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悲しすぎる感情は、涙では流れない。

人から聞いた話だったら悲しくないのに、自分が実際に経験すると、ものすごく悲しいことがあります。

それを痛感したのは、約10年ぶりに再会した小学・中学の同級生と話したときでした。

その人は、学生時代は男子の憧れの的で、女子からも慕われる生徒でした。しかし、卒業後には、精神的に落ち込んで、引きこもる生活をしていたそうです。そして最近になって、精神的にも元気になったと周りの友達から聞いていました。

彼女が元気になって、会いたい人を頭の中に浮かべた時、僕が候補に出たこと自体、とても誇らしくて、嬉しくなりました。

しかし、そんな嬉しい気持ちは、長くは続きませんでした。

彼女は、自分一人で来るわけでなく、お姉ちゃんを同席させました。

それでも僕は、昔のエピソードをガンガン話していきました。その話を聞いては、彼女もお姉ちゃんも笑ってくれて、心地よい時間が流れていきました。

そんな楽しいひと時にくぎを刺すように、お姉ちゃんが言いました。

「で、今日は稲本くんに、言いたいことがあるんだって。この子、精神的に落ち込んだけど、心境の変化があったんだよ。それをきいてほしい」

確かに、一時は引きこもり生活をしていたと聞いていたので、どういう風にして、ここまでたどり着いたのかは気になりました。しかもそれを、僕に向けて話してくれることも、ものすごく嬉しかったです。

彼女は、高校時代何があって、どう落ち込んで、辛い毎日を過ごしたことを教えてくれました。目をうるわせながら、いやでもその苦しみが伝わってきました。

そして、立ち直ったきっかけを僕が尋ねると、カバンの中から新聞とチラシを取り出しました。

それは、宗教新聞でした。

唱えることで前向きになったらしく、今もそのおかげで明るくなってきているんだそうです。

そして、その宗教についての説明が始まりました。

新聞に書かれた難読漢字をスラスラと読み上げて、僕に聞かせてくれました。その宗教が捉える世の中、人の心、死後の世界など、僕は彼女が話したいだけ話をさせました。

そして、お姉ちゃんがこう言います。

「だから、稲本くんも一緒にやろうよ!」

僕は、すぐに返答しました。

「いや、僕はいいです」

なかなか説得できない僕を、なんとかして説得するために、お姉ちゃんは必死に宗教について解説してくれました。その間、彼女は瞳をうるわせながら僕をじーっと見つめていました。その時間は、2時間にわたって続きました。

彼女は今、どんな気持ちでこの時間を過ごしているのだろうか。

同級生をこんな目に遭わせて申し訳ないと思っているのか、それとも、説得されてほしいと思っているのか。

彼女も、話を聞いている僕を見て、「どんな気持ちでこの時間を過ごしているのだろう?」と考えてくれているのだろうか。

ここで僕の気持ちの答え合わせをするなら、「僕は、悲しい気持ちでいっぱいになった」というのが、正解でしょう。

僕自身、何かを信じること自体は、何も悪いことだとは思っていません。

それで前を向けたのなら良いと思うし、今が元気であることが嬉しいのは変わりません。

ただ、僕が彼女に求めているのは、そんな話ではありません。

昔のエピソードもしながら、最近あった面白い話もして、たくさん笑っていたかったし、僕だって笑わせたかった。

でも、彼女が僕に求めているのは、そんな話ではありません。

「宗教の素晴らしさを伝えたい」という目的があって、昔の話や最近の話はどうだっていいのです。

よく、勧誘してくる人がいることは聞いていましたし、僕自身も道端でされたこともありました。しかし、自分の考え方に固執したい僕は、あっけなく断っていましたし、精神的苦痛を感じるほどではありませんでした。

これが、思い入れのある人に言われると、断る言葉も選ばなくちゃいけないし、何よりも、そのために僕を呼び出したことが理解できると、その場から1秒でも早く逃げ出したくなりました。

僕は、同じ小学・中学の同級生の美来くんに連絡して、「着信を入れてほしい」と頼みました。

美来くんの着信をきっかけに彼女の元を離れて、すぐに帰路に着きました。

手は震えているのに、悲しさゆえの涙は出ませんでした。

おそらく、泣いたからと言って、消えていく感情じゃないことを自覚していたのかもしれません。

すぐに美来くんと電話をして、この苦しみを分け合いました。そうでもしないと、息をしていられませんでした。

美来くんと話して、少し心が落ち着いた僕は、夜道を歩きながらこう思いました。

本当に神様がいるなら、もう二度と、今の僕と同じような思いを、誰にもさせないでください。

面白いと感じてくれた方、よろしければサポートお願いします。純粋に僕が嬉しいだけでなく、もっと量が多く、もっと高品質な作家活動ができます。どうぞ、よろしくお願いします!