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インバウンド観光 再出発のガイドライン 全60000字、公開します!

 2020年東京五輪開催が一転、新型コロナウイルスにより4月以降の訪日外国人観光客数は前年比マイナス99%、と一気に消失しました。

 全世界の旅行需要も落ち込み、日本のインバウンド観光戦略も見直しが必須になりました。しかし、2011年の東日本大震災という難局を経て7年後には3000万人を超える訪日客を集めた日本。その急成長の問題点と成功要因を振り返り、危機後の消費者変化と自国の優位性を理解すれば、やるべきことが見えてきます。インバウンド観光に関わる産官学の多彩な面々がFacebookグループ上で集結し、知見を持ち寄りました。

 本ガイドラインは、執筆者の方々をはじめ、合計2000人のグループに参加している皆様、オンラインイベントに参加頂いた方によって生まれました。総文字数6万字を超えました。アイキャッチのビジュアルに関しては、日本デザインセンターの原研哉氏にお借りしました。本ガイドラインのイメージをこれ以上なく表しています。

 この8ヶ月間、様々な方と話してわかったのは、日本の魅力を世界に届けていきたいという思いを持ち、インバウンドの可能性を強く信じている人が沢山いるということです。しかし、世の中の空気として「インバウンドはもう終わりだ。日本国内だけの観光でいい。」があるのも事実です。

 本ガイドラインが世の中に広がることにより、日本に全国にいる思いを持った人の地域の今後のインバウンド推進の後押しとなり、武器となり、同時に道標となるものにしたいと思っています。今回公開したものが完成版ではなく、様々な人の意見を通じて、アップデートしていきます。

 2020年代インバウンド観光復活へ向けて、あるべき観光地運営のガイドラインを、日本で観光に関わるすべての人にお届けします。(PDF版はこちら)

MATCHA 青木優

■プロジェクトについて
2020年5月、Facebookグループ「今だからこそできるインバウンド観光対策」を立ち上げ、2000人を超える業界関係者が参加。7月には約3000人の聴講者を集め86人の専門家が登壇した「日本インバウンドサミット2020 / -99.9% 日本のインバウンド観光逆転のシナリオ」をオンラインで開催。8ヶ月にわたり観光業界から産官学のスペシャリストをゲストに迎え、毎週オンラインで会議を実施。日本各地で観光振興に取り組む自治体やDMO向けに「インバウンド観光 復活のガイドライン」(仮)を制作、12月に完成版をオンラインで公開し、以降もマルチチャネルで拡張、拡散させていく予定。


第1章 「やっぱりスゴかった、日本の観光」
急成長の観光産業は人口減少国、日本の生き残り策

■本章のポイント
・日本の国際観光収入は世界7位。観光大国TOP10中でも群を抜く高成長。
・国内も含む観光収入で日本は世界3位。関連業種規模も軒並み過去最高。
・輸出品目2位インバウンドで、人口減時代の外貨獲得と国民生活維持を。


国際観光収入は世界7位。10年間で4.5倍と先進国一番の急成長。

 2019年10月、自国開催のラグビーワールドカップで初のベスト8入りを果たし、世界ランキングも8位に上昇したラグビー日本代表。10年前には決して勝てると思えなかった世界の強豪国を撃破した快進撃は、ラグビーファンのみならず日本国民全体を熱狂させました。

 第1章では、同様に日本の観光産業が2010年代の過去10年間に急成長した結果、世界の観光大国の中でどのような位置にいるのかを確認し、国内総生産(GDP)や雇用、観光業界にどのような影響があったか。2020年新型コロナウイルスの流行により世界的に旅行需要が失われた中で、観光業の可能性をあらためて振り返っていきます。

 2016年3月、政府は「明日の日本を支える観光ビジョン」を策定、2020年に訪日外国人4000万人と同消費額8兆円、2030年には訪日客6000万人、消費額15兆円という新たな目標を定め、観光資源の魅力を極めて産業の国際競争力を高めるための実行プランが打ち出されました。

 その後、2019年の訪日外国人数は3188.2万人、訪日外国人消費額は4兆8135億円となり、2011年の621.9万人、8135億円から5倍以上に急伸しました。では、この日本のインバウンド消費額は、世界で何位に位置するでしょうか?

・国際観光収入TOP10(100万USドル)

国際観光収入

出典:国連世界観光機関(UNWTO) 「Tourism Data Dashboard」より制作

 2019年には461億USドルで、日本は前年9位から7位に上昇。この勢いが続けばイタリアとイギリスを抜いて翌年には5位に入ることも射程圏内、というところまで来ていたのです。特筆すべきは日本の成長率で、2009年との比較では447.6%と、10年間で約4.5倍に伸長、375.8%で次点のタイを上回り、上位10ヶ国(平均158.7%)中、一番の成長を見せました。なお世界全体の2009年→2019年比は164.1%です。

・国際観光収入の推移(2009年=100%)

国際観光収入推移

出典:国連世界観光機関(UNWTO) 「Tourism Data Dashboard」より制作


1位フランスの1割以下だった日本の外国人来訪数、増加幅では圧倒。

 ここまでは消費額の話でしたが、日本の訪日外客数を世界上位国の国際旅客到着数とも比べておきましょう。2019年、日本の訪日外国人数は3188.2万人で世界11位です。2018年のデータですが、陸路を除く入国者に限ると世界7位でした。

・国際旅客到着数の推移(千人)

国際到着者数推移

出典:国連世界観光機関(UNWTO) 「Tourism Data Dashboard」より制作

 2009年と2018年の比では、上位10ヶ国平均が129%、最も伸びたのはタイの270%でしたが、日本は459%と目覚ましい伸びを見せています。2009年、1位フランスの7676万人に対し、日本の訪日外国人数はわずか679万人と10分の一以下だったのですが、その後9年間でフランスは1263万人増の一方、日本は2440人増と増加数では2倍に迫ります。

 世界の中での日本、その軌跡や現在地を振り返ることで、日本のインバウンド産業が、観光先進国の中でも特筆して驚異的な成長を遂げて、トップグループに入ったことを実感できることと思います。


国内市場も含めた市場規模は世界3位。観光産業の多くが過去最高水準に。

 次に国内旅行も含めた観光産業全体に目を向けてみましょう。日本在住者の国内旅行と訪日外国人を合わせた観光収入では2019年、日本は世界何位だったでしょうか。答えはGDPと同じく1位アメリカ、2位が中国、日本は3位で4位のドイツが続きます。日本はすでに世界3位の観光大国なのです。

・世界観光収入TOP 10

観光収入ランキング

出典:世界旅行ツーリズム協議会(WTTC) 「Economic Impact Reports

 GDPに占める観光収入の割合を見ると日本は7.0%と上位9カ国の中では最も低くなっています。外国人旅行者数が世界1位のフランスが8.5%、観光収入1位の米国が8.6%ですが、インバウンド観光を伸ばしてこの水準に引き上げていくことが、日本の国内総生産にも寄与していきます。同様に全労働人口における観光産業従事者の比率も8.0%と上位9カ国の中で最低で、観光業の成長は雇用増にもつながる期待も持てます。

・観光・行楽部門の市場規模の推移

観光・行楽部門の市場規模の推移

出典:日本生産性本部「レジャー白書2020

 細かくサービス別にみると、2019年はホテル、鉄道、国内航空、海外旅行の市場規模が過去最高、貸切バスや旅行業も2010年代ほぼ一貫して成長軌道を描いてきました。一方、すでに旅館は1990年代ピークの半分以下となり、ホテルに逆転されました。これは訪日客の地方周遊が促進されることによって、再度成長に転じる余地があるかもしれません。


外貨獲得2位の訪日観光は、人口減時代の国民生活維持・向上の手段。

 セントラルフロリダ大学ローゼン・ホスピタリテイ経営学部の原忠之准教授は、企業の目的が当期利益最大化による株主価値最大化であるのと同様に、政府の目的は「納税者の生活水準(Quality of lives)の維持または向上」と位置付けます。その目的のために政府が国外への輸出により外貨を獲得するのは、企業が世の中の消費者からの売上により利益を上げるのと同じで、その有望な手段がインバウンド観光だと説いています。国内観光は国内における富の移転であり(国としての売上は増えない)、インバウンドは外貨獲得による国富拡大であり、経済的意味が全く違うと強調しています。

・組織(企業・政府)の目的確認

組織(企業・政府)の目的確認

出典:原忠之「インバウンドビジネスとDMOの戦略的重要性の確認

 2019年、日本の輸出総額は76.9兆円(前年比-5.6%)。品目別では輸送用機器の自動車が12.0兆円(同-2.7%) 、電気機器の半導体等電子部品が4.0兆円(同-3.5%)でした。サービスを提供し国外から外貨を獲得するインバウンド観光を輸出産業と位置付けると、2019年の訪日外国人消費額は4.8兆円(前年比+6.5%)となり、自動車産業に次ぐ規模にあたります。

・品目別輸出額と訪日外国人消費額の比較(兆円)

品目別輸出額と訪日外国人消費額の比較

出典:財務省「貿易統計」を元に作成

 日本の人口は2008年の1億2808万人をピークに人口減が始まり、2050年代には1億人を下回り、2020年時点で7471万人の生産労働人口(15~64歳)も5000万人を切ると予想されています。これは構造的、継続的な税収減となり、内需中心では長期的マイナス経済成長に陥ることを意味します。

・将来推計人口

将来推計人口

出典:国立社会保障・人口問題研究所「将来推計人口・世帯数」(2017年)

 2014年に日本創成会議は、2040年には全国896の市区町村が「消滅可能性都市」に該当、うち523市区町村は人口が1万人未満となり、消滅の可能性がさらに高いと推計しました。国土交通省国都政策局によると、2050年には無居住化となる19%を含む63%の市町村で、人口が2010年比で50%以上減少すると予測されています。

・2050年の人口増減状況 2010年比50%以上減(無居住化含む)

2050年の人口増減状況 2010年比50%以上減(無居住化含む)

出典:国土交通省 国都政策局「新たな国土のグランドデザイン

 2016年「明日の日本を支える観光ビジョン」で、2020年に訪日外国人消費額8兆円、2030年に15兆円、そして、地方部での外国人延べ宿泊者数を7000万人泊(2020年)、1億3000万人泊(2030年)と、それ以上に高い成長目標を政府が置くのは、このような日本の将来的な人口減、税収減に対する現実的な打ち手として考えられるからです。

 第1章では、2019年までの日本観光の成長性と経済インパクト、そして人口減少時代における重要性を見てきました。第2章では、2020年に訪れた新型コロナウイルスによる国際観光への影響と、その状況に対してどのような対応が必要とされるのかを考えていきます。

■第1章執筆 萩本 良秀 (Yoshihide Hagimoto)
DeepJapan.org エグゼクティブ・ディレクター

「ISIZEじゃらん(現じゃらんnet)」「じゃらんガイドブック」編集長、「@ぴあ」編集長、「Yahoo!ニュース」プロデューサーなどを経て、訪日旅行のアドバイス投稿サイト「DeepJapan.org」立ち上げに参加、日本在住外国人を起用した多言語観光サイトの制作、外国人目線での訪日プロモーションに携わる。「handy Japan」メディア・ディレクターを経て、関東観光広域連携事業推進協議会で広域DMOのデジタル戦略を担当。全国通訳案内士としても150名以上の外国人旅行者をガイド、「PRESIDENT Online」でインバウンド事情の最前線を伝えるメディア記事執筆も行う。観光庁「世界水準のDMO形成促進事業」「インバウンドの地方誘客促進のための専門家派遣事業」登録専門人材。


第2章 「いま、立ち止まって、考えてみる」
新型コロナウイルスで、熱狂の観光立国は仕切り直し

■本章のポイント
・国際観光の復活は4年がかり。経済復興は先進国より発展途上国が先。
・世界各国の実感染者数と日本の渡航措置をチェックし、予測を立てる。
・団塊世代の国内旅行引退が進み、経済復興早いアジア太平洋から集客を。


国民に不評?の外国人客が消失、適切な観光マネジメントの契機に。

 2020年4月の訪日外客数は前年同月比99.9%減の2900人で、日本政府観光局が統計を取り始めた1964年以降で最低の数字を記録。以降、前年同時期の99%以上の旅行者が消失した状態が続きました。

・2020年月別訪日外客数と前年同期比

2020年月別訪日外客数と前年同期比

出典:日本政府観光局「訪日外客統計」よりトラベルボイスがグラフ作成

 2019年の訪日外国人数は3188.2万人で前年同期比102.2%と、過去8年間で最も低い成長率でした。特定の近隣国との外交問題や台風19号をはじめとした相次ぐ自然災害の影響の一方、人気観光地のオーバーツーリズムやホテルの過剰供給など、インバウンド観光の問題点が色濃く浮かび上がってきました。

 東洋文化研究者で「観光亡国論」などの著書があるアレックス・カー氏は、ニューズウィーク日本版の「ポストコロナを生き抜く日本への提言」特集に、「コロナ禍を機に観光業を「解毒」せよ」という記事を雑誌に寄稿し、以下のように問題提起しています。

 「文化施設や信仰の場である京都の神社仏閣は、客を喜ばすサーカスになろうとしている。歴史ある食品市場は画一的な土産物店の集まりに、住民の消えた古い町はホテル街に姿を変え、交通渋滞や景観の悪化、マナー問題などを引き起こした。また、客がお金を使わずに帰る「ゼロドルツーリズム」が深刻化している(中略)。今後の復興を見据え、健全な観光のマネージとコントロールの技術を導入するチャンスである。このチャンスを逸し、単純に「以前のように数を増やそう」とすれば、またも錯覚の連鎖につながりかねない。」

 大手ニュースサイトのコメント欄を見ると、「外国人観光客で混雑して迷惑」「外国人目当てになり店の質が落ちた」「混みすぎて旅行に行きたいと思えない」「儲かっているのは一部だけ」「日本はモノづくりの国で観光立国は間違い」など、かねてよりインバウンド関係の記事に対する一般読者の反応は冷ややかだったことがわかります。

 観光関係者は2010年代における訪日観光の急成長を歓迎、手ごたえを感じていましたが、それ以外の一般市民との間での温度差は大きな隔たりとなってしまいました。これから観光の復興に取り組むにあたり、2010年代と元通りの道程を目指すのではなく、地域との合意形成が可能な、持続可能な観光の姿を新たに模索する必要があります(第5章で詳説)。


国際観光の復興は4年がかり?その後の再成長可能性をデータに見る。

 2019年、世界の国際旅客数は15億人に達し、2030年には18億人と2010年からの20年間で約2倍に成長すると予測されていました。しかし、新型コロナウイルスの世界的流行により、そのシナリオはいったんリセットされることになりました。

・国際旅客数の実績と従来予測

国際旅客数の実績と従来予測

出典:国連世界観光機関「World Tourism Barometer」(2020年1月)

 2020年5月、国連世界観光機関(UNWTO)は、世界の国際旅客数が2019年水準に戻るのは2023年半ば、23年末、2024年末という3つの予測シナリオを公表しました。国際航空運送協会(IATA)も旅客需要の回復が2019年水準に戻るのは2024年と予測しています。

・国際旅客数の回復予測

国際旅客数の回復予測

出典:国連世界観光機関「The Impact of COVID-19 on International Tourism」(2020年9月)

 UNWTOによる従前の予測は1. 世界人口が増加、2. 東南アジアをはじめ新興国が牽引する経済成長による、3.国際旅行実施総回数の増加を根拠としており、長期的に世界の旅客数が増加に転じるかは、これらの要素への新型コロナウイルスによる影響度合いを見る必要があります。

 2019年12月現在、世界の人口は現在78.3億人、年初から1億3600万人が誕生し5700万人が死亡、7900万人の人口増となっています(過去5年の増加数は年間8200万~8500万人)。新型コロナウイルスによる死者は約170万人で、100年に1度と言われるパンデミックも、現在のところ世界の人口増を止められてはいません。国連の試算では2025年には81億人、2030年は85億人を超えるとされています。

 国際通貨基金(IMF)は全世界の実質GDPは2020年-4.4%、2021年は+5.2%で、21年には19年水準に戻ると予想しています。先進国が20年-5.8%、21年は+3.9%と回復途上なのに対し、アジア発展途上国は20年-1.7%、21年は+8.0%、特に中国は20年が+1.9%で21年が8.2%と、アジアの成長が先進国の回復遅れをカバーする形です。

・世界経済の見通し

世界経済の見通し

出典:IMF「World Economic Outlook, October 2020

 パンデミック収束後の旅行意欲の高さについては、第4章で調査データを紹介します。世界の人口増、アジアを中心とした経済成長、パンデミック後の旅行意欲という3要素が大きく減退することなければ、地理的にもその中心である日本も、国際観光の復活が訪れることを確信できることでしょう。


インバウンドはいつ戻るのか、世界の最新情報を取り展望を見通す。

 では、実際に観光目的の渡航はいつ、どのような順番で再開されるのでしょうか。それを見通すには、各国の感染状況を知る必要があります。世界のあらゆるデータを視覚化してみせる「worldmeters」というサイトでは、新型コロナウイルスの最新データを提供しています。各国のデータで見るべきは新規感染数-回復者数―死亡者数という計算式による、Active Cases(現在感染者数)です。これにより、第2波を抑えた国、第2波第3波が来た国、感染拡大が止まらない国など、傾向を一覧することができます。

・新型コロナウイルス、各国のActive Cases(現在感染者数)

新型コロナウイルス、各国のActive Cases(現在感染者数)

出典:worldmeters.info「Coronavirus Update」より抜粋

 実際の各国間の渡航制限については、外務省のサイトで確認します。日本政府は比較的感染拡大を抑えられている国や地域との間で、20年7月から住民を対象としたレジデンストラック、9月からは出張渡航を対象にしたビジネストラックを順次解禁。11月には9カ国2地域を対象に感染警戒レベルを3から2に引き下げ、不要不急の渡航自粛を勧告するとしました。

