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『シャンカラーバラナム 不滅のメロディ』楽曲の解説

『シャンカラーバラナム 不滅のメロディ』字幕の監修を担当された大東文化大学・国際関係学部の小尾淳准教授に、カルナータカ音楽の基礎用語と個別の劇中歌について解説をしていただいた。

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【インド古典音楽について】

インド古典音楽(シャストリア・サンギータ)は大きく2つのスタイルに分けられる。
インドでは古来より「ヒンドゥー教」の神々を称える賛歌が歌われてきた。13世紀初頭に北インドにイスラーム王朝が成立して以来、ヒンドゥーの音楽伝統とペルシャの影響を受けたイスラーム的要素が融合し、北インド古典音楽(ヒンドゥスターニー音楽)が形成される。他方、南インドでは7~8世紀頃に起こった大衆的な宗教運動以来、ヒンドゥー教の賛歌の伝統が色濃く残る。体系化された音楽理論と優れた音楽家/楽聖の登場によって南インド古典音楽(カルナータカ音楽)が確立し、南インド各地の藩王国の庇護により音楽文化が栄えた。

【ラーガとターラについて】

ラーガはインド古典音楽の重要概念で旋律を構築するための規則。一つのラーガは上昇音階と下降音階から構成されるが、音階通りに演奏すればラーガになるという訳ではない。特定の音階に基づき、ラーガ固有のメロディ、典型的なフレーズ、音の独特な動き、装飾音などによってラーガのムードが作り出される。因みにインドのドレミは「サリガマパダニ」と言い、ラーガは主音のサと完全五度のパ以外に半音を加えた12音のいずれかの組み合わせで構成される。

北インド古典音楽(ヒンドゥスターニー音楽)では 感情、季節、時間などに即したラーガの分類があるが、流派によって解釈が異なる場合があり体系化には至っていない。一方、南インド古典音楽(カルナータカ音楽)では17世紀に72の親ラーガ(メーラカルタラーガ/ジャナカラーガ)の理論が確立されて以来、そこから派生したものとして無数の子ラーガ(ジャニヤ・ラーガ)を体系的に説明することが可能とされる。南北で類似したラーガも多く存在するが名称は異なる。頻繁に演奏されるラーガは数百あり、理論的には数千種とも言われる。

一方、ターラとはリズムを構築するための拍節法、リズム・サイクル。北と南ではターラの理論が異なるが、演奏の間ある拍子が繰り返された後、最後に一拍目に戻るという規則は共通している。拍子は手指を使ってカウントされる。例えば南インド古典音楽で最も頻繁に用いられるアーディターラ(8拍子、4+2+2)はクラップ(手のひら)、小指、薬指、中指、クラップ、ターン(手の甲)、クラップ、ターンで表される。また、南インド古典音楽では5拍子、7拍子といった奇数拍子もポピュラーである。

【楽曲解説】

①ラーガとターラ ②分類 ③成立年代/作曲・作詞家 ④歌いかけられている神の名

1.オームカーラ・ナーダンガル(♪聖音オームが響き渡り):タミル語

①ラーガ:シャンカラーバラナム(Shankarabharanam)
 ターラ:アーディ(Adi)
※「古典音楽風」の曲ということで①はあえて適用した場合
②映画音楽
③現代/作曲:K・V・マハーデ―ヴァン(K. V. Mahadevan、1918-2001)
④特定の神というよりは、シャンカラーバラナムというラーガ、あるいは音楽そのものを称えている。

【補足】
(a) シャンカラーバラナムは西洋音楽のメジャースケール/長音階に相当し、数多ある南インド古典音楽ラーガの中でも極めてポピュラーであり、同時に奥が深いものの一つとして知られる。
(b) この挿入歌では8世紀の思想家で「不二一元論」の開祖「シャンカラ」の意も包含していると思われ、本作品の裏テーマ「梵我一如」“ブラフマン(宇宙の根本原理)とアートマン(個人の本体)の合一”を暗示しているだろう。
(c) 歌詞で言及されている「ティヤーガラージャ」という作曲家はカルナータカ音楽を代表する楽聖。不二一元論を信奉し、音楽を通して神に身を捧げたことからこの楽曲で表敬されている。

2.ラーガム・ターナム・パッラヴィ(♪ラーガム ターナム パッラヴィ):タミル語

①適用外
②映画音楽
③現代/作曲:K・V・マハーデ―ヴァン
④シヴァ神やヴィシュヌ神の名前も言及されているが、様々なラーガを引用して音楽そのものを称えている

【補足】
「ラーガム・ターナム・パッラヴィ」とは南インド古典音楽の歌曲形式の一つ、通称RTP。完全な即興演奏でありきわめて高度な技術を要する。3つの主部①ラーガ(特定のラーガの魅力を余すことなく伝える導入部)②ターナム(タ・ナム・トムなどの音でラーガを表す中間部)③パッラヴィ(1行~複数行の詩を様々なリズムに乗せて3つのスピードで演奏する展開部)から構成される。さらに音名(サリガマパダニ)をリズムに乗せて演奏するカルパナ・スワラやパッラヴィの歌詞を様々なメロディで繰り返し演奏するニラヴァルというカルナータカ音楽におなじみの2種の即興演奏も差し挟むことにより数時間以上にまで発展させることが可能である。なお、このサントラは映画音楽でありRTPの形式とは別物である。
※パッラヴィはRTP以外の楽曲では「主旋律」の意で用いられる。

