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小さな教室でうまれる異文化コミュニケーション

はじめに

現在大学4年の私が初めて自主夜間中学に行ったのは2021年秋のことです。それまで夜間中学という存在を全く知らなかった私ですが、その存在に惹かれ、それからもうすぐ1年、現在は地元にある自主夜間中学に毎月通い、そこのプロモーション映像を制作しています。

自主夜間中学には年齢や性別、ルーツのある国など全く異なるバックグラウンドを持った人たちが「学びたい」という気持ちを持って集まっています。そこでは一般的な中学校では見ることのできない、異文化コミュニケーションが生まれます。

私はこれが不登校など学校に行きづらい人にとって大きなメリットがあるのではないかと考えました。この視点に立ったのは私の弟も中学生の頃不登校だったからだと思います。

今回の記事では、前半は自主夜間中学とは何か、後半は自主夜間中学での異文化コミュニケーションとそれが不登校生徒に与える影響を考察します。

夜間中学と自主夜間中学

そもそも夜間中学とは

夜間中学は、義務教育を修了しないまま学齢期を経過した方や、不登校など様々な事情により十分な教育を受けられないまま中学校を卒業した方、外国籍の方などの、義務教育を受ける機会を実質的に保障するための様々な役割が期待されています。

文部科学省 夜間中学校設置応援資料 より

夜間中学は公立中学校の夜学級のことをいい、15都道府県40校が開校されています。(令和4年4月現在)

昼部の公立中学校と同じように教員資格を持つ教師によって週5日の授業が実施され、全ての課程を修了すると中学校卒業となります。複数のコースが開講されている学校も多く、レベルや個人のニーズに合うように工夫されています。

以下は今年誕生したばかりの北海道の夜間中学の特集映像です。夜間中学の制度や様子が短くまとまっています。

自主夜間中学とは

一方で、自主夜間中学とはなんでしょうか?
私が1年間お世話になっているのはこの “自主”夜間中学です。

こちらはボランティアによって運営されており、決まったカリキュラムなどはありません。開校時間・曜日やその頻度など、団体によって異なります。週1〜2度程度、同じ教室の中で、一人一人が学びたいものを自身のペースで学びます。

私が最初に見学に行った自主夜間中学では授業が始まると
「数学をやる人はこちらですー」
「日本語は隣の教室でやりましょう」
という声が聞こえてきて、あっという間に同じ教科を学ぶ人の輪ができます。

しかし、ペースはそれぞれ違うので、例えば、筆算の勉強をしている方の隣では因数分解を解いていたり、またその少し先には「ThisとThat の違い」を勉強しているグループができているのです。
自分が学びたいものを自分のペースで学ぶことができるのが自主夜間中学校です。

では実際、どれくらいの人がこのような学校を必要としているのでしょうか?

未就学者約9万人・小卒約80万人

未就学者は約9万4千 人、最終卒業学校が小学校の者は約80万4千人(令和2年10月時点)

文部科学省 『夜間中学の設置・充実に向けた取組の一層の推進について(依頼)』(1)

これは先日文部科学省より、夜間中学関係者などに通達された依頼文の一部です。ここ日本において、約90万人もの人が学歴がない、もしくは小学校までしか出ていない、ということがわかります。
小・中・高を当たり前のように卒業し、今こうして大学に通えている私にとって、とても衝撃的な数字でした。

さらに近年は小中学校における不登校児童生徒数も上昇傾向にあり、令和2年の調査では約20万人の小中学生が現在不登校であると確認されています。(2)

加えて中学校を卒業していても不登校などにより十分に学べていない方なども対象であるため、さらに多くのニーズがあると予想できます。
こうしたニーズは、年齢・国籍などの異なる様々な人たちが持っています。そのため、自主夜間中学や夜間中学には多様なバックグラウンドを持つ人たちが集まり「小さな教室の異文化コミュニケーション」がうまれているのです。

自主夜間中学校の意義

夜間中学校はまだまだ足りていないのが現状です。

また、夜間中学で学ぶための土台が足りていない方、特に日本語学習を必要としている方にとって夜間中学に入学する前の学習の場としても、自主夜間中学は求められています。
実際、訪問した自主夜間中学には日本語教師の資格を持ったボランティアの方もいらっしゃいました。

他にも、週5日は難しい、1教科だけ学びたい、夜間中学の資格を満たせていない、もしくは夜間中学に加えてさらに学びたいなど、様々な理由を持った人たちから自主夜間中学は選ばれています。

自主夜間中学での異文化コミュニケーション

異文化コミュニケーションとは

異文化コミュニケーション、と聞くと外国人と日本人、というような図を思い浮かべる方が多いかもしれません。
しかし、今回ここでいう異文化コミュニケーションは性別や年齢、職業、出身地など、自分とは違った価値観や環境の人のコミュニケーションを指します。