 一方、政府は68ヶ国・地域に対して実施してきた査証(ビザ)の免除を、20年11月時点で7カ国を除き効力を停止しています。中国などに発行してきた数次ビザの扱いについても同様の状況のため、レベル2となった国や地域との間でも観光渡航が始まらないのです。

・日本政府による各国・地域に対する渡航措置(2020年12月現在)

日本政府による各国・地域に対する渡航措置(2020年12月現在

出典:外務省「海外安全ホームページ」「ビザ免除国・地域(短期滞在)」「国際的な人の往来再開に向けた段階的措置について」より作成

 二国間で国際渡航が正常化するには、1.「日本が相手国に対する感染警戒レベルを下げる」、2.「日本が相手国に査証免除や発給を再開する」、3.「相手国が日本に対する感染警戒レベルを下げる」という条件が揃う必要があります。20年11月、ハワイ州は日本からの観光客に対し到着後14日間の自主隔離を免除しましたが、日本帰国後は隔離が必要なのは日本政府が3.の措置を実施していないからです。

 このように、各国の感染状況をみて渡航解禁の順番を想定しながら誘客の準備を考え、実際の投稿解禁情報については政府の動きを見ることが必要です。


団塊世代の
国内旅行引退が進む中、訪日客をどこから呼び戻すか。

 新型コロナウイスの流行以前は、2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催を前提に、欧米豪市場から富裕層の長期滞在を期待した訪日プロモーションを重視する自治体が多く見られました。では今後、インバウンド復活に向けた優先順位はどう考えるべきでしょうか。本章で見てきた感染状況や経済予測を主要市場にまとめてみました。


・欧米主要市場の経済成長予測と感染者数

欧米主要市場の経済成長予測と感染者数

・アジア太平洋主要市場の経済成長予測と感染者数

アジア太平洋主要市場の経済成長予測と感染者数

出典:日本政府観光局「訪日外客統計」、IMF「World Economic Outlook」、worldmeters.info「Coronavirus Update」より作成

 国としての渡航解禁は相手国の感染状況、解禁後の旅行者の戻りはその国の経済事情が左右します。これまで重要市場として欧米を重視していた地域や団体も、優先市場としてアジア太平洋からの誘客再開を目論むのが、中期的には得策かもしれません。

 それであれば、最も距離近い日本人を相手にやっていく、という考え方もあるでしょう。2019年、日本国内の旅行市場規模は27.9兆円で、日本人による国内旅行(宿泊+日帰り)は22兆円を占めます。しかし、それだけでは将来安泰ではないかもしれない、気になる傾向があります。

・世代別旅行参加率(2019年)

世代別旅行参加率(2019年)

出典:観光庁「令和2年版観光白書

 2019年は60~79歳の旅行参加率が2年連続で大幅に低下しました。これは団塊の世代が全員70代になったタイミングと同じです。従来はこの世代が75歳以上になった後の2025年以降に深刻化が懸念されていましたが、今後は新型コロナウイルス感染による重篤化の懸念から、この世代の参加率はさらに低下していく可能性があり、数年たって国内観光が平常化した時に主要顧客層だったシニア層が以前のように戻ってこない、という事態があり得ます。

 1968年に西ドイツを抜きGDP世界2位となった日本は、2010年には中国に抜かれGDPは世界3位になりました。20世紀は製造業の発展で長らく世界3位だった日本の輸出総額は、2004年には4位、2019年はオランダにも抜かれて5位に後退しました。2019年日本の観光収入は世界第3位ですが、長期的な人口減や国内旅行のボリューム層がこれまでの想定以上に離れていくとしたら、日本の観光業界が内需頼みだけでなく、インバウンドという新規顧客を開拓していかなくてはならない理由があります。

 第2章では、2020年に訪れた新型コロナウイルスの国際観光への影響と今後の展望を見てきました。第3章では、パンデミックが消費者のライフスタイルに与える影響と、それに対してどのような対応が必要とされるのかを考えていきます。

■第2章執筆 萩本 良秀 (Yoshihide Hagimoto)
DeepJapan.org エグゼクティブ・ディレクター

「ISIZEじゃらん(現じゃらんnet)」「じゃらんガイドブック」編集長、「@ぴあ」編集長、「Yahoo!ニュース」プロデューサーなどを経て、訪日旅行のアドバイス投稿サイト「DeepJapan.org」立ち上げに参加、日本在住外国人を起用した多言語観光サイトの制作、外国人目線での訪日プロモーションに携わる。「handy Japan」メディア・ディレクターを経て、関東観光広域連携事業推進協議会で広域DMOのデジタル戦略を担当。全国通訳案内士としても150名以上の外国人旅行者をガイド、「PRESIDENT Online」でインバウンド事情の最前線を伝えるメディア記事執筆も行う。観光庁「世界水準のDMO形成促進事業」「インバウンドの地方誘客促進のための専門家派遣事業」登録専門人材。



第3章 「コロナを経てどうなる、世界の観光」
パンデミックが変える、旅行者の意識と観光の新様式

■本章のポイント
・各国で国内旅行から再開。衛生安全と蜜回避を重視、は世界共通の傾向。
・「今だけ」「ここだけ」「あなただけ」、非日常を旅行に求めるニーズ。
・まだ移動できない今だからこそ、消費者が旅行に行きたい機運は高まる。


世界各国で国内旅行が選好して復調、そのトレンドは国際観光のヒント。

 新型コロナウイルスにより世界的な渡航制限が生まれ、国をまたいだ旅行は一時的に閉ざされてしまっています。その反面、活性化しているのは国内での観光です。元々海外旅行に余裕があった層が、国内での観光に目を向けている状況。

 国内観光が注目されている現状は、日本だけでなく世界で起きています。中国においては、10月の国慶節連休には6億3700万人もの人が国内を移動しました。本章筆者はこの各国で起きているトレンドが、そのまま国交再開する際の1つのトレンドになると考えています。

 この章では、パンデミックが変える、消費者の旅行意識と観光の新様式についての考えをまとめます。読んだ人にとって今後の事業や地域の観光戦略に役立てる内容になれば幸いです。


旅はしたいが命は大事。危機後の最重要項目は衛生と安全。

 日本政府観光局(JNTO)香港事務所のデータによると、香港市場においては「短期間、近距離、安心感」という旅行傾向がでています。このインサイトは、国をまた移動になる場合にも同様に気にするポイントでしょう。

 もし旅行中にトラブルがあった際に、柔軟に対応できる体制があるかが、旅行先、国を選ぶ際の前提になります。地域として、訪日客に病気や感染などのトラブルがあった時の医療体制が整っているかどうかは1つの安心材料であり、訴求ポイントになるでしょう。それは国としてもやるべきことでありますが、県や街単位でも訴求することで安心感を持って旅をしやすくなるでしょう。

 三密回避という観点において、レンタカーによる車移動や、屋内を避けたキャンプなどのレジャー、宿泊者への距離がある一棟貸などのニーズも高まってくるでしょう。つまり、有名観光地と無名観光地のハンディがなくなりつつあるとも言えます。つまり、日本全国にある隠れた魅力(Hidden Gem)の方に好機が生まれてくるとも言えます。

 また観光体験として、デジタル化の対応も旅行者に安心感を与える1つの要素になります。旅先の混雑状況がわかるか?予約はオンラインでできるか?入場や支払いが、キャッシュレスなど非接触対応が可能か?という点が上げることができます。

 2021年東京五輪はおそらく開催されます。世界から日本がどのように世界の人を安心安全に受け入れ、同時に満足させられるか?は今後のインバウンドの再出発に向けて、大きな焦点になるでしょう。そのためには、国としての取り組みではなく、地域、事業者、日本にいる一個人個人の対応にかかっています。

 新型コロナウイルスのワクチンが生まれたとしても、一定の期間は人々の意識の前提にこれらの「安心・安全」に対する意識は残り続けていくでしょう。


非日常の体験により日常を豊かにする、旅行というニーズはなくならない。

 新型コロナウイルスが流行して消費者意識が変わった1つに「日常の豊かさを大事にする」というものがあります。リモートワークが普及し、自分自身の生活を豊かにするものにお金を投じたり、場合によっては都心から生活拠点を移すたりする人も出てきています。

 旅行においてもこういった意識は影響するしょう。旅は非日常ですが、そこで求めるものの便益性の一つに「日常を豊かにするもの」というのが増えるのではないでしょうか。

 現に弊社が運営している訪日外国人向けWEBメディア「MATCHA」においても、コロナの時期にアクセスが伸びた記事として「日本食の作り方」「かっぱ橋道具街の調理器具」「やさしい日本語」が上げられます。ただ新しい場所に行くだけでなく、一歩踏み込んだ学びを求めている人が増えているのを見ることができます。

 日本には、人々の生活を豊かにするという観点において、世界トップレベルの文化資源があります。世界中の人達はそういった日本の価値を求めている。いいものをただいいものとして届けるのではなく、背景やストーリーを持って届けていくこと大事です。

 それは単なるコピーライティングでそれっぽく伝えればいいという話ではなく、実態を伴っている必要があります。自国の文化を再解釈して伝えること。それが旅行者の今変わっている旅行意識にダイレクトに刺さっていきます。

 「今だけ」「ここだけ」「あなただけ」という言葉が観光の言葉であります。今だけ、というのはその瞬間にだけ味わえる体験かどうか。365日よりも、1年のうちこの日だけ体験できるものかどうか。ここだけというのは、その土地ならではの体験かどうか?です。どこにでもありふれたものではなく、その土地特有のものを人は求めます。あなただけ、というのはその人ならではのスペシャリティがあるかどうか。ガイドによる念入りなヒアリングによる、その人だけの体験などがここに当たるでしょう。

 今後、5Gの普及で今後VRやARなど実際にその場所に行かなくとも、高解像度の情報を受け取ることが容易になる。そうなってくると、その場所に行かないと味わうことができない「何か」があるかどうかが大事になっていきます。

 コロナが変えたというよりは、コロナになって本物を求める人のニーズが顕在化されやすくなったと言えるかもしれません。


旅に出られないから時こそ、早く旅に行きたい人々の気持ちは強くなる。

 日本には世界的に見ても観光資源が溢れている国です。かつ安心・安全のイメージもあり、まだまだ観光の伸びしろがあります。

 「MATCHA」では、新型コロナウイルスの影響で、月間340万人アクセスがピーク時で7割減になりました。逆の見方をすれば、-99.9%の状況が続く中、3割の100万人近くの人が日本の情報を調べ続けているわけです。台湾版にいたっては、2021年の祝日の情報が安定的に見られています。つまり、それだけの人が日本旅行に対する関心を失わず、待ち焦がれているとも言えます。

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 定性的な点で言うと、今年の4月に日本に次行くとしたらどこにいきたいですか?と聞いた所、400件近くのコメントが寄せられました。

 私はこのコロナは日本の価値を見直すチャンスだと思います。日本だからこその観光資源をどう世界にとどけるか。素材は世界トップレベル、問題はそれをどのように届けるか。

 良くも悪くも新型コロナウイルスにより、世界中の人が同じ消費者心理を持ちやすくなったといえます。ご自身が感じる旅に感じる心の変化を捉え、実際に自分自身が海外に旅行に行くとしたら、何を大事にするだろう?気をつけるだろう?これから変わるであろうものを敏感に捉え、トライして正解を作っていくのがいいのでしょう。

 最後に、好きな言葉でこの章を終えたいと思います。

 観光とは「国の光を観ること」が語源だと言われています。日本にはまだ知られていない、誇るべき魅力が沢山あります。私がこの2020年、様々な観光事業者さんと話していて思うのは、大変さはあれどみなさん、将来への可能性に向き合っているんですよね。

 それはなぜか。みなさん、日本が好きだからだと思います。僕もそうです。是非力を合わせて、また知恵を共有し合いながら、この難局を乗り越えて行きましょう。


第3章執筆 青木 優 (Yu Aoki)
株式会社MATCHA 代表取締役社長

1989年、東京生まれ。明治大学国際日本学部卒。株式会社 MATCHA 代表取締役社長。内閣府クールジャパン・地域プロデューサー。学生時代に世界一周の旅をし、2012年ドーハ国際ブックフェアーのプロデュース業務に従事する。デジタルエージェンシーaugment5 inc.に勤めた後、独立。2014年2月より訪日外国人向け WEB メディア「MATCHA」の運営を開始。「MATCHA」は現在10言語、世界180ヶ国以上からアクセスがあり、様々な企業や県、自治体と連携し海外への情報発信を行なっている。


第4章 「それでも日本ファンは、日本を選ぶ」
危機後の世界、日本が人気旅行先として復活する理由

■本章のポイント
・国際観光復活は4年がかり。世界の実感染者数と日本の渡航措置を知る。
・衛生で最高評価の日本、再開後の渡航先としてアジア欧米とも人気1位。
・団塊世代の国内旅行引退が進み、経済復興早いアジア太平洋から集客を。


人口増加と経済成長の中心地アジアで、馴染み客を呼び戻す。

 第2章で、国際観光旅客が2019年水準に戻るのは2024年頃、という世界の各機関による予測を引用しました。ここからは、それ以降の世界の観光情勢がどうなっていくかを考えてみましょう。

 2019年を振り返り、世界の観光収入を地域別にみるとヨーロッパの39%に次いで大きいのがアジア太平洋の30%でした。これは2018年と同じ傾向でした。

・世界の地域別観光収入の割合

世界の地域別観光収入の割合

出典:国連世界観光機関(UNWTO) 「International Tourism Highlight 2019

 2018年のデータですが、国際観光客数を発地別に見ると、ヨーロッパの48%に次ぎ多かったのが、アジア太平洋の26%でした。国連世界観光機関(UNWTO)は、旅行者の5人に4人が同じ地域内で旅行するとしており、これを単純計算するとアジア太平洋で同域内発着の旅行者は世界の20%強で、ヨーロッパ発でヨーロッパ以外を訪れる旅行者は世界の10%弱という計算になります。年間約3億人がアジア太平洋発着で域内を訪れ、ヨーロッパ発の約1.5億人を南北アメリカやアフリカ、中東と共にアジア太平洋は取り合っていたことになります。

・国際旅客数発地、地域別の割合

国際旅客数、発地地域別の割合

出典:国連世界観光機関(UNWTO) 「International Tourism Highlight 2019

 たとえば、中国のアウトバウンドによる2018年国際観光支出額は2773億USドルで世界1位、2位の米国の1445億USドルを大きく上回り、3位ドイツ以下英国、フランス、ロシア、イタリアの欧州5ヶ国の合計額とほぼ同じです。その中国人旅行者の主要海外渡航先は香港、タイ、日本、ベトナム、韓国といったアジア域内になっています。

 では、これら主要市場の長期的な成長を見立てるために、昨年までの主要訪日市場(19の国と地域)について、IMF予測による2025年GDP成長率をまとめてみます。2章で述べた、UNWTOやIATAといった国際機関が、国際旅客数が完全復活すると予測する2024年、の翌年の状況予測になります。

・主要訪日市場の実質GDP成長率の予測(2020年10月発表)

主要訪日市場の実質GDP成長率の予測(2020年10月発表)

出典:IMF「World Economic Outlook, October 2020」より作成

 表の左に2019年の訪日客数順位を記し、2025年のGDP成長率の高い順に受けから並べ替えました。成長率2%以上はいずれもアジア太平洋地域で、欧米諸国は対照的に2%未満でした。2025年、全世界のGDP成長率は3.5%、先進国全体では1.7%、発展途上国は4.7%と予想されています。

 日本が地理的にも中心に属し、これまでの主要市場が集まるアジア太平洋が、相対的に早く経済回復を見込まれるのは明るい材料です。一方で、日本の予測も表に付記しましたが2021年(2.3%)、2025年(0.6%)と、すべての訪日主要国の中で最低の成長率、とは少なからず衝撃を受ける数値です。まずは近隣国からの観光需要という恩恵により、観光収入獲得でGDP増という選択が重要ということをあらためて実感します。


日本の衛生に対する評価は、世界の主要国の中でもトップクラス。

 今後の消費者の旅行意欲については、⽇本政策投資銀⾏と公益財団法⼈⽇本交通公社が8月に公表した「アジア・欧⽶豪 訪⽇外国⼈旅⾏者の意向調査」によると、新型コロナウイルスが収束した時に海外観光旅行をしたいと答えたのはアジア居住者で86%、欧米豪居住者が74%。希望の旅行先はアジアで1位、欧米豪では米国に次ぎ2位でした。

・新型コロナの流行が収束し、平常状態に戻ったとき、また海外旅行をしたいと思うか

新型コロナの流行が収束し、平常状態に戻ったとき、また海外旅行をしたいと思うか

出典:日本政策投資銀行/(財)日本交通公社「アジア・欧⽶豪 訪⽇外国⼈旅⾏者の意向調査

 海外旅行希望者に行きたい渡航先については、アジア居住者の半分以上の支持を得て日本が1位、欧米居住者にも米国に続く2位に選ばれました。日本の機関による調査だから日本が高いのでは?と思われるかもしれないですが、3月に太平洋アジア観光協会(PATA)が中国の旅行会社と調査会社と行った調査でも、海外渡航先として日本が18%で1位、タイと欧州が14%で2位に入り、香港や台湾の現地調査でも日本が1位という結果が出ています。

・新型コロナの流行収束後に、観光旅行したい国・地域(海外旅行希望者/複数回答)

新型コロナの流行収束後に、観光旅行したい国・地域
出典:日本政策投資銀行/(財)日本交通公社「アジア・欧⽶豪 訪⽇外国⼈旅⾏者の意向調査

 日本旅行に期待したいこととしては、衛生面で清潔さや感染対策が1位。2位以下の本来観光に求める要素を抜いて、最重要項目になっています。

・新型コロナ収束後の訪日旅行全般に期待したい事(訪日旅行希望者/3つまで回答)

