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『シャンカラーバラナム 不滅のメロディ』作品トリヴィア/ インディアンムービーウィーク2022

インド映画の「芸道もの」の古典、『シャンカラーバラナム 不滅のメロディ』のトリヴィアを紹介します。

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〝扉が閉まらないほど〟盛況となった過去の日本上映

『Sankarabharanam』は1979年(劇場での封切りは1980年)のテルグ語作品。吹き替え版やあるいはオリジナルそのままで、南インド全域でヒットとなった。日本では1985年の「第二回インド映画スーパーバザール(春)」で『シャンカラバラナム』として英語字幕付きで上映され、「ホールの扉が閉まりきらないほど」の人気となった作品(注1)。その後2003年の国際交流基金による「インド映画祭2003」で『シャンカラーバラナム 魅惑のメロディ』として日本語字幕付きで上映され、さらにファンを増やした。フィルム時代の作品であるため今日の映画館での再上映は難しい状況だが、2015年にタミル語でのデジタル・リマスター版が製作されたため、インディアンムービーウィーク2022での紹介が可能となった。

注1:Asicro People file no.3 松岡環さん

2015年リマスター時には、S・P・バーラスブラマニヤムをはじめとしたオリジナルでのプレイバックシンガー全員が参集して新たにレコーディングを行なった。オリジナルの楽曲のうち、テルグ語やサンスクリット語の古典曲はそのまま同じ歌詞で、1979年版のために映画音楽として作曲された曲にはタミル語の歌詞が新たに付与された。

監督K・ヴィシュワナートとキャスティング

監督は、巨匠と言われながらも近年は脇役俳優として姿を見ることが多いK・ヴィシュワナート。1930年に今日のアーンドラ・プラデーシュ州グントゥール地方に生まれ、音響技師として映画界に入り、1965年に監督デビュー、文芸的な要素を持つ作品を多く手掛けていた。本作の製作当時から、すでにテルグ語映画界はアクションを主軸に据えたマサラ映画が中心で、完成した本作を引き受けようという配給会社を見つけるのは難航した。(注2)

注2:K・ヴィシュワナートのインタビュー Lessons in Direction

極めて低調な宣伝のもとでひっそりと公開された本作だったが、公開後の口コミが口コミを呼び雪崩的なヒットになり、国家映画賞など多数の映画賞も獲得することになった。本作の大成功に刺激され、パフォーミング・アートに従事する芸術家の生き様を描く「芸道もの」が多く作られるようになり、ヴィシュワナート自身も『Saagara Sangamam』(1983、未)『Sirivennela』(1986、未)などの名作を続けて世に送り出し、芸道ものの第一人者と見なされるようになった。

主人公の声楽家役については、当初アッキネーニ・ナーゲーシュワラ・ラーオ(ANR)が考えられていたが、結果としては舞台俳優のソーマヤージュル(注3)に振られることになった。50代に差し掛かっていたソーマヤージュルにとっての初本格的映画出演であり、本作のヒットによってその後も同じような役柄での出演オファーが多く舞い込むことになった。

注3:IMW2022のチラシなどでソーマヤージュルの名前が誤って「ソーマラージュル」となっていました。お詫びして訂正します。

参考:ソーマヤージュルのidlebrainによるバイオグラフィー

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ヒロインを演じたマンジュ・バールガヴィはプロの舞踊家。アーンドラ・プラデーシュ州の伝統舞踊であるクーチプーディの専門家である彼女も、本作によって脚光を浴びることになったが、映画女優としてはその高身長がブレイクを阻害したとも言われている。その後も時おり映画への出演をしながらも、舞踊家としてのキャリアを追求して今日に至っている。

参考:2019年のマンジュ・バールガヴィへのインタビュー

ヒロインの息子シャンカラを演じた女性子役トゥラシ(成人して結婚してからの名はトゥラシ・シヴァマニ)も本作がデビュー。『サルカール 1票の革命』では、州首相の夫人役で出演していた。

村の学校の先生カーメーシュワラを演じたチャンドラ・モーハンは現在もテルグ語映画界の性格俳優として活躍中。その恋人のシャーラダを演じたラージャラクシュミ・チャンドゥは本作でデビュー。その後も南インド4言語の映画とTVで息の長い活動を続けている。シャンカラ・シャーストリの親友の弁護士を演じたアッル・ラーマリンガイヤは、1950年代から活躍した喜劇俳優で、現在のテルグ語映画界のトップヒーローの一人であるアッル・アルジュンの祖父。

作品のモデルとされる人物

本作はフィクションではあるが、発想の元になったのは、南インド古典音楽(カルナータカ音楽)(注4)の声楽の大家マンガランパッリ・バーラムラリクリシュナ(1930-2016)の前半生だったという説もある。彼は、楽聖ティヤーガラージャの四世代目の直弟子パールパッリ・ラーマクリシュナイヤ・パントゥル(1883-1951)に幼くして入門し、8歳の時に初めての単独コンサートを行ったという。

注4:「カルナータカ音楽」とは、現在の地理的区分であるカルナータカ州とは直接の関係はない。英国統治時代に南インドのうちのベンガル湾沿いの地域をカルナーティック地方と呼んだことに由来する。

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カルナータカ音楽の声楽の大家、マンガランパッリ・バーラムラリクリシュナ

