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反面教師が多いほど、生き苦しくなる。

あなたにとって、反面教師となる人は何人いますか?

反面教師とは、悪い手本となる人のことです。

あまり良くないことをしている人を反面教師にして、同じ行動を取らないように決意し、自分の人生に活かしていくと、とても効果的だと言われています。

そんな言葉を信じた僕は、幼少期から反面教師が多い人生でした。

兄が悪いことをするたびに「反面教師にしなさい」と両親から教わったので、それからあまり良くないことをしている人を見るたびに反面教師に認定して、その人たちと同じ行動をとらないように気をつけています。

反面教師の範囲は、どんどん広がっていきました。兄、両親、先生、友達、恋人、先輩、後輩、そこら辺にいる人、SNSで何かを発信する人にまで、反面教師となる人が広がっていきました。 

このように、人の悪い部分を発見すると、反面教師に認定してしまうので、人のことをあまり好きになれず、相手への怒りを隠し持っていることが多くなりました。

それだけでなく、反面教師がやっていることを「自分はやらない」と決めているので、その度に自分ルールを持つようになりました。

例えば、僕の兄はすぐにキレて、場を白けさせます。

僕はその行為を見て、とても気分が悪くなったので、兄を反面教師にして「すぐに怒ってはなってはいけない」というルールを自分に課します。

おかげさまで、僕はすぐに怒らない人になりましたが、その反面で正当に怒るべきところでも我慢するようになってしまいました。

そんな風に、生きた月日の分だけ、自分ルールを追加していきます。

お金にルーズであってはいけない、他人に否定的な言葉をかけてはいけない、自慢話が多くてはいけない、文句ばかりを言ってはいけない、人を裏切ってはいけない、人に迷惑をかけてはいけない、自分の考えを押しつけてはいけない、人のせいにしてはいけない、すぐに忘れてはいけない、うぬぼれてはいけない・・・。

気がつくと、数えられないほどのルールを持つようになっていきました。

これは全て、誰かを反面教師にした結果生まれた、自分ルールです。

確かに、これだけのルールを守って生きられたら、素晴らしい人間になれるでしょう。

しかし、こんなに自分ルールを抱えながら生きるのは、きつすぎます(笑)。

これらのルールを破らないように生きることも難しいし、これを破っている人を見て、腹立たしくなってしまうのも疲れます。

もちろん、ルールを守って良いこともあります。

「自慢話をしてはいけない」と決めたことで、僕は自慢話にオチをつけることで、周りに聞きやすいようにしたり、うぬぼれていないことを分からせるようにしました。

そんな風に、全てが自分も我慢せずに済むのなら良いですが、ほとんどは我慢するばかりで辛いことしかありません。

自分の欠点も受け入れられなくなってきますし、相手の欠点も受け入れられなくなってきます。

そうなってしまっては、自分自身が、自分も相手も苦しめる存在になってしまいます。

人がそれなりの行動をとっているのには、必ず何かしらの理由があります。

その理由すべてに共感できなくても、耳を傾けてみると、その行動のすべてを否定しなくて済むかもしれません。

いずれにせよ、完璧な人を目指すことは、人間には向いていないようです。

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