新型コロナ収束後の訪日旅行全般に期待したい事

新型コロナの流行収束後に、観光旅行したい国・地域
出典:日本政策投資銀行/(財)日本交通公社「アジア・欧⽶豪 訪⽇外国⼈旅⾏者の意向調査

 また、8項目の評価を他の10ヶ国・地域と比較すると、「清潔だから」でトップ評価を得えており、感染の抑制に成功して渡航解禁が実現した先には、従来定評ある衛生面のアドバンテージが、旅行者を日本に引き寄せる重要な要素になりそうです。

・新型コロナの流行収束後に、その国・地域を観光のために訪問したい理由(海外旅行希望者/複数回答)

新型コロナの流行収束後に、その国・地域を観光のために訪問したい理由

出典:日本政策投資銀行/(財)日本交通公社「アジア・欧⽶豪 訪⽇外国⼈旅⾏者の意向調査」


4年間でリピーターは2倍に。複数回来てくれる経済効果の大きさ。


 2016年に2000万人、2018年には3000万人を超えた訪日外国人数。その間、再訪問率も上昇し続け、2019年は3人中2人近くが2回目以上の日本訪問となりました。2015年には1000万人強だったリピーター数は4年間で2000万人を越えて約2倍に伸びました。

・訪日外国人数と、リピーター数の推移

訪日外国人数と、リピーター数の推移

出典:日本政府観光局「訪日外客統計」、観光庁「訪日外国人消費動向調査」より作成

 観光庁が2019年、約2万2000人を対象におこなった「訪日外国人消費動向調査」では、今回の日本旅行について「大変満足」「満足」「やや満足」との回答の合計が98.1%、再訪意欲について「必ず来たい」「来たい」「やや来たい」との回答合計は97.7%という割合でした。このように最初の旅行で満足して再び訪れてくれるメリットは何でしょう。1人の旅行者が年1回日本に来るのと2回来るのでは、後者の経済効果は計算上2倍になります。

・1人あたり訪日外国人消費額(1回あたり)

1人あたり訪日外国人消費額(1回あたり)

出典:観光庁「訪日外国人消費動向調査」より作成

 上は2019年、観光目的で訪日した外国人による、旅行消費額です。1回の滞在期間が長い傾向になる欧米豪旅行者の1人あたりの金額が高くなります。では、同じ調査で過去1年に何回日本に来たか?という質問に対する回答、その回数と1回の訪日における消費単価を掛けてみます(同調査は6回目以上の訪日回数を細かく聞いていない点により、あくまで試算値となる点をご留意ください)。

・1人あたり訪日外国人消費額(累計)※試算値

1人あたり訪日外国人消費額(過去1年館)

出典:観光庁「訪日外国人消費動向調査」より試算、作成

 これは、2019年日本に来た外国人旅行者による、過去1年すべての訪日時を含めた累計の1人当たり消費額の試算値です。アメリカやオーストラリアから2回以上の訪問となるリピーター率は大まかに3人中1人ですが、中国は約半分、香港や台湾はおおまか8人中7人がリピーターです。そのため、1人の訪日旅行者が1年間に消費する金額は、欧米豪よりも中国や香港の方が多そうです。日本に来た頻度が高い分、年間の累計消費額も多くなります。

 現代のマーケティングにはライフ・タイム・バリュー(顧客生涯価値)という考え方があり、一度獲得した顧客にその後も引き続き買われ続けることが重視されます。携帯電話の料金であれば、初期費用に加え1ヶ月の料金×契約月数が、1人の顧客を獲得したことによる累計売上になります。

 これまで日本リピーターが増え、滞在に満足した訪日客を増やしてきたことが功を奏し、今後の国際旅行再開時に繰り返し日本に再訪してくれることによる経済効果が期待できるといえます。

 なお、本ガイドラインは特定の市場を誘客対象として薦める立場にはなく、国や地域にとらわれない観光誘客については、第6章で述べていきます。


観光資源はアナログ。ITや低コストで他国は日本をマネできない。


 また、リピーターの増加に伴い、訪日観光客の目的も、地方の観光資源が上昇する傾向があります。温泉入浴や四季の体感は、訪日外国人消費動向調査で、「今回したこと」に対して、「次回したいこと」では回答が大きく上昇しています。

・次回訪れた時にしたいこと(今回したこととの比較)

次回訪れた時にしたいこと(今回したこととの比較)

出典:観光庁「訪日外国人消費動向調査」より作成

 日本の各地方には豊かな観光資源があります。新型コロナウイルスは、魚や野菜を感染させたり、花や紅葉を枯らしたりといった、観光資源を破壊するような悪さはせず、また、これらの資源の多くは、昔から続くアナログな要素であり、テーマパークやショッピングセンターのようには異なる場所で人間が人為的に作り出せるものではありません。それは、液晶テレビやスマートフォンのように、製造業における他国の技術向上や安い製造コストといった競争力によって、他国は競合サービスを作ることもできないものです。

 また、日本には定期旅客便が発着する空港は85あり、新幹線は28の都道府県に止まり、いずれかもしくは両方を有する都道府県は43もあります。気候、自然、文化、食事といった昔から各地に根付く観光資源に、半世紀以上にわたり築きあげてきた交通インフラでアクセスを可能にする日本観光の競争力は、当面揺らぎないと言えるでしょう。

 今後の懸念材料をひとつ挙げると、4月~5月の緊急事態宣言下で新型コロナウイルスに対する恐れから生まれた、域外からの訪問者に対する日本人の排他的な意識や行動です。行政の首長や自治体が県外からの訪問客に「来ないで」と表明し、お店が「県外客および帰省者、お断り」といった貼り紙を掲げ、県外ナンバーの車に対する市民の威嚇的な行動、といった現象を覚えているでしょう。

 今後、政府が順次、外国人に対して渡航を解禁した後に、正当な手続きを経てやって来た訪日外国人に対して、万が一「No Foreigner/外国人お断り」などと対応する事業者が現れ、それがSNSなどを通じて海外に伝わったりしたら、本章で振り返ってきた日本に対する好意的な評判を一気に失うばかりか、特定の国籍や人種を排除しようとするそのたった1人の行動が、県や国全体に及ぶ国際問題になり得ます。

 地元が歓迎しようが、仮に歓迎してなかろうが、来日した外国人旅行客が国内を移動して地元に現れる可能性は排除できません。旅館業法第5条では、宿泊事業者は正当な理由なく宿泊を拒むことができないと法的に定義されています。

 国連世界観光機関(UNWTO)は2020年5月に公開した「DMOの組織力強化のためのUNWTOガイドライン」で、「デスティネーション・マーケティングから、デスティネーション・マネジメントへ」と、住民と地域コミュニティの生活を守りつつ観光客や訪問者との調和的な交流の場を確保する必要性を提言しています。

 2011年、九州新幹線全線開業CMでは、沿線から地元の人たち開業を歓迎する笑顔を振りまきました。このような心持で再び訪日外国人が訪れてくれる日を迎えられるように、私たちは何を準備しなくてはいけないのか。まず地元の合意形成が大変重要という話を、次の第5章で語りたいと思います。

■第4章執筆 萩本 良秀 (Yoshihide Hagimoto)
DeepJapan.org エグゼクティブ・ディレクター

「ISIZEじゃらん(現じゃらんnet)」「じゃらんガイドブック」編集長、「@ぴあ」編集長、「Yahoo!ニュース」プロデューサーなどを経て、訪日旅行のアドバイス投稿サイト「DeepJapan.org」立ち上げに参加、日本在住外国人を起用した多言語観光サイトの制作、外国人目線での訪日プロモーションに携わる。「handy Japan」メディア・ディレクターを経て、関東観光広域連携事業推進協議会で広域DMOのデジタル戦略を担当。全国通訳案内士としても150名以上の外国人旅行者をガイド、「PRESIDENT Online」でインバウンド事情の最前線を伝えるメディア記事執筆も行う。観光庁「世界水準のDMO形成促進事業」「インバウンドの地方誘客促進のための専門家派遣事業」登録専門人材。


第5章「誰のためのインバウンド振興なのか」
地域住民との合意形成で、持続可能な観光地運営を

■本章のポイント
・地元が二つに分断。オーバーツーリズムに断じて戻りたくない観光地。
・人気観光地と甘んじず、観光行政も民間も1人1人があるべき姿へ行動中。
・観光関係者も含めた地元住民との合意形成が、訪日観光再開の必須条件。


「誰のためのインバウンドなのか?」京都の観光と町衆はなぜ分断されたのか。

 「1000年先を見据えて、100年後をイメージし、10年後の具体的な施策を考える」。

 この言葉は、京都では、まちづくりのスローガンとして活かされています。1200年前、都として平安京を造ってくれた先人たちがいたからこそ、今、自分たちが安心安全なまちで暮らしていける、ならば、千年後の未来の子供達に失望されない、馬鹿にされないまちづくりをするのが、今を生きる我々の使命と考えています。

 本章筆者はそんな洛内のど真ん中に生まれ、家業は着物に家紋を手描きする紋章工芸士を代々営んできました。猛烈にしつけに厳しい両親のもと、こんな息苦しいまちは大嫌いだ!と思春期の私は「東京に出たい、出たい」」との一心で東京の大学に進学、大学卒業後は出版社のスポーツ総合雑誌編集部で10年、オリンピック、サッカー、野球、トップアスリートの取材インタビューを国内外200都市で行いました。

 ある時、出身地を聞かれ京都だと答えると、「世界遺産が17もある街だよね」と、イタリア人に教えられました。「えっ、そうなの?知らなかった」生まれ育ったまちを何も知らない自分が恥ずかしく、これがキッカケで、京都を見直すようになり、京都に戻り、2005年クリップという地域ブランディング企画会社を立ち上げました。

 2005年以降、日本政府のインバウンド戦略が、京都でも外国人の受け入れに対して、様々な施策が取られてきました。京都においても呉服業界の衰退を受け、観光産業は数少ない成長産業、欠かせざる基幹産業となり、やがては衰退産業の呉服屋の土地がホテル用地として使われ、ホテル建設がラッシュのように行われてきました。結果、地域のキャパシティーを超えた観光客の増加が、地域住民の暮らしを脅かすようにました。

・「Seeing differently - on the street -|路地編」

出典:関西観光本部「The KANSAI Guide

 観光産業は、宿泊、飲食事業者だけでなく、農業生産者まで裾野の広く、またドラッグストアや不動産売買など、観光と深く関係するビジネスとみなされていなかった幅の広い分野に膨大な利益をもたらすこともありました。

 一方、上記の職業に就いていない、洛内の町衆の町内のおっちゃんやおばちゃんたちにとっては、「こんな夜遅い時間に、誰や、ガラガラ音立てて!」と、バッグを引きづって看板のない民泊宿に来る旅行者は、日々の生活には何のありがたみもない迷惑な存在だったりもしました。

 端的に言うと、観光で収益を上げる当事者と、それ以外の者が分断されていたのです。さらには、観光客の施設と、町衆が交わる場所が一致しないのが、原因で、住民と観光施設が対立関係にあるとも言えます。ところが、一変、ゴールドラッシュのようなインバウンドブームの中で翻弄されていた京都観光が、コロナの影響で強制リセットされ、観光として生き延びていくためには、地域と観光の双方から歩み寄る必要がでてきたのです。


大きな反省と再出発に向けて。次世代の観光を一人一人が考えることが団結力に。

 私は、観光の現場の立ち位置で、おもてなし大使としてソフト面、ホテル、飲食の開発のハード面、観光的側面と、まちづくり的な側面を融合して、観光まちづくり、地域×観光の両面からアプローチを試みています。

 京都は、観光のスーパースターと思われるかもしれません。しかし実際は、町衆のひとりひとりが、何に取り組めるか、これまでの観光とは違う方法を必死で模索しているのが現状なのです。歴史があるから訪問者が後を絶たない、などという単純なものではありません。

 インバウンドに注力してきた観光事業者も含め、京都の誰に聞いても、以前のオーバーツーリズムに戻りたくないと、心底思っています。だからこそ、改めて自分のまちを知るための学びを行ったり、具体的に変わる行動を起こし始めたりしています。その現状を、他の地域の学びにもつながるよう、洛内の現場の人々のありのままの気持ちをそのままお伝えしたいと思います。

 「以前なら、一過性の旅行者に、ただ売ればいいという考えを持っていたことも事実です。でもアフターコロナのこれからは、業種の垣根を越えながら、文化を丁寧に伝え、もっと文化の本質を理解している旅行者にリピートしてもらえる仕組みづくりをしたい、ウエイトを置いていきたい」と、伝統産業に携わる職人や販売の現場の人達も、語っています。

 嵐山のお店は、外国人向けのお土産を下げ地元伝統の竹細工を店頭に並べました。訪日客の食べ歩きストリートと言われた錦市場をはじめ、ひとりひとりが、観光全体を、自分ごととして考え、知恵を絞り、そしてみんなごととして捉えながら、本来あるべき取り組みにチャレンジしている。表現を変えると、もがき苦しみながら、新しい時代の観光の有り方を模索しているのが現状です。

 2020年7月にオープンした立誠ガーデンは、築100年の校舎を有する元京都市立立誠小学校でした。中京区木屋町にあるこの小学校は、少子化に伴い廃校寸前でした。しかし小学校地域自治会の声を反映して、校舎を取り壊さず、商業文化施設と宿泊施設として再生させたのです。

 校庭を地域住民の桜まつり、盆踊り場として、昼間から飲めるクラフトビアバーやコーヒースタンドを併設し、グラウンドでテイクアウトしたビールを飲める仕掛けづくり、また災害時の避難場所としての活用、地域住民にとって愛着や思い出の残る小学校の校舎を丁寧に残しながら再生したのが、立誠ガーデンの特徴です。

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 地域住民の新たな関係性を築く場として、ホテル宿泊者、観光客と地域住民が、ともに校庭で、ビールを飲みながら交流を図る『まちの縁側』と位置付けました。観光政策と、各まちで生活する町衆、地域社会、観光業、観光客の結びつきが変わってくるチャレンジの場所として、動き始めています。

 コロナ禍を契機に、地元住民との観光との関係性に歩み寄りが見られるようになってきました。これまで、様々な外集団との分断が際立ったが、一方で地域社会全体の危機に際して各地域の観光産業が、改めてコミュニティーの一員として再認識されるようになったと言えるでしょう。


地域DMOの役割。地域住民の合意形成が、持続可能な観光都市を作る。

 地域DMOとしての明確な役割分担は、なんなのでしょうか? それは地域への浸透、観光から縁遠い人を巻き込むための合意形成として、地域、町衆が、インバウンドに疑問を持っている人は、数多く存在し、インバウンド観光の重要性を理解、納得できるような働きかけ、キッカケづくりが必要になります。

 公益社団法人 京都市観光協会(DMO KYOTO)の職員は、「新型コロナウイルス感染症拡大以前の観光に戻すのではなく、観光客の皆様にも京都の魅力をしっかり味わっていただきながら、市民生活や地域文化をより重視し、市民の皆様がより豊かさを実感できる、地域に貢献する観光を目指していく必要がある」と語ります。DMO KYOTOは数々の観光関係者向けセミナー動画を制作していますが、あらためて京都の文化や歴史を学ぶ講座に一番力を入れています。

 観光事業者・従事者、観光客、市民が、お互いに尊重しあい、思いを一つにし、かけがえのない京都を未来へと引き継いでいくため、『京都観光に関わる全ての人が大切にしたい行動基準を策定』し、お互いを尊重しながら、持続可能な京都観光を、ともに創りあげていくことを目指し始めました。

 加えて、マナー啓発や市民参加型の清掃活動等の取組を推進する日本たばこ産業(JT)と連携し、ウィズコロナ時代の観光様式に対応した、新しい京都のまちのマナーやエチケットを共同で探求するプロジェクトを開始しました。具体的には、観光客や市民の皆様が、京都のまちで安心・安全に、快適に過ごすために、一人ひとりに大切にしていただきたい「たしなみ」をJTと共に考案し、「京都まちけっと(京都の“まち”のエチケットの意)」として発信します。

 先の立誠ガーデンも、コロナが地域と観光を結び付ける場として、京都府内の住む人達、観光業に携わる人たちが、他の観光業のサービスを利用できるようにすることによって、あの新しいホテルに行ってみようと言う気になってもらう、『地域内経済循環』を生み出せないかと考えています。


地域の課題を観光で解決するために、観光関係以外の住民との対話をどう進めるか。

 京都は、160年前には、天皇陛下が東京に移られ当時の30万人の人口が10万人減り人口減少をどこの地域よりも早く経験し、観光公害も、全国に先駆けて経験をした先進事例都市です。そこからの学びは数多く存在し、日本各地でも応用が利く内容です。

 その地域に精通して、地域の課題やニーズを把握し、観光資源を活かすためには、地域の翻訳者や広い意味での編集者が仲介役となり、橋渡し役となり、地域社会と折り合いをつけ、町衆の協力や共生が求められてきています。そんなコミュニケーターの人材育成が求められます。観光の復活ではなく、新たな観光の構築と地域社会の関係づくりができる人材が必要とされています。

 また、観光に関わる様々な立場の人や地域の人がフラットに集うプラットフォームが必要とされ、観光を持続可能な産業にするには、住民と観光客の地域ぐるみで、みんなごととしてとらえていく必要もあります。地域住民には、その地域をもっと深く理解、知ってもらう掘り下げ、学び直しに注力するような働きかけも必要になるでしょう。

 非経済的な価値、100%皆儲かるわけではないことを地域住民が理解し、経済面の潤いだけでなく、文化承認、自己承認欲求、シビックプライドに結び付ける意識面での変容も大切になります。

 このエリアは、どんな顧客をターゲットにするのか、どんな客を相手にしていくのかを明確にし、数を追うのではなく本質的な価値を求めるような、陰翳礼讃を学びたいと、デンマークからもデザイナーがやってきます。国籍や年齢に関わりなく、文化資源に理解や興味、関心の高い旅行者をターゲットに、より地域にとって望ましい来訪者に選んでもらえる目的地を目指すことが肝要だと考えます。