成人した後のバーラムラリクリシュナは、古典音楽の世界で巨匠として君臨する一方で、映画の中の古典曲でプレイバックシンガーをつとめることもあり、また僅かではあるが映画出演もしていた。本作の製作が決まった時も、当然のこととしてソングの吹き替えのオファーがなされたが、彼は何らかの理由で返事を保留にし続けていた。困った製作者側は、代替として当時プレイバックシンガーとして頭角を表しつつあったS・P・バーラスブラマニヤム(以下SPB)を抜擢した。SPBは売れっ子だったが古典声楽を体系的に学んだ経験はなく、この抜擢はかなりの冒険だった。これを聞いたバーラムラリクリシュナは激怒して激しく批判した。そのような状況下で作曲家のマハーデーヴァンと助手のプハレーンディはSPBに古典声楽の集中的な特訓を行い、録音に臨ませた。その努力は本作のヒットと高評価によって報われ、後にバーラムラリクリシュナも考えを改めたという。

参考:S・P・バーラスブラマニヤムの公式サイト

参考:Inside Story: How SPB Got The Chance To Sing Sankarabharanam Songs!(Sakshi Postの2020年の記事

作品の舞台と撮影地

本作の舞台の設定は、沿海アーンドラ地方のクリシュナー川沿いのどこか。川沿いのシーンのロケ地はアマラーヴァティであると言われている。また、「ラーガム・ターナム・パッラヴィ」の曲中でヒロインが踊るのは、カルナータカ州マレナード地方に残るホイサラ朝の著名建築であるチェンナ・ケーシャヴァ寺院(ベールール)とホイサレーシュワラ寺院(ハレービード)。どちらも建築としてだけではなく、その壁面を飾る彫刻でも有名で、本作の踊りでもそのポーズが模倣されている。前者の外壁にある「ダルパナ・スンダリ(鏡を見る美女)」という作品(下写真の左のもの)は特に有名で、しばしばカルナータカ州の観光ポスターに採用されている。

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また、シャンカラ・シャーストリの娘シャーラダがお参りに行く丘の上のお寺は、アーンドラ・プラデーシュ州カーキナーダ県アンナヴァラムにある、シュリー・ヴィーラ・ヴェンカタ・サティヤナーラーヤナスワーミ寺院で、ヴィシュヌ神を祀る。

「シャンカラーバラナム」とは

「シャンカラーバラナム」とは、サンスクリット語のシャンカラ(シヴァ神のこと)とアーバラナム(宝飾品)が合わさったもので、シヴァ神の首に巻きつく蛇のことを指す。ヴァースキとも呼ばれるこの蛇は、シヴァ信仰のシンボルのひとつ。シヴァ神に帰依するシャンカラ・シャーストリ、あるいは彼を慕うトゥラシのメタファーであるともいえる。本作には後に続く「芸道もの」の多くの作品の規範となった面も多く、ヒンドゥー教の信仰と求道との巧みな重ね合わせ、カーストによる隔て=「芸に従事する資格とされるもの」の問題、師から弟子への伝承、役目を全うした芸術家の死、などといった要素は他作品にも受け継がれ、定番となっていった。

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本作によってカルナータカ音楽とその楽聖たちに興味をもったら、以下の映画作品などを観てみるのもいいだろう。

1.Tyagayya(テルグ語、1981年)
カルナータカ音楽の楽聖として筆頭に上がるティヤーガラージャ(1767-1847)の伝記映画。ソーマヤージュルがタイトルロールを演じる。『シャンカラーバラナム 不滅のメロディ』の中では、「♪巨象のごとき威容のお方」(Saamaja Varagamana)がティヤーガラージャの作曲。

2.Mahakavi Kalidasu(テルグ語、1960年)
カーリダーサは4~5世紀ごろのサンスクリット語の詩人・劇作家。『シャンカラーバラナム 不滅のメロディ』の中では「♪ルビーで飾られたヴィーナー」(Manikya Veena)がカーリダーサの作詞。カーリダーサの伝記映画はインド映画史の中で各言語で何度も作られきたが、テルグ語圏で親しまれているのはANRがタイトルロールを演じた1960年版。下写真の左がDVDのジャケット。

3.Sri Ramadasu(テルグ語、2006年)
17世紀の聖人ラーマダースをナーガールジュナが演じる。『シャンカラーバラナム 不滅のメロディ』の中では、「♪どうすればお慈悲を」(Ye Teeruga Nanu)と「♪黄金の言葉を発するお方よ」(Paluke Bangaramayena)がラーマダースの作曲。この2曲に共通するラーマ神への熱烈な信仰とラーマ神の姿を目にすることへの渇望は、『Sri Ramadasu』を見ることによってより深く理解できるはず。下写真の右がDVDのジャケット。

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左:Mahakavi Kalidasu 右:Sri Ramadasu

劇中の個別の楽曲については、字幕監修を担当された小尾淳氏による解説あり。記事はこちら

【作品情報】

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監督:K・ヴィシュワナート
出演:ソーマヤージュル、マンジュ・バールガヴィ、トゥラシ・シヴァマニ、アッル・ラーマリンガイヤ、チャンドラ・モーハン、ラージャラクシュミ・チャンドゥ、サークシ・ランガーラーオほか
音楽:K・V・マハーデ―ヴァン
ジャンル:ドラマ/ミュージカル
映倫区分:G
1979年(2015年リマスター版)/タミル語/136分
©Poornodaya Art Creations

▶︎上映日程は こちら

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