感想: 中公新書「都市の鳥の生態学」、と余計なおまけ(1,736字)

「都市の鳥の生態学」(唐沢孝一著, 2023年, 中公新書)を読んだ。
中公新書って文系のイメージが強いですが、出てくる生物系の本はいずれも面白いですね。中にはかなり専門的なものもあるけれど、この本は「自然が好き」くらいの人に薦められると思う。海深く、山深く入らんでも「面白い自然」というものはそこらにある、ということがよく分かる本です。

著者は東京都心とその周辺でどういった鳥が観察されるのか、またどういった生活を送っているのか、長年の観察の結果をまとめている。街の鳥、というとスズメ、ツバメ、カラスが思い浮かぶけれどもそれだけではない。近年増えている、イソヒヨドリやカワセミや猛禽類などの東京近郊での生態をまとめている。

以前海のそばに住んでいたころ、私はそこで青と朱色のコントラストが美しい鳥を初めて見た。気になって調べ、「イソヒヨドリ」という名前を知り、「やっぱ、海の近くにいるからイソ(磯)ヒヨドリというのか」と納得していたのだが、その後内陸部に引っ越してそこでもイソヒヨドリがいるのでびっくりした記憶がある。実際、近年内陸部でも個体数が急増している種で、2017-2018年頃には東京の八王子市で巣が倍増していることが報告されている(本書p.15-16)。

スズメやツバメは最も身近な野鳥だけれどもその生態について知らないことが多く、大いに勉強になった。カラスについては2000年以降の都心部での大幅な個体数の減少が報告されており、バブル期に増えていたゴミの量の減少との関連等を示唆している(p.162-171)。

印象深かったのは、都市部での猛禽類(タカ、ハヤブサ、フクロウ)の増加である(第6章)。六本木ヒルズでハヤブサが観察されるなど都心部への進出が報告されているそうである(p.206)。その他、港区の自然教育園でオオタカが、都心の緑地でフクロウが観察されているという(p. 216, 226)。

私は進化生物学を学んできたのだが、ウン万年からウン千万年という単位が普通である。(専門ではないが)生態学は、「数十万年から数千年かけて築き上げられた現在の生態系を解明する学問」というふうに理解している。が、都市では数十年単位、もしかすると数年単位で、鳥の生態系が激しく変化する。私がこうして目にしている鳥たちのあり方も、私が老人になった頃には全然違っていたとしてもおかしくないのだ。これは想像を遥かに超えるスピード感であり、眼から鱗が落ちる思いだった。
どうしても生物学は自然を相手にする学問だ、という意識があって都市部の生物については研究があまり進んでいないように思うけれども、もしかしたらとんでもない鉱脈が眠っているのかもしれない。

個人的なわがままだが、本書と同様の内容で「その他の都市圏版」を見てみたい。著者が関東近郊在住なので当然この本は東京を中心とした話になるが、おそらく大阪、名古屋それぞれの都市でそれぞれの「鳥の生態系」ができているだろう。そういった話も機会があれば読んでみたいと思った。

本書の内容から離れるが、「市民研究家」について考えてみたい。
著者の唐沢孝一氏はもともと都立高校の教師であり、いわゆる「大学の先生」ではないが、鳥類に対する知識や観察経験では先生方に劣るものではないだろう。
私自身の研究活動の中でも「この山の蝶についてだったらooさんというおじさんが一番詳しい!」みたいな「プロではないが、ある一面に関しては専門家以上に詳しいアマチュア」の話を数多く見聞きしてきた。博士号取得を絶対必要条件とする理系の世界では専門家扱いされず、なかなか可視化されないので分かりにくいけれども、こういった人たちが日本の生物多様性に関する研究を支えている。
学問の世界では、「論文の被引用回数」とか「ノーベル賞受賞回数」みたいな数字に繋がるプロの専門家の活動しか評価されない、されにくいものだけれども、実際には、市民研究家による層の厚さによって(少なくとも生物学分野においては)基礎研究が支えられている面がある。もちろん英語で専門論文を書くことが研究者の一番大切な仕事だけれども、やっぱり一般向けの活動というもの大事なのだ、という風にも改めて考えされられた。

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