 これからまた経済活動が復活したときに一つ一つのサービスが観光客も地域住民も両方利用できるように作られているのか観光客と市民と従業員の間でコミュニケーションが生まれるのか、もポイントです。

 コロナで移動が難しくなり、旅行の価値が変わろうとしています。アフターコロナの観光は、特にコロナ以降の観光においては安全と安心が求められ、それに合わせて体験価値を高めていくことが大切になります。

 観光を持続可能な産業にしていくには、観光客だけにサービスを提供するのではなく、住民も観光客も楽しめるようにしていくこと、これまでと違う、再出発を意識した取り組みが求められて来るでしょう。

 冒頭の「1000年先を見据えて、100年後をイメージし、10年後の具体的な施策を考える」は、そのまま『地域の観光』という文脈に置き換えて考えることが本質にあると思います。そして、それは京都に限らず、観光に関わるすべてのまちに共通だと思うのです。

■第5章執筆 島田昭彦(Akihiko Shimada)
プロジェクトデザイナー、株式会社クリップ 代表取締役、京都芸術大学講師、京都観光おもてなし大使

1964年、京都市中京区生まれ、立教大学を経て、文藝春秋・スポーツ総合誌『Sports Graphic Number』を10年間編集。イチローはじめトップアスリートをインタビュー、国内外200都市を訪問、2005年、地域まちづくり×観光、コラボレーションで地域ブランディングする企画会社 ㈱クリップ設立。観光×日本茶×コミュニティーとして、サントリー『IYEMON SALON KYOTO』、食文化×6次産業化『沖縄ブエノチキン』『尾道食文化新開プロジェクト』、茶室×アート『ガラスの茶室』、京都×インバウンド『京都市動物園』、小学校再生『立誠ガーデン』など、テレビ東京『ガイアの夜明け』ほかテレビ出演講演多数。



第6章「日本人を呼べないと、外国人も呼べない」
新しい国内観光再構築が、明日の訪日観光の底上げに 

■本章のポイント
・地元人が気付かない地域の素材を拾い上げ、新たな人気観光商品を創る。
・3万円でも売れる体験ツアー。地域が潤う価格設定と経済循環の法則。
・国籍でターゲットを決めない。地域の強みを語って刺さる相手は誰か。


地域に暮らす人が気付いていない、地元の日常に在る魅力を観光体験に。

『収穫しないりんごツアー』
 何気ない日常の中に、観光客が感動する価値が溢れています。しかし地域に暮らす人が一番その価値に気付きにくいのかもしれません。

例えば「りんごと観光」と聞いて何を連想しますか?多くの人が「りんご収穫体験」を連想するでしょう。しかし収穫体験は秋の限られた期間しか実施できません。りんご収穫できない時期も、りんごを題材とした観光商品を造成できないものでしょうか?

 東北観光に関わる本章筆者が注目したのが“冬の剪定(せんてい)作業”です。あるりんご農家さんが「1年中続くりんごづくりの中で、冬の剪定作業が一番楽しい」と話してくれました。初めてこのお話を聞いた時は「えー!楽しいのは1年の苦労が実る収穫作業じゃないの!」とびっくりしたものです。

 剪定のやり方でりんごの味の7割が決まるといいます。なぜその枝を切り、なぜあの枝を残すのか。その作業はとてもクリエイティブで、枝を切る意味と理由に長編映画のような物語を感じました。

 さらに、りんご農家さんが使う剪定はさみやのこぎり、軽トラックの屋根を切断した畑のオープンカー「バゲ」や、何気なく腰掛けている「りんご箱」など、りんご農家さんの日常にはワクワクするモノやコトが溢れています。これらりんご農家さんの日常を観光商品化できないか、と考えたわけです。

 ところが、最初に剪定作業体験ツアーの相談をしにりんご農家さんを訪れた時「観光客が冬のりんご畑に来て、枝切って、何が楽しいんだ?」と不思議そうな顔をされました。バゲやりんご箱もそうですが、りんご農家さんにとってこれらは「当たり前の日常=りんご農家さんの暮らしぶり」で、価値と感じることはないようです。

 りんご農家さんの不思議そうな顔とは裏腹に剪定体験ツアーは人気商品で、全国からたくさんの観光客にご参加頂きました。お忙しい中ご対応頂くりんご農家さんにはいつも感謝です。剪定というりんご農家さんの日常は、観光客とって「料金を支払ってでも体験したいエンターテイメント」なのです。

・りんご農家の暮らしぶりを題材とした体験商品

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りんご畑で剪定体験

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バゲ the ride

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りんご畑の草刈り体験          

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りんごの木の下でピクニック

『あるもの活かしの“暮らしぶりツーリズム”』

 このような「地域ならではの暮らしぶり」こそが極上の観光コンテンツだと確信しています。例えば雪国に暮らす人々にとって辛い冬の雪かきも、沖縄やアフリカからの観光客にとっては是非ともやってみたい体験です。住民が毎日歩いている商店街や路地裏にも物語があり、ガイドと共に歩けばまちの風景がガラリと変わります。

 まずは地域に暮らす我々が“暮らしぶりの中にある価値”に気付くこと。新たに何かを作るよりも先に、元々あるものを活かすこと。すると地域全体のシビック・プライドと稼ぐ力が向上するのではないか。日本国内にまだまだ存在する、掘り起されていない地域の暮らしぶりが新しい国内観光再構築の軸となり、明日の訪日観光底上げへの原動力となるのです。

地域の素材を掘り起こし、因数分解&再編集で魅力ある商品に。

『因数分解して松竹梅展開する① 〜牡蠣ツアーの例〜』
 牡蠣の産地で、その地域ならではの観光商品を造成しようと考える時「牡蠣漁師さんの船に乗せてもらい収穫体験する」が思い浮かぶとします。大切なのはここで“考えることをやめない”事です。

 例えば「水しぶきがかかると服が汚れてしまう」と考えるお客様はこの商品購入を躊躇する可能性があります。「服汚れるのが嫌なら来なくていい!」と考えがちですが、それだとチャンスロスになります。

 そこで「港に青空レストランを設えて、獲てたての牡蠣を食べてもらう」「獲れたての牡蠣をすぐに高級寿司屋に運び調理してもらう」など、客単価を上げるイメージで発想を広げていきます。

 1つの地域資源から複数の着地点を描く事(=因数分解)で観光商品造成の幅を広げ、松竹梅の価格設定をします。

・観光資源を3つに因数分解する例   

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©インアウトバウンド仙台・松島「TOHOKU LOCAL SECRET TOURS

『因数分解して松竹梅展開する② 〜遊覧船の例〜』
 日本三景松島を訪れると、松島湾を巡る遊覧船が有名です。割引適用等条件は異なりますが、一般的に料金は1500円で50分間遊覧を楽しめます。この遊覧船を活かして因数分解し、松竹梅展開してみましょう。

 乗船後しばらくは、皆さん風景を楽しんだり写真撮影をしたりと大忙しです。15分程して落ち着いたタイミングで「地酒とおつまみのペアリング」又は「寿司と地酒のペアリング」を提供します。

松:10,000円(地元寿司職人が乗り込んで寿司と地酒のマリアージュ)
竹: 4,500円(地元酒屋が乗り込んで地酒3種利き酒体験、おつまみ付き)
梅: 1,500円(通常遊覧)


 今回日本酒を軸にしましたが、地域にワイナリーやおいしい和菓子屋さんがあるならばバリエーションの幅はさらに広がります。

・観光資源を3つに因数分解する例

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©インアウトバウンド仙台・松島「TOHOKU LOCAL SECRET TOURS
  
 特別な事を書いているつもりはありませんが、実践できているかと問われたらそうでもない地域事業者が多いです。弱みを最小化しないと強みも最大化されず、アイデアは実践までがワンセット。思考力より思考量。呼吸するように考え続ける。意思のない現状維持はダメ。ダメだったらやめても、やり直してもいいので、まずはやってみる事が大切です。

『コンテンツとは何か? 〜再編集して価値を高める〜』

 「観光コンテンツ」という言葉をよく耳にしますが、コンテンツとは“素材・中身”という意味です。例えば春に桜が綺麗なまちがある場合、桜は地域コンテンツ。地域コンテンツである桜を活用して、お花見プランと言う“観光商品”を造成します。そもそも桜の魅力に気づけていないのならば「地域コンテンツの掘り起こし」です。「観光コンテンツ開発」と言われると私は少し違和感を覚えます。気付いて因数分解しできたら次は「再編集して、価値を高める」です。

『3万円のお花見ランチin弘前』

 地元弘前市で「手ぶらで観桜会」という商品を展開しています。桜が有名な弘前市では春になると弘前公園で「弘前さくらまつり」が開催され、例年250万人近い来場者数となります。地元の人はシーズンになると桜の木の下にゴザを敷いて宴会をします。これを「観桜会」と呼びます。

 当然、観光客も観桜会を楽しみたいと思うはずですが、朝から場所取りをして、食べ物や飲み物を準備して、後片付けをするのは大変です。そこでその全てをプレミアムにパッケージ化したのが「手ぶらで観桜会」という商品です。   

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©たびすけ「CHERRY BLOSSOM VIEWING PICNIC

 地域の伝統工芸品である津軽塗のお箸と津軽びいどろのお猪口を準備。これらは使用後お土産としてお持ち帰り頂けます。津軽塗のお重に地元食材のお花見料理を詰め込み、地酒やリンゴジュースを添えます。ほどなく参加者の為だけに祭囃子の演奏が披露され、約2時間のプレミアムランチ、お値段おひとり様3万円です。

 最初は日本人向けに1万5千円で販売していましたが「訪日客も関心を持つのでは?」と値段を2倍にして質を高めました。祭り期間限定の販売ですが例年100本程売れる人気商品となりました。

 地元の方には「そんな高い花見ランチ誰が買うんだ!」と言われたので「あなたではないです」と返したらとても怒られたのはいい思い出です。地元の人がこの商品を購入しないのは最初からわかっています。ターゲットは観光客なのですから。

 ポイントは訪日客向けに販売しているのは3万円バージョンのみで、1万5千円バージョンは訪日客には販売していない事です。そして、この商品だけの独自ドメインで展開しています。ちなみに忍者が登場します。弘前城には忍者がいたという史実に基づきエンターテイメント化しており大変人気があります。

・コンテンツ掘り起こしから商品展開のプロセス

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©インアウトバウンド仙台・松島「TOHOKU LOCAL SECRET TOURS

 このように「地域文化としての観桜会」「伝統工芸品」「地酒」「地域食材」「祭囃子」等、因数分解された地域素材を絶妙に組み合わせる事(=再編集)で価値が高まり、観光客は「商品を購入する」というワンアクションで地域経済と接続できるのです。

『3万円のお花見ランチin塩竈』
 コンセプトをそのままに、塩竈市では「Perfect Hanami Picnic at Shiogama Shrine」として横展開しました。塩竈バージョンではイスとテーブルを準備。地元料理店の店主が配膳してくれる設えとなっており、神社という雰囲気も勘案し三味線の演奏を披露します。  

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 ノウハウは共通していても、地域の魅力はまちごとに違うので同じものにはなり得ません。むしろクオリティコントロールされている安心感がありますから「弘前でも塩竈でも参加する」という可能性もあると思っています(塩竈バージョン販売の年にコロナ禍となり、まだ実績はないです)。

『そのツアーは地域を元気にしているか?』
 プロダクトアウト/マーケットインと言う言葉があります。マーケットインも大切ですが、そもそも地域が支持・応援してくれるツアーでないと続きません。もっとわがままでエコひいきなプロダクトアウト型ツアーが増えていいと思います。それを求めている人に届ければいいのです(求めている人が誰もいない場合は調整が必要です)。

 地域が支持・応援してくれるツアー造成を考える時「持続可能な観光地域」という概念はこれから不可欠になります。持続可能だから観光客が来るというよりは「観光客は持続可能でない地域を訪れない」という時代が目の前まで来ている事への認識が必要です。


観光で地元が潤うように、地域内調達率と価格設定を意識する。

 
『地域内調達率への意識を高める』
 観光客が手にたくさんの買い物袋を持ってあなたのまちを歩いています。しかしそれらの袋が全て全国チェーン店のものだったらどうでしょう?皆さんのまちという場所で買い物をしていますが、地域経済へのコミットは低いです。

 ランチを食べるならば、全国チェーン店より地元の食堂で食べてもらいたいですよね。しかしその地元の食堂が提供する野菜炒め定食の野菜が、全て県外産品だったらどうでしょう?単純に「観光客が増えた」「消費額が増えた」ではなく、本質を捉え深掘りする思考が大切。その重要なキーワードが「地域内調達率」です。

・本質的な地域内観光消費とは?
地域内観光消費 = 地域内観光客数 × 地域内消費単価 × 地域内調達率⇒【重要】

 
 先ほどご紹介した因数分解の例をラーメンに置き換えて解説します。海沿いにおいしいラーメン屋さんがあるとします。名物は地元の塩を使った塩ラーメン900円。ここからどのように因数分解して地域内調達率を高める事ができるでしょうか?

 例えば「塩だけでなく野菜も地元産」「さらに鶏肉も地元産」と、客単価を上げるイメージで塩ラーメンを地場産品でアップデートしていきます。「海のまちの地元食材だけで作った塩ラーメン」として価値を高めていくイメージです。

松:2100円(地元の塩と野菜と鶏肉使用)
竹:1500円(地元の塩と野菜使用)
梅: 900円(地元の塩使用)

 地元の方は「梅」を食べるでしょう。しかし観光客は「せっかく来たのだから」と「竹」や「松」を食べる可能性が高いです。オペレーションや仕入れに配慮しながら選択肢をある程度増やす事ができたなら、観光客心理に刺さるアプローチとなり、地域内調達率も高くなります。

 この考え方は「持続可能」であるとも言えます。塩ラーメンを通して地元農家さんへの売上貢献にも繋がります。コストをかけて食材を遠くから取り寄せると、運送時の二酸化炭素排出量が増えます。地域内の食材だけで食事を提供できる事は、観光客が食べたい「その土地らしい食」になると同時に、地球環境にも配慮された食事でもあるのです。

 「そこまで考えている余裕はない」「自分の事だけで精一杯」という方もいるでしょう。しかし持続可能な観光地域づくりの未来を見据える時、そのラーメンにどれだけの価値やストーリーを乗せる事ができるかが今後の鍵となります。

『1次産業と観光の双方向性に注意』
 冒頭、りんご農家さんとのツアー事例をご紹介しました。時期は限定されますが秋のりんご収穫体験はもちろん人気があります。この時気をつけなければいけないのが「1次産業と観光の双方向性」です。

 りんご農家さんはりんごを作り、収穫して販売したら生業として成立します。本来大切なりんご畑に、もしかしたら木にイタズラするかもしれない観光客を招き入れる必要はないのです。それでも対応して頂く時「ひとり300円でお願いします」などと言っては絶対にいけません。

 観光商品の価格を分析すると、特に1次産業系で人件費が勘案されていない事が多いです。さらに「価値ある体験」としての費用も上乗せされていない。仮に農家さんが「いいよ、300円で」と言ったとしても、しっかり対価をお支払いする事が不可欠です。

 その上で「りんごジュースのチラシ配ってみてはどうか?」「りんご収穫体験の内容をブラッシュアップしてみましょう」等、農家さんに寄り添い、継続する上で観光が 1次産業と本質的かつ経済的にいかにコミットできるかを示し、一緒に歩んでいく信頼関係構築が最重要です。

 いろいろな商売で「忙しいのに儲かっていない」という話を聞いた事ありませんか?稼がない観光は地域を疲弊させます。訪問客が増えるだけの観光振興ではいけないです。

『どのように値付けするか?』
 そもそも「継続していける価格設定」でなければいけません。間違っても「周りの相場」をベースに考えない事。最初に安く設定して後から金額を上げるのは大変です。不安な場合は高めに設定し「キャンペーン期間中」等、期間的に安くできるけれども元に戻せる仕組みにしておくと良いです。

 ① 1万円のツアーに100名参加
 ② 1万円のツアーに75名参加、うち25名が3ヶ月以内にリピート参加 
 ③ 2万円のツアーに50名が参加 
 ④ 10万円のツアーに10名参加 
 ⑤ 100万円のツアーに1名参加 

 上記はどれも売上100万円。どれが正しいと言う訳ではなく「どこを狙うか」です。私は④を狙っています。さらに重要なのは粗利です。どのくらいの利益率を目指すのか。①の利益率が仮に10%だとしたら、月に何本ツアー催行しなければいけないのか?リピーターはどのくらいの期間を経て何人戻ってくるのか?それらから逆算して計画を立てます。

 これからは「やらない事を決める」引き算の思考法が大切です。少人数で詰め込み過ぎず、余白と偶発性がデザインされた高価値・高単価観光商品のニーズは高まるでしょう。


地元を語れるガイドの重要性、国籍にとらわれない顧客ターゲット設定。

 
『ローカルガイドの重要性① 〜何とかする力〜』
 ある程度の富裕層を取り扱う海外エージェントを訪問すると必ず聴かれるのが「いいガイドはいるのか?」です。いいガイドとは「英語が話せて知識がある人」ではなく、一言で言えば「何とかする力」が高い人材だと思っています。

 訪日客は(人によりますが)旅中の予定変更やキャンセルが比較的多い印象です。例えばお寿司屋さんを予約しているのに直前になって「やっぱり今日は寒いからラーメンが食べたいわ」となるのは時折ある話です。この状況をさらっと“何とかする”のはマニュアルどうこうではなく、臨機応変力と人間力、そして地域(お店)との信頼関係です。

『ローカルガイドの重要性② 〜安心・安全の可視化〜』
 G Adventuresという旅行会社では、ローカルガイドをCEOs(Chief Experience Officers)と呼び、あらゆる体験をサポートしています。もちろん最近では感染症予防対策にもしっかり取り組んでおり、そのことを明確に示しています。このような「安心・安全の可視化」は今の時代真っ先に求められる要素なのは明確ですね。