3.シャンカラー・ナーダシャリーラー(♪シヴァ神よ、音楽の化身である神よ):タミル語

①ラーガ:マッディヤマーヴァティ(Madhyamavati) 
 ターラ:アーディ
②映画音楽
③現代/作曲:K・V・マハーデ―ヴァン
④シヴァ神

4.イェー・ティールガ・ナヌ(♪どうすればお慈悲を):テルグ語

①ラーガ:ナーダナーマクリヤ(Nadanamakriya)
 ターラ:アーディ
②古典曲 
③17世紀頃/バドラーチャラ・ラーマダース(Bhadrachala Ramadasu、1620?-1688)
④ラーマ神
【補足】
バドラーチャラ・ラーマダースはカルナータカ音楽界ではポピュラーな楽聖である。バドラーチャラム(現テランガーナ州)の裕福なバラモン家庭に生まれ、カーンチャルラ・ゴーパンナと名付けられた。300曲ほどの作品を残し、ほとんどがテルグ語で書かれている。ムッドラー(signature、楽曲終盤の歌詞に織り込まれる作詞家の名前)はバドラーチャラ他。

5.ブローチェー・ヴァーレヴァル・ラー(♪救いをもたらすお方よ):テルグ語

①ラーガ:カマース(Khamas) 
 ターラ:アーディ
②古典曲
③19世紀後半~20世紀半ば/マイソール・ヴァースデーヴァーチャール(Mysore Vasudevachar、1865–1961)
④ラーマ神
【補足】
マイソール・ヴァースデーヴァーチャールはティヤーガラージャの直系の弟子にあたる。インド政府よりパドマブーシャン受賞。晩年は、南インド古典舞踊の復興者の一人であるルクミニー・デーヴィーの依頼により、マドラスのカラークシェートラ(芸術学校)でも教えた。ムッドラーはヴァースデーヴァ(Vasudeva)他。

6.マーナサ・サンチャラレー(♪心よ 巡礼に赴くがいい):テルグ語

①ラーガ:サーマ(Sama)
 ターラ:アーディ
②古典曲
③18世紀頃/サダーシヴァ・ブラメーンドラ(Sadasiva Brahmendra)
④ヴィシュヌ神(クリシュナ神)
【補足】
サダーシヴァ・ブラメーンドラは、現タミル・ナードゥ州マドゥライのバラモン家庭に生まれた。作曲家であり不二一元論の哲学者。サンスクリット語とテルグ語で詩を書いた。残された作品はわずかであるが名曲ぞろいとして歌い継がれている。ムッドラーはパラマハンサ(Paramahamsa)。

7.サーマジャ・ヴァラガマナ(♪巨象のごとき威容のお方):サンスクリット語+タミル語

①ラーガ:ヒンドーラム(Hindolam) 
 ターラ:アーディ
②古典曲/ティヤーガラージャ(Thyagaraja、1767-1847)
③18世紀後半~19世紀前半
④クリシュナ神
【補足】
ティヤーガラージャは、現タミル・ナードゥ州ティルヴァールールのバラモン音楽家の家庭に生まれた。楽曲はほとんどがテルグ語とサンスクリット語で書かれている。カルナータカ音楽への多大な貢献に加え、不二一元論の信奉者でもあり、音楽を通じて人生をラーマ神に捧げた生き様が今日でも崇敬の対象となっている。ムッドラーは同名。
※中盤のデュエット部分は、K・V・マハーデ―ヴァンによる現代曲で、歌詞はタミル語。

8.マーニッキャ・ヴィーナー(♪ルビーで飾られたヴィーナー):サンスクリット語

①ラーガ:カルヤーニ(Kalyani) 
②古典曲
③4~5世紀頃/作詞:カーリダーサ(Mahakavi Kalidasa)
④シャーマラー女神(マータンギー、ドゥルガー、サラスヴァティーなどの女神と同一視される)
【補足】
この詩は1行に26音節を含むダンダカムという詩形で書かれており、通称“Syamala dandakam(シャーマラー女神のダンダカム詩)”と呼ばれる。

9.パルケー・バンガーラマーエナー(♪黄金の言葉を発するお方):テルグ語

①ラーガ:アーナンダバイラヴィ(Anandabhairavi) 
 ターラ:アーディ
②古典曲
③17世紀/バドラーチャラ・ラーマダース
④ラーマ神

10.キダイックマー・イドゥ・ポーンラ・セーヴァイ(♪何という恩寵か):タミル語

①ラーガ:カルヤーニ
 ターラ:アーディ
②映画音楽
③現代/作曲:K・V・マハーデ―ヴァン
④シヴァ神と師(グル)

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『シャンカラーバラナム 不滅のメロディ』のキャストやスタッフ、ロケ地などについてのトリヴィアは以下を参照。

▼シャンカラーバラナム 不滅のメロディ 作品トリヴィア
https://note.com/india_film/n/ncdb564df01d0


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