
私は、当初は「到達目標は、公認心理師試験のみに適用される、知識レベルのこと」と認識していました。しかし、到達目標は、大学院修士課程において、さらには院生の学外実習の受け入れ先でもそれを遂行することが求められていたのです。
これは、かなり無茶な要求です。その実行を求めることは、大学院での心理職教育の実態や、現場での心理職の厳しい就労状況を無視した要求にも見えます。
このような到達目標の達成要求の結果、どのようなことが起きるのでしょうか。確実に言えることは、このような無茶を押し付けられたのでは、心理職の、本来あるべき養成プロセスが踏めなくなってしまうかもしれないということです。さらに、高度で広範囲の内容を学んだとしても、現状では常勤職は非常に限られており、多くは非常勤の掛け持ちです。しかも待遇も恵まれているとは言い難い状況です。これでは、学生や若手の心理職は将来に向けての光が見えずに希望を持ちにくくなってしまいます。
公認心理師制度における懸念に気づけば気づくほど、制度とどのように共生するのかが心理職の主体性と専門性の未来を左右することがわかってきます。その点で今年は心理職にとって大きな転換期になるだろうと感じています。
8.さあ!3/3国家試験までどう過ごす?
このように公認心理師の影の側面も目立つようになっています。しかし、心理職界隈は、公認心理師制度を軸に進んでいくことは国家の既定路線であり、変わることは難しいでしょう。
そこで、重要となるのが、①公認心理師制度とどのように共生するかということ、そして②公認心理師制度で抜け落ちてしまう懸念がある心理職の主体性や専門性を発展させる場をどう補うかということです。そのために臨床心理iNEXTは、冒頭に述べた3つのテーマを今年の目標としたわけです。
3つのそれぞれのテーマの具体的内容は、次号で詳しく解説することとして、今回は急ぎ、3つ目のテーマである「学生や若手心理職の学習支援」の「受験対策」について見ていきます。
今年の公認心理師の資格試験の実施は3月3日です。
これは、医師(2/3-4)、保健師(2/9)、看護師(2/11)、薬剤師(2/19-20)となっていることからも分かるように医療関連職の国家試験日程に準じることを意味しています。教育、資格試験、就職が一連のセットになっている医師、薬剤師、保健師、看護師などとは異なり、心理職の就職プロセスは未確立です。にもかかわらず、公認心理師を目指す院生は、修士課程2年時に学外実習、修士論文の研究と執筆、3月に国家試験準備、そして就職活動を同時並行で進めることになります。
9.第7回公認心理師試験の直前対策を伝授
第7回公認心理師試験は、現役受験生が修士課程在学中の3月3日に初めて実施されます。受験申込受付期間2023年12月11日(月)から2024年1月9日(火)(消印有効)までであり、試験は3月3日(日)、合格発表は3月29日(金)となっています。
このため、修士課程の2年生は、授業の単位を取得するだけでなく、現場実習を受けつつ、研究を進めて修士論文を作成・提出し、修了単位を取得するとともに、試験準備をして受験し、さらに就職活動も進めるという、超過密スケジュールを余儀なくされます。修士論文を提出してほっとしている暇なく、3月3日の試験の準備をしなくてはなりません。しかし、実際に気分を切り替えて受験準備をするのは簡単ではないと思います。
そこで、臨床心理iNEXTでは、冒頭で示したように公認心理師試験のバイブルとなっている「赤本 公認心理師国試対策2024(講談社)」の著者である河合塾KALSの宮川純先生を講師として招き、試験の傾向と対策についての講義と、その後に参加者との対話集会を実施します。
対話集会では、参加者の皆様からの「直前3週間をどのように過ごすのか?」、「どのような試験対策と準備をするのがよいか?」、「どのようなことに気をつけたらよいか?」等々、試験に関連する質問をなんでも受け付けます。修士課程2年生だけでなく、公認心理師試験の受験を考えている修士課程1年生や学部生も参加できます。
また、臨床心理iNEXTのiCommunityに参加すれば無料で対話講習会に参加できます。それだけなく、iCommunity内の掲示板で宮川先生を含むメンバーで自由な対話ができ、仲間で支え合う場を得ることができます。多くの皆様のご参加をお待ちしています。
※iCommunityの詳細や登録方法は、マガジン41-1号をご参照ください。(https://note.com/inext/n/n3277c86a6a66
■記事校正 by 田嶋志保(臨床心理iNEXT 研究員)
■デザイン by 原田優(公認心理師&臨床心理士)
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