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©G Adventures

『ローカルガイドの重要性③ 〜Tohoku Travel Concierge〜』
 東北にはまだまだ優秀なガイド人材が少ないです。東北は東北の人に案内をしてもらいたいという想いもあり、弊社では毎年「東北トラベルコンシェルジュ」の育成に取り組んでいます。あえてガイドとは呼ばず「何とかする力」や「安全管理」、そして「行程管理」など総合的な研修を行い、認定された方には有償にて仕事を発注しています。

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©インアウトバウンド仙台・松島「TOHOKU LOCAL SECRET TOURS

 ある別のガイド勉強会で「You need to be you」という言葉を聞きました。ガイドとして、あなたはあなたらしくあれ。というメッセージ。マニュアルを暗記してもそこに個性はなく「情報」ではなく「物語」を自分事として語れるガイドでなければ生き残って行けないでしょう。

 そう言う意味では「趣味は英語で落語」「週末は忍者」「唎酒師の資格所有者」など、自身の物語を持った個性的なメンバーばかりなので今後の成長が楽しみです。

 ありきたりな言葉になりますが、結局最後は「人」です。数の議論ではなく、地域の特色を活かした節度ある観光へ転換しリピーターを生み出すには、信頼の連鎖による“ガイドという個人のファンづくり”がとても大切です。

『ターゲットはコミュニティ』
 インバウンド市場では国別ターゲット設定をする事が多いですが、弊社ではコミュニティベースで展開しています。「日本酒が好きな人」「トレッキングが好きな人」「フライフィッシングが好きな人」のようにセグメントを整理すると国籍は関係なくなります。

 さらに「英語が話せる人」と絞り込みます。国別訪日客で考えると、中国語対応が重要ではありますが、弊社に中国語を話せるスタッフはいません。対応言語は英語のみ。つまり国籍を問わず英語が話せて、上記セグメントに当てはまる人だけから申込が届きます。これも引き算の発想です。

 するとセールス対象は必ずしも旅行エージェントではなく「海外の日本酒を取り扱うレストラン」「フライフィッシング協会」「自分の子供に日本で山歩きさせたいと考える保護者会」かもしれません。それらのコミュニティとどのようにすれば接点を持てるかを考えてみるのは、新しいアプローチになるはずです。

『セールスではなく「共同商品造成」』
 海外の旅行エージェントを訪問する際、既存ツアーのチラシを持参して説明し「販売手数料は何%ですか?」というやりとりはしなくなりました。東北の自然、温泉、食などの魅力を一通り説明し「さあ、あなたの顧客が満足してくれるのはこの中のどれですか?」と尋ね、その会社だけのオリジナルプランを作成して提出します。
 
 その時、こちらから1番強調する事は何だと思いますか?東北の食の素晴らしさ?自然の美しさ?伝統ある歴史?四季の移り変わり?それらは日本中どこにでもあります。

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©インアウトバウンド仙台・松島「TOHOKU LOCAL SECRET TOURS

 答えは「東京から90分」です。特にアメリカ・ヨーロッパ・オーストラリアの場合、そもそも東北がどこにあるか知らず、とても遠い場所と思っている人が多いです。「金沢より長野より近い」と伝えるとびっくりします。大切なのは距離軸ではなく「時間軸の地図」を示す事です。

『観光地域づくりへの当事者意識はあるか?』
 例えば京都の人は少なからず「自分は観光地に暮らしている」という意識を持っているのではないでしょうか?東北人にその意識はほぼないです。しかし東北の伝統や文化には価値があり「東北に暮らす人」はそれだけで観光資源なのです。これは全ての地域に暮らす人達に同じ事が言えるはずです。

 本章は「地元の魅力に気付いていますか?」という問いからスタートしましたが、その前に向き合うべきは「自分自身の在り方」です。あなたは自分自身の魅力と可能性と価値に気付いていますか?

 日本の観光資源は世界に通用する十分なポテンシャルがあります。しかし自分が暮らす地域に対して誇りを持ち、持続可能な観光地域づくりに対して圧倒的な当事者意識を持ち行動する人が増えない限り、世界とは戦えません。

 明日の訪日観光の底上げをするのは“あなた”なのです。

■第6章執筆 西谷 雷佐(Raisuke Nishiya)
株式会社インアウトバウンド仙台・松島 代表取締役、一般社団法人東北インアウトバウンド連合 理事長、たびすけ合同会社西谷 代表

青森県弘前市出身。高校卒業後ミネソタ州立大学マンケイト校で産業心理学とコミュニケーション学を学ぶ。2012年弘前市に着地型観光に特化した旅行会社たびすけ創立。「りんご剪定体験ツアー」「短命県体験ツアー青森県がお前をKILL」等、地域の暮らしに注目したユニークなツアーを多数企画実施、訪日外国人客や車いす旅行客への観光サポートを積極的に展開。2016年東北インアウトバウンド連合を創立、理事長に就任。2018年インアウトバウンド仙台・松島(DMO法人)を創立、代表取締役に就任。仲間たちと連携しオール東北で“持続可能な観光地域づくり”に取り組む。全国各地で観光地域づくりを軸とした講演やコンサルティングも行い、「地域資源を活用した観光商品造成」「広域連携及び地域との関係性構築」「稼げるガイド人材育成」に注力している。


第7章 「旅行者数が減るなら、お得意さんをつかむ」
高付加価値化で収益向上とリピーターが危機後の戦略

■本章のポイント
・旅行者数はすぐ元には戻らない。高付加価値&高単価戦略で生き残る。
・「個客」志向の高付加価値観光サービス、世界のマーケティング事例。
・密を避けた新サービスを、稼ぐ商品として確立するチャンスが来た。
・全方位型でなく、個々人の関心、動機を生み出すマーケティングを。

 2020年後半は政府の「Go To トラベル」により、国内から旅行需要が戻ってきました。それでも前年比マイナス需要の中で、人が集まる観光地や宿泊施設と、そうでない所の明暗も見られ、賑わいを見せた9月4連休の京都中心部のホテルでも、キャンペーン適用前の価格で1室4000円を切る例も見受けられました。このように、需要が戻りながらも供給の方が引き続き過多という状況は、あらゆる観光地で続くでしょう。

 コロナ後の観光業は、同業者が復活をかけてお客様を奪い合い、値段競争に打って出てきます。こうした競争は日本国内のみならず世界規模で起こり、これまでと同じようなサービスをこれまでのような価格で販売していては、国内だけでなく海外との競争に敗れ、お客様が集まらず、収益力は低下せざるを得なくなります。

 価格競争の中に竿をさし、収益力を高めながら集客を行い、リピーターになってもらうためには、付加価値の高いサービスを提供し差別化することが必要です。では、「高付加価値」「差別化」とは具体的にどのようなものでしょうか。これらは個人個人の異なるニーズやデマンドに対応しお客様の満足度を高めるサービスを提供することです。グリーンツーリズムやアグリツーリズムなど、「何をするのか」によって付加価値をつけることはもちろんですが、ここでは今やっていることに付加価値を加え差別化できる例をいくつか挙げてみます。


世界の先端事例に学ぶ、「個客」志向のローカル・サービス。

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『アンシラリー・サービス』
 付加価値サービスの代表的なものは航空会社のアンシラリー・サービス(補助的サービス)です。次世代の航空券流通システムNDC(新流通規格)の登場によって航空会社は豊富なサービスを提供できるようになってきています。食事の有無や選択肢、空港のラウンジサービス、追加手荷物、特別な座席の指定やアップグレードも有償で可能になり、お客様のニーズに合わせたサービスが提供されることが当たり前になります。また、最近では密をさけるため前後左右の座席を有料でブロックできるサービスも登場しています。こうした「プラス・アルファ」の動きは次第に航空以外のサービスにも普及してゆくでしょう。

『ベジタリアン対応』

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 スイスでは人口の14%、イギリス、イタリア、ドイツ、オーストラリアでは10%が今や菜食主義者と言われており、肉・魚・卵・乳製品などの動物性食品を食べないビーガン(完全菜食主義者)を含め、その数は急速に増加しています。レストランにおいてベジタリアン・フードを提供しないということは、これらのお客様にレストランが選ばれないだけでなく、菜食主義者が一人でもいる家族連れやグループ全体から避けられてしまうことを意味します。

 アメリカ在住の人が「こっちのベジタリアンはマズい」と言っていましたが、日本のベジタリアン・フードは創意工夫と味が良いことで定評がありますから、単に食材を列挙するだけでなく、もっとアピールするべきです。他にもグルテンフリー、イスラム教徒のハラール、ビンズー教徒の牛肉忌避など、お客様の多様なニーズに応えることで、付加価値を上乗せした価格でサービスを提供することが可能になります。

『サスティナビリティ』
 サービスがサスティナブル(環境に配慮し持続可能であること)であることも付加価値の一つです。ヨーロッパ人を中心にサスティナビリティについての関心は年々高まっており、サスティナブルでないサービスは次第に拒否されつつあります。例えば、お客様にペットボトルのお水を配ったら、「これはサスティナブルでない」と断られる時代は、もうやって来ているのです。

『ストーリーを語れ』

 提供するサービスやプロダクトを、どのような側面から魅力をアピールするかも大切です。ドイツの「ロマンティック街道」はその好例で、ヴュルツブルクからフュッセンまでの約400kmの街道ルートに「ロマンティック街道」というネーミングを付けたことで、ここの街道の周辺の街々はストーリー性のある魅力を附されました。

 日本の例を挙げれば、Walk Japan社の「奥の細道」は秀逸な企画で、世界的に知られている松尾芭蕉の足跡を徒歩中心で辿ります。ただの東北周遊ツアーが「奥の細道」のストーリーに沿った旅行へ様変わりするのです。こうしたアプローチを取り入れることで、お客様は次の「ストーリー」を求めてリピートするようになります。

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『外国人の視点を取り入れる』
 外国人に製品造成に参加してもらったり、海外の例を参考にしたりすることも付加価値を見つけるのに役に立ちます。例えば、長野県の阿智村は日本で有数の星空観賞場所で、星座鑑賞のために天体望遠鏡や撮影機材を有料で貸し出すサービスがあります。

 一方、オーストラリアの中心部にある砂漠の中のウルル(エアーズロック)には「サウンド・オブ・サイレンス」(静寂の音)というツアーがあり、スパークリングワインを片手に地平線に沈みゆくサンセットを鑑賞し、完全な静寂の中、蝋燭の灯だけで3コースの夕食を楽しんだ後、星座鑑賞を行うというツアーがあります。

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 阿智村のツアーは1人2,000円程度ですが、サウンド・オブ・サイレスはAU$229(18,000円)で販売されており、高付加価値化のヒントになります。

『ファミリーやシニア、行動の不自由な方への配慮』

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 家族連れに対応することも重要です。日本にはホテルで3人部屋・4人部屋を提供するところがありますが、欧米では家族が一つの部屋に宿泊することを嫌い、子供だけを繋がっている隣部屋(インターコネクティングルーム)に宿泊させたり、手頃なスイートルームを利用したりすることがかなり一般的です。

 また、アクティビティやツアー、観光施設などでも、「家族割」をもっと導入し、子供に喜ばれるような工夫をすること必要です。欧米では年金受給者を対象とする「シニア割」(Concession)という料金制度があり、格安のシニア料金あるいは無料で提供しているものさえかなりあります。これは子供やシニアを大切にしているという強力なメッセージとなります。

 アクティビティなどは難易度や危険性を明確に示して、初心者向けなのか熟練者向けなのかを表記するとよいでしょう。また、シニアや足の不自由な方はどれくらいの距離を移動しなくてはならないか、勾配はきついかなどの情報を前もって入手することを強く望んでいます。これらは付加価値を加えるだけでなく、他社との決定的な差別化になり、安心してリピートできる場所だと認知してもらうことができます。

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『貸し切りや特別扱いによる差別化』
 お客様は自分達だけが特別に大切にされることに大きな満足感を得ます。例えばバチカン宮殿は開館前の貸し切りを行っており、ルーブル美術館は閉館後の貸し切りを行っています。普通は拝観しかできない寺社の内部で特別な祈祷を受けられるだけでも、お客様は特別感を味わうことができます。この差別化が付加価値そのものなのです。


今こそ密を避けた高付加価値サービスで、稼ぐ商品を作るチャンス。


『収益モデルの変化』
 コロナ禍によって、これまで大人数で催行していたツアーやアクティビティは従来のスケールでは売れなくなってきています。混載バスツアーのように、大型バスやガイドの料金を参加人数で割って値を下げて販売するモデルが衰退し、チャーターした小型車を家族や小グループで貸切るスタイルが欧米や中国でも人気が出ています。これによって値段は上げざるを得なくなりますが、人数が減ってグループが小型化すれば、訪問できる場所もレストランもバラエティが広がります。

 例えば40人が一度に食事ができるレストランは団体用に作られており、団体に提供しやすい冷凍食品を使った料理が提供されますが、5人程度なら一般のレストランを使えるようになり、食事の質と満足度は格段に向上します。また、ベジタリアンやアレルギーなどのお客様への対応にも気を配ることができるようになるでしょう。

 訪問できる場所も、これまでは神社仏閣を外から参拝するしかできませんでしたが、小グループなら中に入り祈祷や法要を受けられるようになります。コロナは品質向上による高付加価値化の契機と考えることが重要です。

『アドベンチャー・ツーリズム』

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 密を避けるという観点から、世界中でアウトドアのアドベンチャー・ツーリズムに人気が出てきています。自分の国で体験できるアクティビティでも、お客様は日本の海でマリンスポーツを、日本の川でラフティングを、日本の渓谷でバンジージャンプをしてみたいものなのです。そしてアドベンチャー・ツーリズムの市場規模は1兆円で、エコツーリズムやグリーンツーリズムの倍の規模があります。

 しかしながら、日本ではアクティビティの危険性についての基準化がまだ手つかずで、安全性が十分に担保されているとは言い難い状況にあります。ニュージーランドにはアドベンチャー・アクティビティの安全基準「AdventureMark」という認証制度があり、アクティビティが高付加価値で安全な商品として認知されています。

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 日本でもこうした認証制度を確立することでアドベンチャー・アクティビティは高付加価値なサービスとなり得ます。2021年9月には北海道で「アドベンチャートラベル・ワールドサミット」が開かれます。これを機に日本でもアドベンチャー・ツーリズムが広がってくることを期待しています。

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地元人が関わる価値、シビック・プライドが生み出すホスピタリティ。

  お客様は訪問する場所を訪れるにあたって、地元のガイドから思い入れのある説明を聞きたいと願っているものです。例えば、茶畑を訪問するとします。そこにあるのはただの茶畑ですが、それがどのような歴史をもって栽培されるようになり、加工され、様々な製品が生まれるに至ったかを地元の人間に語ってもらうことが大切です。

 日本酒についても、ただ酒蔵を訪ねてお酒をテイスティングするだけでなく、使っている地元の米ができるまでの歴史、そして杜氏が酒造りにかける情熱を語る姿を見ることは、地元と触れ合うすばらしい体験となり、地域のファンを育てることになり、リピーターの形成に繋がります。

 地元の人たちが地元のプロダクト文化・伝統・芸術を愛情と自信をもって発信するようになると、郷土愛と自信が醸成されてきます。こうしたものは欧米で「シビック・プライド」(地元民の矜持)と呼ばれています。

 インバウンド観光客の増加は観光地の間で競争を激化させています。それは日本国内における競争であるのみならず、他国との競争です。観光先として選ばれ続けリピーターとなってもらうためには、地域を「選ばれ続ける場」とする創造的な「プレイス・ブランディング」の視点が不可欠です。これは、観光客を集客することだけを目的とするのではなく、その土地の住民・文化・芸術・伝統・地場産業への共感を呼び起こし、受け手側も環境へ配慮しながら、地域社会へ貢献を担うといった様々な面から観光地全体の価値を高めることです。

 簡単に言えば、主体を場所から人間が作りだす地域の魅力に移すということになるでしょう。そこで地元民の矜持である「シビック・プライド」がよりよいプロダクトを生み、応対する地元民をさらに勇気づけるという良い循環が生まれ、プレイス・ブランディングが確立されリピーターが形成されるのです。

■第7章執筆 平山 篤 (Atsushi Hirayama)
Rezdy Japan / RateGain Japan 日本代表

海外と国内におけるオンラインとオフラインのインバウンド業で30年の経験を持つ。海外に渡りホテル業を経て世界で最も長い歴史のあるイギリスの旅行会社・トーマスクックに勤務、オーストラリアにおけるインバウンド部門の代表を務める。インターネットの始まりと共にコンサルティング業に転じ、日本でのオンライン旅行会社の設立に参画。その後はJTBオーストラリア、日本旅行オーストラリア、イギリスのザ・トラベルコーポレーションやオーストラリアのフライトセンターのDMCであるバッファローツアーズ(現・ディスコバ)日本代表等を経て、現在はホテルや旅ナカのサイトコントローラーを日本に普及させる仕事に従事している。


第8章「デジタル自らを使いこなして、未来を拓く」
観光経営もDX、ITデジタルを活用し自走する観光地へ

■本章のポイント
・人の動きが制限され、デジタル・マーケティングの重要性がさらに加速。
・外部丸投げによる弊害を知り、組織内にデジタル運営ノウハウ蓄積を。
・入れ替わる最新トレンドを知り、オンラインを活用して観光もDXを。


人が動く誘客活動に代わり、デジタル・マーケティングが最重要に。


 国境を越えた人の往来が制限された2020年、ファムトリップ、インフルエンサー招請、旅行博出展といったインバウンド誘客活動も全面的にストップになりました。しかし、情報が国境をまたぐことは制限されません。ますますデジタル・マーケティングが重要になってきました。