「人生3分動画」で見えてきたこと

最初に訪問した自主夜間中学では30人弱の人が同じ時間同じ空間で学んでいました。ここでは大学生による映像制作ワークショップを開催する、という目的でゼミの仲間と訪れました。

私たち大学生と学習者の方がペアになり、一緒にその方の人生を短くまとめた「人生3分動画」を作り、最後にみんなで鑑賞会をするという取り組みです。ご本人の写真などに学習者の方の考えた文を自身でナレーションとして吹き込んでもらい、完成させます。
鑑賞会をすると、今までわからなかったバックグラウンドが明らかになりました。

ある80代の女性は子供の頃、家族を養うために学校に満足に通えなかった、と言います。その隣にいた同じくらいの世代の女性は、怪我をしてから人生を見つめ直し「もう一度学びたい」と考えたと話します。中国残留孤児二世で日本に長年住んでいても日本語がわからなかった、という方もいました。さらに隣には50代くらいの方もいます。

その中で生まれる対話はまさに世代や性別、国を超える事も多い異文化コミュニケーションです。
しかし、それがここでは当たり前に自然に行われます。違う価値観や文化を持つ人たちが同じ教室で学び対話する、交流するというのが自主夜間中学なのです。

英語を学びたい中学生と日本語を学びたい英語の先生

私の地元の自主夜間中学は1つ目の場所とは違い、誕生して間も無くの小さな団体で、学習者の方も毎回5人以下です。
英語の勉強をしたい中学生とアメリカ出身で日本語を勉強したい英語の先生が通っていて、それぞれにスタッフが付いて、同じ教室でそれぞれの学習を進めています。

「今はどんな勉強をしてるの?」
「(英語の)動詞の過去形をやりました」
「どう、楽しい?難しい?」

休憩時間になると自然とそんな会話が始まりました。
こうしたコミュニケーションが、スタッフの先生を交えながら自然と弾む光景を、自主夜間中学に来て何度も見ました。

異文化コミュニケーションが生まれるメリット

こうしたコミュニケーションが生まれる空間は、不登校生徒にとって良い影響が期待できるのではないか、と考えています。
具体的には次の3点です。

視野が広がる

対面のコミュニティが家族内に限られてしまうことの多い彼らにとって、同世代ではない人や異なる背景を持った人たちとの交流によって、今までの狭い視野での考え方から離れやすくなるからです。

弟の場合、周りの同級生の視線が気になって、保健室登校を試みるにしても、細かく友人たちの行動を予想して絶対に見られない時間を計算していました。そして、「会ったら絶対にこう思われる」と思い込んではうちにこもっていたのを覚えています。

しかし「学びたい」という共通の想いで集まった異文化コミュニケーションの中でなら、家族の中と同級生たちからの視線など身近な人だけだった価値観から大きく視野を広げることができるでしょう

居場所になる

自主夜間中学それぞれが自分の学習をする、自習室と教室の中間のような空間です。その中で様々な背景を持つ人と出会うだけでなくそうした人たちもまたそれぞれの勉強をして、それを間近で見る空間は刺激になります。

言葉を交わすコミュニケーション以外でも、お互いを認識して、同じ場に居て、学ぶ、というやりとりだけで十分な価値になります。さらに、その程よい距離感がその人にとっての居場所になることができます。

自分が特別ではないとわかる

不登校などを経験した人は、自分は他の人(同級生)と違う、と捉えていることが多いと思います。しかし、様々な人が集まる自主夜間中学ではそんな自分の背景が小さなものに見えてきます。

決して自分より大変な人を探せ、というわけではないですが、どんな背景の人をも受け入れる自主夜間中学の姿勢は、自分への認識を変えるきっかけになると考えます

このように、小さな教室の中で生まれる異文化コミュニケーションは不登校生徒にとって、新しいステップへの第一歩になるような影響を生み出すだろうと考えます。

おわりに

地元の自主夜間中学の存在を知った時、中学の頃の弟に勧めたかった、と強く思いました。おそらくあの頃の私たちのように、こうした場所が必要な人はたくさん居るでしょう。

そうした人たちに自分は何が出来るかと考えた時、その場所の様子がわかる映像制作を思いつきました。母は弟をカウンセリングや何かに連れ出そうとする時、丁寧に、彼が納得するまでその場所について説明していたのを思い出したからです。

見えないところで学びを求めている人や学校と自分の距離に悩む人などに、この自主夜間中学の存在が届くような活動をしていきたいと考えています。

最後までお読みいただきありがとうございました。

参考資料

  1. 文部科学省『夜間中学の設置・充実に向けた取組の一層の推進について(依頼)』(令和4年6月1日)https://www.mext.go.jp/content/20220603-mxt_syoto02-100003094_3.pdf

  2. 文部科学省『令和2年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果の概要』(令和3年10月13日)https://www.mext.go.jp/content/20201015-mext_jidou02-100002753_01.pdf

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