人との距離感は、「ありがとう」の言葉で決まる。
今でも忘れられない、カレー事件というものがあります。
それは、19才の頃。バイト終わりに、バイト仲間の馬場くんとcoco壱に行こうとした時のこと。
最初は二人で行く予定でしたが、馬場くんは「どうせなら山内も誘おうぜ!」と言って、普段からあまり喋っていない、山内くんと親睦を深める気でいました。山内くんは僕とはよく喋りますが、馬場くんとはあまり喋る機会がありませんでした。
山内くんを誘ってみると、「今からぁ? まぁ、いいか」と言いながら、乗り気ではないけど来てくれることに。
そして、3人でバイト先からcoco壱に向かうのですが、その途中で山内くんが言います。
「あっ、財布忘れた。まぁ、いいよな」
財布を忘れたのに、取りに戻る様子すら見せません。僕らは、冗談っぽく山内くんを責めます。
「なんだよお前! 財布忘れてんじゃねぇよ!笑 取りに戻るか?」
すると、山内くんはこう返します。
「じゃあ、取りに戻って、そのまま帰っていい?」
彼は乗り気ではないので、そのスタンスで来ます。僕らは、「そんなこと言うなよ」と言って場を濁しましたが、これはつまり、僕らが山内くんに奢らないといけないことが決まりました(笑)。
しかもその日は、給料日前で、僕らも大してお金がありません。なので、店に入って二人でお金を出し合って、山内くんのメニューを決めます。
稲本「山内、ごめんだけど、お子さまカレーで良い?」
お金がないので仕方ありません。すると、山内くんは険しい顔をします。
山内「じゃあ、もう帰っていい?」
馬場「ごめんごめん。じゃあ、ハーフサイズカレーは?」
山内「えっ、マジで帰っていい?笑」
僕は、こう言いたい。
“だったら、今すぐ帰れよっっっっ!”
しかし、馬場くんが勇気を出して誘ったのをムダにはしたくありません。
結局、ハーフサイズカレーに落ち着いて、何とか食べてくれました。
山内くんは、確かに乗り気ではなかったんですが、1円たりとも払っていません。たとえジョークだとしても、ここまでくると笑えません。
実際に馬場くんは、めちゃくちゃひいていました。
僕と山内くんは同じ高校に通っていたので、彼の性格は理解しています。人に感謝の気持ちを持たない性格ではありません。本当に機嫌が悪かったのでしょう。
そして、僕と馬場くんは小中で同じ学校に通っていたので、彼の性格も理解しています。
馬場くんはとても人見知りで、自ら他人と接点を持ちたいと考える人間ではないので、これは珍しいことでした。
僕は、山内くんに腹が立ってしまい、この話をバイト先のみんなに言いふらしました。
自分の行動の愚かさは、他人から指摘されないと気づけないものです。
それがたくさんの人間になれば、もっと強力です。これで自分がしたことの重大さに気がついて、馬場くんに「ごめん」を言いに行けば、まだ許してくれるはずです。
そうでもしないと、さらに二人の間の溝が深まっていく気がしました。
逆に言えば、「ありがとう」を言えないだけで、人と人の溝は深くなるのです。これがラストチャンスです。
そして、みんなからたくさんの説教を受けた山内くんがやってきました。
参った顔をして、僕の方に歩いてきます。
山内「お前、みんなに言っただろ? 結構𠮟られて、マジで反省したぜ」
稲本「おぉ。それなら良かった。ちゃんと反省したんだな」
山内「うん、これからは絶対、財布だけは忘れないようにする!」
そういうことじゃねーーよ!!! まぁ、それもそうなんだけど!!
こうして、山内くんと馬場くんの溝は、さらに深まっていきました。
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