 日本では2011年の東日本大震災から9年ぶりの大きな危機ですが、2020年の新型コロナウイルス(COVID-19)以前にも、日本以外では2015年にMERS(中東呼吸器症候群)が流行。2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)流行の際には、日本でもサッカーの国際大会が半年延期になりました。2008年リーマン・ブラザーズ破綻に始まった世界金融危機、2011年9月の全米同時多発テロとそれに続くイラク戦争、古くは1992年の湾岸戦争など、世界では「海外出張どころではない」出来事が10年に2~3回は起こってきました。その度に誘客活動停止とならないよう、次の危機が来る前に、今こそ観光組織はデジタル・マーケティングを整備するべきでしょう。

・出発前に得た旅行情報源で役に立ったもの(複数回答)※6位以下はデジタルのみ抜粋

出発前に得た旅行情報源で役に立ったもの(複数回答)

出典:観光庁「訪日外国人消費動向調査」(2019年)

 2019年、日本政府観光局の調査では、訪日旅行者の情報源としてそれまで不動の1位だったブログを抜いてSNSが初の首位となり、4位口コミサイト、5位動画サイトといったユーザーがコンテンツを投稿するメディアが、各種公式ホームページに比べて急伸しています。全世界でのユーザー増に加え、訪日旅行者が2000万人、3000万人と増え日本旅行体験を投稿したコンテンツが急増したためです。すでに重要性を増していたユーザー参加型メディアが、2020年の危機によりさらに重要になってきたと言えます。


デジタルは難しくない。外部丸投げより組織内にノウハウ蓄積を。

 観光現場におけるデジタル・マーケティングは、それを専門とする事業者に制作や運用を委託する例は多いと思います。しかし、新型コロナウイルスにより、私たちの働き方も「ZOOM」などオンライン会議システムによるリモートワークなど大きく変化し、昨年までは触ったこともないツールを使いこなしている方も多いと思います。個人で「Facebook」の投稿をできる方は、公式アカウントの運用担当者としての基本的な素養はあるはずです。

 専門家に頼ることはプロフェッショナルに仕事を納期までに納品してくれる一方、依頼者側が本来望むべき形や成果になっているかの評価がおろそかになる弊害もありえます。下記はある観光動画の累計チャンネル登録者数推移(日別)ですが、2~3月の年度末には勢いよく増え、4月以降はほぼ伸びが止まっています(念のため、これは関係者限資料ではなく、オープンな計測サイトで誰でも見られます)。単年度事業で委託事業者が変わると、翌年度は新たな要求もできません。

・観光動画の累計チャンネル登録者数の推移例

観光動画の累計チャンネル登録者数の推移例

出典:「NoxInfluencer

 観光動画の内容では、撮影された地名がどこにも書いていない映像を見かけます。匿名のスポットが次々詰め込まれ、「じゃらん」ガイドブック編集長だった私にもどこだか半分以上わからない、というものもあります。日本政府観光局(JNTO)特別顧問のデービッド・ アトキンソン氏も「地球の7割は海」と、どの国の海岸線かわからず差別化になっていない動画の存在を指摘しています。いわば地名の入っていない映像パンフレットでは、旅行者は興味を持っても自ら調べて旅行の計画を立てることができません。

 仮に、映像クリエイターの作家性を尊重し、動画内に地名を掲示できなかった場合でも、チャプターを設定し概要欄に目次をつけることで情報を表示できます。閲覧者が気になった再生箇所へスキップして再度見たり、名称で検索して詳しく調べる助けになります。担当者がそういった知識を有して制作者へ伝えられれば、オウンド・メディアの品質を管理することができます。

・YouTube チャプターと目次設定の例

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出典:三重県「Japan Travel "Mie"

 「Facebook」や「Instagram」については「Facebook Blueprint」や「Instagram for Business」といった公式ガイドに加え、日本政府観光局(JNTO)が「デジタルマーケティングガイドライン」を公表しています。JNTOの海外事務所もそれぞれ数十万規単位のフォロワーを持つSNSを運用しています。シドニー事務所のInstagram「VISIT JAPAN AU」は、外国人スタッフが内部で運用を行っており、広告なしで数千の「いいね!」や、Facebookページ「VISIT JAPAN AU」には投稿ごとに数百を超える熱心なコメントが寄せられています。

 これらはUGC(User Generated Contents=ユーザー投稿コンテンツ)を活用する手法で、ハッシュタグ「#VisitJapanAU」を付けてフォロワーに投稿をしてもらい、その中から選んだ画像をメンション(@投稿者を言及)&リポスト(再投稿)という手法で運用しています。2020年から当面は旅行者減による旅行先からの撮影画像の投稿が激減し、昨年同時期と同じ素材を投稿するなどして、更新をやりくりしています。日本に居て日本の画像を収集できる自治体やDMOのアカウントがコンテンツを整備し、JNTOをはじめより多くのフォロワーを持つアカウントに採用してもらうチャンスとも言えます。

・Instagram、ユーザー投稿コンテンツ(UGC)利用投稿の例

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出典:日本政府観光局シドニー事務所 「VISIT JAPAN AU

数年ごとに変わる集客メディアのトレンドをキャッチアップして活用。

 デジタルのトレンドは数年単位で変わります。前出の外国人旅行者の情報源1位のSNSは2015年時点では12.0%で8位、2019年5位の動画サイトは4年前わずか4.7%でした。最近は動画サイト「TikTok」のユーザー数が急増し、「Instagram」も対抗機能として「リール」を実装しました。

 しかし、観光事業者の間で近年、最重要との評価を聞くのが「Googleマイビジネス」です。これはGoogle検索結果の右、地図の下に出ている店舗情報などを、施設運営者が自ら編集できるものです。名称や住所などGoogleが提供する基本情報の下に、「このビジネスのオーナーですか?」というリンクをクリックして登録申請すると、郵送による事業者確認を経て、「TripAdvisor」の施設ページと同じく情報や写真の投稿ができるようになります。京都市観光協会(DMO KYOTO)も会員事業者に登録を勧めており、そのデータや事例などの共有に力を入れています。

  スマートフォン版Googleにおいては、すべての検索結果より優先してGoogleマイビジネスが最上部に表示され、自社サイトのSEO(検索エンジン最適化)より即効性があります。「WEBSITE」ボタンにリンク先に、公式サイトへのリンクを設定することも可能です。

・「Googleマイビジネス」+「Googleで予約」(時間指定チケット販売例)

Googleで予約

©Google

 「Googleマイビジネス」には「Googleで予約」という、Googleから予約サイトに遷移することなく、そのまま予約できる機能を活用できます。すでに都市部では「トレタ」「テーブルチェック」といった予約システムと連携し、ぐるなびや食べログといった予約サイトに迫る顧客獲得の重要手段になっています。観光施設やアクティビティの予約獲得にも使え、密を避けるために人数を限定した時間指定チケットをオンライン販売することもできます。感染拡大局面の営業時間変更や感染対策ルールなどの告知と合わせて、最新の情報をGoogleが集めるトラフィックを活用して告知することができます。

・国内で「Googleで予約」と連携できる予約サービス

飲食:TableCheck、EPARKグルメ、エビソル、ぐるなび、ヒトサラ、トレタ、Retty
レジャー:GetYourGuide、アソビュー、Tigets、Viator、kkday、KLOOK

出典:「Googleで予約」から筆者調査


オンラインツアーも登場、業務とサービスのDXで新しい顧客をつかむ。

 菅義偉内閣では平井卓也デジタル改革担当大臣の元、デジタル庁の創設により、行政手続きの改革を目指しています。時代のキーワードであるDX(デジタル・トランスフォーメーション)とは単に紙を電子に置き換えるだけでなく、業務プロセスや顧客提供サービスをも変革することを言います。

 2020年の観光業界で生まれたデジタルトレンドとしては、オンラインツアーが挙げられます。2月には「TABICA」、4月には「Airbnb」などがオンライン体験の販売を開始、多くのガイドやアクティビティ事業者がオンラインサービスを開始しました。

 琴平バスが5月より催行する「オンラインバスツアー」は、現地生中継と収録動画、物産の事前配達などを組み合わせたサービスが人気となり、NHKや民放全国ネットなどテレビの取材が殺到。社内業務ツール「ZOOM」を顧客サービスに転用、自身も兵庫の自宅からテレワークを5年間実践する山本紗希執行役員が、ツアーの企画造成からガイド役まで務める形で実現しました。「オンラインを活用した来訪意欲の増進」は、2021年度の観光庁関連予算で新たに追加されました。

・DXの推進による観光サービスの変革と観光需要の創出

DXの推進による観光サービスの変革と観光需要の創出

出典:観光庁「令和3年度予算概算要求の概要

 中止となった旅行博に変わりBtoBの商談でもオンライン化が進んでいます。海外政府関係者や旅行会社、メディアとオンラインでつなぎ、オンラインツアーも旅行者向けのプロモーションとして実施されています。大掛かりなリアルイベント参加と違い、時期を問わず予算をかけずに相手も自らコンタクトして行えるというメリットを最大限に生かし、機動的に活動する自治体やDMOも出てきています。

 2020年はFun Groupが12.6億円、WAmazingが8億円、アソビューが13億円と、観光関連スタートアップ企業が大型資金調達に成功しました。このような状況下でも観光×デジタルは有望と、業界外のインベスターが評価しています。JTBは国内ツアーを需要に応じて価格が変動するダイナミックパッケージ「MySTYLE」へと刷新し紙パンフレットからシフトを進め、修学旅行向けのVR(仮想現実)動画では清水の舞台を飛び降りる、といった現実には不可能な体験を提供。会社の規模の大小や歴史を問わず、生き残りをかけてデジタルに注力しています。

 観光業界以外でも2020年、築地本願寺はオンライン法要サービスを開始。100万円ほどで機材を導入、映像収録から配信まで内部スタッフ=僧侶が行う内部完結の制作体制を短期間で築きました。

 かつてヤフーのトップを務めた宮坂学東京都副知事は、デジタルサービスを「発注する人」ではなく「作れる人」を行政組織の中に増やす、と都の構造改革推進チームと共に取り組んでいます。

 2000年に「じゃらん」のオンライン宿予約サービスがスタートした直後、編集長の私をはじめ社員総出で宿ホテルに出向き、インターネットの設定から説明したものですが、今や複数の宿泊予約サイトを管理するサイトコントローラーは常識です。

 今どき個人の誰もが「ZOOM」やスマホを仕事で当たり前に使えるように、これからは宿泊以外の観光関係者もすべて、デジタルを使いこなすことが必須になった時代が来たといえるでしょう。

■第8章執筆 萩本 良秀 (Yoshihide Hagimoto)
DeepJapan.org エグゼクティブ・ディレクター
「ISIZEじゃらん(現じゃらんnet)」「じゃらんガイドブック」編集長、「@ぴあ」編集長、「Yahoo!ニュース」プロデューサーなどを経て、訪日旅行のアドバイス投稿サイト「DeepJapan.org」立ち上げに参加、日本在住外国人を起用した多言語観光サイトの制作、外国人目線での訪日プロモーションに携わる。「handy Japan」メディア・ディレクターを経て、関東観光広域連携事業推進協議会で広域DMOのデジタル戦略を担当。全国通訳案内士としても150名以上の外国人旅行者をガイド、「PRESIDENT Online」でインバウンド事情の最前線を伝えるメディア記事執筆も行う。観光庁「世界水準のDMO形成促進事業」「インバウンドの地方誘客促進のための専門家派遣事業」登録専門人材。


第9章「観光組織の役割を明確化、正しい施策を推進」自治体、DMO、民間の役割、一貫性ある観光地運営

■本章のポイント
・JNTOや行政との棲み分けを理解し、DMOに求められる役割を実行する。
・マーケティング、受入環境整備、プロモーションの地域戦略と実務。
・自主財源、オンライン、感染症対策。危機後のDMOイノベーション。

 役割が重複し、散発的で差別化ができていない観光地の誘客活動。 冒頭の課題に関して、後述するDMO(観光地域づくり法人)の事業フレームワーク化により重複するセグメントを可視化して俯瞰的に把握することで、ビジョンに基づく「観光地域づくり」の最短ルートのロードマップ策定とともに各組織事業の整合性を図りつつ、企業で言う本社の部門横断的なマネージメント構築が効率的です。

 掲題の「自治体、DMO、民間の役割、一貫性のある観光地運営」は、地域ごとの縦割組織が混在する中、「全員が独立した4番でピッチャー」である必要性に疑問を抱き、DMOが率先垂範して「チームビルディング」による各組織の最適化が具体的な解決方法であると推察されます。

 DMOは、訪日外国人旅行者の地方への流れを戦略的に創出し、外貨獲得による地方創生を実現していくためには「観光に関する各種データ収集・分析のマーケティング」「受入環境整備・コンテンツ造成など来訪者満足度向上のプレイス・ブランディング」「JNTO、行政、広域・地域連携・地域DMOの役割分担」など、明確なコンセプトに基づいたゴールセッティングと戦略策定が求められ、自治体が目指す「住民のライフクオリティ向上」の実現には、地域の民間企業がデータドリブンな科学的アプローチにより「稼ぐ力」を引き出し、DMOを核とする観光地域づくりに取り組むことが重要です。

 本章執筆にあたり、本質はあくまで、地方創生というコンテクストから、観光庁と連携してDMO、民間事業者をパートナーとして一緒に汗をかきながら、「地域×大手企業×ベンチャー企業」「次世代・若手のエンパワーメント」の多様性が地域のイノベーションを加速化させる信念のもと、ディスティネーション・マネージメントをワンストップで推進するのが、DMOのあるべき姿というコンセプトから以下を考察します。


観光組織の役割と機能、JNTO、DMO、行政間の正しい棲み分け。

 日本政府観光局(JNTO)は「日本・広域」の海外セールスを担い、広域・都道府県DMOは各自治体の自然・歴史・文化等の観光素材の魅力(目的)を「テーマ」「エリア」別に最大化するため、分断された地域連携を推進する機会創出を行い、I Tを駆使した分析など地域DMOと屋上屋を架することがないエリア全体に対して高度で俯瞰的なマーケティングが求められる一方、地域DMOは後述する受入環境整備、コンテンツ造成の役割が大きい、という棲み分けになりますが、役割が重複、散発的な場合は以下の整合性を図るフレームワークが参考になると思います。

・JNTO、自治体との棲み分けにおけるDMOの役割(例)

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出典:(一社)地方創生パートナーズネットワーク(R-NET)


DMO3つの機能、マーケティング、受入環境整備、プロモーション。

 本章筆者は観光庁事業の外部専門人材であり、全国DMO設立から「マーケティング」「受入環境整備・コンテンツ造成」「プロモーション」等の実務当事者としての観点から考察し、評論や分析、補助金申請・書類作成の代行等のコンサルティング集団ではなく現場の「ハンズオン」を実施している団体の代表として以下を考察します。(全国のハンズオン事例)

・DMO(観光地域づくり法人)の3部構成(例)

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出典:(一社)地方創生パートナーズネットワーク(R-NET)

 これらのミッションを遂行する上で、DMOの組織は地域の主たる観光事業者による部会運営コンセプトから成り立ち、テーマ別マネージメント、エリア別マネージメントを行い、広域なディスティネーション・マネージメントを担っていきます。

・DMOの部会構成一覧(例)

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出典:(一社)地方創生パートナーズネットワーク(R-NET)

・広域ディスティネーション・マネージメントのダイジェスト版

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出典:(一社)地方創生パートナーズネットワーク(R-NET)

 次に、DMOが推進する「①マーケティング」「②受入環境整備」「③プロモーション」の各論について考察します。

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 「マーケティング」は本質的に、誘致活動という「プロダクトアウト」発想ではなく、顧客(訪日外国人旅行者)が求める価値を効果的に得られる「マーケットイン」発想を基盤として、顧客を解析し、期待以上の満足を追求し目標に対する現状ギャップ(課題)を埋める仕組みづくりです。

 このマーケティング効果を最大化するためにはブランディングが必要であり、例えば「ダイソン」の掃除機を買いたい人は、ダイソン本社が英国であるが知らなくても良く、コーヒーを飲みに行こうではなく「スタバ」に行こう。というのと同様に「目的(例えば城崎温泉を浴衣で歩いて写真が撮りたい。)」が、日本、兵庫県のプロモーションさえ無意味とするのが究極のプレイス・ブランディングであり「城崎温泉に行く」が地域の資産価値「ブランドエクイティ」となります。

 「②受入環境整備」は「ハード整備」と「ソフト整備」に大別されます。ハード整備とは旅行中に訪日外国人旅行者がストレスなく過ごしていただけるようICTを駆使してWi-Fi環境整備、多言語表記等の充実を図り、CS(Customer Satisfaction)向上による良質な「口コミ」により売上に繋げるプロセス構築において、リテンションマーケティングの基盤となる主に地域DMOの「官」の機能が主に担う重要なセグメントです。

 満足度に大きく影響するソフト整備は、「コト消費」に代表される「民」が主導する体験において広義では受入環境整備の中に「コンテンツ造成」が含まれ、魅力的な日本人の「生活」「文化」をそのまま訪日外国人旅行者が「体験」として共感できることが近年のトレンドです。しかし、地域によっては記念撮影で住居、畑に無許可で入るなど「観光公害」として住民の普段の生活と旅行者の行動から生まれる課題に関する共存共栄の道が模索されています。

 「③プロモーション」については、主に訪日外国人旅行者は「目的」を達成する手段として日本に旅行するため、DMOはマーケットが望む「目的」を作りJNTOと連携してプロモーションを行う役割分担が望まれます。

 DMOにおいて令和2年度のプロモーション・広告費は単年度予算であり、後述する目的税という観点から使途の自由度、来年度に持ち越して中長期的にストック等はできませんが海外OTAのオンライン商談会等で引き続き予算措置が講じられているDMOが散見されます。

 また昨今、効果的なプロモーション=S N S「口コミ」の経験則から質の高いブランド形成手法を類推するためには、マーケティングで前述した「ブランディング」により地域への訪問滞在が目的となる地域が目指すブランド形成(プレイス・ブランディング)から逆算して中長期的な受入環境整備の打ち手を体系化したフレームワークが必要です。

 以下はDMOのヒアリング・調査から打ち手のセグメント、時間軸を明確にするとともにリスク顕在化までステークホルダーのエンゲージメントを重視しつつ、地域経済への貢献、旅行者に裨益するゴールまでのアカウンタビリティを担う事業を整理するためのフレームワーク事例です。

・DMOの打ち手(例)

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出典:(一社)地方創生パートナーズネットワーク(R-NET)


自主財源、オンライン、感染症対策。新たな課題に取り組む時。

 DMOの自主財源としての、宿泊者に定率の賦課金を課す形で、地域の観光プロモーション活動等にかかる独自財源の安定的な確保することを目的に作られ、米カリフォルニア州を中心に採用されているTID(Tourism Improvement District=観光産業改善地区)を参考に、定率宿泊税が日本でも倶知安町ですでに導入され、ニセコ町が導入決定といった例があるものの、実質100円程度の値上げであっても旅館組合など値上げで利用者が減ることの危機感から反対が多く時間を要しています。また目的税という性質から税収後の使える用途に制限があり相当な検討時間を経ても議会で否決されているケースもあります。

 今後、受入環境整備の質を上げるためには、観光人材の待遇改善は地域雇用の観点からも重要ですが、観光行政を頂点として観光協会の事務局長(元自治体職員)がそのままDMO登録を行い事務局長に着任するという地域が多く、DMOは観光協会の看板の掛け替えではないかと指摘されており、高齢化が進む地域においては「デジタル専門人材の登用」「次世代・女性のエンパワーメント」とは程遠い道のりが課題と言えます。

 対策としては、内閣府の「エリアマネージメント負担金」という制度があり、地域商社(DMC)としてこの制度を活用することで自由度の高い財源確保が可能となる仕組みがあります。

 その他の対策案としては、多数の自治体に跨るスノーリゾート形成であれば、スキー場のTID (リフト税)の検討は自治体が足並みを揃えにくいものの、地域商社(DMC)として以下の役割分担の検討を行い、各スキー場、ホテル、飲食店等の受益者を明確にして「エリアマネージメント負担金」を導入し、地域全体として「共通リフト券」の販売手数料、「リフト券」の100円値上げを実行し、リフト負担金の財源から優秀な人材確保と地域のスキー場への投資を公平に配分することが理論上可能です。

 また、値上げすると近隣住民が来なくなるという声に対しても「住民割」を拡充することにより、地域外来訪者のみ値上げすることが可能であり、財源により投資が加速化して地域の魅力向上により100円の値上げで客足が遠のくことを回避することができます。

・DMO・観光協会、DMC、スキー場の役割分担

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出典:(一社)地方創生パートナーズネットワーク(R-NET)

 コロナ禍においては、年度末に向けて令和2年度の国際観光旅客税を利用したインバウンド事業(WEBプロモーション、海外展示会への出展・出張)の予算消化ができないため、オンライン商談会に100万円〜1000万円規模の予算措置を講じているケースもあるようですが、オンライン商談会、オンラインツアー、オンライン交流会は令和3年度の概算要求に記載のあった「オンラインを活用した来訪意欲の増進」という観光庁の施策に則った企画であり、来るべき時期のインバウンドの反転攻勢に向けて令和2年度に推進しておくべきコンセプト、事例を紹介いたします。

・コロナ禍におけるロードマップ(パラダイム転換の整理と市場・需要の相関関係)

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出典:(一社)地方創生パートナーズネットワーク(R-NET)

 「Go To トラベル」による国内需要から、来たるインバウンド来訪再開に向けて、感染症対策についての研修や設備導入の補助金支援を活用した対策の実施も、DMOの重要な役割になっています。

・感染症対策のハンズオン実例

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出典:(一社)地方創生パートナーズネットワーク(R-NET)

 最後に、本章執筆にあたり、観光地域づくり法人の外部専門人材としてディスティネーション・マネージメントの本質を振り返ると、「住民のライフクオリティ向上」、産業連関表等から算出した「地域経済波及効果」が目的であることから、自治体、観光事業者など多くのステークホルダーの観光地経営に資するガイドラインとなり、当団体の政府・自治体・DMO・民間企業の異業種と連携した「ハンズオン」により数百枚磨き上げてきた観光地のイノベーション「DMOフレームワーク」が地域の「危機をチャンスに変える」思考整理、気づきの一助になれば幸いです。

・観光地のイノベーションP E S T分析

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出典:(一社)地方創生パートナーズネットワーク(R-NET)

■第9章執筆 村松 知木 (Tomoki Muramatsu)
一般社団法人 地方創生パートナーズネットワーク(R-NET) 代表理事


大手旅行会社の本社事業部長などを経て独立。官民連携事業で内閣府・経産省・農水省後援 「ふるさと名品オブ・ザ・イヤー」「地域商社協議会」幹事長補(2016年度)、民間異業種44社からなる「地方創生・観光プロモーションコンソーシアム」を設立して代表理事(2016~17年度)、内閣府・経産省「宇宙戦略推進事務局S-NET」 ツーリズムオーナー有識者(2017年度)の設立経験から2018年に地方創生パートナーズネットワーク設立。大雪カムイミンタラDMO、ひょうご観光本部、大手スキー場運営のマックアース、自動翻訳機のITベンチャーのログバー等アドバイザー、顧問・監査役に就任。2019年8月~観光庁「世界水準のDMO形成促進事業専門人材」(P5参照)、観光庁「インバウンドの地方誘客促進のための専門家」、経済産業省「令和元年度 地域の魅力発信による消費拡大事業」専門家。


第10章 「人材育成と多様性は、観光でも重要テーマ」観光復活に必要な「人材」多様性を実現する3つの方法

■本章のポイント
・観光とは事業。インバウンド再注力と必要な人材について考える好機。
・外の人を「迎える」、中の人は「変わる」ことで人材の多様性を生む。
・働き方変革で、必要な専門人材を「借りる」ことを実現しやすい時代に。


危機を経て、観光という「事業領域」を再び選ぶということ。

 インバウンド観光市場の急成長にともない、2019年までの日本の観光業界では人手不足が課題でしたが、2020年、新型コロナウィルスによる感染症拡大により、人手不足どころか一部では休業や解雇を余儀なくされる事態となっています。

 コロナ禍は観光が大きなリスクを伴うことを浮き彫りにしました。産業としての脆弱性が明らかになるとともに、人の移動がウィルスを拡散させるという不安から観光客、特に都会から地方へ来る人々への抵抗感が観光地域の住民の間で広がりました。今後の観光を考えていく際には、地域住民の合意形成がこれまで以上に重要であることを第5章で確認しました。つまり、コロナ禍以降の観光はリスクを承知のうえで自ら選び取ったものとして取り組むことが大前提になってきます。

 そもそも、なぜ地域は観光を推進するのでしょうか。「隣の町がインバウンドで成功したからうちもやらないと」とか「B級グルメorゆるキャラをやろう」などといった、前例踏襲や横並び意識で地域の観光をとらえる傾向はなかったでしょうか。

 「地域の人々が気持ちよく幸せに暮らすことのできる場所であり続けること」によって地域の価値が決まるのだとすれば、観光はそのためのひとつの手段でしかありません。

『インバウンドを「再び選ぶ」という意思決定は、企業の事業判断と同じ』
 コロナ禍を経て、観光のリスクを身に沁みて知った今、なぜ観光なのか?を考え抜いたうえで観光を選ぶべきしょう。個人に置き換えれば「生まれ育った場所が観光地だから観光の仕事をする」「実家が旅館だから跡を継ぐ」という理由をいったん白紙に戻して考えるくらいの仕切り直しが必要ではないでしょうか。

 インバウンド観光を再び選ぶという意思決定は、企業経営に置き換えると「観光という事業ドメイン」で「外国人というカスタマー」を対象に事業を継続する、という意味になります。本当に自分たちはそれで行くのか?と自問してみてください。

 企業が事業ドメインとカスタマーを決めるときには、市場の成長性を見極めつつ、自社が持つ技術やノウハウ、取引先等を含む社外ネットワークとともに、自社リソースである人材の持つスキルや能力を生かせるかどうかを考慮します。

 しかし、これまでの地域のインバウンド観光ではそうした検討をする以前に見切り発車してしまったケースが多かったのではないでしょうか。市場の成長が著しく、かつ観光立国政策のもとで政府からの支援を期待できるインバウンド観光に、いざ取り組み始めてみるとインバウンド観光の知識やスキルを持つ人材が地域内部におらず、右往左往してしまった地域も多かったのではないでしょうか。

 だからこそ、いま一度立ち止まって考えてみてください。私たちの地域は本気でインバウンド観光を再び選ぶのかどうかを。自分の子どもや孫が大人になった未来を想像してください。彼・彼女らがこの地域で幸せに暮らしているために、インバウンド観光が必要なのだと心の底から思えるのかどうかを。

 地域に暮らす人々にとって「観光」とはいったい何なのでしょうか。地域独自の文化や産業や自然を尊び、守り、その価値を分かってくれる人にそれらを見てもらい体験してもらうこと、ともいえます。「地域の良さを外から来る人に褒めてもらうこと。それを嬉しいと思うこと。そして外から来る人が「観光消費をする」ことを通して「褒めるべき対象」を体験できる仕組みをつくること」とも表現できるのではないでしょうか。

 地域の良さとは、そこに暮らす人々が「こういうことを大事にしたい」「この地域のいい感じっていうのはこれだよね」という誇りや愛着を持つモノやコトや考え方です。地域の観光活動はすべて、この誇りと愛着に従って行われるべきです。「正しいプロダクト・アウト」(じゃらんリサーチセンター「とりーまかし別冊研究年鑑2020」)ともいえるでしょう。

 地域への誇りと愛着は、企業経営でいえば「経営理念」や「バリュー」と呼ばれるものですので「地域バリュー」と名付けたいと思います。住民の心の中にぼんやりとある誇りや愛着は、そのままでは目に見えません。しかし、観光商品に価値を見出して喜んでお金を払い満足する観光客の姿を見た地域の人々は初めて地域バリューを知る、-言いかえれば地域バリューとは観光の実践の積み重ねによって構築され強化されていくもの-とも言えるのではないでしょうか。


観光事業のコアである人材、求められるのは観光に限らない多様性。

『予測不能な世界では経験則が通じない』
 重要なことは多様性です。コロナ禍以前から近年の世界は変化のスピードが速く、予測の難しい状態にありました。コロナ禍真っ最中の今はまさに戦時ですが、たとえそれがいったん収束して平時に戻ったかのように見えたとしても、予測不能性はさらに高まり、これまでの経験則だけではやっていけないかもしれません。

 経験則が通じないときに役立つのは、自分とは異なる知識、能力、経験などを持っている「外」の人です。男性中心の組織であれば女性を、年長者の多い組織であれば若者を、日本人ばかりであれば外国人を、地元を一度も出たことがない人ばかりであればU・Iターン者を、業界経験者ばかりであれば別の業界経験者を迎え入れることです。

『観光の外側から考える』
 コロナ禍において気づかされたのは、観光だけで考えることの限界です。接触や移動が禁じられる状況で「観光には移動がつきもの」「観光は非日常を経験すること」「大事なのは対人で行う丁寧なおもてなし」などの従来の観光の考え方に縛られないビジネスが次々と現れました。「移動しないバーチャル観光」「非日常のなかで日常を過ごすワーケーション」などです。

 観光を観光だけで考えるのではなく「○○×観光」で考えることのできる人、それは業界内外に沢山いるのではないでしょうか。「同質性・均質性から多様性へ」をキーワードに人材を考えること、そのシフトチェンジの機会が今です。奇しくもコロナ禍が観光の射程を拡げるチャンスをくれたのかもしれません。

・「地域に残る縦割り打破と地域に眠る観光資源の磨き上げ」施策イメージ

地域に残る縦割り打破と地域に眠る観光資源の磨き上げ

出典:観光庁「感染拡大防止と観光需要回復のための政策プラン


多様な人材を「迎える」、中の人間も過去より進化した自分に「変わる」。

 ここからは、具体的にどうやって組織に必要な人材を確保するのか、その方法として「迎える」「変わる」「借りる」の3つをキーワードに考えていきます。

『この地域で働きたい!と思う人を迎える』
 まず、地域や組織に新しい人を迎えることについて考えます。企業が人材を外部から迎えるとき、業務・職務を遂行する能力やスキルがあることは当然として、そのうえで「自社の経営理念」に共感して「この会社で働きたい」と思う人が欲しいと思うでしょう。

 同じように、地域の観光では「この地域で働きたい」という人に来てもらいたいはずです。外から人を連れてくるときに、最も期待できるのは地元から離れていた地元人です。誰しも自分の地元には何らかの愛着や誇りを持っているものです。そのうえで、外の世界を経験し、地域の良さを相対化して考えることのできる人は第一の候補となるでしょう。

『外から迎えるチャンスが来ている』
 わたしたちの働き方・暮らし方はコロナ禍で大激変しており、新しく外から人に来てもらうには絶好の機会が生まれています。テレワークなど新しい働き方が定着し、混雑した通勤電車でオフィスに通う生活に疑問を覚え、地方へ移住したいと思う人が多くなりました。これまで都会に集中しがちだった人材を別の地域が迎える貴重なチャンスです。

 都会に就職した人が、地元に戻る時の転職先としては、今後の需要復活を踏まえれば、観光業の存在感は大きいといえます。同様に、地元で観光以外の仕事をしている仲間を集めるという方法も考えられます。物価が高く自然の少ない都会に比べて、地方に住んで地域に貢献したいと思う外国人もいるはずです。

 こうした人々に来てもらうために、地域と「外」の人材をマッチングする場をつくることができないでしょうか。観光以外の業界の知識や経験がある人、その地域とはこれまで縁のなかった人、そうした外側の人を積極的に中途採用し、業界・組織・地域内にはいないスペシャリストとして迎えるための出会いの場をつくれないでしょうか。

『観光の内側の人こそ観光の「外」を知ろう』
 次に、すでに地域の観光業界の内部にいる人が「変わる」ことについて考えます。地域のインバウンド観光を考えたとき、長期的には正規雇用されて組織を動かしていく人が、時代の状況に応じて「変わる」ことができる、ということがもっとも大事です。

 人材の多様性は「いろいろな能力・スキル・考え方の人がチームをつくる」という意味に加えて、ひとりの人のなかにあるはずの多様性を引っ張り出し、今の姿から変わっていくという意味もあります。人間としての私たちはいくつもの顔や可能性を持っています。

 同質性の高い組織では「自分を組織に合わせる」ことによって眠らされてしまっている個性や能力があるのではないでしょうか。観光に限らず、日本では業界や組織ごとに同質性が高くなりがちです。予測不能な世界において同質性の高い組織は生き残ることが難しくなりました。

 しかし、いったん同質的な環境から外に出てみると、自分の地域の良さや弱点、そして自分自身の価値や夢や弱点に気づくことができるはずです。いったん地域を離れ観光の外を経験して、内部人材がソトモノとしての経験をしていれば、新しく外から人を迎えるときにもポジティブに受け入れることができるようになります。「インバウンド観光を再び選ぶ」と決めた地域同士でリーグを組み、地域間で人材を交換してみることもできないでしょうか。

 こうして自分の地域や自分自身の良さと多様性に気づくことが大事です。観光だけをやって観光のスペシャリストになることが目的になってはいけないのだと思います。地域の人々が幸せになることが目的なのであって観光は手段なのだ、と気づくためにも、別の地域や異業種に出てみることが大切なのです。

 本章筆者は大学の観光関連コースの教員ですが、自身への内省もこめて、いま働いている職場では「観光のことしか考えていない学生は、観光そのものがわからなくなる。だからこそ歴史学、哲学、文学、地理学などの教養教育を大事にしよう」を合言葉にした大学教育を目指しています。将来の地域の観光を担う人を育てるには、観光の外で観光以外を学ぶことも必要なのです。


必要な人材を「借りる」、働き方の変化で専門性は調達しやすくなった。


 「迎える」「育てる」ための資金や時間が足りないという場合に、「借りる」という手段があります。特に専門的なスキルを必要とし、フルタイムで採用することが難しい領域では「借りる」は効率的かつ効果的です。

『働き方が変わり始めた』
 人材を借りる、という視点から見ると、コロナ禍は私たちにチャンスをくれました。企業の地方移転が進み、テレワークが珍しくなくなりました。観光に携わる人々のなかで、まだ一度もZoomでオンライン会議に出てことがない、という人はどれくらいいるでしょうか?たった数か月で働き方がガラリと変わった分野が多くあります。

 コロナ禍以前からの働き方改革の一環としての、企業の副業解禁も加速しています。テレワーク中心でできる地方企業に特化した副業・兼業のマッチングサイト「JOINS」などを利用して、地方の仕事を求める都会在住の会社員も増えています。転職してきてもらうのは難易度や経費の面で難しい、一流企業に所属するマーケティングやITなどのスペシャリストも、リモート+副業という形で活用できるようになりました。コロナ禍は大きな打撃を世界中に与えた一方で、私たちの働き方を変えようとしているのです。

『人材をシェアする』
 DMOなどの観光組織では事業戦略、マーケティング、ITデジタルといった専門性を必要としているのではないでしょうか。それらの人材は民間企業でも引っ張りだこですから、全国200以上のDMOに1人ずつ配置するのは無理でしょう。では、専門人材のシェアという考え方、たとえば広域連携DMO(2020年末時点で登録10団体)には専従のデジタル人材を採用し、その地域内の地域連携DMO(同83団体)や地域DMO(同81団体)、域内市町村などのデジタル・マーケティングも支援するという形はどうでしょう。

 地域DMOや市町村は専門人材を採用することなく域内観光に詳しい人材の力をクラウドサービスのように「部分借り」し、広域DMOとしてはその業務支援に対する少額の報酬を集めると人材の人件費をまかなえる、という算段です。広域でトータルにデジタル・マーケティングのコンセプトを推進することにもつながるでしょう。

『借りた人から学んで内製化する』
 「広域周遊観光促進のための専門家派遣事業」を利用すれば、観光庁が全額負担して自治体やDMOに20分野180名以上の専門家から1人年間150時間まで、しかも複数人を同一組織に派遣してもらうことができます。

 いずれも、各組織の人員に必要とされるスキルを導入するためのアドバイザーとして力を借り、その先は専従職員が自ら専門性を発揮できるようになるといった、前節で述べた内部人材が「変わる」ための手段としても有効でしょう。こうして必要な専門知識やスキルを内製化し、また必要に応じて外部から人を借りてスキルをアップデートし続けていくサイクルを回していきましょう。

・インバウンドの地方誘客促進のための専門家派遣(観光庁)

インバウンドの地方誘客促進のための専門家派遣

出典:観光庁「広域周遊観光促進のための専門家派遣事業

 本ガイドラインを執筆した萩本良秀、西谷雷佐、村松知木の各氏、プロジェクトメンバーやゲストスピーカーとして迎えた専門家の多くも、この制度に登録しています。本プロジェクト「今だからこそできるインバウンド観光対策」はFacebook上のバーチャルグループであり、普段は別々に活動する人たちの知見を「借りて」集めて、このガイドラインを完成させました。

 本ガイドライン・プロジェクトは2020年5月緊急事態宣言発出中、インバウンド観光前年同月比マイナス99.9%減の真っ只中で始まり、12月のガイドライン公開も目標に続けた取り組みです。2100名超のメンバーが多様な属性を持つ一方で、今だからこそできるインバウンド観光対策を考えたいという同一の思いを共有する人々が集い、毎週水曜日の夜に行われたオンラインイベントは全30回を数えます。それはZoomの画面を通して議論し、その成果をnoteとして社会に発信しようという壮大な実験でした。参加者の居住地も専門分野もバラバラですが、この事実はまさに「観光は多様な人材に支えられている」という観光の本質を、思いがけず私たち自身に思い知らせたのです。

 このガイドラインを読んで「インバウンド観光を再び選ぶ」という強い当事者意識を持った方、もしよければ私たちを借りてみませんか?

 また、今だからこそインバウンド観光にチャンスを見出せると思う観光の外側にいるみなさま、日本の観光は「外」の人を、多様な人材を必要としています。私たちもあなたの力を借りたいと思います。

 本章のテーマである観光人材の多様性は、地域や組織といった枠組みを超えて実現することでより力強くなり、以前より魅力的な観光産業を再び創り上げていけるはずです。地域の観光を一過性のブームに終わらせず、地域資源の再編集と商品化の仕組みを継続させアップデートし続けることによって地域経済が回り、いつしか住民には地元民の誇り=シビックプライドが生まれるのではないでしょうか。

 観光は地域や国に経済効果をもたらすだけではありません。このシビックプライドこそ、私たちが観光を通して得ることのできる、目には見えないけれど最も価値ある財産なのです。コロナ禍という未曽有の危機を経て、それでも覚悟を決めて自らが選び取ったものとして日本のインバウンド観光を再生しようとする地域と人々が、多様性を受け入れ、自らも変わるという痛みを伴いながらも、いつか手にすることのできる、かけがえのないものなのです。

■第10章執筆 髙井 典子 (Noriko Takai) 
神奈川大学国際日本学部・教授

サリー大学修士、レディング大学博士。専門は観光経験・観光行動論。三井物産にて部門横断のビジネス開発を担当後、1993年渡英し国際観光を学び大学教員・教育研究のキャリアをスタート。2002年帰国。観光庁若者のアウトバウンド活性化に関する検討会委員、東京都観光事業審議会委員、東京高速道路(KK線)の既存施設のあり方検討会委員、横浜・三渓園理事等を務める。著書に『訪日観光の教科書』(赤堀浩一郎氏との共著/創成社、2014年観光学術学会・教育啓蒙著作賞)、『「若者の海外旅行離れ」を読み解く-観光行動論からのアプローチ』(中村哲氏・西村幸子氏との共著/法律文化社、2014年同・著作賞を受賞)など。NHK「クローズアップ現代」「クローズアップ現代+」コメンテーター、NHK-BS1「COOL JAPAN〜発掘!かっこいいニッポン〜」ご意見番等を務める。


あとがき

 日本全国が緊急事態宣言下で、観光、インバウンドの今後について悲観的な見方に覆われていた2020年5月、訪日旅行メディア「MATCHA」の若き経営者・青木優さんの呼びかけで「今だからこそできるインバウンド観光対策」Facebookグループが生まれました。

 毎週水曜夜のオンラインイベントには観光業界だけではなく日本全国、世界各国からいろいろな経験を持った様々な立場、様々な職業の人々が参集。駐ブラジル日本大使の私も早朝、ブラジリアから毎週参加し、30週間にわたるガイドラインプロジェクトの活動を地球の反対側から見てきました。

 日常生活圏を離れて新しい土地を訪れ、未知の風景や文化、人々に巡りあいたい、知りたいという人間の根源的欲求は、不変かつ普遍のものです。そして、多くの人にとって日本は『是非行ってみたい国』の一つであり続けています。日本のインバウンド観光の潜在力は極めて大きいことに疑いの余地はありません。

 日本にとって、そして地域にとって、インバウンド観光の持つ経済的な重要性は本ガイドラインの中で詳述されています。人口減少に直面する日本、そして日本の地方の未来にとって、極めて有望・重要なこの経済的な重要性・インパクトは、これまで多くの人に過小評価されてきたように思えます。

 さらに、インバウンド観光は、経済的な価値と並んで文化的価値、金銭には換算できない様々な価値をも生み出します。

 日本に観光旅行した多くの外国人と会ってきた経験によれば、ほとんどすべての方が、日本に好印象を持って帰ってきます。日本を自分の眼で見て、知ることにより、日本をより好きになってくれるのです。インバウンド観光振興により、日本観光の経験者を増やすことは、世界に知日家、親日家を増やし、各国民の日本への関心・好感度を高めることにつながります。大げさに聞こえるかもしれませんが、この「日本の友だちを増やすこと」の外交的効果はプライスレスで、非常に大きいものがあります。

 また、諸外国の方に、観光を通じて自分の住む地域の文化、風物を知ってもらい、評価してもらうことにより、地域の住民にとって「自分の街を誇りに思い、自分たちでより良い街を作っていこう」という意識(シビック・プライドといわれる意識)が涵養されていきます。日本文化においては、古くは浮世絵、近くは日本のマンガ、アニメへの外国からの高い評価は、日本人自身によるそれらの価値の再発見をもたらしました。外国観光客による自分たちの地域の評価は、地域の人々に自信を与え、地域の文化的価値を高め、地域を活性化する原動力になりえます。

 第一次産業、第二次産業にもインバウンド観光により新たな機会、新たな価値が生まれる可能性が大いにあり、前向きの循環を生み出すためには地域住民との合意形成が重要で、持続可能な観光地運営の大前提になります。地域の様々な住民が納得する形で推進できれば、日本と地域の「経済」と「心」を潤すことができるのがインバウンド観光だと考えます。

 2000人を超えるFacebookグループでの議論、3000人を集めたオンラインの「日本インバウンドサミット(7月23日)」、そして何よりも全30回にわたる白熱した毎週のオンライン会議。ガイドライン各章の直接の執筆者だけではなく、多くの方が上記の場で、自分の知識や経験を自発的に惜しみなく披露し、誰しもが経済的な見返りなく利他の精神で、その集合知であるガイドライン作成に貢献しました。

 私自身、このガイドライン作成の過程に参加して、様々な学びがありました。新しい、より良いインバウンド観光のあり方を考えよう、さらには、より良い日本を作ろう,そしてそのために何かできることを貢献しようという、参加者一人一人の熱量を感じる8ヶ月でした。インバウンド観光を考えることから始まり、観光の枠を超えた議論のコミュニティとそのメンバーが日に日に成長するのを目の当たりにする過程であったとも言えるかもしれません。 

 現下の困難を乗り越えて、単に元に戻るのではなく、より良い未来を構築しようという希望の思いと集合知の結集した、この「再出発のガイドライン」が多くの人に届くことを願っています。

■あとがき執筆 山田 彰 (Akira Yamada)
駐ブラジル日本国大使

1981年外務省入省、スペインにて研修、アルゼンチン、米国、イラク、スペインの各大使館で勤務。その後、外務省中南米局長、在メキシコ大使等を歴任、2017年8月より現職。NPO将棋を世界に広める会理事。奥・井ノ上イラク子ども基金共同代表。


インバウンド観光 再出発のガイドライン プロジェクト

●ガイドライン 執筆
萩本 良秀 (DeepJapan) 第1・2・4・8章
青木 優 (MATCHA) 第3章、まえがき
島田 昭彦 (クリップ) 第5章
西谷 雷佐 (インアウトバウンド仙台・松島) 第6章
平山 篤  (Rezdy/RateGain) 第7章
村松 知木 (地方創生パートナーズネットワーク) 第9章
高井 典子 (神奈川大学国際日本学部) 第10章
山田 彰 (駐ブラジル日本国大使) あとがき

●トビラ絵
原 研哉 (日本デザインセンター)
鍋田 宜史 (日本デザインセンター)

●アドバイザー
原 忠之 (セントラルフロリダ大学ローゼン・ホスピタリテイ経営学部)
山田 桂一郎 (JTIC.SWISS.、観光カリスマ)
原田 静織 (TOUCH GROUP)

●ガイドラインプロジェクト メンバー
青木 優 (MATCHA)、村上 カオ (MATCHA)、齊藤 崇 (MATCHA)、萩本 良秀 (DeepJapan)、山田 彰 (駐ブラジル日本国大使)、薬丸 裕 (日本政府観光局 香港事務所)、島田 昭彦  (クリップ)、平山 篤(Rezdy/RateGain)、高井 典子 (神奈川大学国際日本学部)、西谷 雷佐 (インアウトバウンド仙台・松島)、村松 知木 (地方創生パートナーズネットワーク)、伊藤 昌輝 (ことほむ)、藤本 賢司 (Japan Exploration Tours JIN-仁)、吉崎 弘記 (NENGO HOTELS)、上河 力 (京都大学経営管理大学院)、長野 京子 (サケ・ラバーズ)、小杉 千寿子 (翔礼交通)、常井 大輝 (ハイアットリージェンシー那覇沖縄)、白方 健 (船井総合研究所)、奈良 大和 (大阪メトロサービス)、齊藤 飛鳥 (Amobee)、平井 佳亜樹 (京都大学経営管理大学院)、真鳥 喜章 (モバイルスマートタウン推進財団)、金馬 あゆみ (ジェイ・リンクス)、吉田 憲司 (日本政府観光局)、池尾 健 (Intellectual Innovations)、福島 妙 (エクスポート・ジャパン)、中島 しのぶ(デクスター)、山田 菜緒子(金沢大学)、山本 紗希(琴平バス)、重友 亜希子(通訳案内士/司法通訳人)、楠木 泰二朗(琴平バス)、林 亦峰(ライター)、米田 亜季子(HIS)、夏 聡(インバウンドアドバイザー)、and more.

●編集ディレクター
萩本 良秀 (DeepJapan)

●プロデューサー
青木 優 (MATCHA)

※以上、敬称略


今だからこそできるインバウンド観光対策 活動履歴

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毎週水曜開催 レギュラー・ファシリテイター 青木 優&村上 カオ(MATCHA)

●第1回 (5月15日)
コロナ騒動の中、空港では今何が起きているか?
柏木 隆久 国土交通省東京航空局 局長

●第2回 (5月20日)
日本に住んでいる外国人に目を向けよう ー 多文化共生・やさしい日本語のプロフェッショナルと語る
吉聞 章 やさしい日本語ツーリズム研究会 代表
石原 進 日本語教育情報プラットフォーム 代表世話人
山脇 啓造 明治大学国際日本学部 教授

●第3回 (5月27日)
世界の人は、日本にどんな魅力を感じているのか?
山田 彰 駐ブラジル日本国大使
佐藤 一毅 国際オタクイベント協会 代表

●第4回 (6月3日)
Withコロナ時代のローカル鉄道の展望、中国の国内観光の今
真鍋 康正 ことでんグループ 代表取締役社長
王 璇 ENtrance 代表取締役社長

●第5回 (6月10日)
自治体向けインバウンドマニュアルのアウトラインを描く
萩本 良秀 DeepJapan.org エグゼクティブ・ディレクター

●第6回 (6月17日)
観光カリスマ 山田桂一郎氏と考える観光の未来
山田 桂一郎 JTIC.SWISS 代表、観光カリスマ

●第7回 (6月24日)
富裕層に向けて、日本の文化をどう届けるか?
原田 静織 TOUCH GROUP 代表取締役
手塚 良則 松乃鮨 四代目

●第8回 (7月1日)
これからのオンライントラベルの可能性
松尾 崇 Airbnb Japan Communication Lead
細川 哲星 ガイアックス TABICA事業部 地方創生室 室長

●第9回 (7月8日)
自治体向けインバウンドガイドラインを描く②
萩本 良秀 DeepJapan.org エグゼクティブ・ディレクター

●第10回 (7月15日)
クラフトツーリズムの可能性
永田 宙郷 ててて協働組合 共同代表
白水 高広 うなぎの寝床 代表取締役

●Special Event (7月23日)
日本インバウンドサミット2020 / -99.9% 日本のインバウンド観光逆転のシナリオ
星野 佳路 星野リゾート 代表
山田 桂一郎 JTIC.SWISS 代表、観光カリスマ
加藤 史子 WAmazing 代表取締役社長
大西 洋 羽田未来総合研究所 代表取締役社長 日本空港ビルデング 取締役副社長 他

●第11回 (8月5日)
日本が持つ文化的資産 - 日本デザインセンター 原研哉氏と考える
原 研哉 日本デザインセンター 代表取締役

●第12回 (8月12日)
インバウンド観光の戦略的重要性を再認識する
原 忠之 セントラルフロリダ大学ローゼン・ホスピタリテイ経営学部准教授

●第13回 (8月19日)
ワーケーションの実態を知る
舘林 真一 SQUEEZE 代表取締役 CEO
浅生 亜也 SAVVY Collective Founder & CEO

●第14回 (8月26日)
これからの日本のナイトタイムエコノミー
梅澤 高明 A.T.カーニー 日本法人会長、CIC Japan会長
永谷 亜矢子 an 代表取締役

●第15回 (9月2日)
タイ訪日市場の現状とこれから
田浦 靖典 日本政府観光局 バンコク事務所 次長
渡邊 健一 日本政府観光局 バンコク事務所 次長

●第16回 (9月9日)
インバウンド観光のビジョンをつくるガイドラインプロジェクト
萩本 良秀 DeepJapan.org エグゼクティブ・ディレクター

●第17回 (9月16日)
観光の目的とは何か?日本のDMOのあるべき姿
原 忠之 セントラルフロリダ大学ローゼン・ホスピタリテイ経営学部准教授
山田 桂一郎 JTIC.SWISS 代表、観光カリスマ
原田 静織 TOUCH GROUP 代表取締役

●第18回 (9月23日)
インバウンド観光のビジョンをつくるガイドラインプロジェクト[Day3]
ガイドラインプロジェクトのみなさん

●第19回 (9月30日)ガイドラインPJ DAY4
地元と共存する、持続可能な観光を考える
加藤 英彦 岐阜県 海外戦略推進課 インバウンド推進監
小笠原 昌彦 京都市観光協会(DMO KYOTO) 広報・デジタル統括官
江崎 貴久 海島遊民くらぶ 代表、旅館海月 女将

●第20回 (10月7日)
コロナ禍における香港市場で今できること ー プロモーション / 実践編 ー
薬丸 裕 日本政府観光局 香港事務所長
山奇 智幸 福岡県 香港事務所長

●第21回 (10月14日)
令和3年度 観光庁関連予算概算要求を読み解く
村松 知木 地方創生パートナーズネットワーク代表理事
植松 宏真 MATCHA インバウンド戦略グループ 編集局長

●第22回 (10月21日)
観光地のプレイス・ブランディングを考える
岩田 賢 運輸総合研究所 元主任研究員
川口 政樹 三重県観光連盟 事務局次長

●第23回 (10月28日)
【コンテンツ班分科会】ガイドラインPJのコンテンツを決定!
コンテンツ班のみなさん

●第24回 (11月4日)
【プロデュース班 分科会】ガイドラインをどう作るか&広めるか - 使われるガイドラインの姿とは? -
プロデュース班のみなさん

●第25回 (11月11日)
JNTOと地域が連携したデジタルマーケティングとは??
永井 初芽 日本政府観光局シンガポール事務所長
松本 将 三重県観光局次長

●第26回 (11月18日)
観光の未来を考えるための学びとは:産官学連携の取り組み
池尾 健 Intellectual Innovations 代表理事、tourism academy SOMEWHERE Co-Founder
高井 典子 神奈川大学 国際日本学部国際文化交流学科 教授

●第27回 (11月25日)
ガイドラインの現状と展望を考える
ガイドラインプロジェクトのみなさん

●第28回 (12月2日)
マーケティング班 MTG:ガイドラインの活用方法に関するディスカッション
山田 彰 駐ブラジル日本国大使
三ツ石 將嗣 埼玉県物産観光協会 DMO事業本部副本部長
蛯澤 俊典 中央日本総合観光機構

●第29回 (12月9日)
ガイドライン執筆陣集合!公開編集会議
ガイドライン執筆者のみなさん

●第30回 (12月16日)
2021年、グループ活動どうする会議
ガイドラインプロジェクトのみなさん

●第31回 (12月23日)
ガイドライン完成お披露目&忘年会
ガイドラインプロジェクトのみなさん

●and 2021, to be continued...



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